やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

はじめに
 溝上雅史
 国立国際医療研究センター肝炎・免疫研究センター
 B型肝炎ウイルス(HBV)が1964年にBlumbergにより発見されてから半世紀にもなる.この間HBVワクチン(HBワクチン)が開発されて以降は過去の疾患と考えられ,とくにわが国ではHBVの研究者は“絶滅危惧種”にたとえられていた.しかし,現在も世界中で約4億人の持続感染者(HB carrier)が存在し,年間約50〜80万人が死亡し,いまだ世界的に公衆衛生上大きな問題である.
 本特集号では,HBVの疫学,対策,治療,基礎研究,感染予防の最新情報について,わが国の最先端の先生方に最新のreviewをお願いした.その理由として以下の4つの理由があると考えたからである.
 1つにはHBワクチンの導入によるHB carrier数の激減は本特集号の疫学データが示すごとくであるが,新しい問題として新生児全員へのuniversal vaccinationの必要性がクローズアップされてきたことである.
 2つ目にはHBV感染による病態の概念と治療の進歩がこの20年で大きく変わったことである.わが国においては,母児感染さえ防げばHBVを根絶することは可能と考えられていたが,HBVには世界的に各種のgenotypeが存在していることが明らかになり,わが国には本来存在しないHBV genotype Aが現在わが国に侵入しつつあること,従来B型肝炎感染としては完治と考えられていたHBsAg陰性かつHBs抗体陽性患者からのHBsAg再陽性化やそれに伴う劇症化など,20年前には思いもよらなかった臨床像もつぎつぎと明らかになった.
 3つ目には治療の進歩とそれに伴う問題点である.HBVはHIVと同じく逆転写酵素(RT)を使用し増殖するため,HIVと同様にHBV専用のRT阻害剤が開発され,現在使用されているが,HIVと同じく耐性の問題も出てきた現状がある.
 4つ目にはヒトゲノム計画やHapMap計画の成功に伴い各種の技術的ブレークスルーが起こり,現在各種疾患における宿主側要因がつぎつぎと明らかになってきていることである.B型肝炎でも宿主要因がやっと明らかになりつつある.そして将来的にはHBVのウイルス要因と個々の感染者の宿主要因の両方を考慮したいわゆるテーラーメイド医療への道筋が明らかになった.
 以上のように,本特集号は“B型肝炎Update”として時宜を得たものであり,先生方の臨床や研究に新しい方向性を示すものとして参考にしていただければ,編集に携わったものとしてこれに勝る喜びはない.
 はじめに(溝上雅史)
疫学
 1.B型肝炎に関する疫学調査の最新情報(田中純子)
  ・2000 年以後に得られた大規模集団におけるHBVキャリアの分布
  ・肝炎ウイルス受検率に関する聞き取り調査および職域集団における調査
  ・HBV母子感染防止事業実施以後に出生した集団におけるHBVキャリア率およびHBV母子感染防止事業における妊婦を対象とした調査
対策をめぐる最新情報
 2.小児B型肝炎の感染予防と最近の治療法(田尻 仁・高野智子)
  ・B型肝炎の感染予防
  ・B型急性肝炎の治療法
  ・B型慢性活動性肝炎の治療法
 3.Genotype AによるB型急性肝炎の拡大とその特徴(伊藤清顕・溝上雅史)
  ・B型急性肝炎の発生者数
  ・B型急性肝炎におけるgenotype Aの増加
  ・性行為感染としてのB型急性肝炎
  ・B型急性肝炎genotype Aの臨床的特徴
  ・B型急性肝炎の慢性化に関して
  ・Genotype Aの慢性化機序に関して
  ・Genotype Aの感染拡大とその対策
 4.HBVウイルスマーカーとその臨床応用(田中榮司)
  ・B型肝炎の診断
  ・病期とウイルスマーカー
  ・HBV活動性の評価
  ・抗ウイルス療法とウイルスマーカー
  ・遺伝子型とウイルス変異
 5.HBV無症候性キャリアの自然経過と診療―定期診療の必要性(中西 満・坂本直哉)
  ・HBV無症候性キャリアの概念
  ・HBVキャリアの自然経過
  ・HBV無症候性キャリアの疫学
  ・HBV無症候性キャリアと診断された症例の経過
  ・当科における初発紹介・肝細胞癌患者におけるHBV無症候性キャリアの検討
  ・HBV無症候性キャリアの診療体制構築
治療の最新情報
 6.B型急性肝炎に対する抗ウイルス治療(黒崎雅之)
  ・B型急性肝炎の慢性化
  ・B型急性肝炎に対する抗ウイルス治療のエビデンス
  ・重症B型急性肝炎の治療
 7.わが国におけるB型劇症肝炎の実態と治療(持田 智)
  ・わが国におけるB型劇症肝炎の実態
  ・成因不明の劇症肝炎とHBV感染
  ・B型劇症肝炎の内科的治療とその限界
  ・肝移植の適応ガイドライン
 8.B型慢性肝炎に対する核酸アナログ製剤治療の最新情報(横須賀 收・亀崎秀宏)
  ・B型慢性肝炎治療に際して
  ・ラミブジン(LAM)
  ・アデフォビル(ADV)
  ・エンテカビル(ETV)
  ・テルビブジン(LdT)
  ・エムトリシタビン(FTC)
  ・クレブジン(L-FMAU)
  ・テノホビル(TDF)
 9.核酸アナログ製剤の長期投与成績―ラミブジン,アデフォビル,エンテカビルの長期成績(鈴木文孝)
  ・核酸アナログ製剤の特徴と効果
  ・ラミブジン(LAM)治療
  ・LAM耐性ウイルスに対するアデフォビル(ADV)の治療成績
  ・エンテカビル治療(ETV)
 10.PegIFNとHBs抗原量(八橋 弘)
  ・B型肝炎に対するPegIFNの治療効果
  ・HBs抗原の消失の意義
  ・HBVキャリアの自然経過におけるHBs抗原量とHBV-DNA量の推移
  ・PegIFN治療中のHBs抗原量の推移
  ・HBs抗原定量によるPegIFN治療効果予測
 11.癌化学療法によるB型肝炎ウイルス再活性化の対策と問題点(楠本 茂)
  ・B型肝炎の自然経過,および癌化学療法後のHBV再活性化の臨床経過
  ・HBV再活性化のリスク分類と関連するリスク因子
  ・HBs抗原陽性例におけるHBV再活性化
  ・HBV既往感染例におけるHBV再活性化
  ・HBV再活性化対策のためのスクリーニング検査と注意点
  ・HBs抗原陽性例への対策と問題点
  ・HBV既往感染例への対策と問題点
 12.HIV/HBV共感染者の現状とその治療(田沼順子)
  ・HIVとHBVの共感染の頻度
  ・抗レトロウイルス療法(antiretroviral therapy:ART)の基本構成
  ・HIVとHBVの共感染例の治療
  ・抗レトロウイルス療法開始後の肝機能悪化
 13.肝細胞癌局所療法の最新:ラジオ波焼灼術(RFA)(内野康志・他)
  ・肝細胞癌に対する穿刺局所療法の歴史
  ・肝細胞癌に対するRFAの適応
  ・RFAの方法
  ・RFAの成績
  ・RFAにおけるさまざまな工夫
 14.HBVに対する最新の肝移植事情―肝移植後のHBV再感染とde novo肝炎に対する対応(市田隆文・玄田拓哉)
  ・法改正後の肝移植適応評価申請状況の推移
  ・脳死肝移植の実施例
  ・HBV関連患者の肝移植動向
  ・HBVの肝移植後の病態
  ・HBV陽性レシピエントに対するprophylaxis
  ・Anti-HBc陽性ドナーからのde novo HBV再活性化の対応
 15.B型肝炎に対する新薬開発の最新情報(大石和佳・茶山一彰)
  ・核酸アナログ製剤
  ・核酸アナログ製剤以外の抗ウイルス薬
基礎研究の最新情報
 16.B型肝炎病態研究の最新情報―B型肝炎動物モデル(杉山真也・溝上雅史)
  ・急性感染期
  ・慢性感染期
  ・無症候性期
  ・急性増悪期
  ・免疫不全下
 17.ゲノム解析技術のHBVへの臨床応用(西田奈央)
  ・ゲノムワイドSNP解析技術:SNP Array 6.0,Axiom ASI Array
  ・ゲノムワイド関連解析(GWAS)の進め方
  ・B型肝炎慢性化に寄与する遺伝要因の探索
  ・癌化に寄与する遺伝要因の探索
  ・データベースの重要性
 18.ゲノミクスによるB型肝炎の特徴(本多政夫・金子周一)
  ・B型およびC型慢性肝炎組織のトランスクリプトーム解析
  ・B型およびC型慢性肝炎組織におけるmiRNAの網羅的遺伝子発現解析
  ・次世代シークエンサーを用いたB型関連肝癌の全ゲノム解析
感染予防の最新情報
 19.ユニバーサルワクチネーション導入に向けて―克服すべき問題点(山田典栄・四柳 宏)
  ・わが国におけるHBV感染防止策の経緯
  ・わが国と諸外国の感染防止対策
  ・ユニバーサルワクチネーションの重要性
  ・ユニバーサルワクチネーション導入に向けての問題点
 20.献血者におけるHBV感染状況(内田茂治)
  ・献血者におけるHBs抗原・HBc抗体陽性率
  ・献血者における年代別・地域別HBs抗原陽性率
  ・献血者から見出されるHBVの遺伝子型

 サイドメモ目次
  HBV-cccDNA
  遺伝子型
  核酸アナログ治療の際の注意点
  急性肝不全 vs. 劇症肝不全
  HBV予防ワクチン
  連鎖分析と関連分析