やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

はじめに
 大川匡子
 滋賀医科大学医学部睡眠学講座
 厚生労働省は健康寿命の延伸などを実現するために,2010年度を目途とした具体的な目標を提示するなどによって,“21世紀における国民健康づくり運動(健康日本21)”の推進を2000年に提言した.その一環として,生活習慣病を減らすことを目標にさまざまな取組みを展開してきた.とりわけ運動,栄養についてかなり熱心な取組みがなされ,多くの国民が運動に励み,栄養のある,肥満を防ぐ食事を心がけてきた.
 しかし,早や10年になろうとするが一向に減少傾向はみられず,糖尿病,高血圧,脳卒中などはむしろ増加傾向にある.たとえば,国民健康・栄養調査によると,「糖尿病が強く疑われる人と糖尿病の可能性が否定できない人」は2002年には1,320万人であったのが,2007年には2,210万人に増加,また患者調査によると,高血圧患者数も2002年には698万人であったのが2008年には797万人と,“健康日本21”運動開始後も増加傾向にある.
 一方,現代社会は24時間社会といわれて久しく,労働時間は延長し,勤務形態も不規則で,睡眠時間の短縮化は歯止めがきかず,睡眠不足になっている.“健康日本21”では睡眠を含めた休養についても具体的な数値目標が掲げられたが,その重要性についてはあまり認知されておらず,十分な取組みがなされていないのが現状である.この生活習慣病の増加と睡眠時間の短縮化・睡眠不足は表裏一体にあり,どちらか一方の取り組みだけでは成果が十分に上がらない可能性が考えられる.さらに,うつ病患者も一向に減らず,最近の睡眠研究領域では生活習慣病患者にうつ病合併率が高いことが報告されている.また,生活習慣の乱れは子ども社会にもみられ,生活習慣病予備軍が増加している.このようなことから,今後の生活習慣病対策には現代の生活習慣の背景を見直し,広い領域からの連携提案が必要になる.
 これらの状況を踏まえ,2010年7月,日本睡眠学会第35回定期学術集会において,日本学術会議臨床医学委員会・健康・生活科学委員会・生活習慣病対策分科会と日本睡眠学会の合同シンポジウム「次世代へつなぐ健康なライフスタイルの確立に向けて」を開催し,今後の方向性について討論した.このシンポジウムでの発表を土台として今回,“生活習慣病リスクと睡眠”について,睡眠医療の果たす役割を提言したい.
 はじめに(大川匡子)
総論
 1.生活習慣病の治療と予防における睡眠医療のあり方(三島和夫)
  ・予防医学的な視点からの睡眠への対応
  ・睡眠への対応の現状
  ・睡眠習慣の問題
  ・睡眠不足,シフトワークと生活習慣病
  ・睡眠障害と生活習慣病
 2.生活習慣病対策―公衆衛生学の立場から(徳留信寛)
  ・健康と健康権
  ・健康規定要因
  ・公衆衛生活動
  ・健康増進・ヘルスプロモーション
  ・公衆衛生専門職の責務
  ・おわりに代えて
 3.睡眠障害の疫学研究(兼板佳孝・大井田 隆)
  ・日本人の睡眠時間,起床時刻,就寝時刻
  ・自覚的睡眠休養充足度
  ・睡眠と関連する社会的要因
  ・睡眠と疾患,死亡リスクとの関連性
  ・成人の不眠症状と過眠症状の疫学
  ・睡眠習慣と睡眠障害の国際比較
生活習慣病―基礎研究の進歩
 4.内臓脂肪症候群の概念確立とアディポネクチン(松澤佑次)
  ・内臓脂肪型肥満・内臓脂肪症候群の概念確立
  ・内臓脂肪蓄積と生活習慣
  ・アディポサイトカインの概念とアディポネクチンの重要性
  ・内臓脂肪蓄積と睡眠障害とアディポネクチン
 5.時間栄養学と生活習慣病―時計遺伝子からテロメアへ(香川靖雄)
  ・エネルギー代謝の制御が時間栄養学の核心
  ・時計遺伝子は全身の細胞に存在し代謝を制御する
  ・肥満増加は飽食よりリズム変調が原因
  ・テロメアの維持法
  ・おわりに―時間栄養学による最適の生活習慣
臨床研究―睡眠障害・生活習慣病
 6.生活習慣病と睡眠・うつとの深い関係―睡眠が根幹か?(清水徹男)
  ・不眠とうつ病の関係
  ・短時間睡眠,睡眠妨害の身体に及ぼす影響
  ・不眠と生活習慣病の関係
  ・うつ病と生活習慣病の関係
  ・睡眠と生活習慣病,うつ病を結びつけるもの
 7.循環器疾患と睡眠(永井道明・苅尾七臣)
  ・睡眠時間と心血管疾患発症に関する疫学調査
  ・睡眠障害と高血圧
  ・睡眠管理を踏まえた血圧コントロール―メラトニンとの関連を中心に
 8.糖尿病と睡眠障害(河盛隆造)
  ・2型糖尿病と睡眠障害は悪循環を形成している
  ・睡眠時間の短縮が2型糖尿病の発症を促す機序は?
  ・グレリン,レプチン
  ・まとめに代えて
 9.生活習慣病と睡眠時無呼吸症候群(篠邉龍二郎・塩見利明)
  ・メタボリックシンドローム(MetS)の診断基準
  ・MetSとSAS
  ・肥満とSAS
  ・高血圧とSAS
  ・睡眠呼吸障害の高血圧に対する影響
  ・高血圧と交感神経系の関連
  ・SASの糖尿病に対する影響
 10.産業衛生における睡眠問題(高橋正也)
  ・日勤者の睡眠と健康
  ・交代勤務者の睡眠と健康
  ・健康に働くための睡眠
  ・対策の例:交代勤務スケジュールの見直し
 11.時計機構の異常と疾患(大塚邦明)
  ・時計遺伝子のclock function
  ・時計遺伝子のnon-clock function
  ・おわりに―生命現象にみられる多重の時間構造
生活・環境
 12.生活習慣病と環境要因―身体活動に影響する環境要因とその整備(井上 茂・下光輝一)
  ・身体活動と環境要因
  ・身体活動環境の評価
  ・身体活動決定要因としての環境
  ・身体活動推進のための介入
 13.社会経済的要因による睡眠格差―安心して眠れる社会の実現に向けて(関根道和)
  ・成人の睡眠障害における社会経済的要因
  ・小児の睡眠問題における社会経済的要因
  ・福祉国家の国際比較からみた日本
 14.睡眠障害の社会経済的影響(加藤憲忠・井上雄一)
  ・日本人の睡眠時間と睡眠障害
  ・睡眠障害による健康影響
  ・睡眠障害と死亡率
  ・睡眠障害による社会経済的損失
 15.睡眠不足症候群とQOL(内村直尚)
  ・睡眠不足症候群の概念と診断
  ・睡眠不足症候群患者のQOLに関する検討

 サイドメモ目次
  ハイリスクアプローチとポピュレーションアプローチ
  食事摂取基準(dietary reference intakes:DRIs)
  健康づくりのための運動指針2006
  テロメア(telomere)