やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

はじめに
 佐藤伸一
 東京大学大学院医学系研究科皮膚科学
 最近,アトピー性皮膚炎(atopic dermatitis:AD)に対する病態の理解が飛躍的に進んだ.その中心をなすものは,ADにおけるフィラグリン遺伝子変異の発見である.日本人のADの約30%がフィラグリン遺伝子変異を有している.また,フィラグリン遺伝子変異がなくても,ADの免疫異常のひとつであるTh2サイトカインによって蛋白レベルでフィラグリン発現が低下するなど,免疫異常がバリア機能異常に影響を及ぼしている可能性も指摘されている.さらに,フィラグリンだけではなく,角化関連蛋白であるロリクリンやインボルクリンの発現低下やtight junctionの異常も報告されている.これらを合わせると,相当数のAD患者が何らかの角化関連蛋白の発現異常を有していることが想像できる.
 治療については,ステロイド外用薬やタクロリムス外用薬によるプロアクティブ療法が最近の話題となっている.プロアクティブ療法とは,まず十分に寛解を誘導し,その後,週に2〜3回外用を継続することによって再燃を低下させるというものである.プロアクティブ療法の理論的背景となっている考え方が,(1)一見正常にみえる皮膚でも,subclinicalな炎症が残っている(まずは十分な寛解誘導が重要である),(2)炎症を再燃させることによってフィラグリンなどの発現が低下し,バリア機能に異常をきたす(週2〜3回の外用によって再燃を防ぎ,バリア機能を正常に保つ),というものである.
 このようにフィラグリン発現異常に代表されるADの新しい病態は,プロアクティブ療法という新しい治療がなぜ有効かという理論的背景になり,この病態と治療の両輪がかみ合ってADの最近の進歩を加速させている.
 本特集ではこれらの知見を軸に,ADの新知見についてまとめた.本疾患の理解の向上のためにお役に立てれば幸いである.
 はじめに(佐藤伸一)
疫学・病態生理
1.アトピー性皮膚炎の疫学
 (田中暁生)
 ・小児の有症率 ・海外の有症率
 ・成人(18歳以上)の有症率 ・疫学調査からみた発症要因
 ・重症度
2.アトピー性皮膚炎と衛生仮説
 (天野博雄・他)
 ・衛生仮説 ・アレルギー発症とエピゲノム
 ・アレルギー発症とTh/Th2 ・衛生仮説をもとにした基礎実験
 ・アレルギー発症と制御性T細胞
3.アトピー性皮膚炎のT細胞の異常
 (野村尚史・椛島健治)
 ・ADに関与するT細胞サブセット ・内因性ADのT細胞
 ・痒みとTh2細胞 ・GWASからみたADのT細胞異常
4.アトピー性皮膚炎の病態形成におけるB細胞の役割
 (簗場広一)
 ・B細胞の多彩な役割
 ・アトピー性皮膚炎(AD)とB細胞除去療法
 ・ADモデルにおけるB細胞機能の異常
5.外因性と内因性アトピー性皮膚炎―臨床的二大分別法
 (戸倉新樹)
 ・内因性ADの定義 ・外因性・内因性ADでの免疫異常
 ・外因性と内因性ADの頻度 ・外因性・内因性ADでの皮膚病変
 ・内因性ADの臨床的特徴 ・内因性ADと金属アレルギー
 ・外因性・内因性ADとバリア機能 ・その他の両タイプの比較
6.アトピー性皮膚炎のバリア異常
 (菅谷 誠)
 ・アトピー性皮膚炎(AD)におけるセラミドの低下
 ・フィラグリン異常とAD
 ・フィラグリン以外のバリア機能関連因子の異常
 ・抗菌ペプチドの減少と易感染性
 ・AD以外の皮膚疾患におけるバリア機能異常
 ・バリア機能異常に対して抗菌ペプチド産生が不足
 ・治療への応用
診断・治療
7.アトピー性皮膚炎のガイドライン概説
 (佐伯秀久)
 ・アトピー性皮膚炎(AD)の定義 ・ADの治療
 ・ADの病態 ・ADの教育
 ・ADの診断 ・ADの治療の手順
8.アトピー性皮膚炎の病勢を示す検査値
 (中村晃一郎)
 ・IgE ・ペリオスチン
 ・IgE RAST ・IL-18,IL-31,IL-33
 ・乳酸脱水素酵素(LDH) ・TARC,MDC
 ・好酸球数 ・セレクチン(可溶性Eセレクチン,Pセレクチン),SCCA
9.経皮感作とアレルギーマーチ
 (宮垣朝光)
 ・動物実験における経皮感作とアレルギーマーチ
 ・経皮感作とアトピー性皮膚炎(AD)
 ・経皮感作と食物アレルギー(FA)
 ・経皮感作と気道アレルギー
10.アトピー性皮膚炎と食物アレルギー
 (朝比奈昭彦)
 ・アトピー性皮膚炎(AD)と食物アレルギー(FA)の合併
 ・食物によるADの増悪
 ・AD患者におけるFAの検査の必要性
 ・FAの関与の診断方法
 ・AD患者における食物除去の有効性
 ・食事制限によるADの予防は可能か
11.小児アトピー性皮膚炎の治療のポイント―母親をよき治療者に
 (馬場直子)
 ・まずは母親を味方につけること
 ・アトピー性皮膚炎の病態(発症因子)を理解させる
 ・小児ADの症状の特徴
 ・ADの治療に重要な3本柱
 ・外用療法―軟膏は塗り方次第
 ・内服療法
 ・母親の治療のモチベーションを高めるために
12.アトピー性皮膚炎の治療アドヒアランス
 (加藤則人)
 ・アトピー性皮膚炎(AD)の治療アドヒアランスの現状
 ・アドヒアランスを高めるための健康行動理論
 ・ADの治療目標とゴール
 ・患者の年齢層ごとのADの治療アドヒアランスを低下させるおもな要因
13.アトピー性皮膚炎のプロアクティブ療法
 (五十嵐敦之)
 ・プロアクティブ療法とは ・プロアクティブ療法のメリット
 ・プロアクティブ療法のエビデンス ・プロアクティブ療法の問題点と今後の展望
14.食物アレルギー予防介入としての外用療法の意義と方法
 (片岡葉子)
 ・乳児アトピー性皮膚炎(AD)診療の現状
 ・乳児AD治療の意義・目標
 ・乳幼児ADの自然経過
 ・FA予防介入としての外用療法の要点
15.インバースアゴニストとしての抗ヒスタミン薬
 (門野岳史)
 ・インバースアゴニスト(逆作動薬)
 ・インバースアゴニストの種類や作用機序
 ・インバースアゴニストとアレルギー疾患
 ・インバースアゴニストとアトピー性皮膚炎(AD)
16.アトピー性皮膚炎の全身療法
 (海老原 全)
 ・抗ヒスタミン薬 ・漢方療法
 ・シクロスポリン ・光線療法
 ・ステロイド内服薬
17.アトピー性皮膚炎とスキンケア
 (大塚篤司)
 ・皮膚の構造
 ・角層とフィラグリン
 ・アトピー性皮膚炎(AD)とフィラグリン
 ・フィラグリンをターゲットとしたADの新しい治療戦略
 ・JAK阻害剤によるバリア機能の改善
18.アトピー性皮膚炎に対する生物学的製剤治療―あらたな治療ターゲット
 (吉崎 歩)
 ・抗IgE抗体
 ・抗CD20抗体
 ・抗IL-4受容体抗体
 ・抗IL-31受容体抗体
 ・抗IL- p40抗体
 ・抗thymic stromal lymphopoietin(TSLP)抗体
 ・その他の抗体療法
19.アトピー性皮膚炎の生活指導―外用治療のこつと悪化因子対策
 (片桐一元)
 ・不十分な外用治療 ・日光による悪化
 ・掻痒と対策 ・感染症
 ・汗による悪化 ・結膜炎と涙による悪化
 ・入浴による悪化 ・ストレスによる悪化
 ・接触皮膚炎―自宅パッチテストを推奨 ・治療意欲の減退
 ・摩擦や刺激による悪化 ・積極的外用療法の注意点

 サイドメモ
  NC/Ngaマウス―アトピー性皮膚炎のモデルマウス
  Plasmodium berghei XAT
  in vitro増殖抑制活性
  Th細胞サブセットの可塑性
  CD20とリツキシマブ
  B細胞の反応とCD19
  外因性・内因性の分別
  皮膚リンパ腫
  タクロリムス軟膏の使用は皮膚癌やリンパ腫の発症リスクを高めるか
  ADの治療にアレルゲン除去食は有用か
  経皮感作におけるTh17の関与
  経皮免疫療法
  食事制限の弊害
  タクロリムス
  Dual-allergen-exposure仮説
  Proactive療法
  G蛋白共役型受容体
  生物学的製剤
  神経原性炎症・神経原性掻痒