やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社


 筑波技術短期大学長 西條一止

 昨年(2002年)8月に発表された2001年の我が国の平均寿命は,女性,84.93歳,男性,78.07歳でした.ともに最高更新で,この10年間に女性は約3年,男性は約2年,平均寿命が延びています.諸外国と比較して,女性の平均寿命は世界一であり,男性は,アイスランドやスウェーデンとほぼ同じ数値であるといいます.医学,医療の進歩と,栄養状態の改善,社会環境の整備などが貢献しているものでしょう.不老長寿が古代からの人々の強い願いでした.そして,長寿は着々と実現しています.
 日野原重明先生が,75歳以上を「新老人」として,希望を創りだす生き方の選択を述べておられます.元気な高齢者が増えていることも確かです.
 定年を迎える年齢の人たちの多くが,心身の状態に自信を持ち,昨年10月に出版された,アメリカの女性トップ・アスリート,マーラ・ランヤンさんの自伝『私の人生にゴールはない--視覚障害を持ったトップ・アスリートの挑戦』という人生への挑戦に共感を持ち,定年という一つの終わりの区切りではなく,新たなスタートの区切りとしようという思いを自然に抱かせます.明るい希望が見えます.
 しかし,一方で,寝たきり老人という言葉に代表される,健康でない状態での寿命が大きな問題として存在しているのも事実です.我が国の老人医療費を年々膨らませ,医療保険を圧迫しています.みな,ただ生きているだけという情けない生命の状態に陥りたくないと強く願っています.
 多くの生活習慣病は,生活習慣を良くすることで予防可能といわれています.生体が存在する環境条件を整えることです.これは知識と実践しようという各自の意志によって可能です.もう一つ,生体自身の問題です.先進諸国の人々は多く,生体自身の持つ調節力が低下した状態に陥っています.これこそ鍼灸医術が培ってきた力を発揮できる領域です.21世紀においてこそ求められています.この期待に応えるために,生活体としての生体に関する知識と経験医術が伝える技術を身につけた,しっかりした治療者,生活指導者が必要です.
 臨床鍼灸学では,経験医術が伝える技術を科学的視点に立って展開し,高度な治療技術を広く多くの人のものにしようとします.もう一つ,生体を主体とした生活の在り方,「新しい養生とは」ということと,その延長線上にある,生体に不具合が生じたときの望ましい24時間の過ごし方の研究と実践普及です.
 私は,幸か不幸か,昨年の12月中旬から今年の1月までの一月の間に,右手の末梢性橈骨神経麻痺と右脚のL4・5,馬尾神経に臨床症状の出た脊柱管狭窄症を経験しました.橈骨神経麻痺は,3日でほぼ改善しました.発症してからほとんど時間の許す限り,両手を合わせて肘から先の運動をしました.このことが良かったと評価しています.発症初期の治療的環境が大切です.また,脊柱管狭窄症では,症状の強い前脛骨筋,長・短腓骨筋の下部と臀部に家庭用の表面電極,低周波治療器を用いて,起きている間は通電し続けています.歩行は大変楽になります.少しでも患部が良い状態で過ごせる生活の仕方が大切です.
 鍼灸は,単に治療によって不調を改善するのではなく,生体の調節力を高め自然治癒の可能性を最大限に発揮されやすい生体の状態をつくるとともに,治癒を妨げず,促進できる1日の過ごし方の指導を理論的に展開できるようにすることです.
 皆さん,健康で,心豊かな,質の高い人生を私達のものにするために,新しい健康への展開を自主的積極的な参加者として共に歩みましょう.
 2003年1月
 序
 はじめに/臨床鍼灸学を拓く

1 臨床鍼灸学の課題
 1 鍼灸は,「どんなときに,どこへ,どのように」の医術
 2 鍼灸治療とは
 3 恒常性保持機能を調整する方法
2 なぜそうなのか:臨床鍼灸学の意味
 1 刺鍼反応と痛み刺激による反応
   1)刺鍼反応
   2)痛み刺激による反応
 2 刺鍼による自律神経反応研究
 3 刺鍼による心拍数減少反応の自律神経メカニズム
 4 刺鍼反応で交感神経機能は,α受容体系機能とβ受容体系機能は独立して変化する
 5 刺鍼による自律神経機能反応をいかに捉えるか
 6 無侵襲的な自律神経機能の指標を求めて
   1)心拍数で観察できる自律神経機能状態
   2)自律神経による心拍数調節
     a.心臓の自動能と自律神経調節 b.心拍数の自律神経調節 c.心拍動における交感神経,副交感神経の機能分担
   3)自律神経機能の指標としての自律神経機能関与度の考え方
   4)自動立位と他動立位
   5)動的自律神経機能観察法
   6)臥位,立位と交感神経機能
   7)呼吸運動リズムと副交感神経機能
 7 刺鍼による交感神経反応と副交感神経反応をいかに分離するか
 8 浅刺・呼気時・坐位の刺鍼法の吟味
   1)心拍数による自律神経機能関与度を指標にした二重盲検による検討
   2)指先床間距離(FFD)を指標とした検討
 9 浅刺・呼気時・坐位の刺鍼法の臨床効果
   1)浅刺・呼気時・坐位の刺鍼法の生体反応
     a.心拍数の減少効果 b.胃の蠕動運動を活発にする c.腰部可動域を改善する d.末梢血管の過緊張を解く
   2)考 察
   3)浅刺・呼気時・坐位の刺鍼法の自然治癒力を高める機転
   4)浅刺・呼気時・坐位の刺鍼法の臨床手技の展開
     a.皮膚,皮下組織への刺激法 b.刺激部位 c.呼吸相の条件 d.体位の条件 e.浅刺・呼気時・坐位の刺鍼法の刺激強度の調節 f.浅刺・呼気時・坐位の刺鍼法を用いることができない場面
 10 浅刺・呼気時・坐位の刺鍼法と経験医術としての経絡治療
   1)要 約
   2)実験研究
     a.目的 b.方法 c.結果 d.考察 e.結論
   3)治療体位が違いながら同じ反応を導ける経験的刺鍼方法の解明
     a.方法 b.結果 c.考察
3 鍼灸治療法の体系化
 1 鍼のいろいろの生体反応を期待できる治療道具の整理と開発
   1)臨床における鍼の治効,六つのメカニズム
   2)閾値下刺激の鍼治療における意味の解明
     a.気管支喘息と坐位時,低周波鍼通電療法
   3)自律神経機能を方向付ける治療のまとめ
     a.副交感神経機能を高める(治効メカニズム-4) b.交感神経機能を高める(治効メカニズム-5) c.交感神経機能の過緊張を改善する(治効メカニズム-6)
 2 基本的治療の体系
   1)基本的治療の手順とその解説
     a.浅刺・呼気時・坐位の刺鍼法(治効メカニズム-4) b.腹部刺鍼(治効メカニズム-1・2・3) c.背部刺鍼(治効メカニズム-1・2・3) d.治療に必要な反応を引き出しやすい場をつくるための治療(治効メカニズム-2・3) e.症状に対する治療(治効メカニズム-1・2・3・4・5・6) f.浅刺・呼気時・坐位の刺鍼法(治効メカニズム-4)
 3 治療の考え方
   1)標治法
   2)本治法
     a.本治法の具体的な意味
   3)治療法の構成
 4 治療への3つの取り組み
   1)自然治癒力への対応
   2)症状への対応
   3)未病への対応
 5 治療の順序性について
4 臨床研究の実際
 1 いわゆる腰痛症の鍼治療方法と効果
   1)研究方法
   2)研究結果
     a.鍼治療対象患者のプロフィール b.鍼治療効果
   3)考 察
     a.鍼治療効果について b.直後効果による鍼治療の腰痛改善効果の評価 c.痛みの程度と腰痛改善 d.治療がマイナスしている,治療の姿勢の問題 e.局所反応による治療効果,全身反応による治療効果 f.治療の組み合わせ,順序性
   4)結 論
 2 気管支喘息の鍼治療方法と効果
   1)研究目的
   2)研究方法
   3)研究結果
   4)考 察
     a.気管支喘息発作時症状への鍼治療方法 b.気管支喘息患者の鍼治療と浅刺・呼気時・坐位の刺鍼法 c.鍼治療による気管支喘息症状の変化と呼吸機能の変化 d.気管支喘息に対する鍼治療の効果の評価
   5)結 論
 3 習慣性扁桃炎の鍼治療方法と効果
   1)扁桃炎のとらえ方
   2)鍼治療の実際
   3)経過観察の方法
   4)成 績
   5)考 察
     a.治療部位の選択について b.治療回数について c.成績について
   6)効果機転
   7)まとめ
5 ゆるぎ石との出会い
 1 ゆるぎ石
 2 自然とともにある
 3 周囲への気づき

 索引