やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

はじめに
 中村清吾
 聖路加国際病院ブレストセンター乳腺外科
 近年,乳癌の治療薬の進歩はめざましく,欧米では死亡率の低下や,再発後の5年生存率の向上など,治療成績の向上に関する報告があいついでいる.その根幹をなしているのは,細胞内で起こっている増殖,浸潤,転移,アポトーシス,血管新生,耐性獲得などの分子機構が明らかとなってきたことによる.理論的にその機序を抑える化合物が生成され,各種の薬が創られ,また,その代謝や効果を確認するためのファンクショナルイメージングの開発も進んでいる.
 これらは,ある程度の基礎に関する知識がないと上手に使いこなすことは難しく,また,基礎の分野でも真に臨床側が必要としていることが明確でないと,象牙の塔にとどまる研究になりかねない.
 そこで本特集では,基礎と臨床の橋渡しとなるようなテーマを取り上げてみた.
 また,ハーセプチン(R)などの分子標的治療薬や新規化学療法剤の開発費は膨大であり,高額な薬剤費は医療費の高騰に拍車をかけ医療財政を圧迫し,また患者個人の負担増の要因となりつつある.そこで,個々の患者の再発リスクを把握し治療開始前に効果を予測することが可能であれば,適切な患者にのみ投与し,むだな投薬を減らすことができる.それを目的として,各種の治療効果を予測する検査法(OncotypeDX(R)やMammaPrint(R)など)が開発され,すでに欧米では臨床の現場で使われている.このほか,各抗癌剤やホルモン剤に対する治療効果や副作用発現の予測を目的とした検査法も開発が進んでいる.そこで,これら各検査法の診療ガイドラインのなかでの位置づけも含め,個別化治療の時代を迎えて,標準治療がどのように変わりつつあるかについても触れていただくこととした.
 以上のように治療法が多枝にわたると,効果や副作用のほか,それぞれの適応や禁忌,組み合わせや手順について全体像をしっかりと把握しておくことが大切である.すなわち,ますます細分化され,より専門性が要求される乳癌診療の現場で,本別冊が全体を見渡す鳥の目の役割を果たしてくれることを期待している.
 はじめに(中村清吾)
診断
  1.乳癌における超音波診断の新展開(角田博子)
   ・デジタル技術の進歩
   ・乳癌の組織型推定
   ・フローイメージングとエラストグラフィ
   ・石灰化の診断
   ・拡がり診断とマーキング
   ・術前化学療法と超音波診断
  2.乳癌診療におけるPET/CTの有用性(林 光弘・村上康二)
   ・PET装置の原理と単独での欠点
   ・PET/CTの特徴
   ・原発腫瘍の検出と良悪性の鑑別
   ・原発巣の広がり診断
   ・腋窩リンパ節の診断
   ・局所再発・転移の診断
   ・治療効果判定
   ・乳線領域におけるfunctional imagingのあらたな展開
  3.乳房温存手術における断端診断(秋山 太)
   ・断端診断の目的
   ・癌の完全切除が病理学的に保証可能な乳房温存手術
   ・乳房温存手術標本の病理学的検索方法
   ・断端診断の具体例
  4.家族性乳癌の診断と治療(玉木康博)
   ・家族性乳癌と関連遺伝子
   ・BRCA遺伝子変異検査の対象
   ・BRCA変異乳癌の臨床的特徴
   ・BRCA遺伝子変異保因乳癌患者に対する手術
   ・BRCA変異保因健常人に対する対策
最新治療トピックス
 【ホルモン療法】
  5.ホルモン療法耐性の分子機序―エストロゲン関連細胞内シグナル経路の変化(林 慎一・山口ゆり)
   ・ホルモン療法の2つの戦略
   ・増殖因子のシグナルカスケード亢進によるホルモン療法耐性機構
   ・In vivoで樹立したAI耐性モデルによる解析
   ・エストロゲンシグナル経路の変化による耐性機序
   ・アンドロゲン代謝産物によるERの活性化
   ・薬物代謝能や排出能の亢進による耐性
   ・タモキシフェン耐性機構の新説
  6.ホルモン耐性と薬物療法―シグナル伝達阻害薬との併用(三好康雄・他)
   ・タモキシフェンあるいはアロマターゼ阻害薬耐性腫瘍に対するホルモン療法
   ・増殖因子シグナルとホルモン抵抗性
   ・その他のシグナル伝達阻害薬とホルモン療法
  7.アロマターゼ阻害剤を取り巻く最近の話題―ステロイド系と非ステロイド系阻害剤の差異(笹野公伸)
   ・アロマターゼ分子
   ・ステロイド系と非ステロイド系アロマターゼ阻害剤
   ・ステロイド系アロマターゼ阻害剤のアンドロゲン作用
   ・ステロイド系と非ステロイド系アロマターゼに関しての今後の展開
  8.タモキシフェン代謝酵素の遺伝子多型と効果―CYP2D6遺伝子多型解析による乳癌のオーダーメイド医療(前佛 均・中村祐輔)
   ・CYP2D6の遺伝子多型(一塩基多型:SNP)
   ・CYP2D6遺伝子多型とタモキシフェンの体内動態
   ・CYP2D6遺伝子多型(一塩基多型)解析に基づくオーダーメイド医療
 【最新の治療戦略】
  9.術前薬物療法の新展開―JBCRG Studyのあゆみ(山城大泰・戸井雅和)
   ・術前化学療法のより高い奏功率をめざした試み(JBCRG01-03)
   ・Non-pCRに対するアプローチ(JBCRG04)
   ・ホルモン受容体陽性乳癌に対するアプローチ(JBCRG05-07)
   ・転移再発乳癌に対する治療
   ・Translational research国際共同試験の取組み
  10.トリプルネガティブ乳癌に対する治療戦略(岩瀬弘敬・山本 豊)
   ・TN乳癌における化学療法
   ・TN乳癌に対する新治療戦略
  11.トラスツズマブ耐性とその対策(岩田広治)
   ・腫瘍側のトラスツズマブ耐性メカニズム
   ・宿主側でのトラスツズマブ効果のメカニズム
   ・転移部位によるトラスツズマブ耐性メカニズム
   ・トラスツズマブ耐性への対策
  12.ビスホスホネート製剤の最新知見―再発予防としての術後補助療法(河野範男)
   ・前臨床―破骨細胞の誘導阻止による骨転移形成阻止
   ・ビスホスホネートの抗腫瘍作用
   ・ビスホスホネートを用いた骨転移予防臨床試験
 【治療効果予測】
  13.OncotypeDX(R)とTAILORx―治療効果予測はどこまで可能か?(小野田敏尚・中村清吾)
   ・OncotypeDX(R)
   ・再発スコア(recurrence score)の検証
   ・対象患者
   ・既存のツールとの比較
   ・再発スコアと補助化学療法
   ・術前化学療法の効果予測
   ・TAILORx trial
  14.MammaPrint(R)とMINDACT trial―予後予測と補助療法個別化はどこまで可能か(大崎昭彦・佐伯俊昭)
   ・MammaPrint(R)の開発経緯
   ・MammaPrint(R)の目的
   ・MINDACT試験
   ・予測因子としての側面
  15.遺伝子発現情報に基づいた乳癌薬物療法の有効性診断―乳癌の抗癌剤感受性予測(長ア光一・三木義男)
   ・乳癌における薬物治療
   ・遺伝子発現解析による抗癌剤感受性予測
   ・遺伝子発現解析に基づいたリスク評価による治療群の選別
   ・遺伝子機能解析による抗癌剤感受性規定因子の同定
 【新規抗がん剤】
  16.副作用対策を考慮した新規薬剤(伊藤良則)
   ・抗癌剤毒性軽減の試み
   ・分子標的治療の時代へ
  17.血管新生と乳癌治療戦略(坂東裕子)
   ・腫瘍血管新生
   ・VEGFと乳癌
   ・ベバシズマブ
   ・ベバシズマブと乳癌
   ・アジュバント,ネオアジュバント治療
   ・他の抗血管新生療法
   ・抗血管新生療法の展望
最新研究トピックス
  18.乳癌幹細胞(神谷敏夫・佐谷秀行)
   ・癌幹細胞の重要性
   ・癌幹細胞の同定と分取
   ・癌組織の不均質性と癌幹細胞
   ・乳癌幹細胞の起源
   ・乳癌幹細胞における酸化ストレス抑制機構
   ・乳癌幹細胞と上皮間葉転換
   ・癌幹細胞におけるニッチの役割
  19.非浸潤性乳管癌の基礎と病理―最新知見(津田 均)
   ・DCISの病理所見
   ・DCISのグレード分類
   ・DCISの遺伝子変化
   ・DCISの局所再発リスク因子
  20.がんペプチドワクチン療法の新展開(吉田浩二・他)
   ・がん免疫療法の歴史
   ・世界のがんワクチン療法の展開
   ・東京大学医科学研究所におけるがんペプチドワクチン療法の開発
   ・乳癌に対するがんペプチドワクチン療法の試み
   ・ペプチドワクチン療法の実際
   ・ペプチドワクチンの療法の評価方法の確立に向けて
   ・8日本を土台とした創薬から国際貢献へ―スーパー特区
 ・サイドメモ目次
  Micrometastases
  センチネルリンパ節生検
  NCCNガイドライン
  Dense breast
  BRCA1,BRCA2遺伝子
  Hot spotとfounder mutation
  BRCA遺伝子検査
  リン酸化シグナルカスケード
  乳癌に対しての男性ホルモン・アンドロゲン作用
  Pharmacogenomics(薬理遺伝学)とオーダーメイド医療
  メトロノミック療法(metronomic therapy)
  再発予防を目的としたゾレドロネート投与