やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

監訳者の序文
 Fascial Manipulation(R)(ファシャル・マニピュレーション,FM(R))は,イタリア人理学療法士のLuigi Stecco氏が提唱する新たな生体力学モデルと,それを裏づけるfasciaに関する解剖学的・生理学的エビデンスに基づく徒手的治療法である.FM(R) は,治療コンセプトにとどまらず,とくに既往歴を重視する問診の手順,具体的な評価と治療の方法,治療戦略の立て方までが確立されており,筋骨格系機能障害および内部機能障害を理解し治療するための革新的かつ具体的な道筋を提案している.
 本書は,2011 年に出版された『筋膜マニピュレーション 実践編 筋骨格系疼痛治療』(医歯薬出版刊)の改訂版である.本書の原著は,FM(R) の研修コースの受講者の理解を容易にするために執筆された〔日本での研修コースについては,一般社団法人日本Fascial Manipulation協会のサイト(https://fascialmanipulation-japan.com)で紹介されている〕.そのため,初版は1 冊であったが,第2 版となる今回は,新たな内容とともに多数の写真やイラストが追加され,既刊『筋膜マニピュレーション 実践編 レベル1 原著第2 版』(2021 年12 月医歯薬出版刊)と本書の2 冊に分冊されている.
 レベル1 とレベル2 は,疼痛や関節可動域制限をはじめとする筋骨格系機能障害に対するFM(R) がテーマである.レベル1 では,各身体分節の筋力のベクトルが収束する点(協調中心,Centre of coordination:CC)と,CCをつなぐ筋膜配列(Myofascial sequence)を評価し治療する方法が解説されている.一方,レベル2 である本書では,隣接するCCの影響が融合する点(融合中心,Centre of fusion:CF) と,CFをつなぐ筋膜対角線(Myofascial diagonal)と筋膜螺旋(Myofascial spiral)の基礎理論と実践方法が解説されている.
 理学療法士などの運動機能障害を扱うセラピストは,身体運動を基本的に3 つの空間平面(矢状面,前額面,水平面)でとらえる.レベル1 では,それらの各平面上での運動に作用するCCとそれをつなぐ6 つの筋膜配列(前方,後方,内方,外方,内旋,外旋)について学んだ.ただし,われわれ人間が行う日常生活活動やスポーツ動作のほとんどは三次元の運動あり,純粋な一平面上での運動よりも,平面と平面のあいだの方向での運動(例:矢状面の“前方“と前額面の“内方”の中間である“前内方”)や,隣接する身体分節が反対方向に動く螺旋状の運動が組み合わさっている.Luigi Stecco氏は,CFがそのような複雑な運動に関与し,中間方向の運動時には筋膜対角線,螺旋状の運動時には筋膜螺旋にそれぞれ沿ってCFが作用することを,本書で説明している.FM(R) は,CCのみを治療対象としても効果を期待できるが,CFとそれをつなぐ筋膜対角線と筋膜螺旋についても学ぶことで,評価や治療の視野が広がり,より良好かつ効率的な治療効果を期待できるようになる.
 本書には,購入特典として,FM(R) 公式アプリを利用するためのPINコードが用意されている.このアプリでは,CCとCFの位置を示すイラストと写真が提供されている.ぜひスマートフォンやタブレット端末にアプリをダウンロードして,たとえば,フィールド・ワーク中にCFの位置を確認する際などに活用していただきたい.
 最後に,レベル1 に続き本書においても,作業をスケジュール通りに進めてくれた10 名の訳者の貢献に賛辞を送りたい.同様に,本書の出版にあたっても,多大なご協力をいただいた医歯薬出版株式会社の編集担当者に深く感謝を申し上げる.
 小川大輔
 目白大学保健医療学部理学療法学科
 一般社団法人 日本Fascial Manipulation協会


巻頭言
 筋膜の世界は無限ですばらしい.筋膜は臓器や組織をつなぎ,機能や構造に変化を与える.さまざまな分野の研究者たちによる探究や研究は,多様な治療法を結びつけるだけでなく,東洋と西洋の医学的な認識の違いを示している.最近の研究による新しい知識は,西洋医学が東洋医学を理解するのを助ける.言い換えれば,現代医学が古代の概念をより明確に理解する助けになる.
 私はSteccoファミリーの論文と著作を感謝とともに読んだ.そして,それらを翻訳し,中国へ紹介できることを誇りに思う.Steccoファミリーの探求と貢献は,中国の先人たちの知恵と技術を,段階的により革新的で発展的な形で裏づけているかのようである.そのことに私は驚いている.古代中国の医師たちは経絡と経絡が並走する治療モデルを構築した.そのモデルは鍼灸の臨床において非常に効果的であった.しかしながら,長い時の経過とともに,現代人は古代の言語を正しく理解することができなくなり,その本質を見失ってしまった.
 Steccoファミリーは,鍼灸への理解と情熱とともにFascial Manipulationという生体力学モデルを構築した.それは,解剖学と臨床の観点から鍼灸に言及しその効果を実証している.これは,中国伝統医学と西洋医学の双方にとって大きな貢献である.
 西洋医学は生体内の局所の病理を重視するが,東洋医学は全体に注意を払う.西洋は解剖学的構造の細部に着目するが,東洋は構造間のつながりに重きをおく.そのため,東洋医学の鍼灸理論は,解剖学的モデルと治療法の構築,相互関係の理解を目的としている.本書の著者は生体力学モデルの観点から運動の関連性を発展させ,複雑な治療法を簡略化している.これらの新たな発見は,彼らの一連の論文,そしてFascial Manipulationのレベル2 の最新版である本書にも蓄積されている.
 東洋人にも西洋人にも,本書を読んでFascial Manipulationの門をくぐり,その神秘とすばらしさを理解することを強くお勧めする.
 Ling Guan,医学博士,教授
 中国人民解放軍総合病院,鍼灸科部長
 伝統中医学促進研究学会,非薬物療法協会会長


序文
 解剖学者たちは,腱膜筋膜の中にコラーゲン線維が存在すると説明している.手関節と足関節の支帯から始まるそれらの線維は,長軸方向と斜め方向に規則的に並んでいる.
 それらの線維は,四肢に沿って筋腹上を滑走し,関節周囲ではさまざまな形で腱と結合している.
 四肢での運動パターンによって,特定のコラーゲン線維束が伸張され,結果として特定の筋群が動員される.
 手部や足部の小さい筋は支帯に挿入している.そのため,末梢のさまざまな複雑な動作(ジェスチャー)によって支帯は伸張される.四肢に展開するコラーゲン線維はいわゆる運動方式(もしくは運動パターン)と近位の分節の複雑な運動を組織する.
 言い換えれば,私たちが手足を使う際,自分の行っている動作が最終的にどうなるのかを考えている.結果として,四肢全体の近位部は,遠位の運動によって生じた要求に応じることになる.
 手足の運動は,運動方式と四肢の複雑な運動を遠位から近位へ組織する.一方,筋膜配列は,一方向の運動を近位から遠位へと構成する.
 そのため身体運動は次の3 つに分類される.
 ・3 つの空間面における運動:これは多くの生物にみられる.ヒトにおいてはおもに直立姿勢の維持にかかわっている.それらの運動は,頭部から始まる筋膜配列によって構成される.頭部には3 つの空間面を認識する器官(耳石と目)が存在する.
 ・2 つの空間面のあいだで曲線を描く運動:これらは運動方式とよばれる.たとえば,前方─外方(屈曲─外転)運動,後方─内方(伸展─内転)運動がこれに含まれる.筋膜対角線が運動方式を組織し,単一の分節を運動することも,同時に四肢全体を運動することも,体幹の分節を運動することも可能である.
 ・反対方向への運動を含む複数の分節にまたがる運動:
 これは動作(ジェスチャー)もしくは複雑で完成された運動(すなわちプラクシス)である.
 プラクシス(Praxis)とは,重要かつ完成された動作につながる一連の協調された運動と定義できる.ヒトにおいて,スポーツ中の手や足の巧緻運動は典型的なプラクシス,すなわち完成された運動である.そのような運動は,まず四肢のために脳によって組織され,続いて筋膜螺旋が近位分節の運動を手足の運動に適応させる.
 スポーツ,音楽,彫刻などあらゆる分野の鍛錬において,各パフォーマーは並外れた能力を獲得する.その能力の一部は神経系に,他の部分は筋膜システムに関連している.実際,競技動作は筋膜システムのなかに記憶されて初めて,調和がとれて容易に行えるようになる.
 第1,6 章では,運動方式と複雑な運動に関する理論的なコンセプトを紹介し,他の章では,筋膜対角線と筋膜螺旋に沿った融合中心(CF)の位置を紹介している.
 この実践編の目的は,理論的な概念の徹底的な掘り下げではなく,Fascial Manipulationのコース受講生のために記憶を助ける参考書として提供することである.
 理論的な学習と同時に,受講生は継続的に臨床経験を積み上げなければならない.治療の際には,単に負荷を増加させて基質の高密度化の解消を図るのではなく,筋膜との摩擦を起こすために必要最小限の圧を用いて,基質がゲル状からゾル状になる瞬間を静かに待つべきである.この方法の上達のためには,最初の部分的な結果に満足してはいけない.むしろ,患者が解決しようとしている真の問題を解き明かすことを目指すべきである.
 最初の疼痛を和らげるために,患者の身体がどのような緊張代償を起こしているかを考える必要がある.したがって,患者の症状の時系列的な順序と空間的な分布に基づいて,治療計画(仮説)を立てることが重要である.
 この実践編で紹介しているガイドラインを参考にしたあとに,自身の臨床経験を統合することを推奨する.


謝辞
 筋膜マニピュレーションの発展と普及のために日々努力を重ねているすべての指導者たちに感謝申し上げたい.この第2 版では,彼らの意見を反映していくつかの変更が加えられ,それらはデジタルフォーマットにも対応している.とくにAlessandro Pedrelli氏には感謝している.彼の協力のおかげで,生体力学モデルと筋膜の生理学・解剖学を一致させるために,この英語版では筋膜螺旋の走行を変更した.
 また,英語の内容を修正してくれたLarry Steinbeck氏にも感謝申し上げる.
 訳者一覧
 監訳者の序文(小川大輔)
 巻頭言(Ling Guan)
 序文
 謝辞
 略語集
第1章 融合中心の生理学,筋膜対角線と運動方式:筋膜対角線の治療
 融合中心の生理学
 筋膜対角線と運動方式
 筋膜対角線の治療
 筋膜対角線と筋膜螺旋の治療のための評価チャート
第2章 前方-内方(AN-ME)の筋膜対角線
 上肢の前方-内方(AN-ME)の筋膜対角線
  融合中心:前方─内方─手指
  融合中心:前方─内方─手関節
  融合中心:前方─内方─肘関節
  融合中心:前方─内方─肩関節
  融合中心:前方─内方─肩甲骨
 体幹の前方-内方(AN-ME)の筋膜対角線
  融合中心:前方─内方─頭部
  融合中心:前方─内方─頸部
  融合中心:前方─内方─胸郭
  融合中心:前方─内方─腰部
  融合中心:前方─内方─骨盤
 下肢の前方-内方(AN-ME)の筋膜対角線
  融合中心:前方─内方─足趾
  融合中心:前方─内方─足関節
  融合中心:前方─内方─膝関節
  融合中心:前方─内方─股関節
 前方-内方(AN-ME)の筋膜対角線の治療戦略
第3章 前方-外方(AN-LA)の筋膜対角線
 上肢の前方-外方(AN-LA)の筋膜対角線
  融合中心:前方─外方─手指
  融合中心:前方─外方─手関節
  融合中心:前方─外方─肘関節
  融合中心:前方─外方─肩関節
  融合中心:前方─外方─肩甲骨
 体幹の前方-外方(AN-LA)の筋膜対角線
  融合中心:前方─外方─頭部
  融合中心:前方─外方─頸部
  融合中心:前方─外方─胸郭
  融合中心:前方─外方─腰部
  融合中心:前方─外方─骨盤
 下肢の前方-外方(AN-LA)の筋膜対角線
  融合中心:前方─外方─足趾
  融合中心:前方─外方─足関節
  融合中心:前方─外方─膝関節
  融合中心:前方─外方─股関節
 前方-外方(AN-LA)の筋膜対角線の治療戦略
第4章 後方-内方(RE-ME)の筋膜対角線
 上肢の後方-内方(RE-ME)の筋膜対角線
  融合中心:後方─内方─手指
  融合中心:後方─内方─手関節
  融合中心:後方─内方─肘関節
  融合中心:後方─内方─肩関節
  融合中心:後方─内方─肩甲骨
 体幹の後方-内方(RE-ME)の筋膜対角線
  融合中心:後方─内方─頭部
  融合中心:後方─内方─頸部
  融合中心:後方─内方─胸郭
  融合中心:後方─内方─腰部
  融合中心:後方─内方─骨盤
 下肢の後方-内方(RE-ME)の筋膜対角線
  融合中心:後方─内方─足趾
  融合中心:後方─内方─足関節
  融合中心:後方─内方─膝関節
  融合中心:後方─内方─股関節
 後方-内方(RE-ME)の筋膜対角線の治療戦略
第5章 後方-外方(RE-LA)の筋膜対角線
 上肢の後方-外方(RE-LA)の筋膜対角線
  融合中心:後方─外方─手指
  融合中心:後方─外方─手関節
  融合中心:後方─外方─肘関節
  融合中心:後方─外方─肩関節
  融合中心:後方─外方─肩甲骨
 体幹の後方-外方(RE-LA)の筋膜対角線
  融合中心:後方─外方─頭部
  融合中心:後方─外方─頸部
  融合中心:後方─外方─胸郭
  融合中心:後方─外方─腰部
  融合中心:後方─外方─骨盤
 下肢の後方-外方(RE-LA)の筋膜対角線
  融合中心:後方─外方─足趾
  融合中心:後方─外方─足関節
  融合中心:後方─外方─膝関節
  融合中心:後方─外方─股関節
 後方-外方(RE-LA)の筋膜対角線の治療戦略
第6章 支帯の生理学および解剖学 筋膜螺旋の生理学および解剖学 筋膜螺旋の治療
 支帯の生理学
 支帯の解剖学
 筋膜螺旋の生理学
 筋膜螺旋の解剖学
 筋膜螺旋の治療
第7章 上肢,体幹,下肢の筋膜螺旋
 上肢の筋膜螺旋
  前方─外方─手指の筋膜螺旋
  前方─内方─手指の筋膜螺旋
  後方─外方─手指の筋膜螺旋
  後方─内方─手指の筋膜螺旋
 体幹の短い筋膜螺旋
  前面の短い筋膜螺旋
  後面の短い筋膜螺旋
 体幹の長い筋膜螺旋
  前方─外方─頭部と前方─内方─頭部の筋膜螺旋
  後方─外方─頭部と後方─内方─頭部の筋膜螺旋
 下肢の筋膜螺旋
  前方─外方─足趾の筋膜螺旋
  前方─内方─足趾の筋膜螺旋
  後方─外方─足趾の筋膜螺旋
  後方─内方─足趾の筋膜螺旋
 筋膜螺旋の治療戦略
第8章 一覧表
 頭部と体幹のCCとCF
 上肢のCCとCF
 下肢のCCとCF
 人体の筋膜対角線
 体幹と四肢の筋膜螺旋
 上肢の筋膜対角線と筋膜螺旋の起始
 下肢の筋膜対角線と筋膜螺旋の起始
 神経とCC(協調中心)およびCF(融合中心)の関係
 運動器の機能障害:Fascial Manipulationのためのいくつかの徴候
 CFに対する治療戦略
 経穴,CCとCF

 結論

 参考文献