やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

はじめに
 寺内公一
 東京医科歯科大学大学院医歯学総合研究科女性健康医学講座
 あらゆる生物にとって,唯一かつ最大のraison d'etreは生殖(=再生産;reproduction)である.しかし―モノリスの導きであるかどうかは別にして―文明を手にしたホモサピエンスは,20万年の歴史を経た現在,生物学的にも経済学的にもかならずしも合理性があるとはいえないほどの長寿を手にしている.産婦人科は日常診療において,始原的な“生殖”を担当する部門であったはずだが,超高齢化著しい社会は,そのようなわれわれ産婦人科医に対しても,“生殖”という役割を終えた女性の健康維持を引き続きサポートするよう要請している.閉経移行期に,数年にわたって続くエストロゲンの激しいゆらぎと,その時期に積み重なる心理・社会的負担はさまざまな精神身体症状の形をとって,この時期の女性を苦しめる.また,ゆらぎの時期を経て症状が軽快した閉経後女性は,今度は自覚の乏しいままにエストロゲンの枯渇によって急増するさまざまな慢性疾患のリスクに曝される.
 “更年期”という,はなはだ文化的な言葉がわが国の医学界に明確に導入されたのは,1986年の産婦人科更年期研究会設立に遡ると考えられるが,その時点ですでにこの用語には上述の多様な問題意識が内包されていたと思われる.それから30余年を経て,更年期女性への対応が難しいことは今も少しも変わらないが,一方で上記の症状や疾患に対して,従来とは異なる治療法が模索されたり,心身両面のquality of life(QOL)を念頭に置いた女性のヘルスケアがより重要視されるようになったりと,新しい潮流も生まれている.
 僭越ながら本特集の構成をお引き受けした際に肝に銘じたことは,ありきたりではない更年期診療の“いま”を切り取るために,産婦人科に限らず各分野におけるトップノッチの先生方にご参集いただくことであった.幸いすべての著者にご賛同いただき,ここに「更年期診療UPDATE」と題する特集が完成した.深甚の感謝を表するとともに,読者諸賢にも更年期診療の“いま”を実感していただければ望外の喜びである.
 はじめに(寺内公一)
総論
 1.オフィスガイネコロジーにおける更年期診療の将来像(岡野浩哉)
  KeyWord オフィスガイネコロジー,更年期診療,人口減少,仕事,かかりつけ医
 2.更年期女性を診療するうえでのピットフォール─東京女子医大女性専門外来での経験から(片井みゆき)
  KeyWord 女性医療,性差医学・医療,女性専門外来,不定愁訴,更年期,女性包括医療
 3.更年期医療とJNHS─JNHS研究のインパクトを更年期医療にいかすために(安井敏之・林 邦彦)
  KeyWord 日本ナースヘルス研究(JNHS),エストロゲン,閉経,女性医学
更年期女性への対応
 4.更年期女性への心身医学的対応(小川真里子・松 潔)
  KeyWord 更年期障害,心身症,心身相関,心理療法,認知行動療法(CBT),マインドフルネス
 5.更年期女性に対する漢方療法の理論と実践─ホットフラッシュ,不眠,メタボリックシンドロームに対する漢方療法(西尾永司)
  KeyWord 更年期障害,漢方,ホットフラッシュ,不眠,メタボリックシンドローム
 6.更年期女性に対するホルモン補充療法施行前・中・後の注意点─安全かつ最適な治療を行うためのポイント(牧田和也)
  KeyWord 更年期女性,エストロゲン,ホルモン補充療法(HRT),ホルモン補充療法ガイドライン
 7.更年期女性の難治性めまい症状への対応(伏木宏彰)
  KeyWord 閉経,不安,片頭痛,前庭リハビリテーション,認知行動療法
 8.更年期女性の口腔症状への対応(伊藤加代子・井上 誠)
  KeyWord 更年期,口腔乾燥症,味覚障害,舌痛症
性成熟期疾患の周閉経期管理
 9.PMS/PMDDの周閉経期管理─基本的治療方針と難治症例の診療経験からの考察(江川美保)
  KeyWord 低用量経口避妊薬(OC),低用量エストロゲン・プロゲスチン配合薬(LEP),選択的セロトニン再取り込み阻害薬(SSRI),漢方薬,症状記録,セルフケア
 10.周閉経期における子宮内膜症への対応と留意点(北島道夫)
  KeyWord 子宮内膜症,周閉経期,再発,癌化,ホルモン補充療法(HRT)
 11.不正性器出血の周閉経期管理(柿沼 薫・柿沼敏行)
  KeyWord 不正性器出血,周閉経期,悪性疾患,PALM-COEIN分類,機能性子宮出血
閉経後女性の疾患リスク管理
 12.妊婦健診データを利用した閉経後女性の疾患リスク管理(飯野香理)
  KeyWord 心血管疾患,妊娠高血圧症候群(HDP),妊娠糖尿病(GDM),妊婦健診,母子健康手帳
 13.早発卵巣不全患者のリスク管理(五十嵐 豪)
  KeyWord 早発卵巣不全(POI),ホルモン補充療法(HRT),冠動脈疾患,骨粗鬆症
 14.若年婦人科がんサバイバーの疾患リスクと婦人科がん治療後のホルモン補充療法(佐々木 浩)
  KeyWord 若年婦人科がん,がんサバイバー,外科的閉経,ホルモン補充療法(HRT)
 15.がんゲノム医療と女性ヘルスケア(平沢 晃)
  KeyWord がんゲノム医療,女性ヘルスケア,リスク低減手術,遺伝性乳癌卵巣癌(HBOC),Lynch症候群
ウロガイネコロジー
 16.Genitourinary syndrome of menopause(GSM)への対応(関口由紀・二宮典子)
  KeyWord Genitourinary syndrome of menopause(GSM),セルフケア,ピフィラティス
 17.骨盤臓器脱への対応─最新の診断と治療(谷村 悟)
  KeyWord 周閉経期,骨盤臓器脱(POP),ホルモン補充療法(HRT),骨盤底筋体操(PFMT)
保険診療と医療政策
 18.更年期診療と保険診療(高橋一広)
  KeyWord 更年期障害,更年期症候群,診療報酬,特定疾患指導管理料
 19.女性診療における医療政策(倉澤健太郎)
  KeyWord 女性医学,医療政策,社会保障

 サイドメモ
  お血(おけつ)
  平成の時代とともに発展した更年期診療
  ドライシンドローム
  保険診療上の留意点
  稀少部位子宮内膜症
  特発性外陰部痛
  マイクロ波子宮内膜アブレーション(MEA)
  妊娠高血圧症候群(HDP)の呼称
  セルフプレジャーグッズ
  ピフィラティスTM(PfilatesTM)