やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

はじめに

 深夜,大学から帰宅する列車の中で,隣の席でこくりこくりと居眠りをしている若者がいた.膝の上には一冊の医学関係の書物がのっていました.どんな本なのか目を凝らしてみると,現代医学の診断学でした.たぶんアルバイトをして自宅に帰る途中だったのか,冷めかけた肉まんがバッグの口から顔をのぞかせていました.
 帰宅後「東洋医学には診断学の本があるのかなぁ?」という疑問がふと脳裏をかすめ,東洋医学的な病証を考える前の,鍼灸や漢方の診断書がまだないのではと,過去にも多くの卒業生が「どうやって患者を診ればよいのかわからない!」と訴えていたのを思い出しました.
 中国医学の影響を強く受けた東洋医学には,四診と呼ばれている診断方法が存在します.これは先人らが,人体の変化を詳細に観察して,経験と実践の積み重ねにより築き上げた学問です.その基本的な原則は体表から体内を診察することです.わたしたちは患者さんの体内から体表に送られているシグナルを通して「何を,どう考えるか?」ということについて,多くの情報を分析し,これらの因果関係を明らかにしていくことで,治療原則と治療方法が生み出されてくるのです.このことは誰もが授業で学んだことだと思います.しかし,学生や卒業生のみなさんから「どのように患者を診て,どのように考え,どのような治療を行えばよいのでしょうか?」という質問をよく受けます.体から出るさまざまな情報から何を考えていくか.これが初学者にとってはたいへんに苦労することなのです.
 診断学は弁証を行ううえでの情報源として,証を決定するための必要不可欠な材料でもあり,病証を決定することで,治療手段の選択を行う基準がここで作られます.しかし,中医学には多くの診察方法があり,すべてを網羅するのには情報量があまりにも多くなりすぎ,その診察する手段が必ずしも実用的とは言えません.そこで学校協会推薦の指定教科書などから,基本的なものに的を絞り,鍼灸,漢方で活用できるようにしてみました.
 臨床現場での声に耳を傾け「生きた診断学を伝え,弁証に結びつけることが可能な手引き書」を作りたい,これが本書の生まれるきっかけとなりました.原稿は仕事の後や,宿泊先のホテルなどで少しずつですが深夜遅くまで執筆作業を進めました.
 瞬間,瞬間に変化する人間の生命を東洋医学的にとらえ「いかに弁証するか!」その指標を四診から収集した情報を,治療手段へと活用できる書としてお伝えできれば幸いです.また,読者の方がたのご要望,ご意見をいただけることを願っています.
 本書の出版にあたり多くの方がたにお世話になりました.特に扉絵作品を心よく提供してくださった上海中医薬大学の楼紹来先生,お世話になった本学卒業生の川野原亜樹さん,大谷泰弘さん,担当編集者の医歯薬出版の吉田邦男氏にこの場を借りて謝辞申し上げます.
 2003年6月
 王 財源
 はじめに
 巻頭カラー図譜――舌診:舌色の変化を診る

第一章 基礎概論 小宇宙の縮図である人体が体外にシグナルを送るという考え方
 A.体の情報を知る診断方法
 B.東洋医学とは生活方法
 C.体表面から体内をみる東洋医学
 D.部分が全体に,全体が部分に集約される東洋医学
 E.中国古代の自然哲学 陰陽学説
 F.「治病求本」のための診断学
 G.「四診合参」は診断学の基本
第二章 五行学説と難経 自然界のリズムとエネルギーをどう活用するか
 A.宇宙と人間生命の関係――五行学説
  木曲直 火 炎上 土 稼■ 金 従革 水 潤下
 B.人体の体内エネルギーとしての五行 相生・相剋・相乗・相侮
  相生 相剋 相乗 相侮 水不涵木 木火刑金 土虚木乗 木乗土
 C.相生の原則に基づいた治療法則 「難経学」
第三章 診断学の基礎 内にあるものは必ず外に現れる
 A.内的な変化は外的なものとして現れる 人体のなかの五臓六腑
 B.外部との通路である「五識」
 C.痛みとは異常を伝える「体からのSOS」
 D.弁証でなにがわかるか
 E.急則治標,緩則治本という考え方
 F.異病同治,同病異治という考え方
 G.症候,体質,病態から割り出す鍼灸・漢方治療の指針 証について
 H.現代人の心のすき間を狙う欝証とはどういうものか
 I.五臓・五色・五行
第四章 病因論 環境と人体,精神との因果関係を探る法則
 A.病を引き起こす原因を追及する「病因論」
  外部からわたしたちの体を侵す六淫(外因)
 B.外部から疾患を誘発させる外感六淫
  風
  内風と外風を区別する!
  寒
  内寒と外寒を区別する!
  湿
  内湿と外湿を区別する!
  熱(暑)
  燥
  火・熱
 C.内部から疾患を誘発させる内傷七情
  「喜ぶ」
  「怒る」
  「思う」
  「憂う・悲しむ」
  「恐れる」
  「驚く」
   1.諸風掉眩,皆属于肝 2.諸寒収引,皆属于腎 3.諸気■欝,皆属于肺 4.諸湿腫満,皆属于脾 5.諸熱■■,皆属于火 6.諸痛痒瘡,皆属于心 7.諸■固泄,皆属于下 8.諸痿喘嘔,皆属于上 9.諸禁鼓慄,如喪神守,皆属于火 10.諸痙項強,皆属於湿 11.諸逆衝上,皆属于火 12.諸脹腹大,皆属于熱 13.諸躁狂越,皆属于火 14.諸暴硬直,皆属于風 15.諸暴有声,鼓之如■,皆属于熱 16.諸病■腫,■酸驚駭,皆属于火 17.諸転反戻,水液渾濁,皆属于熱 18.諸病水液,澄K清冷,皆属于寒 19.諸嘔吐酸,暴注下迫,皆属于熱
 D.内生五邪
  内風
  内寒
  内湿
  内燥
  内熱・内火
第五章 診断学各論 望診・聞診・問診・切診について
  診断の種類
 A.望診
  臓腑と舌の関係
   舌色を診よう! 舌の形と状態を診よう! 舌苔を診てみよう! 舌質と舌苔の組み合わせで診断してわかることは! 淡白舌をベースに考える 淡紅舌をベースに考える 紫舌・青紫舌をベースに考える
   人中診察法
    口唇の状態から何がわかるか
 B.聞診
  音声を聞こう
  言葉を聞こう
  呼吸を診よう
  咳嗽を診よう
  吃逆を診よう
  げっぷを診よう
 C.問診
  寒と熱を問いましょう 正常・寒・熱 いずれかを選択
  発汗を問いましょう 正常・自汗・盗汗・大汗・局所の発汗 いずれかを選択
  頭身痛を問いましょう 痛みの性質と痛みの部位,時間を確認
  胸脇腹の痛みを問いましょう
  耳目を問いましょう 耳鳴・耳聾・眼の痛み・めまいいずれかを選択
  睡眠を問いましょう 正常・少ない・多いいずれかを選択
  飲食と味覚を問いましょう 正常・なし・旺盛 いずれかを選択
  口渇を問いましょうあり・なしいずれかを選択
  大小便を問いましょう 回数・状態・量・感覚 いずれかを選択
   中国の女帝・西太后が長寿した秘密とは? 便秘について考えてみましょう 下痢について考えてみましょう 小便を寒熱に分けて考えてみましょう
  月経を問いましょう 周期・量・色質・■痛・帯下 いずれかを選択
   閉経 月経痛 崩漏 帯下 倦怠感の異常
 D.切診
  I-切経
  II-切穴
   兪募穴の反応を診る
   ■穴の反応を診る
   ■穴上に出現する感覚異常
   原絡穴の反応を診る
   下合穴の反応を診る
    消化器系疾患の反応穴 呼吸器系疾患の反応穴 神経系疾患の反応穴 循環器系の反応穴 婦人科系の反応穴
   代表的な診察点
    関元 腎兪 膏■ 心兪 合谷 尺沢 孔最 太乙 大横 帰来 帯脈 維道 欠盆 庫房 気穴 大■ 膺窓 乳根 不容 梁門 ■■ 紫宮 兪府 ■中 天突 華蓋 日月 曲骨 腹通谷 石関 歩廊 幽門 外陵 大巨 神蔵 神封 ■兪 中注 四満 横骨 淵液 京門 玉堂 建里 石門 中極 雲門 中府3 水分 陰交 ■陰兪 天枢 中■ ■中 中庭 鳩尾 巨闕 上■ 神闕 気海 期門 章 門 脾兪 次■ 肺兪 神堂 足臨泣 三陰交 温溜 陽陵泉
  III-尺膚診病法
   尺膚とは前腕部にある診察部位
   『黄帝内経・霊枢』論疾診尺篇第七十四に説かれている尺膚診病法
  IV-腹部診病法
   腹診時の具体的な操作方法 腹診から得られる情報
  V-脈診
   健康人の脈―胃・神・根(脾・心・腎)
   脈診の部位と臓腑の配当
   脈診の分類
   脈診を行う際の指の力と姿勢
   七死脈
   脈状診が現している体内のシグナル
   脈状診でなにがわかるか考えてみよう!
    浮 沈 遅 数 滑 ■ 渋 虚 実 長 短 洪 微 緊 緩 弦 革 牢 濡 弱 散 細 伏 動 促 結 代 疾 大

 参考文献
 資料 各疾患の鑑別点
 索引
 コラム
  気色と眼神てなぁに?
  虚・実てなぁに?
  六淫がまだよくわからない
  こんなことも知っていてね!
  軽揚と善行而数変
  挾雑症状に注目
  寒の病
  陰寒内盛
  湿邪による病証
  寒湿の邪が内部に侵入して脾胃を損なう
  暑邪は湿邪と合体して「暑湿証」を形成
  陰虚内熱
  陽盛亢熱
  蔵象学説
  内寒の慢性化
  舌の構造を教えて
  外感病証と内傷病証のいずれかに区別すること
  陰虚と陽虚のときに出現する舌の変化を考えてみよう
  滑・燥苔のいずれにせよ,陽虚がかかわっています
  「熱の象」か「寒の象」かを分けて考える
  舌診の注意事項を教えて
  十問歌
  血って知っている?
  ■血証が発生する原因を教えて
  脈診の何をとるか教えて
  脈取りのポイントを忘れないで
  左側関位が沈脈の主な証候
  ■脈の治療ポイント
  気と血の関係について教えて
  体液と■脈との関係
  虚脈のこんなこと知っている?
  実脈の注意点
  左寸短脈の主な疾患
  右関微脈の主な疾患
  右尺微の主な疾患
  左寸弦脈の主な疾患
  左尺弦脈の主な疾患
  脈と臓腑の関係を教えて
  右尺弱脈の主な疾患
  右尺散脈の主な疾患
  左寸伏脈の主な疾患
  左関伏脈の主な疾患
  右寸伏脈の主な疾患
  六脈が伏脈となる主な疾患
  左尺結脈の主な疾患