やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

編者の序
 現在,本邦における言語聴覚士(以下,ST)の多くが,嚥下障害や失語症,高次脳機能障害,運動障害性構音障害へのリハビリテーションに従事している.そのような臨床場面でも,「声がかすれる」「聞き返されることが多くて困る」など,“声”に問題を抱える患者と遭遇する機会は少なくない.このようなとき,音声治療の経験に乏しいSTは教科書や副読本を参考にリハビリテーションを行うことになるが,実際の臨床場面では教科書通りの反応が得られない症例も多い.
 編者自身も音声治療に携わった当初,訓練に行き詰まると教科書を片手に頭を悩ませ,どのようにアプローチしていけば良いのか試行錯誤しながら一歩ずつ歩んできた.その際,われわれの傍らには「推薦の序」をお寄せくださった苅安先生や城本先生をはじめ,多くの諸先輩方がおり,貴重なご指導を賜った.苅安先生は発声発語全般に造詣が深く,音声障害だけでなく運動障害性構音障害への対応方法など,さまざまな知識・技術を指導してくださった.また,患者の局所症状にとらわれず全体を俯瞰して把握すること,さらに古典を学ぶ大切さもご教授くださった.城本先生は本邦における音声治療の礎を築かれ,音声治療を行う者として,われわれは常にその背中を追い続けてきた.どのような質問にも,豊富な臨床経験と科学的根拠をもとにご助言くださり,その知識量に敬服するとともに,遠い背中を現在もなお追い続けている.
 しかし,必ずしもすべてのSTがそのような環境に身を置くことは難しく,一人で悩みながら,日々患者と向き合っているSTも少なくない.そこで,現在,音声治療の第一線でご活躍されている先生方にご協力いただき,本書を制作するに至った.本書は基礎的な知識に加え,執筆陣が苦労しながら得た音声治療のテクニックが多く盛り込まれており,臨床でうまくいかないとき,きっとこの本がその手助けをしてくれることと思う.
 臨床で声の問題への対応に困ったとき,われわれが諸先輩方に導いていただいたように,本書が読者諸氏の助けとなり,声の問題を抱える患者が一人でも多く適切な音声治療を受けることができれば望外の喜びである.
 最後に,臨床で多忙の中,執筆にご協力いただいた先生方,また,初めての編集作業で戸惑うことも多かったが,その度に丁寧にアドバイスをくださった医歯薬出版の神ア亮太氏に心より感謝申し上げる.
 2021年9月
 編者一同


推薦の序
 声(voice)には2つの意味がある.1つはヒトがコミュニケーションの道具として使う音声言語の音源としての声,もう1つは個人や集団の意見や発言を示す声(たとえば「民衆が声を上げる」など)である.声が出せない・声を失うという事態は,想像を超える困難が当事者の社会生活に及ぶであろう.そんな患者に向き合って,どうにかできないかという思いをもって臨床にのぞむ“スピーチ・セラピスト”に,本書がきっと役に立つ.
 編者の3人は,大学病院で耳鼻咽喉科の医師とチームで声の評価と治療にあたってきた中堅の言語聴覚士である.この10年間,学会や研究会での発表や意見交換,成果を論文にまとめる姿を見てきた.症例や研究の相談に,会場,病院,食事の場で話す機会も多く,その意気込みと気持ちの良さを感じている.本書の企画の段から相談を受け,編集者につないで3年,多忙な中で執筆と編集作業を進め,刊行まで漕ぎ着けたことに敬意を表したい.
 本書を通して読み,編者の本書に期するものを感じた.Dysarthriaと嚥下障害の患者の声の問題と対応から入るのは,従来の音声障害の書籍にはない導入で,読者が臨床で出会う音声障害を想定した編者の思いであろう.音声治療の説明では,筆者の臨床での工夫や試みが記され,肝心の日常会話への般化まで示されている点は秀逸である.最終章のQ&Aでは,複数の執筆者が回答するという試みも面白い.
 発声の基礎から得られる科学的知は臨床の進化を支えるものである.発声の生理(声道空気力学と声帯粘弾性)を示した1960年のvon den Bergの論文から60年,観察・計測技術の進歩も受けて,ミクロな視点での発声の理解が進められてきた.音声治療手技についての基礎研究は,evidence-based practiceに寄与するものである.一方で,臨床で患者の発声行動を変える際には,マクロな視点での個人の多様性や環境の理解が求められる.Aronson(1981)の『Clinical Voice Disorders』は臨床で遭遇する多様な声の問題と解決策を示し,小生が症例にあたる際に座右の書となっている.声について,個人について,探っておくべきことを知り,対処することは大事で,今後は本書も紐解いてみることにする.
 編者と執筆者には,今後も数多くの患者に向き合い,自分の頭で考え,文献を読み,チームで病態を分かり,治療にベストを尽くすことを望みたい.もちろん,その姿を示すことで後輩を育ててほしい.音声障害の他にも多様な患者を診る中で,幅広い音声言語障害を俯瞰して語ること,臨床の腕を上げることに期待する.研究についても,自らの領域を築き,基礎と臨床をつなげる仕事に励んでほしい.
 2021年9月
 ヒト・コミュニケーション科学ラボ
 苅安 誠


推薦の序
 日本国内で言語聴覚士が音声障害の訓練を積極的に行い始めたのは,私が知る限り30年以上前のことになる.当時は,いわゆるvoice therapy(音声治療)と呼ばれ,限られた施設で実施されていた.国内でも十指に満たない言語聴覚士が,英語の教科書を苦労しながら読みつつ,さらに日本を訪れた欧米の言語聴覚士に実際に指導を受けながら音声治療は実施されていた.音声治療の効果に関する学会発表も年にほんの数件で,音声治療そのものの認知度も低かった.それが今や,音声障害に関する教科書は「あれよあれよ」という間に増え,学会発表や研究論文も増えたのを見るにつけ,隔世の感がある.教科書だけでなく,こうして副読本までも刊行されるとは,当時,夢にも思わなかった.
 さて,本書は教科書の副読本としての位置づけであるが,むしろ教科書として十分に利用できると思う.教科書の役割は2つある.1つ目は,さまざまな知識を言語化し,さらに整理して体系化することである.つまり,全体像を俯瞰的に提示することである.2つ目は,自動車のナビゲーションシステムのように,実際に右に曲がるか,左に曲がるか,その場に応じて具体的に指示を出すことである.この本は,まさにその2つ目の役割を果たしていると言えよう.各執筆者が実際にそれぞれの臨床場面で工夫した跡がしっかり記されており,初学者がすぐに使えるようなヒントがあちこちに散りばめられている.また,最終章では,初学者が陥りそうな疑問に各執筆者が丁寧に答えている.きっと各執筆者も同じ疑問にぶつかりながら,苦しみながらも自分なりに答えを見つけた結果であろう.
 この本の執筆陣は,次代を担う若き言語聴覚士たちである.自分たちがぶつかった臨床上の疑問やそれに対する工夫を惜しげもなく,初学者のために披露している.常に眼前の音声障害患者のために今できることを必死に考え,これまでの教科書には記されていなかった部分を補うべく葛藤したであろうことは想像に難くない.その葛藤の結果が,この本を執筆するに至った彼らの熱き思いであろうと拝察する.
 願わくは,これまでの教科書の枠組みを壊してほしかったと思うのは,私の彼らへの大いなる期待でもあると同時に,いずれは,この本の枠組みを飛び出し,彼らが新しい境地を切り開くことを願って,推薦の序としたい.
 2021年9月
 県立広島大学 保健福祉学部 教授
 城本 修
 編者の序
 推薦の序(苅安 誠)
 推薦の序(城本 修)
 音声治療フローチャート(宮田恵里・兒玉成博)
第1章 Dysarthria患者・嚥下障害患者で声の問題を発見!どうアプローチする?
 1 Dysarthriaと音声障害(村上 健)
 2 嚥下障害と音声障害(宮本 真)
第2章 声の問題を評価してみよう
 1 問診・声の自覚的評価(間藤翔悟・山口優実)
 2 音声の評価(間藤翔悟)
 3 心理的側面の評価(村上 健)
 4 喉頭の観察(宮本 真・宮田恵里)
第3章 声にアプローチしてみよう
 1 声の衛生指導(谷合信一)
 2 症状対処的訓練(宮田恵里)
  2-1 力んだ発声に対するアプローチ(宮田恵里)
   あくび・ため息法(村上 健)
   ハミング(宮田恵里)
   軟起声発声(山口優実)
   トリル(間藤翔悟)
   腹式呼吸(中平真矢)
   喉頭マッサージ(中平真矢)
   チューブ発声法(兒玉成博)
   吸気発声法(佐藤剛史)
  2-2 声門閉鎖不全に対するアプローチ(宮田恵里)
   硬起声発声(間藤翔悟)
   喉頭マニュアルテストの応用(村上 健)
  2-3 声の高さに対するアプローチ(谷合信一)
   Kayser-Gutzmann法 Weleminsky法 喉頭マニュアルテストの応用(谷合信一)
  2-4 声の大きさに対するアプローチ(中平真矢)
 3 包括的訓練(兒玉成博)
   Vocal Function Exercise(VFE)(兒玉成博)
   Lessac-Madsen Resonant Voice Therapy(LMRVT)(兒玉成博)
   アクセント法(佐藤剛史)
   Lee Silverman Voice Treatment(R)(LSVT(R))LOUD(中山慧悟)
 4 その他のアプローチ(村上 健)
   咳払い(谷合信一)
   Belting(村上 健)
   Twang(村上 健)
第4章 うまくいかない!? こんなときどうする?─評価・訓練の工夫とコツ
 Q1 話声位や声域がうら声発声になってしまってうまく測れないです…
 Q2 合唱やコーラスをしている人で検査時に歌声になってしまいます…
 Q3 VHIはどのくらいの間隔で実施すればいいですか?
 Q4 子どもが受診したときはどのように評価・対応すればいいですか?
 Q5 軟起声/硬起声がうまくできないとき,どうすればいいですか?
 Q6 トリルがうまくできないとき,どうすればいいですか?
 Q7 腹式呼吸はどのくらいの力で圧迫介助すればいいですか?
 Q8 チューブ発声法はどのような患者さんに利用できますか?
 Q9 吸気発声がうまくできないとき,どうすればいいですか?
 Q10 舌骨・甲状軟骨が見つからないとき,どうすればいいですか? 喉頭マッサージはどのくらいの力で行えばいいですか?
 Q11 患者さんが自分の症状や変化に気付かないとき,どうすればいいですか?
 Q12 音声治療手技は併用しても問題ないですか? 併用するタイミングはどのようなときですか?
 Q13 音声治療の期間と1クールあたりのセッション数はどのくらいですか?
 Q14 患者さんが自主練習課題をしてくれないとき,どう対応すればいいですか?
 Q15 患者さんが多忙のため音声治療に通院できないとき,どう対応すればいいですか?
 Q16 般化のための工夫はありますか?