やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

はじめに―わが国にもっとアンチエイジング研究を
 齋藤英胤
 慶應義塾大学薬学部薬物治療学講座
 わが国は,悲惨な戦争・敗戦を経験した反動もあり,戦後の急速な経済発展に伴い,平均寿命が驚異的と言ってもよい速度で延伸した.男女とも,いまや80歳を迎えるのは当然のこととなり,世界一の長寿国となって久しい.1960年ごろには100歳を超える百寿者は数名であったところが,近年では百寿者は60,000人を超えている.ここにこれまで進歩してきた臨床医学が果たした役割はとても大きい.
 一方,日常生活を継続的な医療や介護に依存しないいわゆる健康寿命は,わが国においてはまだ十分に延伸したとは言えない.男女とも,終末の平均約10年間は寝たきりであるという衝撃的な報告がなされたのも記憶に新しい.さらに日本の将来にかかる暗雲は出生率の低下であり,経験のない超高齢社会を迎え,介護・医療にかかる費用をどうやって捻出するかが大きな問題となっている.
 このような超高齢社会にあって,医学は当然のように変化し,予防医学が重視されるようになってきていると考える.老化や疾病のメカニズムを追究し,その研究成果をもとに疾病や老化を予防しようとするのは至極自然な発想である.しかるにわが国においては,“アンチエイジング”という文言を聞くと,“商業主義と結びついた眉唾物”といった感情を抱く医療人がまだまだ多く存在する.一部には,アンチエイジングという言葉を使って商業主義的な活動を行っているところもあるが,他方,諸外国の科学研究に目を向けると,多くの優れた研究者が,真剣にアンチエイジングの研究をしていることに気がつく.むしろ,世界のなかでもっとも早く超高齢化が進んだ日本においてこそ,アンチエイジング研究が盛んに行われなければならないのではないかと疑問をもつ.今後,わが国から世界の第一線で活躍するアンチエイジング研究者が数多く輩出されることを願う次第である.
 本特集号では,早くから日本の高齢化問題に取り組み,日本のアンチエイジング研究を牽引してこられた先生方にお願いして,世界の研究と日本の現状などを各方面からまとめていただくことを意図して企画した.自分の専門領域とは違うところで,アンチエイジングという切り口ではどのような研究が行われているか,行われるべきか,あるいは研究を基盤にどのように臨床へ応用していくか,を議論していただくよい機会と考えている.専門領域の枠を超え,多くの領域がまとまって,超高齢社会の問題を医学的に解決する方向性を見つけられることが期待される.
 さらに,若い研究者にこの誌面を通して何かを感じとっていただき,今後の日本におけるアンチエイジング研究をさらに推し進めていってほしいと切に望んでいる.
 はじめに―わが国にもっとアンチエイジング研究を(齋藤英胤)
総論
 1.アンチエイジング研究―世界の流れ(早野元詞・坪田一男)
  ・NAD+制御が老化の新しい創薬ターゲットとなるか
  ・マルチタスク機能のミトコンドリアを介したエイジング制御
  ・p16,細胞老化と寿命延長
  ・エピゲノム制御による寿命制御
  ・今後の国外の展望と日本への期待
各領域におけるアンチエイジング研究
 【脳・心血管系のアンチエイジング研究】
 2.認知症と脳血管老化(島村宗尚・他)
  ・加齢によるneurovascular uni(t NVU)の変化と認知機能低下
  ・糖尿病と認知症
 3.心血管系のアンチエイジング(須田将吉・南野 徹)
  ・細胞老化
  ・細胞老化と加齢関連疾患
  ・心血管疾患におけるアンチエイジング治療
 【感覚器のアンチエイジング研究】
 4.眼科領域の食品因子研究の現状(北市伸義・石田 晋)
  ・加齢黄斑変性―ビタミンとルテイン
  ・眼調節機能と眼精疲労
  ・おわりに―眼は食品因子からのアンチエイジング研究が進んでいる
 5.耳鼻咽喉科領域(山岨達也)
  ・老人性難聴
  ・老人性平衡障害
  ・嗅覚障害
  ・味覚障害
  ・音声障害
 【見た目のアンチエイジング研究】
 6.皮膚科領域(山田秀和)
  ・見た目の重要性
  ・見た目と長寿
  ・皮膚
  ・容貌
  ・体形
  ・対処方法
 7.形成外科領域(福澤見菜子・三鍋俊春)
  ・世界と日本の美容医療における若返り治療
  ・皮膚のアンチエイジング治療
  ・毛髪のアンチエイジング治療
  ・顔面と容貌のアンチエイジング治療
 【運動器のアンチエイジング研究】
 8.運動のアンチエイジング効果(中村 洋)
  ・運動療法の種類
  ・レジスタンスエクササイズ
  ・エアロビックエクササイズ
  ・個々の疾患に対する運動
  ・身体活動
  ・運動が生体に与える影響の分子生物学的機序
 【臓器の疾患予防・老化研究】
 9.口腔から考える全身の抗加齢医学(斎藤一郎)
  ・口腔の役割と歯科医療の進展
  ・口腔の機能維持における唾液の重要性
  ・抗加齢歯科医学のめざすところ
  ・口の感覚を鍛える
 10.消化器臓器の疾患動向と21世紀の課題(内藤裕二)
  ・21世紀になって増えつつある消化器疾患
  ・胃液の逆流が原因で増加する逆流性食道炎
  ・アルコールが原因とされる食道癌
  ・ピロリ菌が決める慢性萎縮性胃炎,胃癌
  ・機能性消化管障害が増加している
  ・炎症性腸疾患が急増
  ・大腸癌による死亡率は世界一?
  ・消化管は全身の司令塔
 11.腎・内分泌(脇野 修・伊藤 裕)
  ・メタボエイジング
  ・インフラマエイジング(inflammaging;炎症性老化)
 12.肺における細胞傷害と老化の関連性(堤 昭宏・別役智子)
  ・確率的影響としての細胞傷害
  ・確定(蓄積)的な影響としての細胞傷害
  ・ヘテロな病態の集まりとしての呼吸器疾患群と今後の研究発展の展望
 13.キスペプチンと男性のアンチエイジング(堀江重郎)
  ・生殖活動にかかわる情報伝達系の最上位に位置するキスペプチン
  ・キスペプチンの発見と生殖機能への作用
  ・キスペプチンは愛情とパートナーへの愛着に関係する
 14.閉経期ホルモン療法―エストロゲンによるアンチエイジングの現在(寺内公一)
  ・閉経期ホルモン療法(MHT)の黎明
  ・MHTの隆盛と歴史的転換
  ・WHI後の世界
 【心のアンチエイジング研究】
 15.老いと闘うか? 老いと共生するか?―こころのアンチエイジングはありうるのか(権藤恭之・他)
  ・加齢変化の抑制を試みるアンチエイジング
  ・アンチエイジングとしての補償プロセス
 【がん予防】
 16.がん予防と健康寿命の延伸(津金昌一郎)
  ・健康寿命延伸におけるがん予防の意義
  ・がん予防の科学的根拠の現状
  ・日本人のためのがんの予防法
  ・日本人のがんの原因
  ・日本人の非感染疾患死亡と外傷による死亡の原因
  ・がん予防における課題―エビデンス・プラクティスギャップの解消
  ・個別化がん予防へ向けて
実践と問題点
 17.カロリー制限(北田宗弘・古家大祐)
  ・カロリー制限(CR)の寿命延長と老化関連疾患抑制に対する効果―アカゲザル研究の結果から
  ・CRのヒトに対する有益性
  ・抗老化効果に対するCRの機序―栄養応答シグナル変異とその是正
  ・CRの実践と問題点
  ・低蛋白質食の寿命延長・抗老化効果メタボリックヘルスに及ぼす効果
 18.抗加齢医学における糖質制限食の位置づけ(山田 悟)
  ・抗加齢療法についてのエリス・ワークショップ
  ・加齢現象のバイオマーカーに対する糖質制限食の効果
  ・抗加齢医学における糖質制限食の位置づけ
 19.エイジングと腸内細菌(南木康作・金井隆典)
  ・腸内細菌叢と加齢
  ・腸内細菌と代謝性疾患
  ・腸内細菌と動脈硬化
  ・腸内細菌とがん
 20.アンチエイジングドック(米井嘉一)
  ・検査項目―老化度と老化危険因子
  ・老化度の評価
  ・結果に基づいた指導
  ・企業におけるアンチエイジング健診の導入例
  ・高齢者におけるアンチエイジング健診実践例
 21.一般診療クリニックでのアンチエイジング医療の実践―明日から実践しようアンチエイジング(田中 孝・石本久美)
  ・アンチエイジングドックの概要
  ・アンチエイジング医学の実践
  ・生活・栄養・サプリメント指導
  ・今後の展開―先制医療と個別化栄養療法
  ・個別化栄養療法の実践
  ・糖質制限の取組み
  ・がん患者への取組み
 サイドメモ
  インスリンシグナル
  Frailty
  3D Organoid Culture System
  ケトン体産生食
  加齢のバイオマーカーに関する最近の報告
  酸化ストレス
  糖化ストレス