やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

はじめに
 清野精彦
 日本医科大学千葉北総病院内科,同循環器センター
 循環器診療で重要な心血管イベントとして,(1)心筋梗塞や不安定狭心症などの急性冠症候群,(2)心不全による入院・死亡,(3)急性大動脈解離や肺血栓・塞栓症などの血管イベントなどがあげられる.これらの心血管イベントの急性期診断やリスク層別化,予後推測,治療評価などに新しいバイオマーカーの活用が注目されている.
 急性冠症候群の病態を分析し,早期リスク層別化に活用される血中生化学マーカーは,7つのスペクトラムに分類することができる.すなわち,(1)プラーク生成に関連する(plaque)マーカー,(2)プラークの不安定化に関連する(unstable plaque)マーカー,(3)プラークの破裂に関連する(plaque rupture)マーカー,(4)血栓形成に関連する(thrombosis)マーカー,(5)心筋虚血(ischemia)ストレスマーカー,(6)心筋傷害・壊死(necrosis)マーカー,(7)左室リモデリング(LV remodeling)マーカーなどである.これらは,急性冠症候群の早期診断,リスク層別化のみならず,病態の分析,治療薬物の選択,治療評価などにも有用である.
 心不全の病態を形成しているのはポンプ機能障害(収縮能,拡張能)そのものを基軸に,これを代償しようとする心臓血管系自身(Frank-Starling機序),神経体液性因子:交感神経系,レニン-アンジオテンシン-アルドステロン系,ANP,BNP,エンドセリンなど,そして肺,骨格筋,腎,肝,皮膚などへの血流配分の適応とその破綻と考えることができる.心機能障害進行の病態において,収縮機能障害に関連してはβ受容体伝達系の異常,筋小胞体におけるCaハンドリングの障害などが明らかにされ,構造的障害に関連しては心室リモデリング,アポトーシス,ネクローシス,心筋線維化などが,さらに病的な遺伝子発現変化,炎症機転の関与などが報告されている.これらの病態諸過程を反映した新しい指標による分析,長期予後予測の重要性や,治療評価指標としての意義に関する報告が注目されている
 一方,急性大動脈解離や肺血栓塞栓症など血管疾患の診断は,主として特徴的な画像によってなされており,血液バイオマーカーの診断意義はあまり注目されなかった.しかし近年,凝固・線溶系指標に加え,血管傷害を反映する各種バイオマーカーの有用性に関する報告がなされており,早期リスク層別化,予後推測,治療評価などへの活用が期待されている.
 本特集では心血管バイオマーカーの臨床展開について各領域の第一人者に解説をお願いし,さらに心血管バイオマーカーの探索的研究,開発中の新規バイオマーカーの可能性についても言及していただいた.これらの優れたバイオマーカーを組み合わせて迅速診断・治療評価・病態分析に活用する心血管マルチバイオマーカー・ストラテジーがおおいに期待される.
 はじめに(清野精彦)
総論:心血管マルチバイオマーカー・ストラテジー
1.急性冠症候群に対するバイオマーカー・ストラテジー(村上大介・清野精彦)
 ・急性冠症候群におけるマルチバイオマーカー・ストラテジー
 ・心筋壊死マーカー
 ・プラーク不安定化マーカー
 ・プラーク破裂マーカー
2.心不全のバイオマーカー―心腎相関(蔦本尚慶・堀江 稔)
 ・心不全における神経液性因子とバイオマーカー
 ・心臓からのBNP,N末端-proBNP分泌
 ・BNPとN末端-proBNPの共通点
 ・BNPとN末端-proBNPの相違点
 ・腎機能がBNPとN末端-proBNPの相関性に及ぼす影響
 ・心不全診断(左室拡張末期圧高値)とBNP,N末端-proBNP濃度
 ・心不全予後予測とバイオマーカー
3.急性大動脈解離・大動脈瘤に対するバイオマーカー(圷 宏一)
 ・急性大動脈解離のバイオマーカー
 ・大動脈瘤のバイオマーカー
4.肺血栓塞栓症に対するバイオマーカー・ストラテジー(白土邦男・佐久間聖仁)
 ・BNP
 ・トロポニン
 ・BNPやトロポニンを用いた治療法選択
 ・H-FABP
 ・D-ダイマー
5.動脈硬化に対するバイオマーカー・ストラテジー(吉田雅伸・他)
 ・単独の指標
 ・複数の生化学的指標の組合せ
 ・生化学的指標と生理指標機能・形態評価指標の組合せ
 ・動脈硬化マーカーの今後の展開
6.不整脈に対するマルチバイオマーカー・ストラテジー(小松 隆・中村元行)
 ・心房細動とバイオマーカー
 ・心室頻拍・心室性期外収縮とバイオマーカー
7.バイオマーカーを応用した運動療法の新しい展開―テーラーメイド時代に向けて(沖田孝一)
 ・運動と遺伝子発現
 ・心血管系バイオマーカー
 ・運動療法と心血管系バイオマーカー
 ・バイオマーカーからみた運動療法
 ・心大血管疾患における運動療法とバイオマーカー
各論:新規バイオマーカーの臨床展開
8.新規血管炎症マーカー,pentraxin3(井上健司)
 ・不安定狭心症の診断
 ・高感度CRP(hs-CRP)
 ・hs-CRPの問題点
 ・PTX3
 ・PTX3は血管CRPである
 ・理想的なバイオマーカー
 ・ペルセウスプロテオミクス社製高感度PTX3測定系の開発
 ・好中球から放出されるPTX3
9.炎症性サイトカインの有用性―心血管イベント予測マーカー(高橋将文・池田宇一)
 ・心血管イベント予測因子としての炎症マーカー
 ・心血管イベント予測因子としての炎症性サイトカイン
 ・他の心血管疾患における炎症性サイトカイン
10.炎症性ケモカインと循環器疾患(中込明裕)
 ・ケモカインスーパーファミリー
 ・MCP-1とは?
 ・IL-8とは?
 ・ケモカインは心不全の発症・悪化に関与するか
 ・ケモカインをターゲットとした治療
11.Soluble LOX-1とその周辺(久米典昭)
 ・急性冠症候群の発症における粥状動脈硬化プラーク破綻
 ・CRP,酸化 LDLと粥状動脈硬化プラークの破綻
 ・Soluble CD40リガンド(CD40L)
 ・ミエロペルオキシダーゼ(MPO)
 ・Soluble lectin-like oxidized LDL receptor-1(sLOX-1)
12.血管内皮機能評価における血漿マーカー―CD144(VEカドヘリン)陽性血管内皮細胞由来微小粒子(野ア俊光・他)
 ・MPsの形成と放出
 ・MPsの臨床的意義
 ・VE-cadherin(CD144抗原)
 ・血管内皮機能障害マーカーとしてのCD144(VEカドヘリン)陽性血管内皮細胞由来微小粒子
 ・CD144-EMPs測定
 ・CD144-EMPと冠動脈疾患
13.プラーク不安定性におけるneopterinの役割(江原省一・上田真喜子)
 ・心血管イベント発症に関連する不安定プラークとプラーク炎症
 ・プラーク炎症におけるneopterinの役割
 ・ヒト冠動脈の不安定プラークにおけるneopterinの局在
 ・プラーク不安定化におけるヒト血液中酸化ストレスの増大とneopterinとの関連性
14.妊娠関連血漿蛋白質A(PAPP-A)と胎盤増殖因子(PlGF)―急性冠症候群発症との関係(江田信一)
 ・PAPP-A
 ・PlGF
15.心不全の予後予測因子,血中心筋トロポニン(佐藤幸人)
 ・トロポニンT,トロポニンI
 ・急性冠症候群におけるトロポニン測定とマルチバイオマーカーストラテジー
 ・慢性心不全におけるトロポニン測定
 ・非虚血性急性心不全における心筋トロポニン測定
 ・一般検診におけるトロポニン測定
16.心不全の診断におけるN末端プロBNP(NT-proBNP)の臨床的有用性(石井潤一)
 ・基礎知識
 ・心不全診療におけるエビデンス
 ・NT-proBNP値の解釈における問題点
 ・NT-proBNPとBNPの違い
17.新しい酸化LDLの測定法(相澤健一・鈴木 亨)
 ・酸化LDLの測定
 ・MDA-LDLの測定
18.心血管リモデリングとMMP(島田健永・吉川純一)
 ・動脈硬化・炎症とMMP
 ・心筋梗塞・心室リモデリング・心不全とMMP
 ・プラークラプチャーとMMP
19.テネイシンCの心臓リモデリングにおける有用性(廣江道昭・他)
 ・テネイシンCの構造と役割
 ・心臓におけるテネイシンCの産生,役割,作用機構
 ・バイオマーカーとしてのテネイシンCの臨床的意義
20.心血管バイオマーカーとしての抗心筋自己抗体の意義―抗心筋自己抗体によって何が予測できるのか?(吉川 勉)
 ・さまざまな抗心筋自己抗体
 ・生命予後の予測
 ・心不全重症度との関連
 ・心房細動の予測
 ・DCM以外で自己抗体は検出されるか
 ・β遮断薬治療のレスポンダー予測

 ・サイドメモ目次
  サイトカイン/ケモカイン
  PAPP-Aおよび PlGFの測定系に関する留意点
  迅速測定機器
  TIMP
  心筋症の自己免疫異常