やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

はじめに
 山本太郎
 長崎大学熱帯医学研究所国際保健学分野
 2019年末に突如,中国武漢に出現し,新型コロナウイルス感染症(COVID-19)は世界中に伝播した.1年たって明らかになったことは,われわれは,好むと好まざるとにかかわらず,この新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)とともに生きていかなくてはならないということ.そして,この汎世界的流行(パンデミック)が引き起こしたさまざまな影響を長く社会に内包しながら,これからの世界を考えていく必要があるということだった,と思う.
 感染症は戦争や地震,津波といった自然災害と異なり,われわれが見る日常的風景を変えないがゆえに,常に忘却の彼方に押しやられてきたという意見がある.しかし,今回のCOVID-19のパンデミックは,感染症がわれわれ人間の社会のあり方や科学の意味,あるいは政治の役割といったものに対する,われわれ自身の考え方,接し方,理解の仕方に大きな影響を与えるということが明らかになった.そして何より,何を大切なものとして心にそっと抱き,われわれはこの世界を作っていくのか,あるいは来るべき世界を想像すべきなのか,そんな問いかけをする.
 今回の特集が,医学雑誌としては異例ともいえる構成になったとすれば,そんな問題意識が故だったに違いないと,今,すべての原稿を読み終えて思う.第1章,2章の「ウイルスの特徴・疫学」および「臨床・感染対策」では,現時点(2020年末)における最新の医学的知見が記述されている.“今”を知る論文であると同時に,今後の対策を考えるうえで貴重な知見となっている.
 第3章,4章「ポストコロナの見取り図」および「歴史研究からのアプローチ」では,社会学と歴史学から今回のパンデミックに対する解題を試みた.いずれも,今回のパンデミックをそれぞれの分野で俯瞰的に見た論考となっている.人文科学者が,事実を,都合のよい解釈や大きな希望のもとに落とし込む傾向を自ら捨て,それによって,現在を生きる方針を探る足掛かりを与えてくれるとすれば,まさに,そうした役割をすべての著者が果たしてくれている.
 最後の章の「国際協力の展望」では,こうした状況下にあるなかでの国際協力の重要性が述べられているだけでなく,ハーバード大学の2名の教授による,日米比較の興味深い事例研究が載せられている.武見氏の論考とあわせて一読いただきたい.
 最後になるが,この1年間,海外に調査に行けないこともあり本当に多くの本を読んだ.そんななかで再読したクロード・レヴィ=ストロースの『悲しき熱帯』のあの一言は,やはり心に残った.否,あの言葉に出会いたくて,再読したのかもしれない.
 あった―.人類学者らしく人類学者らしくないその言葉が.
 「世界は人間なしに始まったし,人間なしに終わるであろう」
 一方で,その時まで心に留めなかった言葉もあった.クロード・レヴィ=ストロースは,そのうえで「ともあれ,私は存在する」と書いていた.
 そう,私は存在するし,私たちの世界も.そんなことを考えた.
 はじめに(山本太郎)
ウイルスの特徴・疫学
 1.新型コロナウイルスの特徴(森田公一)
 2.日本で開発中のCOVID-19ワクチン(山吉誠也・河岡義裕)
 3.新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の検査体制(加藤博史・西條政幸)
 4.数理モデルの活用による新型コロナウイルス感染症対策―これまでの取り組み(茅野大志・西浦 博)
 5.日本における新型コロナウイルス流行初期(2020年1月〜4月)の疫学状況(古瀬祐気)
臨床・感染対策
 6.新型コロナウイルス感染症の臨床症状と診断(忽那賢志)
 7.クラスター対策による感染拡大の防止(神代和明・押谷 仁)
 8.新型コロナウイルスの感染症対策―院内感染を防ぐ(笠松亜由・他)
 9.新型コロナウイルスの流行と沖縄県における対策(高山義浩)
 10.日本医師会の取り組み(釜萢 敏)
ポストコロナの見取り図
 11.国民国家を超えた連帯へ―世界共和国の夢を現実に(大澤真幸)
 12.ポストコロナの世界・社会の変容(内田 樹)
歴史研究からのアプローチ
 13.過去のパンデミックからの考察―スペイン風邪を考える(藤原辰史)
 14.疫病とどう向き合うか―日本列島における天然痘の歴史から考える(香西豊子)
国際協力の展望
 15.感染症対策の国際協力(國井 修)
 16.アジア諸国のCOVID-19との闘い(野崎慎仁郎・芝田おぐさ)
 17.ポストコロナのグローバル戦略(武見敬三)
 18.新型コロナウイルス感染症に対する日本の“緩やかな対策”の歴史的文脈(アンドルー ゴードン)
 19.日本とアメリカにおけるパンデミック・ガバナンス―管制塔の比喩を用いて(マイケル ライシュ)