やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

はじめに
 小野 稔
 東京大学医学部附属病院心臓外科
 2011年に植込み型補助人工心臓(iVAD)であるEVAHEART(R)とDuraHeart(R)が保険適用となって以来6年が経過した.心臓移植への橋渡し目的(bridge to transplantation:BTT)に限定されているものの,iVAD実施施設は日本全国に45施設の布陣となり,装着総数も650例を超えている.
 アメリカにおけるINTERMACSにならい,装着症例は全例J-MACSとよばれる市販後登録システムに登録することが義務づけられていて,装着後予後や合併症回避率が正確に把握できるようになった.これによると,成人初回装着症例の1年および2年生存率は92%,88%と,アメリカの成績をはるかに上まわっている.心臓移植についても徐々に増加傾向にあるものの十分ではなく,待機期間も3年を超えようとしている.いわば,わが国のiVAD治療はBTTに限定されているものの,実質的にはdestination therapy(DT)に似た状況になっている.
 各施設とも長期の補助期間,高いquality of life(QOL)を維持しながら,社会復帰を促す努力をしている.しかし,補助が長期になるにつれて合併症の頻度も少なくなく,心臓外科医,循環器内科医を中心として,人工心臓管理技術認定士,コーディネーター,看護師,臨床工学技士,理学療法士などから構成される心不全管理ハートーチームの総力を挙げて,合併症軽減に取り組んでいる.欧米では,機能性が優れかつコンパクトな次世代型iVADが登場しつつある.わが国においても,ぜひとも早期の導入が求められる.
 iVADに光が当たり,ややもすれば時代遅れと思われがちな体外設置型VAD(pVAD)も,その役割はいぜんとしてきわめて重要である.重度な心原性ショックに対するfirsttouchは経皮的心肺補助(PCPS)であるが,同時に多くの限界と問題点があり,トリアージデバイスにすぎない.pVADの前負荷および後負荷軽減能力は大きく,不可逆的な多臓器不全に陥る前に装着を行うと,自己心機能の回復,VAD離脱(bridge to recovery)を達成することができる.2015年8月に小児用VADが保険適用となって以来,わが国の小児重症心不全の治療チャートは大きく書き換えられようとしている.
 本特集では,pVADからiVADに至るまでのup-to-dateを日本の第一人者の方々に執筆していただいている.重症心不全のVAD治療の進歩の早さには驚くべきものがある.
 はじめに(小野 稔)
補助人工心臓の適応と装着後の治療
 1.体外設置型補助人工心臓の現況―適応から近年の動向まで(藤原立樹・荒井裕国)
  ・わが国における体外設置型補助人工心臓の歴史
  ・体外設置型補助人工心臓の適応
  ・体外設置型補助人工心臓を装着するタイミング
  ・体外設置型補助人工心臓に関する近年の動向
 2.Bridge to transplantationとしての植込み型補助人工心臓の適応(布田伸一)
  ・植込み型補助人工心臓(VAD)の植込み適応
  ・VADの植込み適応疾患
 3.Destination therapyとしての植込み型補助人工心臓の適応(宮脇 大・坂田泰史)
  ・DTの概念と海外の現状
  ・わが国におけるDT患者選択基準および実施施設基準
  ・DTの倫理的課題,費用対効果,未来展望
 4.補助人工心臓装着中の薬物治療(絹川弘一郎)
  ・血栓塞栓症
  ・ドライブライン感染
  ・右心不全
  ・大動脈弁逆流
  ・心室性不整脈
  ・心機能温存
 5.自己心機能の回復による補助人工心臓からの離脱(波多野 将)
  ・補助人工心臓からの離脱をめざすことができる症例の選択
  ・補助人工心臓からの離脱をめざした治療戦略
  ・離脱が可能かどうかの評価
 6.わが国の心臓移植の現状と展望(福嶌教偉)
  ・心臓移植の歴史
  ・心臓移植の適応基準
  ・心臓移植の至適時期
  ・心臓移植後の管理(follow-up)
  ・わが国の心臓移植の現状
  ・わが国の小児心臓移植
補助人工心臓の機能と成績
 7.連続流ポンプの原理(山根隆志)
  ・人工心臓の歴史
  ・ポンプの種類と軸受の種類
  ・連続流回転ポンプの設計
 8.体外設置型補助人工心臓:ニプロ(西村 隆)
  ・システムと駆動方法の概説
  ・植込み手術の手順とポイント
  ・装着患者管理―術後急性期および慢性期
  ・近年の臨床成績と将来の動向
 9.体外設置型補助人工心臓:AB5000(大岡智学・松居喜郎)
  ・開発およびわが国への導入の経緯
  ・AB5000血液ポンプ
  ・AB5000コンソール・ポータブルコンソール
  ・AB5000とNIPRO LVASの共通点と相違点
  ・装着手技のポイント
  ・ポンプ血栓の視認性と好発部位
  ・左室脱血での送脱血管の走行と血液ポンプの配置
  ・慢性期における抗凝固療法
  ・ウィーニングモード
  ・患者のADL拡大とドライブライン
  ・トラブルシューティング
  ・Mock回路と保守点検
  ・国内外の臨床成績
 10.小児用体外設置型補助人工心臓:Berlin Heart EXCOR(R) Pediatric(平田康隆)
  ・機器の概要
  ・装着手術
  ・術後管理
  ・臨床成績
 11.植込み型補助人工心臓:EVAHEART(R)(山崎健二)
  ・デバイスの改良
 12.植込み型補助人工心臓:HeartMate(R)II(藤田知之)
  ・HeartMate(R)IIの仕様と特徴
  ・臨床上のトピックス
  ・今後の展開
 13.植込み型補助人工心臓:Jarvik 2000(R)(松宮護郎)
  ・デバイスの構造と特徴
  ・植込み手術手技
  ・わが国での使用成績
  ・術後管理と合併症
  ・今後の展開
 14.植込み型補助人工心臓:HVAD(R)(戸田宏一・澤 芳樹)
  ・HVAD(R)システムの構成
  ・HVAD装着手術
  ・手術後の管理
  ・臨床成績
 15.植込み型補助人工心臓:HeartMate(R)3(小野 稔)
  ・HeartMate(R)3のシステム概要
  ・ヨーロッパにおける臨床試験(CE Mark trial)
  ・アメリカにおける臨床試験
  ・今後の展開
補助人工心臓関連合併症の現状と展望
 16.脳血管障害―植込型補助人工心臓時代にも残る課題(肥後太基)
  ・LVADの長期生存率と脳血管障害の発症率
  ・脳血管障害の発症に影響する因子
  ・脳血管障害の予防をめざした取組み
  ・脳血管障害発生時の対応
  ・在宅LVAD患者の救急医療体制の整備
 17.ドライブライン・ポケット感染症(簗瀬正伸)
  ・ドライブライン皮膚貫通部感染の特徴
  ・ドライブラインの感染予防
  ・ドライブラインの感染の治療
 18.定常流型補助人工心臓治療における消化管出血(秋山正年・齋木佳克)
  ・植込み型VADにおける抗凝固・抗血小板療法
  ・後天性von Willebrand症候群(AvWS)
  ・消化管動静脈奇形
  ・血小板機能抑制
  ・診断法
  ・治療法
 19.ポンプ血栓症は疑うことからはじまる(牛島智基・塩瀬 明)
  ・多くの因子がポンプ血栓症の原因となりうる
  ・ポンプ血栓症を疑う
  ・PREVENT study
  ・ポンプ血栓症を治療する
  ・体外設置型VADにおけるポンプ血栓症
 20.左室補助後の右心不全(絹川真太郎)
  ・右室の形態と機能
  ・右室機能に与えるLVADの影響
  ・右心不全の予測
  ・右心不全の治療

 サイドメモ
  INTERMACSおよびJ-MACS ProfileとVADの適応
  LVAD装着後のリバースリモデリングとは?
  VAD装着後の大動脈弁逆流(AI)
  連続流回転ポンプの基本原理
  ニプロ社製補助人工心臓の駆動パラメータ
  Ramp test
  磁気浮上と動圧浮上
  INTERMACSプロファイル
  ポンプ内から聴こえる異音