やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

別冊・医学のあゆみ NASH(非アルコール性脂肪性肝炎)
 序にかえて
 慶應義塾大学名誉教授 石井裕正
 わが国においてnon-alcoholic steatohepatitis(NASH)に対する関心がここ1〜2年で比較的急速に高まり,日本肝臓学会や日本消化器病学会においてもシンポジウム,ワークショップや教育セミナーなどでも毎回主題として採択されるようになってきた.さらに,2004年10月には日本肝臓学会主催のシングルトピックカンファランスの主題にNASHが採択され,国際的視野で論議されることになった.
 アメリカで1980年に,Ludwigらが飲酒歴がないにもかかわらず病理組織学的にアルコール性肝障害に類似した20例をまとめて報告し,アルコール性肝炎とはまったく違う病態として分類しようと提唱したのがNASHの嚆矢である.当時この考え方がかならずしも素直に受け入れられなかったことは,このNASHに関する最初の報告が自分の所属する施設の刊行誌『Mayo Clinic Proc.』に掲載されたことからもある程度想像できるのであるが,その後,アメリカでは本症が肥満症や糖尿病に高頻度に合併することより,しだいに注目を集めるようになった.とくにアメリカでは肥満(とくに病的肥満)が医学的のみならず社会的にも問題を提起しており,人口の3%前後が本症に罹患しているとも推測されており,その予後もNASH症例の約50%が進行性で,10年間で20%が肝硬変に移行するとの報告もみられる.
 わが国でも肥満人口の増加が明らかであり,成人でも高頻度に肥満(BMI>25)の存在が考えられており,これらの人びとにみられる脂肪肝や糖尿病,高脂血症などがNASHの発生母地と考えられる.
 著者もかねてよりNASHに関心をもっており,1988年に本症について執筆したときにはC型肝炎ウイルスの確実な診断法もない時期であり,NASHに対して“やや耳慣れない疾患概念”という表現をとったが(日本臨床,946:1024-1028,1988),15年後の今日では状況が一変しており,冒頭に述べたような現状になってきて,いまや本疾患は21世紀初頭において注目度の高い疾患として登場してきた.
 わが国における実態に関してはかならずしも明らかになっておらず今後の検討課題であるが,肥満症・糖尿病などの生活習慣病の増加とともに脂肪肝も含めたNAFLD(non-alcoholic fatty liver disease)が今後さらに注目を集めるであろう.
 本書はそのような時期に企画されたが,概念,診断基準,病態と成因,発癌,治療など合計17項目にわたってそれぞれの分野の第一線の先生方に執筆していただいた.ご多忙な中を本書のために貴重な時間を費やして下さった先生方に深謝したい.本書が日常臨床におけるNASHの理解と診療に役立てば幸甚である.
別冊・医学のあゆみ NASH(非アルコール性脂肪性肝炎)
 Non-alcoholic steatohepatitis
 Editor:Hiromasa Ishii

序にかえて(石井裕正)
■第1章 NASHの疾患概念
 1.NASHの疾患概念に関する考察 Disease concept of NASH(石井裕正)
  ●病理組織診断における問題点
  ●成因

■第2章 NASHの診断と治療
 2.NASHの病理組織像,診断と発生機序―脂質代謝障害性慢性肝疾患:NASHの病理学 Histopathological diagnosis of nonalcoholic steatohepatitis(円山英昭)
  ●NASHの病理組織像と診断基準
  ●NASHの活動度(grading)と進行度(staging)
  ●NASHとalcoholic steatohepatitis(ASH,alcoholic hepatitis)との病理組織学的鑑別
  ●NASHの発生機序―“Two hit theory”
 3.NASHとその周辺疾患の画像診断 Imaging of NASH and related disorders(谷本伸弘)
  ●NASHの画像所見
 4.NASHの臨床診断―非アルコール性脂肪性肝障害とNASH Clinical criteria for the diagnosis of NASH(橋本悦子)
  ●NASHの診断基準の変遷
  ●NASHの診断基準
  ●NASHの臨床像
  ●日常診療におけるNASHの診断
 5.NASHの臨床経過と予後 Clinical course and prognosis of NASH(田中直樹・清澤研道)
  ●NASHの臨床経過
  ●NASHと肝癌
  ●NASHと肝硬変
  ●NASHと肝移植
 6.NASHの治療 Treatment for NASH(東 俊文・石井裕正)
  ●疾患概念の変遷
  ●病態および発症機序
  ●管理・治療

■第3章各疾患におけるNASH
 7.肥満・レプチンとNASH Obesity,leptin and NASH(竹井謙之・佐藤信紘)
  ●レプチンと肝線維化
  ●レプチンによる肝線維化促進の機序
  ●今後の展望
 8.NASHにおけるインスリン抵抗性と炎症性サイトカイン Insulin resistance and inflammatory cytokines in NASH(西原利治・野崎靖子)
  ●糖の取込みにおける肝の役割
  ●インスリン抵抗性とは
  ●インスリン抵抗性増大と環境要因
  ●インスリン抵抗性の分子機構
  ●脂質代謝異常におけるインスリン抵抗性
  ●NASHにおけるインスリン抵抗性
 9.糖尿病とnon-alcoholic fatty liver disease Non-alcoholic fatty liver disease and diabetes mellitus(本田律子・門脇 孝)
  ●糖尿病と脂肪肝
  ●糖尿病とNASH
 10.薬剤とNASH―新興薬物性肝障害 Drug and NASH(西原利治・大西三朗)
  ●歴史的な薬物性NASH
  ●肝における脂肪酸の供給と消費のバランス
  ●エストロゲン拮抗薬誘発性NASH/新興薬物性NASH
  ●薬物とNASH
 11.酸化ストレスとNASH Oxidative stress in non-alcoholic steatohepatitis(坪内博仁・他)
  ●酸化ストレスと細胞傷害
  ●NASHの発生機序と酸化ストレス
  ●NASHにおける酸化ストレスマーカー
  ●酸化ストレスからみたNASHの治療
 12.脂肪酸β酸化とNASH―ミトコンドリア,ペルオキシゾームβ酸化,小胞体ω酸化とNASH Fatty acid β-oxidation and NASH(山本匡介)
  ●肝を中心とした脂肪酸代謝
  ●肝の脂質生合成とNASH
  ●脂質燃焼系(β酸化およびω酸化)とNASH
  ●PPARとNASH
 13.NASHとPPAR NASH and PPAR(田中直樹・青山俊文)
  ●PPARとは
  ●脂肪肝とPPAR
  ●NASHへの進展とPPAR
 14.肝の脂肪化と発癌 Steatosis and hepatocarcinogenesis(小池和彦)
  ●C型肝炎と肝脂肪化
  ●HCVマウスモデルにおける肝脂肪化と肝発癌
  ●HCV感染症における肝脂肪化の特徴とその機序
  ●肝脂肪化と肝発癌―脂肪化は炎症の質的相違をもたらすか
 15.脂肪肝と肝移植 Fatty liver in liver transplantation(島津元秀)
  ●脂肪肝の定義と病理学的分類
  ●ドナーにおける脂肪肝の頻度
  ●ドナーにおける脂肪肝の評価
  ●移植成績からみた脂肪肝グラフトの選択基準
  ●脂肪肝におけるPNFの発生機序
  ●PNFの予防
  ●虚血再灌流障害に伴う脂肪肝
  ●肝移植におけるNASHの取扱い
 16.小児期のNASH―勃興しつつある小児生活習慣病 Non-alcoholic steatohepatitis in childhood(芳野 信)
  ●NAFL,NASHの臨床的意義
  ●インスリン抵抗性とNAFLの発生,NASHへの進展
  ●小児期のNAFL,NASHの臨床像とその特徴
  ●小児期のNASHの病態生理
  ●診断と経過の判定指標
  ●治療と予後
 17.ASH(アルコール性脂肪性肝炎)とNASH―その共通の病態機序 ASH and NASH―about common pathogenic mechanisms(冨田謙吾・他)
  ●エンドトキシン,腸管内産生エタノール
  ●TNF-α
  ●酸化ストレス・CYP2E1
  ●メチオニン代謝
  ●低酸素状態
  ●肥満
■サイドメモ目次
  NASHの線維化像
  Burned-out NASHと肝硬変
  Cryptogenic cirrhosis
  レプチン
  Second hit
  Cytochrome P450(CYP)
  CYP2E1
  PPARβ(δ)
  ROS(reactive oxygen species)
  プライマリーノンファンクション(PNF)
  先天性脂肪酸代謝異常症
  インスリン抵抗性改善薬ピオグリタゾンとASH・NASH
 本別冊は,週刊「医学のあゆみ」Vol.206 No.5(2003年8月2日発行)『NASH(非アルコール性脂肪性肝炎)』をもとに別冊として再刊したものです.