やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

はじめに
 槙田紀子
 東京大学大学院医学系研究科腎臓・内分泌内科
 甲状腺疾患をテーマとした大特集は,医学のあゆみ史上実に21 年ぶりである.この間エビデンスに基づく診療が確立されてきた一方で,これまでの未解決の問題に加え,医療技術の進歩ゆえの新しい問題に立ち向かっている.
 甲状腺自己免疫疾患と甲状腺結節性病変の領域は,古典的かつ中心的な領域である.Basedow病や橋本病については診断や治療の根幹は確立してはいるものの,いまだにその発症機序の詳細は不明で,基礎研究は脈々と続いている.わが国で甲状腺クリーゼの診療ガイドラインが策定された一方で,偶発的にみつかる潜在性機能異常への治療介入の是非,妊娠中のタイトな機能管理の必要性,という現在進行形の課題に挑んでいる.甲状腺の結節性病変については,病理診断にベセスダシステムが導入され,遺伝子解析を含めた新しい診断手法の開発が進行中である.また,画像診断の普及に伴って偶発的にみつかる微小乳頭癌の取扱いについて,超低リスクであればactive surveillanceが治療選択肢としてガイドラインに明記されたのは大きな進歩といえる.一方,これまでだと治療手段がなかった転移性甲状腺癌に対し,3 種のチロシンキナーゼ阻害薬が使用可能となったが,適応となる症例や導入のタイミングなどあらたな課題がでてきたところである.
 さらに,あらたな技術や課題に対する取組みもはじまっている.次世代シークエンサーなど新しい技術を駆使することで,先天性甲状腺機能異常,甲状腺ホルモン作用不全などの新しい分子メカニズムが明らかになってきた.非甲状腺疾患の分子機構や甲状腺再生医療に関する研究も進んでいる.分子標的薬を含めた新規抗腫瘍薬は,今後多くの癌種に適応拡大されることが予想され,それらの甲状腺への影響に関する理解が望まれている.一方で,われわれは2011 年に福島原発事故という苦い経験をした.6 年が経過しようとしているいま,現時点での小児甲状腺検診の結果から誠実に学ぶことが求められている.
 本特集は,専門外であってもこの1 冊を手にするだけで各テーマの現在の議論点や課題の全貌が明らかになり,甲状腺分野におけるup-to-dateに迫れるものになっている.また,大項目のトップに設けたオーバービューを読んでいただくと,歴史も含めてその分野を一望することができると思う.
 最後になりますが,本特集にぜひご執筆いただきたかった藤本吉秀先生,長瀧重信先生のご冥福を心からお祈り申し上げます.
 はじめに 槙田紀子
甲状腺自己免疫疾患の基礎と臨床
 1.自己免疫性甲状腺疾患の現状と将来への課題―発症機構,診断および治療における問題点(磯崎 収・荒内 歩)
  ・Basedow病の発症機構と治療法に対する課題
  ・Basedow病の非甲状腺病変―甲状腺眼症とその他の病変
  ・抗甲状腺薬による無顆粒球症回避―リスクアレル解析
  ・潜在性甲状腺機能異常と機能健常人における甲状腺ホルモンの影響
  ・薬剤性甲状腺機能異常と自己免疫性甲状腺炎
  ・重症甲状腺機能低下症と甲状腺再生医療
 2.Basedow病研究の最近の進展(永山雄二)
  ・TSH受容体の構造
  ・Basedow病マウスモデル
  ・TSH受容体特異的治療法の可能性
 3.Basedow病の臨床up-to-date(渡邊奈津子)
  ・Basedow病(GD)の診断
  ・GDの治療の選択
  ・抗甲状腺薬
  ・131I内用療法
  ・外科治療
  ・QOLと予後
  ・今後の展望―あらたな治療
 4.甲状腺眼症(Basedow病眼症)の病因と診療指針―眼症診療の手引き(廣松雄治)
  ・甲状腺眼症(Basedow病眼症)とは?
  ・甲状腺眼症の病因と病態
  ・眼症の診断
  ・眼症の治療
  ・治療方法
 5.橋本病研究の再評価とup-to-date(木村博昭)
  ・橋本病の発症機序と病態
  ・橋本病研究の再評価
  ・最近の橋本病研究
 6.TSH測定に関する問題点と潜在性甲状腺機能低下症(橋本貢士)
  ・潜在性甲状腺機能低下症(SCH)の疫学
  ・SCHの診断における血中TSH値測定の問題点
  ・SCHの自然経過
  ・SCHと脂質異常症および心血管イベントとの関連
  ・SCHの治療
妊娠と甲状腺
 7.妊娠と甲状腺のオーバービューと問題点(飯利太朗)
  ・Episode 1:妊娠年齢の女性のBasedow病に対するアイソトープ治療
  ・Episode 2:妊娠中のBasedow病の女性への抗甲状線剤治療の安全性
  ・Episode zero:追悼:藤本吉秀先生,長瀧重信先生
 8.妊娠中の甲状腺機能亢進症の管理とその問題点(荒田尚子)
  ・抗甲状腺薬の催奇形性と薬剤の選択
  ・母体抗甲状腺薬の胎児甲状腺への影響
  ・抗甲状腺薬と授乳
 9.妊娠と甲状腺機能低下症―不妊症と甲状腺(坪井久美子・片桐由起子)
  ・妊娠中の甲状腺刺激ホルモン(TSH)基準値
  ・不妊症と甲状腺機能低下症
  ・生殖補助医療(ART)と甲状腺ホルモン治療
  ・妊娠中に判明した甲状腺機能低下症
甲状腺癌の診断と治療
 10.甲状腺癌のオーバービューと問題点―藤本イズムの継承と世界の潮流(杉谷 巌)
  ・乳頭癌の治療方針の変遷
  ・乳頭癌のリスク分類と治療成績
  ・乳頭癌のrisk-adapted management
  ・日本における乳頭癌に対する全摘の増加
  ・甲状腺癌の過剰診断・過剰治療
  ・分子生物学の進歩と甲状腺癌診療
  ・おわりに―藤本イズム,ふたたび
【診断】
 11.甲状腺超音波検査の功罪(宮川めぐみ)
  ・世界での甲状腺癌発症率の急増加
  ・甲状腺癌の頻度
  ・甲状腺癌の超音波診断
 12.甲状腺細胞診の報告様式へのベセスダシステムの導入―第7 版『甲状腺癌取扱い規約』における“鑑別困難”(山本浩之・菅間 博)
  ・甲状腺腫瘍の診断における穿刺吸引細胞診の役割
  ・甲状腺穿刺吸引細胞診検査の実際
  ・『甲状腺癌取扱い規約(第7 版)』の細胞診報告様式の概要とベセスダシステムとの異同
  ・“意義不明”の判定区分
  ・“濾胞性腫瘍”の判定区分
  ・液状化検体細胞診(LBC)
 13.甲状腺癌のあらたな発癌理論,芽細胞発癌説と分子診断法の開発状況(野 徹)
  ・甲状腺癌は多段階発癌説では説明できない
  ・新しい発癌仮説,芽細胞発癌説(fetal cell carcinogenesis)
  ・韓国の衝撃―転移していても治療すべきでない甲状腺癌が実際に存在する
  ・みえてきた甲状腺癌の自然史―甲状腺癌は実際に2 つある
  ・福島県民健康調査の衝撃と提示された問題
  ・多段階発癌・芽細胞発癌で考えた甲状腺癌の術前分子診断法と,診断薬の開発状況
 14.遺伝性甲状腺癌(櫻井晃洋)
  ・遺伝性甲状腺髄様癌(FMTC)
  ・遺伝性非髄様癌甲状腺癌(FNMTC)
【治療】
 15.微小乳頭癌のリスクに応じた取扱い―非手術経過観察の適応(長岡竜太・杉谷 巌)
  ・先進諸国における甲状腺癌罹患率の増加
  ・乳頭癌における潜在癌と臨床癌の不連続性とリスク分類の概念
  ・微小乳頭癌(PMC)のリスク分類
  ・無症候性PMCに対する非手術経過観察の前向き臨床試験とその成績
  ・PMCのリスクに応じた取扱い
  ・無症候性PMCの進行リスク
  ・PMCの取扱いについて今後解決すべき諸問題
 16.放射性ヨウ素抵抗性の転移性甲状腺分化癌(伊藤康弘・宮内 昭)
  ・甲状腺分化癌の予後因子
  ・再発分化癌の予後
  ・分子標的薬剤
放射線と甲状腺
 17.放射線と甲状腺のオーバービューと問題点(山下俊一)
  ・放射線被曝と甲状腺癌の疫学調査
  ・チェルノブイリ原発事故と甲状腺癌
  ・放射線被曝による甲状腺癌の遺伝子変異
  ・甲状腺癌の放射線生物学
  ・放射線誘発甲状腺癌の遺伝的素因
 18.福島原発事故後の福島県小児甲状腺健診と小児甲状腺癌(鈴木眞一)
  ・チェルノブイリ原発事故と福島原発事故の比較
  ・福島県民健康調査
  ・小児甲状腺健診
  ・小児甲状腺癌治療
  ・考察
甲状腺研究・臨床の新しい展開
 19.甲状腺研究・臨床のオーバービューと諸疾患との関連(森 昌朋・佐藤哲郎)
  ・SHyperと心房細動(AF)
  ・SHypoと認知機能障害
 20.甲状腺ホルモンの作用と作用不全(難波範行)
  ・甲状腺ホルモン作用の障害(thyroid hormone action defects:THAD)
  ・細胞膜における甲状腺ホルモン輸送障害(thyroid hormone cell membrane transport defects:THCMTD)
  ・甲状腺ホルモン代謝障害(thyroid hormone metabolism defects:THMD)
 21.次世代シーケンシングと先天性甲状腺機能異常(鳴海覚志)
  ・次世代シーケンシング(NGS)のインパクト
  ・NGSによる標的遺伝子解析のワークフロー
  ・NGSと先天性甲状腺機能異常
  ・NGSで責任遺伝子を同定された先天性甲状腺機能異常の例
 22.甲状腺クリーゼの診療ガイドラインの樹立(赤水尚史)
  ・甲状腺クリーゼの基礎疾患と誘因
  ・発症機序
  ・疫学
  ・診断
  ・治療
  ・予後
 23.非甲状腺疾患の分子機構(村上正巳)
  ・甲状腺ホルモン代謝の生理的意義と調節機構
  ・非甲状腺疾患(NTI)の病態
  ・NTIの治療
 24.分子標的薬を含めた新規抗悪性腫瘍薬と甲状腺機能異常―メカニズムと対策(三谷康二・槙田紀子)
  ・チロシンキナーゼ阻害薬
  ・免疫チェックポイント阻害薬
  ・retinoid X receptor作動薬
 25.ES/iPS細胞を用いた甲状腺濾胞細胞の再生医療(樋口誠一郎・田中知明)
  ・甲状腺濾胞細胞の発生・分化
  ・初期の研究
  ・Nkx2-1 とPAX8 の過剰発現による甲状腺濾胞細胞の誘導
  ・ES/iPS細胞から機能的甲状腺の“direct differentiation”

サイドメモ
 アゴニスト,アンタゴニスト,インバースアゴニスト
 無機ヨウ素治療
 喫煙と甲状腺眼症
 Thyr-IFN-γマウス
 レプチンによる血中TSH値上昇のメカニズム
 調節卵巣刺激(COH)
 卵巣過剰刺激症候群(OHSS)
 藤本吉秀先生
 エラストグラフィとは
 ベセスダシステム
 2 つの原発事故と甲状腺癌の過剰診断問題
 甲状腺濾胞癌の15%問題
 予防的甲状腺全摘術
 発見動機による甲状腺癌の分類
 グレイ(Gy)単位
 シーベルト(Sv)単位
 甲状腺ホルモン受容体(TR)
 シーケンサーの世代
 甲状腺クリーゼの歴史的記述
 アレムツズマブ
 ES細胞/iPS細胞