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はじめに

 東京大学医学部附属病院無菌治療部 平井久丸

 悪性リンパ腫の治療方針は病理診断,病期分類(Ann-Arbor分類),予後診断(International Index)に基づいて決定される.このさいには悪性リンパ腫の発生基盤や分子病態を理解しておくことが重要である.悪性リンパ腫の治療は確実に進歩しているが,さらなる飛躍的展開を求めるには悪性リンパ腫の疾患単位を基礎的臨床的側面から確立し,それに基づいた層別化治療を行うことが必要である.
 1994年にInternational Lymphoma Study Groupによってリンパ球系腫瘍の新しい分類としてREAL分類が提唱された.それからすでに4年が経過したが,いまだに定着したとはいいにくい.REAL分類はすべてのリンパ球系悪性腫瘍を網羅する総括的分類であるとともに,細胞起源に基づく科学的分類である点においては画期的な分類である.REAL分類はリンパ球系腫瘍をB細胞性とT/NK細胞性に分け,さらに分化段階によってprecursorとperipheralに分けている.たしかにREAL分類は科学性の高い分類であるが,あまりに総括的であり,複雑すぎるという意見もある.とくに臨床医には予後との相関が不明であるため,受け入れにくい面がある.疾患は本来,その本質的病態によって分類されるべきものであり,それによって病理学的にも臨床予後もhomogenousな分類が可能になるはずである.この点から考えると,現段階では病理形態学,T/B分類などの細胞起源,臨床予後のすべてを満足する分類法がないことはやむをえない.歴史的にも明らかなように,悪性リンパ腫の分子生物学的病態解析は確実に進歩しており,そう遠くない将来,大部分の悪性リンパ腫が原因遺伝子によって分類が可能になることも夢ではない.したがって,そのような状況に対応できるような分類がこれから用いる分類法として適切であろう.REAL分類は,morphologic,immunologic,geneticな手法を用いることを唱っているものの,原因遺伝子による分類をほとんど取り入れていない点は欠点ではあるが,従来の分類よりも将来の遺伝子分類には対応できる分類である.
 Aggressive lymphomaに対する治療は過去7〜8年間に大きな変化があった.ひとつはProMACE-CytaBOM,MACOP-B,m-BACODなどのdose intensityの高い第三世代の治療法と第一世代のCHOP療法の大規模な無作為比較試験が実施され,CR率および生存率に有意差がないと報告されたことである.これらの報告以来,安全性と経済性に勝るCHOP療法への回帰は世界的趨勢となっている.もうひとつの変化はaggressive lymphomaに対する大量化学療法+自家造血幹細胞移植療法の普及である.現在までのところ,aggressive lymphomaの初回部分寛解例や化学療法感受性再発例においては大量化学療法+自家骨髄移植(ABMT)は通常の化学療法より治療成績が勝ることが報告されている.さらに,最近ではaggressive lymphomaに対し大量化学療法+自家末梢血幹細胞移植(APBSCT)が盛んに行われるようになり,ABMTよりも造血回復が速やかであること,通常の化学療法より生存率が勝ることが報告されている.今後は初回部分寛解例や化学療法感受性再発例においてAPBSCTがABMTより治療成績が勝るかどうか比較試験を行う必要がある.また,aggressive lymphomaに対する大量化学療法+自家造血幹細胞移植療法の寛解後療法としての有用性もいまだ不明である.
 自家造血幹細胞移植の普及などによりaggressive lymphomaに対する治療成績が向上してくると問題となるのがlow grade lymphomaに対する治療方針である.自然経過が長いため,watch and waitが容認されるが,長期間でみるとけっして生存率はよくはない.Low grade lymphomaの無病生存率は5年でaggressive lymphomaの無病生存率より悪くなるし,生存率も10年あまりで下まわることになる.この観点から注目される治療法がlow grade lymphomaに対する同種骨髄移植や細胞療法である.Mantle cell lymphoma,follicular center lymphomaなどのうち,どのような疾患単位にこれらの治療法が適応となるか今後検討されるべき問題である.たんにlow grade lymphomaと一括せず,International Index,病理組織分類さらには遺伝子分類に基づく層別化した治療研究の推進が望まれる.
 悪性リンパ腫の分子病態解析の進歩によって層別化を分子レベルで行うことが可能になりつつある.このような例として近年注目されてきたのが,Burkitt's lymphomaにおけるMYC,follicular center lymphoma t(14;18)におけるアポトーシス抑制因子BCL-2,mantle cell lymphoma t(11;14)におけるサイクリンD1,diffuse large cell lymphoma t(3;14)におけるBCL-6,lymphoplasmacytoid lymphoma t(9;14)におけるPAX-5などの発現異常である.また,anaplastic large cell lymphoma t(2;5)におけるNPM/ALKなどのキメラ遺伝子の形成も明らかとなってきた.このような分子カ物学的な層別化によって疾患単位はさらに純化されていくことが期待される.
はじめに  平井久丸
  悪性リンパ腫の発症機序と病態
1.B細胞の発生・分化とB細胞性リンパ腫  竹内賢吾
  B細胞の発生・分化
  B細胞性リンパ腫
2.Hodgkin病の本態に関する最近の知見  阿部正文
  Hodgkin病の組織分類の現状
  Hodgkin病の病因―RS細胞とEBウイルス
  RS細胞の特性と細胞起源
  RS細胞とその背景の反応性細胞との関連
  RS細胞とp53癌抑制遺伝子
3.免疫不全および移植に伴う悪性リンパ腫の発生とウイルス感染  青笹克之・星田義彦
  自己免疫疾患
  AIDS
  臓器移植
  ウイルスの関与
4.炎症と悪性リンパ腫の境界領域  竹内仁・茅野秀一
  臨床経過は良好で組織像も過形成性の場合
  臨床経過は不良であるが組織像は過形成性の場合
  臨床経過は不良で組織像も良悪の鑑別困難の場合
5.節外性リンパ腫―臓器・組織特異的悪性リンパ腫の特殊性  森尚義
  B細胞性リンパ腫
  NK/T細胞性リンパ腫
  悪性リンパ腫の臨床診断
6.病理診断とREAL分類  中村栄男
  B細胞リンパ腫分類
  T/NK細胞リンパ腫分類
  Hodgkin病分類
7.表面抗原を用いた悪性リンパ腫の診断―REAL分類に沿って  田丸淳一・張ヶ谷健一
  B細胞性リンパ腫
  T/NK細胞性リンパ腫
  Hodgkin病
8.悪性リンパ腫の染色体異常と遺伝子診断  平井久丸
  染色体転座と悪性リンパ腫
  染色体欠失と悪性リンパ腫
  悪性リンパ腫の治療
9.Hodgkin病の治療―初発例と再発症例のマネジメント  伊豆津宏二
  Hodgkin病・初発例の治療
  化学療法の選択
  再発例・不応性症例に対する治療
  Hodgkin病に対する造血幹細胞移植
  治療による合併症
10.非Hodgkinリンパ腫の治療―予後予測に基づく治療計画  神田善伸
  aggressive NHLの予後予測
  aggressive NHLに対する化学療法の実際
  indolent NHLの予後予測
  indolent NHLに対する化学療法の実際
11.Localized lymphomaの治療  中野優
  localized indolent lymphomaの治療
  localized aggressive lymphomaの治療
  localized extranodal lymphomaの治療
  localized lymphomaと免疫機序
12.悪性リンパ腫に対する造血幹細胞移植の適応と限界  千葉滋
  Evidenceに基づく悪性リンパ腫に対するHDC/HSCTの適応
  HDC/HSCTの適応についてほぼコンセンサスが得られている悪性リンパ腫
  HDC/HSCTの適応にならない悪性リンパ腫
  HDC/HSCTの適応について検討が必要な悪性リンパ腫
  注目すべき疾患entityの病態・治療・予後
13.NK細胞リンパ腫  押味和夫
  NK細胞由来の腫瘍
  NK細胞リンパ腫
  nasal and nasal-type NK-cell lymphoma
  blastic NK-cell lymphoma
  一部のリンパ芽球性リンパ腫
  NK細胞リンパ腫の臨床像
  NK細胞リンパ腫が疑われたときの生検リンパ節の検査法
  クローナリティーの証明
14.皮膚T細胞リンパ腫―菌状息肉症/Sezary症候群  上田孝典・津谷寛
  病態
  治療
  予後
15.Castleman病とMCD-IL-6シグナル阻害による治療  西本憲弘・吉崎和幸
  Castleman病とは
  治療および予後
  Castleman病の病態におけるIL-6の異常産生
  IL-6シグナル阻害による治療法の開発
  ヒト型化抗IL-6受容体抗体によるCastleman病の臨床治療研究
16.AILD,IBL,IBL-like T-cell lymphoma  江崎幸治・岡本昌隆
  疾患概念
  臨床所見および病理組織学的所見
  病態
  治療
  予後
17.マントル細胞リンパ腫  本倉徹
  マントル細胞リンパ腫
  疾患単位の確立
  MCLの臨床的特徴
  MCLの遺伝子異常と腫瘍化の機序
  MCLの診断
  染色体転座t(11;14)(q13;q32)とサイクリンD1過剰発現の検出
  MCL周辺疾患
  MCLの予後因子
  MCLの治療
  MCLの今後の展望
18.Marginal zone B-cell lmphoma(MALToma/monocytoid B-cell lymphoma/splenic marginal zone lymphoma)  待井隆志・山口充洋
  marginal zone B-cellとmarginal zone B-cell lymphoma
  病態
  marginal B-cell lymphomaの細胞学
  治療
19.Anaplastic large-cell lymphoma-診断と治療  上昌弘
  未分化大細胞性非Hodgkinリンパ腫とt(2;5)(p23;q35)
  NPM/ALK
  NPM/ALKとALCLの臨床像の関係
  診断
  治療
  今後の展望
20.Primary mediastinal B-cell lymphoma  須永真司
  臨床像
  腫瘍細胞の起源と組織像,免疫学的形質
  診断
  治療における問題点
  化学療法としてCHOP療法が最適か
  化学療法後の放射線照射は有用か
  自己造血幹細胞移植の適応とタイミング
21.Burkittリンパ腫  大西一功
  染色体転座
  Myc遺伝子とその構造変化
  EBウイルス
  Burkittリンパ腫の細胞起源
  Burkittリンパ腫発症の仮説
  病理形態
  治療
22.成人T細胞白血病・リンパ腫  山口一成・松岡雅雄
  定義
  HTLV-I感染から発症まで
  診断
  治療と効果判定
  代表的治療法
  HTLV-I感染症の病態―最近の話題

■サイドメモ■
CD5+B細胞
Hodgkin病とNF-κB
Body cavity based limphoma
反応性濾胞性過形成の鑑別診断
新WHO分類
免疫グロブリン遺伝子のsomatic mutation
アポトーシス
中枢神経リンパ腫の治療
κλ-dual-positive lympphoma
NK/T-cell lymphoma
接着分子
Angioimmunoblastic T-cell lymphoma
サイクリン
Somatic hypermutationとantigen selection
ALCL-Hodgkin's disease subtype
International prognosis index(IPI)
EBNA
HTLV-Iレセプター