やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

改訂自序

 『臨床経絡経穴図解』は私の処女出版である.1972(昭和47)年といえば,すでに30年の歳月が流れている.
 私の“経絡と経穴”に関する著書は,本書と『カラーアトラス取穴法』の2著である.
 この道を志して以来,“経絡経穴学“は最も重要な基礎学であり,その他の“全鍼灸医学理論”はその上部構造であると考えていた私が,著作の第1テーマに『臨床経絡経穴図解』を選定したことは至極当然であった.
 また本書の目的の1つは,できるだけ経絡と経穴に関する異説を集め,古今の経絡経穴学史を知ることにあった.
 『カラーアトラス取穴法』については,昨春,韓国の惠山大学から出版社宛に,和文の手紙があり,翻訳の許可要請があった旨の通知を受けて,私は快諾の意志を伝えてあるが,恐らく進行しているものと考えられる.
 本来,経絡と経穴自体は,重要かつ明確な理由がなければ,安易に改訂できる性質のものではなく,また改訂されるべきものでもないのである.その本質は,歴史的に,また文献的に,重い時代と資料がのし掛かっているのである.もしも改訂の必要が存在する場合には,厳粛な思いと重大な責任と決意とが伴うべきものである.
 それでいながら,日々の臨床現場においては,経絡の感触や,経穴の形状や位置が微妙に変化していると感じることは日常茶飯事である.それは生体の内で,経絡も経穴も生きていることの証左であって,経絡現象や経穴現象には,一定不変ということはないといってよい.それが経絡・経穴の正体不明で,興味津々たる所でもあり,臨床相手として不足のない曲者なのである.それが限りない妙味であり,醍醐味なのである.
 このたびの本書の改訂に当っては,本書の経絡と経穴の日本語表記に並記して「国際標準表記と中国語読み」を加筆する発案を,形井秀一筑波技術短期大学教授よりいただき,その作業のご手数まで煩わして下さったことは,誠に恐縮の至りで申し訳なく筆舌も及ばぬ思いです.30年の歳月に,新風を吹き込み,国際性を持たせたいと思われる親心にはただただ衷心より感謝を申し上げる次第です.
 おくればせながら,私の良き理解者であり,協力者である青木眞知子先生と天明美穂先生には,改訂の作業に,並々ならぬご苦労をお掛け致しました.ここに記して厚く御礼申し上げます.
 以上の方々のご尽力を得て,本書の再版を迎えることができました.本書が鍼灸医学を学ぶ方々の良き伴侶となることを祈りつつ改訂の序といたします.
 2003年6月8日
 山下 詢

推薦の序

 中国の伝統医学である鍼灸は,世界中で古今東西あらゆる国で工夫された理学療法のうちで,きわめてユニークな治療法である.
 第1に用具がきわめて簡単な鍼と艾である.とはいうものの上質の鍼の製作は一種の芸術にも比すべき繊細さをもっているし,一握りの艾もよもぎを叩いてはふるい叩いてはふるいして精製したものである.鍼の刺入による刺激は注射針の刺激とはまったく質の異なる一種独特の感覚を与えるし,艾を上手にひねってすえる灸は綿に点火して皮膚につけた熱感とはたいへん異なる.試みに温度計でその温度の変化をくわしく測定してみるときれいなサイン・カーブを画きだす.だから熱湯をかけたり焼火箸をつけた熱傷の感じとは比べものにならない「痛快」さを感ずるものである.
 第2に鍼灸をほどこす部位は点であって,他の理学療法の大多数のように面に治療するものではない.面を治療するのはまだ易しいが,点を正確にきめるのは高度の技術がいる.この頃日本の鍼灸はつぼの取りようが多すぎて,やや面に近い治療をする傾向がある.中国では,流派や個人によっても異なるがその取穴をたいへんしぼって治療している.極端な場合にいちばんよく効く一点にまでねらいをしぼる.これはかなりつぼの見方が正確にならないと難しいことである.この修業も大切である.
 第3に,これらの点が経絡というつながりの上にあるという考え方である.西洋医でもつぼまではあるいは理解できても,経絡という概念になるとカチンと抵抗を感ずるらしい.なるほど西洋医学にはどこを探してもそんな概念に相当する構造も機能もみいだせない.自分の知らないものは多くの場合「無い」と片づけるのが人間の常である.「無い」ものがあると言う人はケシカラン人物だと思われがちである.今日では多少変なことを申しても火あぶりや絞首刑になる心配はないが,ちゃんとした先生や学者方からケシカラン奴だと思われるのは愉快ではない.そこで私のような他人の思惑を気にする気の弱い男は経絡という概念を証明して申し開きをしようと長い間苦労してきた.もともと「無く」はないものだから「ある」と証明するのは易しいはずだのに,自分のアリバイを証明することが時に意外に困難なことが多いように,私一代でこの仕事は仕上るようなものでないことが判った.
 この本の著者山下詢君は,若いが新進とはいえない,中堅の鍼灸家である.その性質周密で,広く古典を研究し整理し,ここに『臨床経絡経穴図解』をものされた.その記事を見ると種々の異説を比較検討してもっとも適切と思われる穴の位置を示し,かつ初心者にも判るよう図解してある.こういう仕事はまことに根気仕事であって,思いつきや想像だけでは絶対に書けない.鍼灸師として数年の経験をもっている人に試みにあるつぼの位置を尋ねてみるとあんがいうら覚えであることが多い.数百のつぼの位置の正確な位置を暗記することはそれほど難しいのである.ましてふだんあまり使わないつぼや,文献にのっているその異同まで覚えきれるものではない.であるから,鍼灸家はこういう「経穴辞典」を座右において,ことあるごとに参照し確かめる必要がある.英文学の大家でも辞書を引くことは恥ではない.日常行なっていることである.昔からこの種の書物はけっして少なくはない.しかし文章や解剖学的解説が難解であったり不十分であったりして,手頃な本はそうはないものである.そういう意味でこの新著は最適な本であると思う.
 辞典は,完璧であっても大冊で,目的とする事項を探すのに骨がおれ,持ちはこびに不便なものもあり,簡明だが記載が不十分で知りたいことが書かれていないものもある.ほどのよい大きさとほどのよい程度の詳しさという点からいって,この本を敢えてone of the bestとして日本の鍼灸家に推薦するものである.
 1972年 壬子6月
 小田原にて
 医学博士 間中喜雄

自 序

 鍼灸治療は各種の鍼と灸を用いて,体表部より施術するものであり,畢竟,経絡と経穴が直接の治療対象とされるものである.
 したがって,経絡と経穴に関する正確な知識と取穴技術が要求される.
 けれども,経絡経穴は,単に治療対象としての価値にとどまるものではなく,それは同時に,診察,診断の場でもあって,鍼灸治療は,いかなる疾病の場合でも,経絡と経穴の情報の上に成立するものである.ここにこれが重要な基礎学とされている所以がある.
 臨床というものは,各基礎学がしだいに技術化されてゆく過程であるといってもよい.臨床が“身につく”ということは技術化されるということである.しかしながら,基礎学の上に立った正しい技術の熟達でなければ,学問的な発展も,大きな進歩も望めない.取穴技術もまた例外ではない.
 経穴学の講義では,図解をして説明し,さらに手を取って教えても,初学者にとっては,取穴実技は容易な業ではないのである.それでだいぶ以前から,初学者のための,その要求に応じたテキストの必要性を感じていた.そして,昭和41年に,粗末なものではあったが,畏友近藤勝敏先生の協力を得て,『臨床図解取穴法』を筆耕したところ,これが案外に好評であった.
 昨年夏,たまたま医歯薬出版株式会社からのおすすめがあり,この機会に,かねがね私が初学者のために経絡経穴をいかに学ぶかを課題として考えてきたさまざまの学習法を総括して述べてみたかった.
 新しい試みの一つは,身体各部に,取穴上の基準線を設定したことである.そして,取穴法を視覚的に把握できるように図譜を工夫するとともに,常に経穴間の位置関連を考慮するように企図した.
 また,たとえ解剖学的知識があっても,皮膚の上から取穴するとなると,骨間陥凹部,筋溝,靱帯,動脈などを,感覚的に会得することが必要となるから,説明と作図に際しては,かなり具体的方法やコツといったものを重視した.
 またこの際に,経絡の流注や経穴部位について異説のあるものは,なるべくその出典を記し,比較整理を試みた.そのために備考欄が多くなり,初学者にとっては,かえって煩雑と思われるかもしれないが,あえてそれを組み入れたのは,今後の研究者のために,いちおう果すべき仕事の一つであろうと考えたからである.
 そして種々の異説を臨床を通して考察してみると,それぞれに確かな価値や理由のあることが判り,古人の深い慧眼に感じ入ることが多いのである.机上の空理や,狭隘な通念や,性急な体系化のために,軽率に取捨すべきものではあるまいと思う.
 取穴法や古典解説は,できるだけ通説に従うように努めたが,浅学を顧みず,私見を織り込んだ個所も少なくはない.大方のご教示を願うしだいである.
 本書の執筆中,世紀的なニュースが相次いで流れた.米中接近の報に次いで,急速に日中国交の気運がたかまり,昨年10月25日には中華人民共和国の国連参加が決定した.
 米国に向けてピンポン外交を演じた中国は,日本に向けてはハリ麻酔を以て外交の一役を担わせ,その積極的な鍼灸外交は,わが鍼灸業界に測り知れない影響を及ぼしつつある.今後,日本の鍼灸医学界は急速に激動的変革期に入るであろうと思われる.医師,鍼灸師,政府関係省,一般社会など,おしなべて衝撃を受け,驚愕と覚醒と当惑と,さまざまの反応を呈するものと思われる.
 やがて,確実に東洋医学の黎明期はおとずれるであろう.そして大規模な公共教育機関,研究機関,医療機関の設置も夢ではあるまいと思われる.しかし,それからまた新しく複雑な諸問題の発生することも必定である.いまこそ鍼灸医学界は深謀遠慮すべき時である.
 本書は,はじめ,図譜を中心として取穴法を解説するのが目的であったが,しだいに経絡経穴の研究的要素が加えられ,とくに中国説の引用が多くなったのも,かかる激動する背景と今後の鍼灸医学の課題について考えるところが多かったためにほかならない.
 従来の経穴学書に比べて,奇経と奇穴の章の充実を企図したことは,本書の特徴の一つであり,著者のいささか満足とするところである.
 本書の内容については,まだ意に充たない点もあり,多くの不備や不徹底のあることを疑懼しつつも,いまはいちおうの責を果たしたものといたしたい.
 本書ができるためには,編集部の方々にひとかたならぬご尽力をいただいたが,ここに深く感謝を表します.近藤勝敏先生には流麗なる古典原画を制作していただいたばかりでなく,多忙の中に原稿校正の労を快諾され,また多くのご教示を賜った.経穴の解剖学的部位と異名と索引の整理には吉田道子さんのお手伝いを受けた.また多くの知友の暖かい鞭撻が,本書の支えとなっている.ここに記して深甚の謝意を表するしだいである.

 1972年6月5日
 山下 詢
 経穴銅人形(写真)
 12経流注図(前付)
 改訂自序 山 下 詢
 推薦の序 間 中 喜 雄
 自序 山 下 詢
 凡例

I 総 説
 01.経絡経穴の自然発生的発見
 02.経 穴
  1.経穴の概念
  2.経穴の分類
 03.経 絡
  1.経絡の概念
  2.経絡の五大作用
  3.経絡の種類
 04.取穴法
  1.経穴部位
  2.姿 勢
 05.骨度法
 06.骨度法の備考
 07.取穴の分寸法
 08.取穴の基準線

II 14経絡と経穴各論
 01.手の太陰肺経 Lung Meridian,LU.11穴
 02.手の陽明大腸経 Large Intestine Meridian,LI.20穴
 03.足の陽明胃経 Stomach Meridian,ST.45穴
 04.足の太陰脾経 Spleen Meridian,SP.21穴
 05.手の少陰心経 Heart Meridian,HT.9穴
 06.手の太陽小腸経 Small Intestine Meridian,SI.19穴
 07.足の太陽膀胱経 Bladder Meridian,BL.67穴
 08.足の少陰腎経 Kidney Meridian,KI.27穴
 09.手の厥陰心包経 Pericardium Meridian,PC.9穴
 10.手の少陽三焦経 Triple Energizer Meridian,TE.23穴
 11.足の少陽胆経 Gallbladder Meridian,GB.44穴
 12.足の厥陰肝経 Liver Meridian,LR.14穴
 13.督 脈
 14.任 脈

III 奇経八脈
 01.督脈 Governor Vessel,GV.28穴
 02.任脈 Conception Vessel,CV.24穴
 03.陽_脈
 04.陰_脈
 05.衝 脈
 06.陽維脈
 07.陰維脈
 08.帯 脈

IV 奇 穴
 01.頭面頸項部
 02.胸腹部
 03.腰背部
 04.上肢部
 05.下肢部
 06.その他

V 鍼灸治療
 01.東洋医学の治療学構成
 02.鍼灸治療
 03.奇経治療

 経穴一覧表
 会穴表
 圧診点および撮診点と経穴との関係
 主要文献
 経穴索引
 付録.鍼灸医学成立年表 後付
 著書紹介 後付