やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

はじめに
 大鳥精司
 このたび『医学のあゆみ』より,「痛み―慢性痛研究の最近の話題と将来展望」の企画を依頼された.筆者が痛みの研究をはじめた1990年代後半では,現在に比較して痛みに対する関心は低かったが,神経障害性疼痛の概念やオピオイド,プレガバリンの臨床への導入により,飛躍的に研究と臨床が発展した分野と思われる.しかし,基礎的機序の解明や臨床効果など,まだまだ発展途上であることは誰もが認めるところである.
 本特集では,まず日常診療で最も遭遇する腰椎や膝関節などの局所,中枢である脊髄での痛みの機序を解説いただいた.また,イメージングを用いた細胞レベルでの痛み機序も徐々に解明されている.一方で,臨床的には多くの画像の進歩があり,関節,神経,筋肉では構造だけではなく痛みを捉えようと生理的な評価を可能としている.人工知能(artificial intelligence:AI)を用いることで同等か,それ以上の診断価値があり,より痛みの評価に用いられている.被曝の問題をなくすため超音波における診断技術の向上,治療がますます盛んになっている.
 国民愁訴で最も多い腰痛は不可解な点が多い.その非特異的腰痛の頻度,発生源の最近の話題はとくにわが国からの研究が多い.また生物学製剤が導入され,飛躍的治療効果をあげている関節リウマチも診断,治療が高度化するなか,最低限の診断のポイントは若手医師にとっては重要な点である.
 われわれは多くの治療のオプションを持っているが,慢性の痛みほどその治療効果に乏しく,患者満足度が低い領域はほかにない.痛みに対する薬物療法の最近の話題と有効性,また,とくに高齢者で注意を要する鎮痛剤の有害事象については常に念頭に置くべきである.5%の腰痛に存在するred flagの見逃しは避けたいところであり,そのなかでも感染,骨粗鬆症による椎体骨折,転移性腫瘍による痛みへの最近の話題と,治療は常に考慮しなくてはならない.さらには痛みに対するロボット工学,遠隔医療はこのコロナ禍では大変重要な領域であり,さらなる発展が予想される.
 以上,慢性の痛みの比較的最前線の内容を組み込んだ.まだまだ未発展の分野もあるが,将来的にこれらの内容を基盤として,費用対効果も考えながら,さらなる治療が発展することを期待している.
 はじめに(大鳥精司)
痛みの機序
 1.慢性腰痛の発生機序,現在の診療指針,そして将来の治療戦略(由留部 崇)
  KeyWord 慢性腰痛,椎間板変性,腰痛診療ガイドライン,ロコモティブシンドローム,脊椎
 2.変形性膝関節症の痛みの機序(阿漕孝治)
  KeyWord 変形性膝関節症(膝OA),痛み,軟骨下骨,滑膜炎,神経成長因子
 3.脊髄後角(津田 誠)
  KeyWord 脊髄後角,神経回路,グリア,神経障害性疼痛
 4.骨由来の痛みを引き起こす病態の可視化(塚ア裕之・他)
  KeyWord Modic change(MC),骨シンチグラフィ,生体イメージング
画像診断
 5.脊髄神経の画像診断の進歩(江口 和・大鳥精司)
  KeyWord MRI,MR neurogaraphy,拡散テンソル画像(DTI),T2 mapping,脊髄神経
 6.多裂筋の画像診断─Magnetic resonance spectroscopyによる定量的解析(黄金勲矢・他)
  KeyWord 慢性腰痛,Magnetic resonance spectroscopy(MRS),多裂筋,脊柱・骨盤アライメント,椎間板変性
 7.AIを用いた骨粗鬆症性椎体骨折の自動検出(乗本将輝・牧 聡)
  KeyWord 骨粗鬆症性椎体骨折(OVF),深層学習,自動検出
 8.肩の画像診断における進歩と最近の話題(松村 昇)
  KeyWord 腱板断裂,筋内脂肪浸潤,MRI,surface registration法,四次元CT
 9.エコーガイド下頸椎神経根ブロックの実際(石川哲大)
  KeyWord 頸椎神経根ブロック,運動器超音波,横突起
診断と評価
 10.非特異的腰痛の診断と難治性腰下肢痛の治療効果判定法(鈴木秀典・坂井孝司)
  KeyWord 腰痛症,非特異的腰痛,腰椎椎間関節症,筋筋膜性腰痛,椎間板性腰痛,Numerical Rating Scale(NRS),最小重要差(MCID)
 11.腰痛における骨粗鬆症や筋減少症の関わり(堀 悠介・他)
  KeyWord 腰痛,骨粗鬆症,筋減少症,脊柱変形
 12.関節リウマチの診断と痛みの現状と展望(望月 猛)
  KeyWord 関節リウマチ(RA),感受性,非ステロイド性抗炎症薬(NSAIDs),炎症性疼痛,非炎症性疼痛
治療
 13.痛くて当たり前?─CLAPによる“痛み”の少ない新しい感染治療(姫野大輔)
  KeyWord continuous local antibiotic perfusion(CLAP),骨軟部組織感染症,局所抗菌薬療法,ゲンタマイシン,感染と痛み
 14.骨粗鬆症性椎体骨折の治療にエビデンスはあるのか?(星野雅俊・他)
  KeyWord 骨粗鬆症,椎体骨折,治療
 15.痛みを伴う転移性骨・軟部腫瘍の最近の話題(木下英幸)
  KeyWord 転移性骨・軟部腫瘍,がん性疼痛,骨転移キャンサーボード
 16.運動器障害・疼痛に対するロボットリハビリテーション─Hybrid Assistive Limb(HAL(R))を中心に(高橋 宏・他)
  KeyWord 運動器障害,運動器疼痛,腰痛,ロボットリハビリテーション,Hybrid Assistive Limb(HAL(R))
 17.慢性疼痛に対する遠隔認知行動療法(田口佳代子)
  KeyWord 心理社会的アプローチ,認知行動療法(CBT),telemedicine,videoconference-CBT,統合的CBTプログラム,stepped-careモデル
 18.脊椎由来の神経障害性疼痛に対する薬物治療の最近の話題(裄V義和)
  KeyWord 神経障害性疼痛,薬物選択,ガバペンチノイド,セロトニン・ノルアドレナリン再取り込み阻害薬(SNRI),呼吸抑制
 19.整形外科でよく処方される鎮痛薬による薬剤性臓器障害の回避─高齢者における薬物鎮痛療法の“影”を中心に(今村寿宏)
  KeyWord 鎮痛薬,薬剤性腎障害,薬剤性肝障害

 サイドメモ
  腰椎椎間孔狭窄
  MRI T2 mapping
  ASIC3受容体とTRPV1受容体
  破局的認知
  イメージ書き直し技法(imagery rescripting)
  電位依存性Caチャネルサブユニット