はじめに

　歯科医学の進展はめざましく，それに伴い歯科器材・薬剤も開発・改良され，新しい治療法も考案されている．このような変化はまさにとどまるところを知らないという勢いである．さらにまた，口腔保健に関する社会の考え方も変化し，それにあった歯科医療の提供も期待されている．歯科医療は歯科医師の技術に依存するところが大きいとはいえ，器材や薬剤の理解を深め，適切な使用法を修得すれば，その治療法を正しく臨床で応用できることになる．本別冊では，特に最近その効果が高く評価され，広く国民の口腔内の健康維持に貢献することが期待される器材・薬剤について取り上げたつもりである．領域は日常臨床において最も頻度の高い，予防，修復，エンド，ペリオ，補綴に加え，近年需要の高まりつつあるケア関連，院内感染予防関連を選択したので，大いに臨床に役立てていただければ幸甚である．
　近年特に国民のライフスタイルの多様化に伴い，歯科医療に対する要求や期待もまた多様化している．一方では，旧態依然とした保険制度に基づく画一的な歯科医療と，保険制度によりもたらされた，かなり画一的な自費診療による歯科医療が，社会の変化を認識することなく漫然と提供され続けているように思われる．もちろんそうした変化を敏感に察知し，社会的ニーズにあった歯科医療を提供する臨床家も増えてきているが，一般的には，歯科医療を提供するわれわれと国民との間にこのような意識の違いがあり，結果として社会の期待に十分に応えることができていない部分も多いのではないだろうか．
　健康保険制度は確かに必要な制度であり，国民の口腔保健の向上にも大いに貢献してきたし，現在も役立っている部分もある．しかしながら内包する矛盾点も多く，また内容の見直しが社会の変化に追いついていないといった問題点もある．保険制度のために歯科治療の内容がかなりの制約を受けることになり，その結果としてわが国の歯科治療の内容は諸外国と比較してかなり異質なものとなってしまっている．優れた治療法がありながら，保険制度のために国民にはその治療が適用できないという状況すら生じている．制度の問題に関しては，一朝一夕に解決するものではなく，根気強く対応していかねばならないが，われわれとしては，国民の期待に応えられる歯科医療を提供できるような環境だけは整備しておかねばならない．
　本別冊で取り上げた項目は，必ずしもわが国の保険制度に合致したものばかりではないが，すでにその有用性については世界的にも認知されたものばかりで，当然患者にとっても大きな利益となるものである．残念なことに，自由な医療活動の可能な外国において開発された項目が多く，国内で開発されたものは少ない．わが国の歯科器材メーカー，研究者，臨床家の名誉のためにあえていわせていただくが，日本の歯科医療関係者の開発能力やアクティビティが低いのではなく，その許認可制度のあり方に大きな問題があるように思われる．認可に際して慎重さは当然必要であるが，度をすぎると，業界，学会の発展を妨げるばかりか国民への不利益をももたらすことになるのではないだろうか．
　本別冊の編集にかかわらせていただいたものとして，またわが国の歯科医療のなかで仕事を与えられている一人として，あえて苦言を呈させていただいた次第である．
　2001年11月　編者代表　田上順次