やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

はじめに
 江川裕人
 東京女子医科大学消化器病センター
 このたび「医学のあゆみ」に,「臓器移植の現状と課題」のテーマで連載することになり,日本移植学会の精鋭の先生方に執筆をお願いした.移植医療は,多方面にわたる最先端の科学技術とかかわるだけでなく,臓器提供を通して社会性の高い医療である.また,生存を何カ月か延ばすだけの延命治療ではなく,死を前にした患者が一転完全な社会復帰をかなえることができる根治医療である.期待のiPS医療が臓器不全患者を救命するまでには何十年か必要であろう.それまで臓器不全患者を救うことができるのは臓器移植だけである.一方で,臓器移植は保険診療となっていることからわかるように実験医療ではなく,高度な技量が必要とされるが医療費が保険で賄われる確立された医療である.その1年生存率は,ほとんどの臓器で90%を超えている.長期の成績では5年,10年生存率が臓器によって60〜80%とばらつくが,短期・長期の生存率を少しでも改善するためにさまざまな角度から研究に取り組んでいる.このように,日本の臓器移植の成績は優秀であるが,臓器がないことには救命はできない.もっとも深刻な問題は臓器不足である.現在日本で32万人が人工透析で命をつなぎ,これまでに日本で脳死移植に登録した患者の数は,心臓1,020人,肝臓2,300人,肺890人,膵臓550人で,移植が間に合わずにその三分の一が亡くなっている.本連載を通して読者の皆様に移植医療の理解を深めていただき,われわれに臓器移植の成績向上につながるフィードバックをいただければ幸甚である.
 はじめに(江川裕人)
総論
1.臓器移植の歴史と現況
 (高原史郎)
 ・臓器移植の歴史
 ・日本の臓器移植の現況
2.臓器移植における免疫抑制薬と免疫抑制法
 (佐藤 滋)
 ・免疫抑制薬
 ・ドナー特異抗体陽性移植成績
 ・DSA検出法
 ・抗体陽性に対する免疫抑制法
3.臓器移植に伴う感染症
 (後藤憲彦)
 ・疫学的曝露(病原体側の因子)
 ・免疫抑制状態(レシピエント側の因子)
 ・臓器移植から感染症発症までの時期
 ・検査と治療
4.臓器移植症例の登録事業
 (湯沢賢治)
 ・臓器移植登録の必要性
 ・日本の臓器移植登録の歴史
 ・日本の臓器移植登録の電子化
 ・国際的な臓器移植登録
 ・今後の展望
5.わが国における脳死下臓器提供の現状と課題
 (伊藤孝司・上本伸二)
 ・脳死下臓器提供が可能な法律制定等の経緯
 ・脳死下臓器提供の現状と施策
 ・課題
 ・まとめ
各論
6.心臓移植
 (縄田 寛)
 ・心臓移植の歴史
 ・世界における心臓移植の現状
 ・日本における心臓移植の現状
 ・心臓移植の適応と移植登録
 ・心臓移植手術
 ・心臓移植後の管理
 ・おわりに:心臓移植治療の今後の展開
7.肺移植の現況と今後の課題
 (陳 豊史)
 ・生体肺移植
 ・心臓死ドナーからの肺移植
 ・Ex vivo lung perfusion(EVLP)
 ・慢性期移植肺機能不全(chronic lung allograft dysfunction:CLAD)
 ・抗体関連拒絶
8.肝移植
 (赤松延久)
 ・肝移植の適応
 ・わが国の肝移植の動向
 ・肝移植の成績
 ・疾患別トピック
9.腎移植
 (市丸直嗣)
 ・腎移植の種類
 ・末期腎不全と腎移植
 ・腎移植の適応拡大
 ・腎移植の成績
 ・長期生着と服薬ノンアドヒアランス
 ・高齢腎移植患者
 ・腎移植後悪性腫瘍と移植後リンパ増殖症
10.膵移植の現状と課題
 (剣持 敬)
 ・膵移植の歴史と現況
 ・藤田保健衛生大学病院における膵移植
 ・国立病院機構千葉東病院における生体膵移植
 ・膵移植の課題と今後の展望
11.小腸移植の現状と課題
 (上野豪久)
 ・小腸移植の歴史
 ・海外での現状
 ・わが国の現状
 ・現在の課題
 ・今後の方向
12.臓器移植後の抗ドナーHLA抗体による臓器障害
 (吉澤 淳)
 ・DSAによる抗体関連型拒絶反応
 ・肝移植における慢性抗体関連型拒絶反応
 ・肝移植後のde novo DSAの形成
 ・術後早期に発生するde novo DSAと急性抗体関連型拒絶反応
 ・長期経過における移植肝に対するde novo DSAの影響:小児症例
 ・長期経過における移植肝に対するde novo DSAの影響:成人症例
 ・DSA陽性症例の予後と治療
13.臓器移植における再生医療:実質臓器再生の実現化に向けて―細胞外骨格の利用
 (八木 洋・他)
 ・臓器の脱細胞化
 ・臓器再生医療の実現化をめざして
 ・充填細胞ソースとしてのヒトiPS細胞
14.臓器移植における再生医療:リンパ球を操る
 (大段秀樹)
 ・必要最小限の獲得免疫応答の抑制
 ・自然免疫応答の維持・促進
15.異種移植への期待:臨床試験に向けての課題と最近の動向
 (小林孝彰)
 ・異種移植の歴史とブタの遺伝子改変
 ・最近の進歩:前臨床試験(ブタから霊長類への移植実験)
 ・臨床への課題
 ・最近の動き
【書き下ろし】16.臓器移植におけるチーム医療としての内科医のかかわり
 (酒井 謙)
 ・多職種参画(当科紹介を通して)
 ・腎移植の動向
 ・移植腎定期腎生検と内科医の役割
 ・ドナー医療と内科医の役割

サイドメモ目次
 ニューモシスチス肺炎(PCP)アウトブレイク
 わが国の第1例目の腎移植
 イスタンブール宣言
 厚生科学審議会疾病対策部会臓器移植委員会
 5類型施設
 造血幹細胞移植後の肺移植
 アドヒアランス
 腸管不全関連肝障害(IFALD)
 Operational toleranceとDSA
 肝の免疫寛容機構