やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社


 患者さんの生活に「コミュニケーションの困難さ」はどのような影響を与えるのか,これは非常に重要なことですが,意外と見過ごされていることが多いものです.生活を大きく変えるだろうことは想像がつくのですが,実際にはどうでしょうか.
 まず第一に,患者さんの生活が不便になるということがあげられます.ある簡単なこと,たとえば「あのカバン,どこにしまったんだっけ?」と尋ねたくても,声が出なければそれを伝えるのには時間がかかります.そのような繰り返しは,患者さんにとってはもちろん大きなストレスになりますし,周りの家族もこれまでとは違う負担を感じられるかもしれません.
 さらに,繰り返される不便さから,患者さんがコミュニケーションをとることを諦めるようになってしまうことがあります.「伝わらないことがもどかしい」,「聞き返されるのが怖い」….そうなってしまうと,もともと周りの方とお話しすることが好きだった方も,自分の思っていることを伝えようとしなくなり,自分の殻に閉じこもるようになってしまいがちです.
 これらの影響は,患者さん本人と同様に,周りのご家族にも起こります.当然のようにできていた互いの「意思疎通」ができなくなることで,ご家族にも不安や焦り,葛藤などが起こりえるのです.
 このように,コミュニケーションの困難さは患者さんや取り巻く環境に大きな影響がありますが,医療者も患者さん自身もその重要さや重大さを認識できていないことがあります.そこで,本書では,その問題に正面から取り組むことにしました.
 これまでの成書では,疾患別の構音障害について扱うことが多く,各論になりがちでしたが,本書はコミュニケーション能力の捉え方を広く身に付けることを目指し,総論も重視しています.つまり,コミュニケーションがとりにくい患者さんに出会ったときに,どのように考え,どう対応するべきか,自信をもてるようにとの目的で企画されました.医療者をはじめ,ケアスタッフ,ご家族など患者さんを支えるすべての方を対象にしており,コミュニケーションを構成する因子の基礎をおさえ,どんな患者さんを目の前にしても対応できる,各専門家へつなぐ・相談できる内容としています.
 読者の皆様の臨床や生活に明日からお役立ていただけたら幸いです.
 2020年11月
 川上途行
 序章(川上途行)
第1章 コミュニケーションの成り立ち
 (和田彩子)
 コミュニケーションを構成するもの
 いわゆる器質的な言語障害について
 バーバルコミュニケーションとノンバーバルコミュニケーション
第2章 コミュニケーション障害の捉え方
 感じる,思う(意思や思考の整理)における障害(和田彩子)
  意識が障害される場合
  神経発達に問題がある場合
  認知機能の低下について
 言葉をつくることの障害(梶 兼太郎)
  言語とは
  失語症とは
  失語症の分類
  失語症の評価
  失語症と鑑別が必要な疾患
 声を出すことの障害(土方奈奈子,池澤真紀)
  発話生成のメカニズム
  構音障害の分類
  構音障害の評価
第3章 障害の部位と進行−なぜコミュニケーションが困難となっているか−
 (川上途行,和田彩子,岡 阿沙子)
 原因は中枢なのか末梢なのか(部位の話)
 原因となる障害の進行(時間経過の話)
 障害の部位と進行による分類
第4章 どのようにコミュニケーションをサポートしていくか
 コミュニケーションをサポートするときに考えたいこと(和田彩子)
   (1)進行の仕方に配慮しましょう
   (2)相手があってのコミュニケーション手段
   (3)機能訓練にこだわりすぎず,あらゆる方法からベターなものを選ぶべし
   (4)その他の評価
   (5)困ったら,迷ったら,どこに相談するか
 支援の実際
  (1)訓練して今よりよくする
   (1)失語症の訓練(池澤真紀)
   (2)構音障害の訓練(池澤真紀,安藤牧子)
    脳卒中による構音障害
    神経難病による構音障害
    舌がん術後の構音障害
  (2)代替手段を考える
   (1)コミュニケーションの代替手段とは(勝沢香織,和田彩子)
   (2)段階的な代替手段の選び方(勝沢香織,和田彩子)
   (3)具体的な手段の特徴
    ノンテク(非エイド)コミュニケーション(勝沢香織)
    ローテクコミュニケーション(勝沢香織)
    ハイテクコミュニケーション(勝沢香織)
    代用音声(神田 亨)
    口腔内装置の使用(安藤牧子)
   (4)コミュニケーション支援において大事なこと(勝沢香織)
  (3)家族指導(春山幸志郎,春山美穂)
   (1)家族の立場と思いを理解しましょう
   (2)患者さんと家族間で陥りやすい問題を想定しておきましょう
   (3)適切な情報提供が重要
   (4)コミュニケーション指導の実際
   (5)福祉制度を活用する
  (4)社会福祉制度の活用
   (1)介護保険(安西敦子)
   (2)身体障害者手帳(安西敦子,岡阿沙子,神田 亨)
   (3)都道府県の各種サービス(山田佑歌,三橋里子,梶 兼太郎)
第5章 ケースで学ぶコミュニケーションサポートの実践
  (1)脳卒中
   重度失語症(在宅復帰目標)(森 直樹)
   軽度失語症(復職を目標)(梶 兼太郎)
   構音障害(コミュニティへの復帰)(土方奈奈子)
   脳卒中のコミュニケーションサポート(山田佑歌,川上途行,和田彩子)
  (2)神経難病
   筋萎縮性側索硬化症(球麻痺型)(勝沢香織)
   筋萎縮性側索硬化症(普通型)(千葉康弘,吉川智仁)
   デュシャンヌ型筋ジストロフィー(太樂幸貴)
   パーキンソン病(認知症を伴う場合)(三橋里子)
   脊髄小脳変性症(三橋里子)
   神経難病のコミュニケーションサポート(和田彩子)
  (3)がん
   舌がん(舌亜全摘出術後の構音障害)(安藤牧子)
   喉頭がん(喉頭全摘出術による音声喪失)(岡 阿沙子,田沼 明)
   転移性脳腫瘍(岡 阿沙子,田沼 明)
   がんのコミュニケーションサポート(岡 阿沙子)

 Column
  LSVT(R) LOUD(千葉康弘)
  コミュニケーション支援の変遷(太樂幸貴)
  代用音声では発音できない言葉(神田 亨)
  シャント発声で利用するHMEシステムについて(神田 亨)
  経時的な皮弁のボリューム変化について(安藤牧子)
  患者さん−医療者のコミュニケーションと患者さん−家族のコミュニケーションは違う(春山幸志郎,春山美穂)
  失語症患者の復職に関する統計(梶 兼太郎)
  失語症患者にかかわる法律や福祉サービス(梶 兼太郎)