やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

はじめに
 脇 嘉代
 東京大学大学院医学系研究科健康空間情報学講座
 近年のICT(Information and Communication Technology)の進歩は著しく,医療においてもICTは普及しつつあり,従来の対面式の診療から時間的や空間的制約を受けないような遠隔診療があらたな診療スタイルとして注目されている.ICTによって受診はかならずしも診察室で医師と対面で行う必要はなくなり,スクリーン越しや,ときには在宅のデータを共有して,たがいの都合に合わせてメッセージをやり取りするなど,在宅データをもとに,これまではなかったスタイルで診療が行われるようになるのも近い将来のことかもしれない.アメリカでは,こうしたICTシステムを用いた治療はFDAの承認も得て糖尿病患者に対して実施されており,mobile prescription therapy(モバイル処方型治療)とよばれている.
 慢性疾患治療では,日々の体調管理や食事療法や運動療法を含めた自己管理が重要である.しかし,自己管理を継続するのはかならずしも容易ではなく,ICTを利用して医療従事者と適宜連絡を取り合うことによって自己管理のモチベーションを上げられるのではないかという期待もある.また,専門医が不足している過疎地域では,ICTによって専門医と連携することでより高度な治療を遠隔で受けられる可能性もある.医療従事者にとっても,ICTを利用して従来の限られた診療時間では得られにくい情報を得ることができ,患者の日常の状況をより具体的に把握できるという利点もある.一方で,医療従事者の負担を増やすのではないかという懸念や,だれがそのコストを負担するのが適切であるか,あらたな医療費の増加になるのではないかなど,まだまだ課題や議論のあるところである.ICTの利用状況には世代格差や地域格差も大きく,ICTを利用できる患者とそうでない患者に将来の健康や合併症の進展に大きな差が出ないよう留意する必要もある.
 本書では,遠隔医療の現状と課題,とくに遠隔医療がもたらす変革に焦点を当てた.
 はじめに(脇 嘉代)
総論
 1.遠隔医療の課題と解決(中島直樹)
  ・遠隔医療の定義とその広がり
  ・期待される遠隔医療の有用性
  ・遠隔医療の課題と対策
ICTでつなぐ地域医療連携
 2.愛知県における地域医療・地域包括ケア(水野正明)
  ・超高齢社会の課題
  ・愛知県内における地域医療・地域包括ケアの基盤づくり
 3.徳島県における地域医療連携(谷口 諭・松久宗英)
  ・徳島県におけるICTを活用した地域医療連携
  ・医療情報連携基盤の構築と活用
  ・糖尿病治療へのICT医療連携基盤の活用
  ・地域医療連携におけるICT活用の課題
ICT活用による遠隔医療の実際
 4.不整脈のテレメディシンの現状と課題(藤生克仁)
  ・致死性不整脈の遠隔医療の現状
  ・デバイス植込み患者における心房細動の早期発見
  ・デバイス植込み患者におけるインターネットを通じた遠隔モニタリングの重要性
  ・不整脈の早期発見のみを目的とした植込み型心臓モニタ
  ・健常人に対する不整脈発見の試み
  ・今後の課題
 5.急性心筋梗塞の早期診断と早期治療(竹内一郎)
  ・急性心筋梗塞の治療におけるドクターカーとテレメディシン
  ・ドクターカーへのクラウドICT導入の取組み
  ・今後の広域的なACS治療体制におけるクラウドICTの有効性
 6.生活習慣病における食事管理とヘルスケアアプリの活用(木村滋子・脇 嘉代)
  ・ICTによる食事管理
  ・ヘルスケアアプリの利用状況
  ・患者がアプリに登録した食事情報の信頼度
  ・臨床におけるアプリの活用事例:アプリを用いた糖尿病患者の生活習慣調査
  ・今後の課題と展望
 7.透析患者自己管理支援システムとICT(林 亜紀)
  ・透析医療と自己管理
  ・システムの概要
  ・研究デザインと参加者
  ・結果
  ・結論
 8.医師と患者をつなぎ,ともに治療に向き合うためのオンライン診療システムの構築(武藤真祐)
  ・遠隔診療に係る政策の動き
  ・解決したい医療の課題
  ・解決の方向性
  ・福岡市での実証事業と有用性評価
  ・今後の展望
 9.ICTの導入と医療現場の変革(尾洋之・竹下康平)
  ・日本政府が着手する遠隔医療の動向
  ・医師法第20条の壁と近年の誤解
  ・遠隔医療と公的医療保険の関係性
  ・いまできる遠隔医療とは
  ・スマートフォンを用いた遠隔医療
  ・遠隔医療の今後
遠隔医療と企業の取組み
 10.遠隔医療とPHR活用(河野誠二・志賀利一)
  ・健康管理におけるPersonal Health Record(PHR)の事例
  ・遠隔医療におけるPHRの事例
 11.遠隔医療と健康経営(渡邉尚子)
  ・背景
  ・健康リスク改善研修
  ・考察
 12.モバイルヘルスを用いた疾患治療のエビデンスと今後の展望(佐竹晃太)
  ・海外におけるモバイルヘルスのエビデンス紹介
  ・日本での取組み
 13.8Kスーパーハイビジョンを活用した遠隔医療の実証(岸本純子)
  ・遠隔病理診断モデルの実証
  ・遠隔診療支援モデル(皮膚科)の実証
遠隔医療の実現とAI
 14.画像認識を用いた食事の記録,解析ツール:FoodLog(相澤清晴・小川 誠)
  ・画像を用いた食事記録ツール:FoodLog
  ・FoodLogデータからみえる傾向
  ・今後の展開
 15.ICTによる生活習慣マネジメントの実現に向けて―介入支援すべき患者をみつけるAIの研究開発事例(倉沢 央)
  ・糖尿病重症化予防の課題
  ・ICTによる生活習慣マネジメントシステム
  ・AIの活用法と可能性
 16.医療における人工知能技術の応用(河添悦昌)
  ・医療における人工知能技術応用の略歴
  ・電子カルテシステムの普及と医療ビッグデータの時代
  ・医療データの利活用:SS-MIX2標準化ストレージ
遠隔医療の実現とビッグデータ
 17.ゲノム医療の展開と医療ビッグデータ時代の到来(田中 博)
  ・アメリカにおけるゲノム医療の臨床実装の怒濤の展開―精密医療(precision medicine)の全米的浸透へ
  ・ヨーロッパにおける大規模バイオバンクの急速な普及
  ・医療ビッグデータ時代の到来とビッグデータからの知識発見
  ・期待される方法としての人工知能―とくにDeep Learning
 18.電子カルテ情報の臨床研究への活用―現状と課題(美代賢吾)
  ・診療情報の電子化の現状
  ・病院で収集可能な電子情報
  ・臨床研究データの収集と電子カルテ
  ・電子カルテによる臨床研究データ収集の課題
 19.医学・創薬におけるビッグデータ(佐藤憲明・他)
  ・医療ビッグデータ
  ・創薬ビッグデータ

サイドメモ目次
 不整脈の検出
 写真撮影法
 データヘルス計画
 健康経営優良法人〜ホワイト500〜
 遠隔医療のモデル
 8Kスーパーハイビジョン
 日本における遠隔病理診断(テレパソロジー)
 HEVC(H.265)方式
 SS-MIX2準拠の電子カルテデータ
 HL7とSS-MIX