序文
『黄帝内経』成立以後,いまや中国伝統医学(以下,中医学)は単にアジアのみに限られた伝統医療ではない.欧米においてはすでに鍼灸や漢方薬を取り扱う専門職としての養成機関や研究所が設立され,伝統医学が社会的にも公認された資格として市民権を獲得しているのが現状である.中医学の歴史は古くて長い.その哲学,思想の形成においても多くの学者らにより手を加えられ,さらに深く継承され続けた学問でもあるという特徴をもつ.
しかし,源遠長流の中国伝統医学が必ずしも順風満帆に発展したとは限らない.医療の発展過渡期においては,異民族の侵略による迫害のもとで伝統医学の継承が閉ざされ,勝者による異民族文化の強要が敗者の歴史を書き換えてきたという史実をみてもそれは明らかである.ところが,そのような状態のなか歴代の医家らは,いつの時代においても,滲み出るような血と汗の結晶でもって,哲学観に裏打ちされた伝統医学を用いて国民を救ってきたという事実は,誰人にも拭い消し去ることはできない.
清朝の末期,また中華民国初期には西洋医学の導入により,伝統医療を排除するための法案が当時の政府の政策として打ち出された.その渦中において,伝統医学の継承を懸念したヨ鉄樵(1878・1935)は,1925年上海で「中国通函教授学社(後の鉄樵授中医学校)」を創設し,滅び去ろうとする中医伝統医学の水脈を保つために,その後継者の育成に全力を注いだのである.ヨ鉄樵といえば西洋文学や小説を翻訳し,開かれた西洋思想の導入にも扉を開いた人物の一人でもある.しかし,注目すべきことは彼の著作である『群経見智録』(1922)には,『黄帝内経』における身体観が東洋の哲学と医学との共生によるものであり,その完成度に対して高い評価を記していることだ.その頃の中国では,『黄帝内経』を批判攻撃する者も多く,彼はそれらの抵抗勢力に対して論理展開を行い,中西医学の狭間で学術論争を繰り広げ,より多くの同調者を作った.それらは近代中医学の学術思想を現在に残す上で大きな車軸となった.後世の医家も,学問の異なる東西両医学の間で思索を重ねながら,可能な限り現代医学との融合点についても,繰り返し議論を重ねたのではないだろうか.
拙著はこれら先人らの遺した伝統医学の中でも,とりわけ望診,聞診,問診,切診の四診により病態を鑑別し,弁証を行うためには欠かすことができない診断学に関する理論の入門編として,図解を加えて解説し,古典文献との照合も合わせて行った.また,東洋療法学校協会編『東洋医学概論』の診断論の副読本として活用して戴ければ幸いである.
本書は初学者にわかりやすいことを心がけた.ときに,解説が十分に行き届かないところもある.より理解を深める手助けとして,姉妹編「わかりやすい臨床中医診断学」(医歯薬出版)を参照して戴ければ幸甚である.浅学非才な筆者の能力にも限界があるため,今後,読者からの批評を頂戴しながら改善していく所存である.
最後に,本書が生まれるきっかけを与えて戴いた関西医療大学保健医療学部の諸先生方,ならびに最後まで忍耐強く担当編集をお引き受け下さった医歯薬出版の竹内大氏に紙面を借りて謝辞を申し上げる次第である.
平成21年3月
王 財源
『黄帝内経』成立以後,いまや中国伝統医学(以下,中医学)は単にアジアのみに限られた伝統医療ではない.欧米においてはすでに鍼灸や漢方薬を取り扱う専門職としての養成機関や研究所が設立され,伝統医学が社会的にも公認された資格として市民権を獲得しているのが現状である.中医学の歴史は古くて長い.その哲学,思想の形成においても多くの学者らにより手を加えられ,さらに深く継承され続けた学問でもあるという特徴をもつ.
しかし,源遠長流の中国伝統医学が必ずしも順風満帆に発展したとは限らない.医療の発展過渡期においては,異民族の侵略による迫害のもとで伝統医学の継承が閉ざされ,勝者による異民族文化の強要が敗者の歴史を書き換えてきたという史実をみてもそれは明らかである.ところが,そのような状態のなか歴代の医家らは,いつの時代においても,滲み出るような血と汗の結晶でもって,哲学観に裏打ちされた伝統医学を用いて国民を救ってきたという事実は,誰人にも拭い消し去ることはできない.
清朝の末期,また中華民国初期には西洋医学の導入により,伝統医療を排除するための法案が当時の政府の政策として打ち出された.その渦中において,伝統医学の継承を懸念したヨ鉄樵(1878・1935)は,1925年上海で「中国通函教授学社(後の鉄樵授中医学校)」を創設し,滅び去ろうとする中医伝統医学の水脈を保つために,その後継者の育成に全力を注いだのである.ヨ鉄樵といえば西洋文学や小説を翻訳し,開かれた西洋思想の導入にも扉を開いた人物の一人でもある.しかし,注目すべきことは彼の著作である『群経見智録』(1922)には,『黄帝内経』における身体観が東洋の哲学と医学との共生によるものであり,その完成度に対して高い評価を記していることだ.その頃の中国では,『黄帝内経』を批判攻撃する者も多く,彼はそれらの抵抗勢力に対して論理展開を行い,中西医学の狭間で学術論争を繰り広げ,より多くの同調者を作った.それらは近代中医学の学術思想を現在に残す上で大きな車軸となった.後世の医家も,学問の異なる東西両医学の間で思索を重ねながら,可能な限り現代医学との融合点についても,繰り返し議論を重ねたのではないだろうか.
拙著はこれら先人らの遺した伝統医学の中でも,とりわけ望診,聞診,問診,切診の四診により病態を鑑別し,弁証を行うためには欠かすことができない診断学に関する理論の入門編として,図解を加えて解説し,古典文献との照合も合わせて行った.また,東洋療法学校協会編『東洋医学概論』の診断論の副読本として活用して戴ければ幸いである.
本書は初学者にわかりやすいことを心がけた.ときに,解説が十分に行き届かないところもある.より理解を深める手助けとして,姉妹編「わかりやすい臨床中医診断学」(医歯薬出版)を参照して戴ければ幸甚である.浅学非才な筆者の能力にも限界があるため,今後,読者からの批評を頂戴しながら改善していく所存である.
最後に,本書が生まれるきっかけを与えて戴いた関西医療大学保健医療学部の諸先生方,ならびに最後まで忍耐強く担当編集をお引き受け下さった医歯薬出版の竹内大氏に紙面を借りて謝辞を申し上げる次第である.
平成21年3月
王 財源
序文
凡例
第1部 基礎概論
A.体の情報を知る診断方法
B.東洋医学とは生活方法
C.体表面より体内をみる東洋医学
D.「治病求本」のための診断学
E.「四診合参」は診断学の基本
F.内的な変化は外的なものとして現れる
G.外部との連絡通路である「五識」
H.「急則治標,緩則治本」という考え方
I.「異病同治,同病異治」という考え方
J.症候,体質,病態より割り出す鍼灸・漢方治療の指針
K.五蔵・五色
第2部 診断学各論
中医診断学の基本
1.中医診断学の基本原則・基本原理
2.診断の種類
3.東洋医学的診断のために必要な基本知識
1)陰陽・虚実・中庸 2)舌と脈所見の符号一覧表 3)舌診の主たる基本診察点
1.望診/舌診
望診
1.望診法の手順
2.望神(神気を診る)
3.望色(色の変化を診る)
4.形体を診る
5.姿勢を診る
舌診
1.舌と口唇の望診
2.蔵府と舌の関係
3.舌の観察手順
I.舌色
虚・寒証/淡白色 熱証/紅色 熱証/絳色 熱証/紅絳湿潤舌 熱証/紅絳乾燥舌 熱証/紅絳光瑩舌 熱・寒証/紫色 お血/青色
II.舌形
気虚/胖大 気虚/歯痕 陰虚/痩薄 気虚/裂紋 熱邪/芒刺 陰虚・陽虚/光滑
III.舌態
熱証/硬強 熱証・気血両虚/痿軟 熱極・陰虚・陽虚・酒毒/顫動 陰虚・陽虚/短縮 熱証/吐弄 風証/歪斜 痰火・気血両虚/舌縦 風・痰証/舌麻痺
IV.舌苔
1.苔質
虚証/厚薄 熱証・寒証/潤燥 湿濁・陽熱/腐膩 痰湿・胃気/偏全 痰濁・陰虚/剥落 気虚/消長 胃気存亡/真仮
2.苔色
寒証/白苔類 熱証/黄苔類 陽虚・熱極/黒苔(灰苔)類
2.聞診
I.聞診の基本
1.五音
2.五声
II.聞診の実際
1.音声(発声)
2.言語(発語)
3.呼吸
1)呼気と吸気が示すもの 2)げっぷ・しゃっくりなど
4.咳嗽
5.気味
3.問診
I.問診事項の基本
II.問診の実際
1.寒と熱を問う
1)全身の寒熱 2)発熱の時間・程度によっての分類
2.発汗を問う
3.頭身の痛みを問う
4.胸脇腹の痛みを問う
5.耳目を問う
6.睡眠を問う
7.飲食と味覚を問う
8.口渇を問う
9.大小便を問う
10.月経を問う
4.切診I/腹診
腹部診病法(腹診)
I.腹診の基本
1.腹診時の具体的な操作方法について
2.腹診により得られる情報について
II.腹診の実際
胸脇苦満 脇下痞こう・肋(脇)下硬満 心下痞 心下痞満 心下痞こう 心下軟(濡) 心下支結 心下急 虚里の動(心悸) 心下悸 臍下悸 心下痛 大腹痛 腹満 少腹拘急(弦急) 少腹急結 少腹満・少腹硬(こう)満 腹皮拘急(裏急) 少腹不仁 結胸
4.切診II/脈診
脈診
I.脈診の基本
1.脈と症状を結合させて考える
2.脈診の部位と蔵府の配当
1)脈診の基本的分類 2)脈診で何をみるか 3)祖脈
3.脈診を行う際の指の力と姿勢について
4.脈状診が表している体内のシグナル
II.脈診の実際
浮 沈 遅 数 滑 こう 渋 虚 実 長 短 洪 微 緊 緩 弦 革 牢 濡・軟 弱 散 細 伏 動 促 結 代 疾 大
参考・引用文献一覧
付.ピラミッド崩し弁証法
索引
凡例
第1部 基礎概論
A.体の情報を知る診断方法
B.東洋医学とは生活方法
C.体表面より体内をみる東洋医学
D.「治病求本」のための診断学
E.「四診合参」は診断学の基本
F.内的な変化は外的なものとして現れる
G.外部との連絡通路である「五識」
H.「急則治標,緩則治本」という考え方
I.「異病同治,同病異治」という考え方
J.症候,体質,病態より割り出す鍼灸・漢方治療の指針
K.五蔵・五色
第2部 診断学各論
中医診断学の基本
1.中医診断学の基本原則・基本原理
2.診断の種類
3.東洋医学的診断のために必要な基本知識
1)陰陽・虚実・中庸 2)舌と脈所見の符号一覧表 3)舌診の主たる基本診察点
1.望診/舌診
望診
1.望診法の手順
2.望神(神気を診る)
3.望色(色の変化を診る)
4.形体を診る
5.姿勢を診る
舌診
1.舌と口唇の望診
2.蔵府と舌の関係
3.舌の観察手順
I.舌色
虚・寒証/淡白色 熱証/紅色 熱証/絳色 熱証/紅絳湿潤舌 熱証/紅絳乾燥舌 熱証/紅絳光瑩舌 熱・寒証/紫色 お血/青色
II.舌形
気虚/胖大 気虚/歯痕 陰虚/痩薄 気虚/裂紋 熱邪/芒刺 陰虚・陽虚/光滑
III.舌態
熱証/硬強 熱証・気血両虚/痿軟 熱極・陰虚・陽虚・酒毒/顫動 陰虚・陽虚/短縮 熱証/吐弄 風証/歪斜 痰火・気血両虚/舌縦 風・痰証/舌麻痺
IV.舌苔
1.苔質
虚証/厚薄 熱証・寒証/潤燥 湿濁・陽熱/腐膩 痰湿・胃気/偏全 痰濁・陰虚/剥落 気虚/消長 胃気存亡/真仮
2.苔色
寒証/白苔類 熱証/黄苔類 陽虚・熱極/黒苔(灰苔)類
2.聞診
I.聞診の基本
1.五音
2.五声
II.聞診の実際
1.音声(発声)
2.言語(発語)
3.呼吸
1)呼気と吸気が示すもの 2)げっぷ・しゃっくりなど
4.咳嗽
5.気味
3.問診
I.問診事項の基本
II.問診の実際
1.寒と熱を問う
1)全身の寒熱 2)発熱の時間・程度によっての分類
2.発汗を問う
3.頭身の痛みを問う
4.胸脇腹の痛みを問う
5.耳目を問う
6.睡眠を問う
7.飲食と味覚を問う
8.口渇を問う
9.大小便を問う
10.月経を問う
4.切診I/腹診
腹部診病法(腹診)
I.腹診の基本
1.腹診時の具体的な操作方法について
2.腹診により得られる情報について
II.腹診の実際
胸脇苦満 脇下痞こう・肋(脇)下硬満 心下痞 心下痞満 心下痞こう 心下軟(濡) 心下支結 心下急 虚里の動(心悸) 心下悸 臍下悸 心下痛 大腹痛 腹満 少腹拘急(弦急) 少腹急結 少腹満・少腹硬(こう)満 腹皮拘急(裏急) 少腹不仁 結胸
4.切診II/脈診
脈診
I.脈診の基本
1.脈と症状を結合させて考える
2.脈診の部位と蔵府の配当
1)脈診の基本的分類 2)脈診で何をみるか 3)祖脈
3.脈診を行う際の指の力と姿勢について
4.脈状診が表している体内のシグナル
II.脈診の実際
浮 沈 遅 数 滑 こう 渋 虚 実 長 短 洪 微 緊 緩 弦 革 牢 濡・軟 弱 散 細 伏 動 促 結 代 疾 大
参考・引用文献一覧
付.ピラミッド崩し弁証法
索引