やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

はじめに

 防衛医科大学校医用電子工学教室 菊地 眞

 医療技術の発展はめざましく,今日の高度先進的医療の基盤を支えていることは疑う余地もない.とりわけ医用画像技術およびその関連技術の進歩は著しく,医学・医療の発展に与える波及効果は種々の医用工学技術のなかでも群を抜いている.1960年代からはじまった今日の医療技術革新の源流はその後,超音波,X線CT,MRIに代表される医用画像技術を中心として飛躍的に拡大してきたことは,誰もが知る歴史的事実である.
 そもそも医用画像は,人体の形態,構造,機能の状態を種々の側面から計測・記録しようとする試みの産物であり,最近はたんに巨視的形態情報の可視化にとどまらず,超微細構造を高精度かつリアルタイムで動態観察できる微視的形態情報の可視化にまで発展しつつある.元来,顕微画像は固定化された検鏡資料を対象にするという暗黙の了解に立つものがほとんどであったが,今後は,かならずしも固定化されていない生きた生体組織のありのままの姿を描出することも不可能ではない.医用画像技術に関しては,概して無(または微)侵襲的に画像情報を収集することが求められているが,今日においては内視鏡技術の飛躍的進歩に伴い,従前では侵襲的と思われた観察技術が内視鏡下で低侵襲的手法に様変わりして,新規のin vivo医用画像診断手法として画期的変容を遂げる可能性が出現しつつある.これらの新しい内視鏡下画像情報収集技術は,今後の低侵襲内視鏡医療の拡大と質的向上に多いに寄与するものであり,技術開発者側のみならず医療スタッフ側もきわめて高い関心をもって注目すべき技術的動向といえる.
 一般的に医用画像技術においては,まず第1に,人体から診断・治療に役立つ情報をできるだけ多く含む画像を,少ない侵襲で取得する技術(imaging)が必要となる.画像を得るためには,何らかの物理エネルギーを人体に能動的に投射するか,または人体から放射される物理エネルギーを受動的に測定して記録することになる.用いられる物理エネルギーの種類により画像が異なるわけであり,この画像の種類がmodality(超音波画像,X線CT画像,MRI画像など)となる.
 第2には,得られた画像のもつ情報を利用するための技術が必要であり,いわゆる画像処理技術がこれに相当する.最近の画像処理技術の研究の中心は三次元画像処理であり,異なるmodalityでも共通して使用できる処理技術が多い.本特集ではこれに関して,“三次元画像処理をめぐる画像処理技術”と題して横断的に取り上げて整理している.画像処理技術はこのほかにも,パターン認識,ナビゲーション,手術シミュレーションなどで広範に利用されており,今後の低侵襲治療やCAS(computer assisted surgery)の重要な技術基盤となる.
 本特集では,とくに1990年以降の各種のバイオイメージング技術の進歩に的をしぼり,その基礎と臨床的応用の最前線を比較的容易に,かつ網羅的に把握できるように,各種のmodalityごとにまとめて記述されている.
 X線CTに関しては,三次元CT画像の進歩とともにさらなる高速化が進み,螺旋CTの高速性を利用してCTを透視に使用しようとする試みや,単色X線CTの開発気運が注目される.
 最近ではシンクロトロン放射光(SR)の医学研究の実施可能な施設が世界各地でいくつか見られるようになったが,わが国においてはつくば市の高エネルギー加速器研究機構に次いで,兵庫県播磨科学公園都市にSpring-8が建設されて,1997年10月より供用を開始している.単色X線を用いた医用画像技術はあらたなバイオイメージを与えるものであり,今後はSR装置によらない小型単色X線発生装置の実現可能性も研究されるべき課題である.
 MRIについては,1994年にエコープラナー法(EPI)が可能な装置が供給されて以来,高速撮像化が図られるとともに,患者側の快適性とinterventional MRIの両者を実現させる低磁場のオープン型MRIが開発・市販されるようになり,あらたな展開をみせている.
 一方,超音波画像診断装置についてはデジタル化がますます進み,さらには三次元立体画像化も急速に進展しつつある.微小化に関しては,血管内エコー(intravascular ultrasound)に代表されるような低侵襲内視鏡医療を十分に意識した方向性が打ち出されている.
 上記の三大modalityのほかにも,最近では種々のバイオイメージング技術や具体的な装置がその性能を大幅に改善させたり,あるいは新規技術として実用化の一歩手前までこぎつけている.光CTやマイクロ波CTもその可能性が模索されつつあり,熱画像,OCT(optical coherence tomography)はすでに実用面から研究が進められている.顕微画像技術についてはあらたな生体組織性状分析(tissue characterization)のリアルタイムモニタ化に向けて近年きわめて研究が盛んに行われており,将来的にはカテーテル先端一体型装置がマイクロマシン技術により実現されれば,きわめて画期的な新しいバイオイメージング技術が創生される可能性が高い.
 以上述べたように,医用画像技術は従来にもましてさらなる発展が期待される.診断においては不可視情報が可視化され,これに種々の画像処理が加えられることにより,医療スタッフの直感に訴えかけて,より精度の高い診断が行える.さらには高品質でかつ安全性の高い新しい治療法の確立にも大きく寄与する.そのほか,画像技術は臨床医学のみならず基礎医学研究においても,超微細構造の可視化などの新しいバイオイメージングとして,研究向上に果たす役割は計り知れない.
 本特集は,それらバイオイメージングの最近の進歩について,主として技術開発の視点から各modalityの専門家にその重点をまとめて執筆いただいた.広く医療に携わる方々がバイオイメージングの現況と近い将来の可能性を知ることにより,いま以上に良質な診断と,それに基づく質の高い治療を実施されることを願ってやまない.
はじめに 菊地眞
 1.X線CT-その開発,発展と将来 飯沼武
  X線CTの開発と普及の歴史
  X線CTの新技術
  X線CTの今後の動向
 2.X線CT画像と臨床 仁木登
  デジタル診断環境の整備
  肺癌CT検診の診断環境
 3.核医学画像技術 遠藤真広
  SPECT
  PET
 4.放射光と臨床診断画像 宇山親雄
  静脈注入冠状動脈造影法
  単色X線CT
  SPring-8医学利用ビームラインの提案
 5.MRIの進歩 永澤清
  勾配磁場の性能向上がもたらした進歩
  マグネットの進歩
 6.MRI技術の進歩―小型化の可能性と新しい応用 菊地眞
  MRI装置のミニチュア化
  新しい応用
 7.MRIと臨床 蜂屋順一・土屋一洋
  臨床MRIの動向
  脳
  躯幹部
 8.超音波画像技術 千原國宏
  計測と画像技術
  生成と画像技術
  提示と画像技術
 9.心エコー法の最新技術 野崎士郎・松尾裕英
  ハーモニックイメージング法
  心筋コントラストエコー法
  Integrated Backscatterと組織性状診断
  リアルタイム三次元エコー
  今後の展開
 10.血管内視鏡と血管内エコー 星野俊一・緑川博文
  原理および方法
  画像的特徴および有用性
  問題点および展望
 11.人体の三次元画像をめぐる画像処理技術 鳥脇純一郎
  三次元画像の意味
  三次元濃淡画像の可視化
  ナビゲーション
  パターン認識―成分図形の認識
  パターン認識―計算機診断
  仮想化人体の変形―手術シミュレーション
 12.熱画像検査法-最近の技術進歩と臨床 藤正巖
  サーモグラフィ法のたどってきた道
  現在のサーモグラフィ技術
  熱画像検査法の臨床
  これから登場する赤外線画像領域の技術
 13.内視鏡の現状と将来 寺田昌章
  内視鏡の形態的発展
  内視鏡の用途
  内視鏡の医学的発展
  医療動向と内視鏡医療への期待
  苦痛の低減
  マイクロカプセル
  精密診断能力の向上(ビデオスコープ)
  精密診断能力の向上(超音波内視鏡)
  精密診断能力の向上(不可視光)
  処置・治療能力の向上
  内視鏡下外科手術
  ロボティック・エンドサージャリー
  医療情報の効率化
 14.低侵襲内視鏡手術の支援画像技術 伊関洋・南部恭二郎
  新しい目としてのナビゲーション画像
  術者の戦略構築イメージ空間
  手術戦略と術中照合管理システム
 15.酸素状態の断層像を描きだす光CT 山田幸生
  光CTでなにがみえるか?
  光を使うことの難しさ
  すでに臨床応用されている光利用診断装置
  開発中の光診断装置,光CT
  光CTの将来
 16.マイクロ波CT技術―あらたな生体情報の獲得をめざして 宮川道夫
  測定原理と測定法
  イメージング能力と限界
 17.共焦点走査型顕微鏡システムによるリアルタイム画像観察 大槻真也
  共焦点走査型顕微鏡
  アプリケーション例
 18.走査型プローブ顕微画像 植村寿公・立石哲也
  走査型プローブ顕微鏡
  原子間力顕微鏡による骨芽細胞より分泌された骨マトリックスの観察
 19.超音波顕微画像の生体組織に対する応用 仁田新一・西條芳文
  超音波顕微鏡システムの概要
  超音波顕微鏡用試料
  心筋梗塞
  胃癌
  培養細胞

 サイドメモ
  X線CTの世代分類
  放射性核種
  用語解説(放射光/光電吸収/SPring-8 医学利用サブグループ)
  血管内手術(endovascular surgery)
  散乱係数と可干渉距離
  サーマルCT
  用語解説(骨芽細胞/骨リモデリング/デキサメタゾン)