やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

序文

 近年,雑誌や講演会などで,重度の歯周疾患に罹患した症例に対し,見事に炎症をコントロールし,全顎的な補綴処置を施した症例が数多く発表されるようになり,日本の歯科医療も,海外の知識輸入の段階から次第に独自の臨床を確立する段階に移行しつつあるように思われる.しかし,そのような華々しい症例が存在する一方では,臨床の実践的技術を修得する機会もないうちに大学を卒業してくる若い歯科医が多く,いま歯科界は,もう一度臨床の基本に立ち帰り,基本技術をしっかりと身につけるためのいろいろな方向からのアプローチが求められているように思われる.
 支台歯形成は,毎日の臨床で行わない歯科医はないといっていい日常茶飯の操作である.ところが,この支台歯形成一つにしても,形成のイメージ作りはもちろん,術者の姿勢や患者との位置関係といった,基本中の基本からできていない若い歯科医が多いと言われている.咬合調整,歯冠形態修正といった処置は別にして,歯はいったん削ってしまうと人工物で回復しなければならない.補綴治療の基本原則の一つは,“削った面を確実にカバーする“ことであるが,この原則がなかなか守られていないのが現状である.この原則を守るうえで基本となることは“スムーズなマージンライン,スムーズな形成面”を得ることであり,その後に精密な印象を行うことによって,形成された支台歯と模型とがマイクロスコープのレベルで同じになり,“削った面を確実にカバーする“ことが可能となる.しかし,“スムーズなマージンライン,スムーズな形成面”を得ると一言で言っても,マイクロスコープのレベルで考えると並大抵のことではなく,日頃の治療目的意識を明確にしておかないと,“削った面を正確にカバーしきれない”状態の修復物となってしまう.
 補綴治療は,歯科技工士の助けなしには不可能な状況になっているが,歯科技工士が彼らの専門性を発揮するためには,模型が,口腔内の形成された歯牙と同じもの,同じ状況でなければならない.しかし,現実を冷静に見つめて,果たしてそのような条件の下で技工を依頼しているだろうか.毎日の臨床のなかで,あまり細部にこだわるのもどうかと思うが,補綴治療の基本中の基本である支台歯形成,そしてその支台歯形成が歯周組織の健康の上になされる状況をもっと厳密に作り出さないと,歯科医が歯科技工士の専門意欲を摘み取ってしまうことにもなりかねないし,また,長い目でみた信頼を患者から得ることが難しくなる.
 本書では,この支台歯形成について,臨床で活躍されている先生のご協力の下に,臨床の実際を極力具体的に伝えることを基本に編集した.ベテランの先生方にはいまさら何をという感があるかもしれないが,少しでも,臨床に励まれる若い先生方の指針になれば幸いである.
 1993年9月
 編集委員(五十音順)
 広島県尾道市開業 中尾勝彦
 大阪市淀川区開業 中村公雄
 序文…… 中尾 勝彦・中村 公雄

基本編
 最終補綴物のための形成ができる歯周環境が整っていますか…… 中村 公雄・小野 善弘
 その姿勢で適正な形成ができますか…… 宮内 修平
 歯牙の解剖学的形態を理解していますか…… 中尾 勝彦
 最終補綴をイメージして形成していますか…… 木原 敏裕
 その形成で十分な適合が達成できますか…… 村上 和彦
 その形成で十分な維持力が得られますか…… 岸本 満雄
 その形成でプラークコントロールのしやすいカントゥアを実現できますか…… 藤井 康伯
 その形成で満足な審美性が回復できますか…… 藤井 康伯
 支台歯形成を QC手法で考える…… 中尾 勝彦
実践編
 I.機材の選択と使い分けエアタービンおよびマイクロモーターは何を基準に選択し,どう使い分けるか…… 斉藤比登志・内山 洋一
  バーは何を基準に選択するか…… 飯田 良彦
  適切な照明を得るにはどうすればよいか…… 小嶋 寿
 II.形成の基本 歯髄への影響を最小限にするにはどうしたらよいか…… 斉藤比登志・内山 洋一
  隣在歯を傷つけないためにはどこに気をつけたらよいか…… 平田 公成
  支台歯を効率的に研磨するにはどうすればよいか…… 横山 隆道
  形成の平行性を確保するにはどうすればよいか…… 眞田 浩一
  ワンポイントヒント
   咬合関係を失わせずに支台歯形成を行う…… 前田 佳英
 III.歯牙および口腔内の条件の違いによる配慮 支台歯形成における部位別配慮…… 武田 孝之
  萌出途上幼若永久歯にはどう対応するか…… 瀬尾 令士・岡本 佳明
  歯根露出歯の形成はどうすればよいか…… 西川 義昌
  根近接歯における形成はどうすればよいか…… 西川 義昌
  傾斜歯の形成はどうすればよいか…… 茂野 啓示
  歯冠長が短い歯牙の形成はどうすればよいか…… 茂野 啓示
  ワンポイントヒント
   開口量の少ない患者への対応…… 中尾 勝彦
 IV.マージンの位置と形成の配慮 マージンの位置はどこにおくかその選択基準は?…… 中村 公雄
  マージンを歯肉縁上におく場合に注意することは?…… 森田 和子
  マージンを歯肉縁下におく場合に注意することは?…… 森田 和子
  ワンポイントヒント
   圧排糸に縫合用絹糸を使用する…… 中尾 勝彦
 V.補綴物の違いによる配慮 パーシャルベニア・クラウンの形成の注意点は?…… 岸本 満雄
  金属焼付ポーセレン冠の形成の注意点は?…… 山崎 長郎
  ポーセレンラミネートベニアの形成の注意点は?…… 宮内 修平
  オールセラミッククラウンの形成の注意点は?…… 宮内 修平
  コーヌスクローネの形成の注意点は?…… 野田 邦治
  フルマウスの補綴を行う場合に,1歯単位の補綴の形成と異なる配慮は?…… 宮内 修平
  適合のよいダウエルコアを作るには?…… 岸本 満雄
 VI.形成の時期による配慮 初期治療時における形成の注意点は?…… 武藤 晋也
  歯周外科後の形成の注意点は?…… 大杉 和司
  最終補綴前の形成の注意点は?…… 武藤 晋也
 VII.形成後のプロビジョナルレストレーションに関する配慮 形成後のプロビジョナルレストレーションの要点は?…… 藤井 康伯
  歯肉に炎症を起こさないための配慮は?―リマージンについて―…… 井出 徹
  形成後にプロビジョナルレストレーションで決定された咬合をどう維持するか…… 山崎 長郎

 編集後記