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認知症医療の未来―アルツハイマー病の超早期治療をめざして
 岩坪 威
 東京大学大学院医学系研究科神経病理学
 高齢化社会の間断ない進展に伴い,わが国の認知症患者の総数は200万人に達し,アルツハイマー病(Alzheimer's disease:AD)は百数十万人を占めると言われるに至った.現在コリンエステラーゼ阻害薬を中心に,少数の症候改善薬が臨床応用されているが,疾患のメカニズムに即した根本的治療薬(disease-modifying drug)の治験はいまだ成功をみていない.AD脳に蓄積するβアミロイド(Aβ)は単なる結果的産物ではなく,病因にかかわると考えられる.家族性ADの病因遺伝子と病的表現型の関係を見れば,この“因果関係”は明白である.しかしこのことは,AD患者に抗Aβ療法を施した際に,認知機能改善などの治療効果が得られることを保証するものではない.各種の治験において,成功例がいまだない理由は個別にさまざまと考えられるが,十数年のアミロイド蓄積を経て細胞病変が進行し,正常な脳機能が維持できなくなった時点で軽度認知障害(MCI)ないし認知症症状が顕在化することを考慮するなら,認知症が完成したADの臨床的発症後に抗Aβ療法の効果を評価せざるを得ない現状では,最大の薬効が得られないことは当然かもしれない.ADよりはMCI,そして理想的には無症候期にAβの毒性を効率的に阻害することができれば,脳変性を回避できる可能性がある.
 近年アミロイドPETなどの革新的技術により,症候発現前に脳アミロイド蓄積を検出することが可能となった.2010年9月に完了したアメリカADNIの健常人に関する検討では,アミロイド陽性者では陰性者に比し,海馬の萎縮が60%程度加速されるという結果が示されている.この加速分を,アミロイド蓄積とともに発現するADの超早期変化と捉え,超早期に抗Aβ療法を施行することが,アメリカUCSDのAD Cooperative Studyやわが国においても真剣に議論されはじめている.ADの根本的治療は,超早期の先制治療に急速にシフトしつつある.わが国の認知症研究・医療のエキスパートによる珠玉の論文を通じ,各分野における最先端の状況を酌み取って頂ければ幸いである.
 認知症医療の未来―アルツハイマー病の超早期治療をめざして(岩坪 威)
総論
 1.日本における認知症患者実態把握の現状(朝田 隆)
  ・いわゆる若年性認知症
  ・晩発性認知症のわが国の現状
各論
 【診断】
  2.認知症におけるMRI診断の可能性―背景病理を踏まえて(徳丸阿耶・村山繁雄)
   ・変性型認知症におけるCTの役割―除外診断に尽きる
   ・MRIの役割
   ・Alzheimer病に対するMRI診断
   ・アミロイドアンギオパチーの多様な病態
  3.認知症の機能画像評価(大石直也・福山秀直)
   ・脳血流,糖代謝イメージング
   ・神経伝達機能イメージング
   ・神経病理イメージング―アミロイドイメージング
  4.認知症評価における認知機能テストの問題点(杉下和行・杉下守弘)
   ・立証主義について
   ・“Alzheimer病神経画像戦略”(ADNI)とDSM-V
   ・認知症の診断,分類および重症度
   ・MCIの診断,分類および重症度
   ・ADNIの認知機能検査
   ・認知症に伴う精神症状
  5.認知症のバイオマーカー(東海林幹夫)
   ・脳脊髄液(CSF)Aβ,tau,リン酸化tauの測定
   ・臨床的エビデンス,診断感度と特異性
   ・MCIからAD発症の予測に関するバイオマーカー
   ・危険因子としての血漿Aβ40,Aβ42
   ・その他の開発中のバイオマーカー
 【最新研究動向】
  6.認知症のブレインバンク(村山繁雄)
   ・認知症のブレインバンクはなぜ必要か?
   ・認知症のブレインバンクのわが国での現状
   ・ネットワーク化の試み
   ・蓄積方法
   ・臨床病理連関
   ・高齢者ブレインバンクプロジェクトの展望
  7.認知症の分子イメージングの将来像―病態解明と創薬に向けたあらたな取組み(樋口真人)
   ・分子イメージングを基軸とした基礎⇔臨床のフィードバックループ
   ・標的分子種の同定と生体における存在様式の解明
   ・ヒト剖検脳およびモデル動物の活用
   ・ヒトにおける薬剤のスクリーニング
   ・剖検による病理学的評価の必要性
  8.認知症のイメージングゲノミクス(宮下哲典・桑野良三)
   ・ADNI
   ・APOEとの関連
   ・GWASによる試み
 【治療】
  9.BPSDの病態と治療(天野直二)
   ・代表的なBPSD
   ・薬物療法
  10.軽度認知障害(MCI)の臨床―MCIを再考する(高橋 智)
   ・高齢者の日常生活の変化とMCIの概念
   ・MCIの多様性をめぐる議論
   ・MCI例の日常生活動作障害
   ・MCIを早期に診断して対応する意義
   ・MCIの早期発見
 【医療環境】
  11.認知症のケアとリハビリテーション(山口晴保・山口智晴)
   ・認知症のケア
   ・認知症のリハビリテーション
   ・家族への指導
  12.認知症専門医制度の現状と将来(中島健二)
   ・認知症医療の変化
   ・認知症医療全体を把握する認知症専門医
   ・認知症専門医の役割
   ・日本認知症学会専門医制度の現状
   ・今後の課題
アルツハイマー病―最新動向
 13.アルツハイマー病研究の歴史的および今後の展望(井原康夫)
  ・蓄積物質の生化学的解析
  ・アミロイドカスケード仮説
  ・γモデュレーターおよびワクチン療法の登場
  ・アミロイド(カスケード)仮説に対する“疑義”
  ・認知機能正常,アミロイド蓄積高齢者群
  ・アミロイドカスケード仮説のヒトでの検証
 14.アルツハイマー病の診断と治療の現状(山崎峰雄)
  ・ADの診断
  ・ADの治療の現状
 15.アルツハイマー病に対するdisease-modifying―国際共同治験の課題と展望(藤本陽子)
  ・現状
  ・課題と展望
 16.ADNI研究の現状と展望(古和久朋)
  ・ADNI研究が計画された背景
  ・US-ADNI
  ・J-ADNI
  ・他の地域でのADNI研究
  ・ADNI研究の今後
臨床トピックス
 17.レビー小体型認知症(井関栄三)
  ・臨床診断基準と病理学的亜型
  ・精神症状・神経症状
  ・検査所見
  ・治療
 18.前頭側頭葉変性症の臨床と背景病理(池田研二)
  ・臨床類型と対応する脳病変領域
  ・FTLDに属する疾患単位と封入体に基づく病理分類
  ・臨床類型と疾患単位の関係
 19.紀伊半島のALS/パーキンソン認知症複合(葛原茂樹)
  ・病態と病理についての最近の知見
  ・高集積を説明する仮説と原因
  ・疫学像の変遷
 20.血管性認知症(吉田光宏)
  ・VaDの概念
  ・VaDの臨床診断基準と分類
  ・脳血管障害とアルツハイマー病
  ・血管性認知症の予防と治療
 21.遺伝性脳小血管病(今野卓哉・小野寺 理)
  ・CADASIL/CARASIL
  ・CAA
  ・Fabry病
  ・RVCL(HERNS,CRV,HVR)
  ・COL4A1変異
 ・サイドメモ目次
  The Dementia Research Group
  ポジトロン断層撮影(PET)
  Disease-modifying therapy
  Hachinski虚血スコア
  Dynamic polygon hypothesis