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これからの審美歯科治療 ―まえがきに代えて―

 編者代表 田上順次(東京医科歯科大学大学院 う蝕制御学分野)

 歯の漂白法が注目を集めている.特に歯科医の間では大きな関心を集めており,患者である一般の人々にも情報が広まりつつある.歯や歯列を少しでもきれいにしたいというのは万人に共通の願いであろう.
 わが国でも従来保険適用の無髄歯の漂白法に加えて,オフィスブリーチング剤として松風のハイライトが認可され,普及しつつある.アメリカでは,すでにオフィスブリーチングよりもホームブリーチングあるいはナイトブリーチングへと流れは変わっているようである.患者の通院回数やチェアタイムを考えると当然の流れであるが,日本では許認可の問題もあり,アメリカとはかなり事情が異なっている.いずれにしても,より非侵襲的に審美性の改善ができるということは,患者にとって大きな福音であり,こうした方法がさらに改善され発展し,普及していくことはきわめて喜ばしいことである.そして何よりも患者に結果のわかりやすい治療であり,患者の歯科治療への期待が大きくなるということも重要なことである.
 本別冊は「変色歯・着色歯への対応」と銘打っているが,いわゆる生理的な色調変化よりも病理的な変色歯の症例を中心として扱っている.テトラサイクリン系抗生物質による変色歯はいまだ後を絶たず,そうした歯をもつ人々の悩みはきわめて大きい.このような変色歯の審美性の改善に漂白法も活用されてはいるものの,残念ながらその効果は十分でない.漂白法による審美性の改善は,加齢や失活による色調変化に特に効果が顕著であり,変色歯に対してすべて漂白法で解決できるわけではないのが実状である.確かにある程度の改善は可能ではあるが,漂白法に対する期待が大きすぎるために生じるトラブルも起こりうるであろう.
 変色歯に対しては,漂白法,ベニア修復,補綴処置などを含めた多面的な対応が必要であり,本別冊の目的もここにある.しかしながら,歯冠部歯質を削除したり,歯髄処置を行ったりして適用される従来のクラウンによる処置は除外した.もちろん適用可能な処置ではあるが,あえて誌面を割くほどのことではなく,歯質を大量に削除する方法を採ることは,ある意味で歯科医の敗北ともいえるからである.
 非侵襲的な治療法(Minimal Invasive Treatment)への流れもまた,避けることのできない世界的な傾向であり,昨今では患者自身そうした治療を希望する人が増えてきているように感じられる.できるだけ歯を削らずに,かつ,できるだけ歯を白くきれいにという患者の要望に応えるためには,一つの治療法に固執せず,さまざまな治療法やテクニックを活用しなければならない.次々と新しい材料や治療法が登場しており,ちょっとした工夫でわれわれは独自の治療法を考案し応用することも可能である.本別冊がそのための情報提供の場となれば幸いである.
 こうした治療法が普及していくために避けて通れないのが治療費の問題である.「歯を白くするためには高額の治療費が必要である」ことは一般には当然のこととされている.しかしながら,そのために患者が歯科医院から遠ざかっているのも事実である.
 女性週刊誌などの通信販売のページによくみられるハニッククリームという商品がよい例である.これは約30年にわたって製造販売が続けられているものであり,市中のドラッグストアでも簡単に購入することができる.ホワイト,トップコート,リムーバーなる3種よりなっており,すべて揃えると7千円以上するものである.筆者自身が試してみたが,なるほど使い方次第ではかなりきれいにすることができる.しかしながら,食事をすると部分的に剥離してしまい,食べ物に含まれるさまざまな色素もつきやすい.「この程度のものに多くの人が7千円も払い続けているのか」というのが筆者の正直な感想である.
 レジン充填が保険点数で1本約300点足らず,患者の負担が2割というのは,先進国,途上国にかかわらず,諸外国の歯科医に紹介すると誰もが驚く数字である.保険制度が充実し,すべての治療が保険でカバーされることは悪いことではない.テトラサイクリンによる変色歯などは,本別冊の編著者である福島正義先生が言われるようにまさに薬害であり,その治療費は全額国家が負担すべきでもある.しかしながら,その評価額が材料費や時間から算出した適正値の1/5以下というのでは,むしろ脱保険を望む意見が出るのも当然である.
 評価額が低すぎるが故にその治療法がよいものであっても普及しない例が多いのも事実であるが,一方で考えなければならないのが保険外治療の値段である.社会の常識を逸脱したような高額な治療費が請求されるようであれば,再び患者はハニッククリームに頼ってしまうであろう.「審美歯科」という言葉が巷に普及しつつある反面,「審美歯科」という言葉に対してある種の警戒感をいだいたり,いかがわしい雰囲気を感じ取る人々がいるのも事実である.一般の人々の感覚からすれば非常識な治療費の噂などがこうした状況を生んでいるように思われる.審美歯科治療を高額な治療費を負担できる人々だけの治療にしてしまっては,歯科界は社会的な信頼を失ってしまうのではないだろうか.高価なブランド商品に身を包んだ美しい女性やオリンピックなど国際競技で活躍する選手たちが微笑んだとき,前歯が変色歯であったり,出来の悪い前装冠であったり,また側方に金属が見えたりすると痛ましいような感じがするのは筆者だけであろうか.
 本別冊で紹介されている治療法は,必ずしも高額な治療費を要するものばかりでもないし,高額でないからといって効果や耐久性に大きな欠点があるとも思えない.また,ある特定の治療法がいつもベストでありうるはずもない.患者の状況はさまざまでありニーズも異なるので,それに応えられるだけのさまざまな知識と技術による対応が求められる.すべての人々が安心して,かつ満足のできる審美歯科治療を提供することで,歯科界が社会的に大きな信頼を得られるものと確信する.「すべての人々のための審美歯科治療」が編者らの切実な願いである.
 これからの審美歯科治療―まえがきに代えて― 田上順次

第1章 変色歯・着色歯の原因と問題点
 外因性因子と内因性因子 福島正義
  はじめに/外因性因子/内因性因子

第2章 変色歯・着色歯の治療
 患者カウンセリングとインフォームド・コンセント 寺下正道
  はじめに/訴えから問題認識/訴えの正しい把握/情報の正確な分析/初期計画(解決策)の立案/インフォームド・コンセント/解決策の実行(治療)/症例/おわりに
 口腔清掃指導とプロフェッショナルケア 五味一博・新井 
  はじめに/口腔清掃指導/症例/おわりに
漂白
 漂白のメカニズム 川上 進
  はじめに/無髄変色歯の漂白/有髄変色歯の漂白/漂白に伴う諸問題/おわりに
 無髄歯の漂白 高水正明
  適応症と禁忌症/漂白のメカニズム/漂白法の実際
 有髄歯の漂白―オフィスブリーチング― 新海航一・加藤喜郎
  はじめに/変色歯漂白法の種類/インフォームド・コンセント/松風ハイライトによるオフィスブリーチング/おわりに
 有髄歯の漂白―ホームホワイトニング― 近藤隆一
  はじめに/コンセプトを再考する/ホームホワイトニングとは/ホームホワイトニングの治療プロセス/インフォームド・コンセント/最終結果の提示/ホワイトニングだけでは終わらない/ホワイトニング・シェード/ホワイトニング+審美補綴の症例/おわりに
 マニキュア 山岸一枝
  マニキュアのメリット/マニキュアが普及してこなかった理由/マニキュアの具体的手順/症例/おわりに
 ポーセレンラミネートベニア 千田 彰
  ポーセレンラミネートベニア(PLV)/変色歯に対するPLVの診査,診断/PLVの形成/シェードテーキング,印象,暫間処置/PLVの製作/接着/仕上げ/おわりに
 新素材によるジャケットクラウン 大山龍男・孔 俊樹・六人部慶彦・中村隆志
  はじめに/ジャケットクラウンの変遷/オールセラミックレストレーション/新世代の高分子材料―ハイブリッド系レジン材料/おわりに

第3章 変色歯・着色歯の症例
 漂白法のみで対応したケース 東光照夫・久光 久
  はじめに/症例/その他のトピック/まとめ
 漂白ならびに審美性修復により対応したケース 新海航一・加藤喜郎
  はじめに/症例
 漂白と他の手法を併用したケース 山岸一枝
  はじめに/漂白法の選択基準/症例/おわりに
 ブリーチングとコンポジットレジン・ボンディングで審美的効果を高める Wynn H.Okuda
  はじめに/ブリーチング/ブリーチングとコンポジットレジン・ボンディングの組み合せ/コンポジットレジンとブリーチングを組み合わせた包括的な審美歯科修復/おわりに

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 編集後記