やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

はじめに
 永井美之
 東京大学・名古屋大学名誉教授,理化学研究所研究顧門
 “国際保健(International Health)”は,たとえば富んだ国が貧しい国を援助する,といった国家間(Between two or more nations)という枠組みで物事をとらえ,行動することであった.しかし,地球規模での人とモノの移動の爆発的加速に温暖化や気候変動などが加わり,健康問題は国家間(国境)という枠組みではなく,全地球的にとらえ,対処するべきである,とされるようになった.“国際保健”から“グローバル・ヘルス”へのパラダイム・シフトである.このシフトの契機となったのが,189カ国の首脳が集まり,具体的ターゲットと到達目標(乳幼児死亡率の低減,妊産婦の健康改善,HIV/AIDS,マラリアなどの疾病蔓延防止)を掲げるミレニアム開発目標を打ち出した2009年9月の国連ミレニアムサミット(ニューヨーク)であろう.顧みられない感染症(寄生虫症)をハイライトした1997年のG8サミット(デンバー)での“橋本イニシアチブ”も同じ線上にある(以上,ウィキペディアより).
 グローバル・ヘルスに通底するのは低開発国と先進国の間にみられる深刻な生命の格差であり,その最大要因は感染症である.そして昨今のデング熱やエボラウイルス病にみられるように,対岸の火の粉がいつ何時,わが身に降りかかるかもしれないという緊張を迫られるのが“国境なき感染症”なのである.生命の格差はひとり感染症のみに帰することができない.たとえば,アフリカでは脳外科医がひとりもいない国も多いと聞く.内視鏡の普及もこれからであろう.50〜90%といわれていたエボラウイルス病の致死率も,高度な医療により20%あたりまで下げられるとの推定も目にした.公衆衛生サービスと医療の総合力アップなしに格差の是正はありえない.
 本特集では,(1)間断なく人類に襲いかかるウイルス感染症の現在と,(2)三大感染症(AIDS,マラリア,結核)および顧みられない寄生虫症の研究と対策の到達段階をハイライトすることを試みた.快く執筆の労をとられた諸先生に深甚なる感謝の意を表したい.
 はじめに(永井美之)
いま注目のウイルス感染症
 【エボラウイルス病とマールブルグ病】
 1.フィロウイルスのウイルス学(高田礼人)
  ・フィロウイルスの分類 ・フィロウイルスの自然宿主
  ・フィロウイルスによる感染症の流行 ・フィロウイルスの分布および宿主域
  ・フィロウイルスの性状と増殖メカニズム ・フィロウイルス感染症の動物モデル
  ・フィロウイルスの病原性
 2.エボラ出血熱―西アフリカにおける過去最大の流行(加藤康幸)
  ・2013年以前の西アフリカにおけるエボラ出血熱の報告
  ・西アフリカにおける過去最大の流行―稀少疾患から世界の危機へ
  ・疫学・臨床像
  ・流行地における診療
  ・医療従事者の感染
  ・先進国における医療:西アフリカ外への拡散
  ・わが国の検疫・医療体制
 3.疫学と感染症対策のあり方(西條政幸)
  ・エボラウイルス病とマールブルグ病の発見の経緯
  ・エボラウイルスとマールブルグウイルスの自然界における存在様式とヒトへの感染経路
  ・エボラウイルス病流行の歴史:2014〜15年の西アフリカにおけるEVDの流行
  ・エボラウイルス病とマールブルグ病の流行を終息させるための方策
 4.急がれる創薬とワクチン開発(安田二朗)
  ・これまでの治療法 ・ワクチン開発
  ・抗エボラ薬
 5.クリミア・コンゴ出血熱―治療法,予防法,診断法の展望(須田遊人・下島昌幸)
  ・歴史 ・臨床症状
  ・病原体 ・検査所見
  ・感染環 ・診断
  ・人への感染 ・治療法
 6.アフリカ野生齧歯類動物およびコウモリの保有する潜在的人獣共通感染症病原体(石井秋宏・澤 洋文)
  ・齧歯類動物の保有するラッサウイルス様ウイルス
  ・潜在的病原体の網羅的探索
  ・新規ナイロウイルスLPHVの病原性解析
  ・まとめ
 7.SFTS(重症熱性血小板減少症候群)(森川 茂)
  ・日本のSFTS初症例 ・SFTSの疫学
  ・SFTSウイルスと実験室診断体制 ・SFTSの発症モデルと特異的治療法の模索
  ・SFTSの臨床症状と検査所見 ・SFTSウイルスの自然界での感染環
  ・SFTSウイルスの感染経路
 8.SARSとMERS(川名明彦)
  ・CoVのウイルス学的特徴 ・MERSとMERS-CoV
  ・SARSとSARS-CoV
 9.ニパウイルスとヘンドラウイルス感染症(米田美佐子)
  ・ヘンドラウイルス感染症,ニパウイルス感染症の出現
  ・病態
  ・ヘニパウイルスの受容体
  ・発生の現状
  ・治療薬とワクチン
 10.ハンタウイルス肺症候群―その発見から今日まで(吉松組子・有川二郎)
  ・ハンタウイルス ・輸入感染症としてのハンタウイルス肺症候群
  ・ハンタウイルス肺症候群の発見 ・旧世界ハンタウイルスと肺症候群
  ・HPS関連ウイルスの疫学 ・ハンタウイルスの肺指向性
  ・感染経路 ・ハンタウイルス感染症モデル動物
  ・HPSの症状と診断・治療 ・HPSモデル動物
 11.デング熱(高崎智彦)
  ・世界におけるデング熱と日本の輸入症例
  ・戦前のデング熱流行とデング熱研究
  ・霊長類モデルの開発
  ・デングワクチン開発の現状
  ・代々木公園に端を発した国内流行とウイルスの特徴
  ・デング熱の実験室診断
 12.チクングニア熱(岡林環樹)
  ・チクングニア熱 ・症状
  ・チクングニアウイルス ・病原性
  ・感染環 ・診断,治療,ワクチン
  ・分布
 13.世界規模で再興するエンテロウイルス68(今村忠嗣・押谷 仁)
  ・ウイルス構造 ・分子疫学
  ・生物学的性質 ・臨床像
  ・疫学
 14.待望される高度安全実験施設BSL-4(甲斐知惠子)
  ・病原体の分類と管理の経緯 ・なぜ必要なのか
  ・世界のBSL-4施設 ・BSL-4施設設置の要件
  ・わが国のBSL-4施設の状況
三大感染症
 15.HIV感染症制圧に向けて(俣野哲朗)
  ・HIV感染動向 ・HIVワクチン開発
  ・HIV多様性 ・今後に向けて
  ・HIV感染症制圧に向けて
 16.マラリアとグローバル・ヘルス(狩野繁之)
  ・マラリアによる社会的損失 ・マラリアの流行が再興するきっかけ
  ・マラリア撲滅計画 ・マラリアサミット
  ・撲滅から制圧へ ・ロールバックマラリア
 17.結核研究の新しい潮流―その制圧に向けて(慶長直人・他)
  ・わが国の結核 ・北京型の2つの亜型
  ・世界の結核 ・薬剤耐性変異と北京型亜型
  ・在留外国人と結核 ・結核菌からみた宿主免疫
  ・結核菌ゲノム研究がもたらすもの ・北京型株の免疫制御
  ・新しい系統の結核菌株の蔓延
顧みられない感染症(NTD)としての寄生虫疾患
 18.シャーガス病(奈良武司)
  ・病原体と生活環
  ・疫学
  ・病態
  ・診断
  ・治療
  ・予防と公衆衛生:わが国の貢献
  ・流行地におけるあらたな問題:森林型シャーガス病の再興
  ・シャーガス病とグローバル・ヘルス
 19.アフリカ睡眠病の疫学(井上 昇)
  ・アフリカトリパノソーマ病 ・ザンビアにおけるアフリカ睡眠病
 20.内臓型リーシュマニア症(野入英世)
  ・内臓型リーシュマニア症の概要 ・SATREPSの目標と成果
 21.世界の動きとリンパ系フィラリア症制圧対策計画(一盛和世)
  ・世界の動き―グローバルヘルス環境の変化 ・世界リンパ系フィラリア症制圧計画

 サイドメモ
  エボラウイルス病とエボラ出血熱
  フィロウイルスの宿主
  実験室感染に対する過去の治療例1
  実験室感染に対する過去の治療例2
  抗体依存性感染増強(ADE)とは
  VLPワクチン
  インフルエンザ様疾患
  グリカンアレー法
  BSL-4病原体
  CDC
  国際伝染病
  グローバルファンド
  多剤耐性結核
  顧みられない病
  シャーガス病治療薬の開発
  睡眠病トリパノソーマの待機宿主
  NTD(Neglected Tropical Diseases)とは