やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

はじめに
 千葉 勉
 京都大学大学院医学研究科消化器内科学講座
 感染症によって癌が誘発される事実は古くから知られているが,その機序についてはいまだに不明な点も多い.そのなかで,HBV,HCVさらにEBVなどによるウイルス発癌については数多くの研究がなされ,その機序の一端が明らかにされてきたが,最近になって,これら感染症による発癌については,共通の生物学的知識,あるいは共通の概念で語られるようになってきた.事実,本特集を眺めてみると,感染症からの発癌については,全体的に大きく二つの経路によって説明がなされている.一つは感染による組織の炎症,免疫反応を介した経路,もう一つは,ウィルスや細菌など微生物が直接細胞に作用して,細胞増殖やアポトーシス反応,さらには細胞運動などに影響する経路である.実際前者については,ヘリコバクター・ピロリ感染症からの胃癌の発症には胃炎の存在が必須であるし,またHCVからの発癌にも肝炎の存在が必須である.さらに大腸癌に感染症が関与しているかどうかは不明であるが,たとえばcolitic cancerの発症には当然大腸の炎症が必須である.一方,HBV,HCV,EBVなどのウィルス遺伝子や蛋白が,感染細胞の遺伝子に組み込まれたり,遺伝子に影響すること,さらに産生された蛋白が細胞機能に影響をおよぼすこともかなり明らかとなってきた.また最近ではヘリコバクター・ピロリが,4型分泌装置を介してCagAやpeptidoglycanなどを細胞内に移入させて,NF-κB活性化や蛋白リン酸化,さらに遺伝子変異などを誘発させることも明らかとなってきている.
 このように“感染症からの発癌”を考える場合,上記のような炎症を介した間接作用と,微生物の細胞への直接作用に分けて考えると非常に分かりやすい,またTLRやNOD,RIG-Iを介したNF-κB活性化など,ウィルスと細菌感染についての共通項もみえてきた.読者の皆さんには,本特集のそれぞれの総説について,このような共通項をkey wordとしながら理解していただくことをお願いしたい.
 はじめに(千葉 勉)
感染症と発癌UPDATE
1.胃癌におけるEBウイルスの役割(瀬戸絵理・高田賢蔵)
 ・EBV関連胃癌の特性
 ・胃癌におけるEBV発現
 ・胃上皮へのEBV感染
 ・EBVによる上皮細胞の悪性化
 ・EBV関連胃癌で発現するウイルス遺伝子の機能
2.EBウイルスとリンパ腫(高田賢蔵)
 ・EBNA1
 ・Burkittリンパ腫,T/NKリンパ腫,胃癌,上咽頭癌の感染モデル系開発
 ・EBERによる自然免疫系の修飾と発癌
3.成人T細胞白血病(ATL)とHTLV-I(菱澤方勝)
 ・ATLとHTLV-Iの発見
 ・HTLV-Iの感染様式
 ・HTLV-IによるATL発症の分子機構
 ・HTLV-Iに対する宿主免疫応答
 ・臨床像と治療
4.パピローマウイルスと子宮頸がん(清野 透)
 ・HPV感染と子宮頸がんの因果関係
 ・ウイルスの構造と生活環
 ・HPV感染から子宮頸がん発生まで
 ・E6とE7の機能
 ・子宮頸がん予防と治療の将来
5.HBVによる発癌病態(中本安成・金子周一)
 ・HBV肝発癌のウイルス側因子
 ・HBV肝発癌の宿主側因子
 ・包括的遺伝子発現プロファイル
6.HCVと肝発癌―高頻度,多中心性の発癌はなぜ起こるのか(小池和彦)
 ・C型肝炎における肝発癌
 ・肝発癌の分子病態解明手段としての動物モデル
 ・HCVによる肝脂肪化の特徴とその機序
 ・HCVによる肝発癌機構―“炎症かウイルスか”から“炎症の質的相違”へ
 ・肝炎ウイルスによる肝発癌機序
7.HCVと肝発癌―HCVの感染性ウイルス粒子産生と細胞内環境(土方 誠)
 ・HCV感染と肝発癌
 ・HCV蛋白質による細胞機能の変化
 ・HCVコア蛋白質による形質転換
 ・HCVコア蛋白質と脂肪滴
 ・肝炎と肝発癌
8.HCV感染からの肝発癌におけるHBV潜伏感染の役割(丸澤宏之)
 ・HBVの既感染とは肝への潜伏持続感染を意味している
 ・HCV感染者の多くは肝にHBV潜伏感染を伴っている可能性がある
 ・HBc抗体が陽性であることは,HCV感染例からの肝発癌の危険因子である
 ・インターフェロン治療によりHCV感染が制御できた症例からも,なぜ肝癌が発生するのか
9.H.pylori CagAによる細胞癌化のメカニズム(畠山昌則)
 ・CagAとIV型分泌機構
 ・CagAのチロシンリン酸化
 ・CagA-SHP-2相互作用
 ・ヒト癌蛋白質としてのSHP-2
 ・CagAによるタイトジャンクションと細胞極性の破壊
 ・CagAの新規標的分子―PAR1b/MARK2キナーゼ
 ・CagA-PAR1-SHP-2複合体形成とその意義
10.スナネズミモデルによるH.pylori関連胃癌発生機構の解明(豊田武士・立松正衞)
 ・スナネズミ腺胃発癌モデルにおけるH.pyloriのプロモーション効果
 ・H.pylori単独感染スナネズミにおける特徴病変(異所性増殖性腺管)
 ・H.pylori除菌による胃発癌抑制
 ・H.pylori早期感染による発癌リスク上昇
 ・食塩によるH.pylori関連胃発癌の促進
 ・H.pylori感染スナネズミ胃癌の化学予防
感染症,炎症と発癌をつなぐ分子機構
11.Helicobacter pyloriと胃MALTリンパ腫(山本英子・中村栄男)
 ・胃MALTリンパ腫とH.pylori
 ・MALTリンパ腫と遺伝子異常
 ・H.pylori除菌治療とt(11;18)(q21;q21)染色体転座
 ・胃MALTリンパ腫発症とH.pylori感染およびt(11;18)(q21;q21)染色体転座
 ・H.pylori除菌療法に対する反応性予測因子
12.遺伝子編集酵素がつなぐ感染症からの消化器発癌の新しい分子機構(丸澤宏之)
 ・われわれの体には遺伝子に変異を導入する活性を有する酵素が存在する
 ・AID発現は遺伝子変異をもたらすことで,リンパ系腫瘍の発生に関与している
 ・C型肝炎ウイルス感染を契機に,AIDがヒト肝細胞に発現する
 ・H.pylori感染からの胃癌発生の黒幕もやはりAID?
13.ウイルス感染におけるNF-κB活性化と発癌(山岡昇司)
 ・NF-κB活性化機構の概略
 ・感染免疫とNF-κB活性化
 ・ウイルス性腫瘍におけるNF-κB活性化
 ・HTLV-ITax
 ・EBV
 ・HHV-8
 ・ウイルス性腫瘍の治療標的分子
14.細菌感染におけるNF-κB活性化と発癌(前田 愼)
 ・NF-κB活性化経路
 ・細菌因子によるNF-κBの活性化
 ・NF-κB活性化経路の機能
 ・NF-κB活性化と発癌
 ・H.pyloriによるNF-κB活性化と発癌
 ・その他の細菌感染症とNF-κB活性化,発癌
15.発癌と炎症のエピジェネティクス―慢性炎症によるDNAメチル化異常(延山嘉眞・牛島俊和)
 ・癌でのDNAメチル化異常と意義
 ・DNAメチル化誘発要因としての慢性炎症
 ・慢性炎症によるDNAメチル化誘発の機序
 ・炎症によるDNAメチル化誘発の臨床応用の可能性

・サイドメモ目次
 パピローマウイルス
 高リスク HPVと低リスク HPV
 異形成(dysplasia),CIN(cervical intraepithelial neoplasia),SIL(squamous intraepithelial lesion)
 ROS(reactive oxygen species)
 脂肪滴
 不死化
 HBc抗体
 PAR1b/MARK2 キナーゼ
 PAR1bによる上皮細胞極性制御
 遺伝子編集酵素
 潜伏感染
 CpGアイランド