やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社



 これほどの大変革が歯科治療において起きようとは,つい数年前にはほとんどの歯科医療関係者は予期できなかったことと思います.齲蝕,歯周疾患という二大歯科疾患に関しては,その発症予防と疾患の進行を停止させて生体の再生能力を最大限に活用する“疾患のプロセスに対する治療”が提唱され,さらにその具体的な診査・診断ならびに治療術式が実際に確立されつつあります.このような治療の効果は,一般臨床に浸透するにつれて,近未来には等比級数的に国民の口腔健康状態に顕著に現れてくることでしょう.
 一方,補綴治療に関しても,前述の二大疾患ほど速やかとはいえないにしても,顎口腔機能に関する生理学的,機能解剖学的研究の進展を背景に,やはり,この十年の間に臨床が大きく変貌しました.その治療術式は,少なくともこれまでの経験により認知されてきたものとは,様相をガラリと変えたと言ってよいでしょう.顎口腔機能の診査・診断を行い,その結果に基づいた合理的な治療計画を立案し,さらに患者さんのインフォームドコンセントを経たうえで実際の治療に移る.そして,行われた治療に対しても術前の診査・診断と同レベルで評価し,メンテナンス下にて患者さんの管理を行う.決して完璧な治療体系とは言えないまでも,臨床の実態を反映した基礎的ならびに臨床的研究成果が,的確に治療の確実性の向上に貢献し,治療体系を1本の糸で継ぐことが可能となってきました.そして,これを可能とする本質的なものが,これまでもさまざまに論議されてきた「咬合」あるいは「顎口腔機能」にあります.
 健全な歯列を維持,構成し,それにより個々にとって適正な顎口腔機能を営むことを保証することが補綴治療の命題だという点では,今現在も変わりはありません.そして,これまでは各々にあまりにも大きな見解の相違が存在し,また主観的で論理的裏付けのない慣習的手法も数多く混在していたため,「咬合」や「顎口腔機能」という言葉を聞いただけで一般臨床医の方々からは拒否反応が多々あったことも事実です.しかしながら,この「咬合」や「顎口腔機能」の領域も1本の糸としての体系化により,今後は補綴治療上不可欠で基本的な概念であることが再認識され,適正な診査・診断に基づく論理的な治療の手技を確実に修得できる状況になってきました.
 本別冊でテーマとして取り上げました「咬合採得」は,補綴治療の入口に相当する日常の操作と言われていますが,実際の臨床においてはきわめてあいまいであり,これまで誰もが決して掘り下げては取り扱いたくなかった部分でした.これを説明するためには,当然,「咬合」や「顎口腔機能」に関わるさまざまな要素を検証しなければなりません.しかも,支台歯形成や印象採得,補綴装置の設計とは異なり,「咬合採得」には,体位や頭位といった突き詰めるとどうしても明確にしなければならない最も基本的で不可欠な事項が関わっています.本別冊をお読みいただいた方々には,テーマとして取り上げました「咬合採得」のみならず「顎口腔機能」や「咬合」の診査・診断に関しても,その基本となる事項をお伝えできればと思っております.
 本誌『補綴臨床』は,地域におけるホームドクターとしての役割を強く求められている多くの一般臨床医の方々が読者対象であるとうかがっております.そのような臨床の現場におられる方々が「咬合」や「顎口腔機能」に対して抱いておられる疑念を払拭し,地域の方々の口腔健康維持に寄与するうえで,本別冊が一助となればと願っております.
 なお本別冊は,編集委員の小出とその教室員が執筆にあたり,一般臨床医である編集委員の西川がその内容を臨床の現場で実際に検証し,さらに小出と西川で具体的な点まで1項目ずつ読者の立場に立ってすり合わせを行ったうえで,最終的な誌面構成がなされたものです.臨床の現場におられる方々の明日からの臨床に生かしていただければ幸いに存じます.
 2001年5月
 日本歯科大学新潟歯学部歯科補綴学第1講座 教授
 小出 馨
 代々木上原デンタルオフィス 院長
 西川義昌
巻頭対談 無視してはならない咬合採得の基本と生体の特性 Opening Discussion Living body characteristics and occlusal registration principles that cannot be unnoticed

Part.1 咬合構成の2大要件 Two major factors of occlusal construction
咬合構成要素と2大要件

Part.2 咬合採得とは何か What is occlusal registration?
 Section1 大原則は機能的咬合系の調和を図ること
 Section2 咬合採得とは

Part.3 咬合採得I――適正な咬合高径の求め方 Occlusal registration I- Proper establishment of vertical dimension
 Section1 下顎安静位に影響を及ぼす要素
  Case1 下顎安静位は不安定である
  Case2 ヘッドレストの設定角度
  Case3 治療椅子の足折れの可否
  Case4 ベンチレーション
  Case5 姿勢維持に関与する筋骨格系の障害
 Section2 実際の補綴臨床における適正な咬合高径の求め方

Part.4 咬合採得II ―― 適正な水平的顎位の求め方 Occlusal registration II- Proper establishment of horizontal mandibular position
 Section1 水平的顎位の基準―顆頭安定位
 Section2 顆頭安定位を求める方法
  Case1 クラッチを用いる方法
  Case2 アンテリアジグを用いる方法
  Case3 Dawsonテクニックによる方法
 Section3 顆頭安定位に影響を及ぼす要素と対応
  Case1 強い咬み締め
  Case2 患者の体位と頭位
  Case3 表情筋による逃避反射

Part.5 側方ガイドの方向 Direction of lateral guidance
 Section1 付与すべき側方ガイド
 Section2 ブレーシングイコライザーを的確に構成するには
 Section3 左右顆頭に対する上顎歯列の3次元的位置設定(フェイスボゥトランスファーの必要性)
 Section4 咬合構成と咬合器の要件

Part.6 チェックバイトと咬合器顆路調節の基本操作 Principle procedures of check bite and condylar path coordination of an articulator
 Section1 無歯顎者のチェックバイトと咬合器顆路調節の基本操作
 Section2 有歯顎者のチェックバイトと咬合器顆路調節の基本操作

Part.7 推奨器材一覧 List of recommended materials and equipments
 咬合器・周辺器材
 H堤製作用器材
 アンテリアジグ製作用器材
 バイト材・印象材(ブロックアウト材)
 咬合診査に用いる器材

 文献 Literatures