やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

はじめに
 本書は,看護理論を看護実践に活用することで,少しでも看護の質を向上させたいと願う,学生,実践者,管理者向けに,看護理論の活用についてわかりやすく解説した.そのため,各看護理論の紹介は,そのエッセンスを解説するにとどめ,看護実践や看護管理の現場での看護理論を活用することの意味とその具体例を提示することに主眼を置いている.
 本書の企画は,千葉大学大学院看護学研究科で開講している「看護実践方法論I」に端を発する.本授業は,専門看護師教育課程の共通科目である「看護理論」と「コンサルテーション」に該当する科目として提供している.毎年,臨床経験を経て大学院に入学してきた学生が,自分自身の実践事例をもとに,看護理論を活用して,振り返り(reflective practice)を行う.Reflective practitionerたらんことは,専門的実践者になるための不可欠の要素である.振り返りに看護理論を活用することは,その振り返りを行う自己の看護現象を捉える枠組みを刷新したり,拡大することを可能にする.看護理論を活用して振り返りを行うことで,自分の基準や既成概念を超えるという,理解の位相を変えることができる.それによって,あらためて,看護現象固有の価値を認識できるのである.本書はまさに看護理論を実践・管理に活用することの醍醐味に迫ろうとしたものである.
 本書は,第1章 看護における理論の活用,第2章 看護実践と理論活用の実際,第3章 高度看護実践と看護理論の3つの章から構成されている.個別援助事例への看護理論活用の具体例を豊富に論述していること,加えて看護管理実践への看護理論活用について論述し,具体例を示していること,高度看護実践への看護理論活用の意義と効果について論述していることが,本書の特長である.
 大学院生だけでなく,実践者および管理者にぜひ読んでいただき,しばし看護理論と自分の看護実践について考えを巡らせる時間をとっていただければ幸いである.そのとき「オレムさんだったらどう考えるだろう」「ロイさんだったらどう考えるだろう」と原書をひもとくのもよい.それは看護理論との対話となる.
 そして,本書で説明されている看護理論活用例を参考にしつつ,自分なりの活用の意義を見出していただきたい.
 2012年6月
 正木治恵
 酒井郁子
第1章 看護における理論の活用
  1 看護理論の活用と意義(酒井郁子)
   (1)理論とは何か
    理論は目的と機能を有している 理論には概念と概念間の理論的論述を基盤とする基本的構造がある 理論は暫定的なものである
   (2)看護理論と看護実践
   (3)看護知識体系の構造的階層
   (4)看護理論の活用の意義
    看護専門職としてのアイデンティティの確立 秩序だった看護過程の展開と看護実践上の目的の一貫性の確保 看護実践の用語の統一による看護共同体の協働と看護学の知識の蓄積
   (5)実践における看護理論の活用の目的
   (6)看護理論の活用のプロセス
  2 看護理論発展の歴史(和住淑子)
   (1)看護理論とは何か
    問題提起―なぜ看護理論はいくつもあるのか 看護理論・看護理論書・看護理論家の区別をつける 看護理論・看護理論書・看護理論家の区別をつけながら看護理論書を読む
   (2)看護理論はどのようにして形成されるのか
    史上初めての看護の理論化―ナイチンゲール ナイチンゲール以降の看護理論
   (3)看護理論発展の歴史と今後の発展の方向性
    看護理論発展の歴史/今後の発展の方向性
第2章 看護実践と理論活用の実際
 1)看護実践に理論を活用する
  看護実践に理論を活用する(黒田久美子/正木治恵)
   (1)看護実践者に求められる責務
   (2)看護実践に理論を活用するときの落とし穴
   (3)看護実践に看護理論を活用する意義
    未知なる看護現象へのいざない 実践への貢献 理論と実践の往還 共通理解の促進
  1 ナイチンゲール:生命力へのはたらきかけ(和住淑子)
   (1)ナイチンゲール理論の特徴
    病気についての見方―病気は回復過程である 看護の評価規準―患者の生命力の消耗を最小にするように整える
   (2)事例と看護理論を用いた展開
    ナイチンゲール理論を適用した看護実践の評価 理論の意識的な適用がもたらす看護実践能力の発展
  2 ロイ:適応を促す介入の方向性を探る(黒田久美子/酒井郁子)
   (1)ロイ理論の特徴
    理論の基盤 ロイ理論の概要
   (2)事例と看護理論を用いた展開(1)
    事例紹介 ロイの理論を用いて患者を振り返りあらたに看護計画を立案 「適応」に着目したロイ看護理論の活用と効果
   (3)事例と看護理論を用いた展開(2)
    事例紹介 看護理論を実践に活用した場合の意義と効果
  3 キング:相互浸透作用と目標共有(酒井郁子)
   (1)キング理論の特徴
    目標達成理論とは 目標達成理論の理解のための重要概念 キング理論を看護実践に活用する
   (2)事例と看護理論を用いた展開
    事例紹介 看護の実際 佐藤さんとともに行った1回目の入院の振り返り 看護師は何を学びどのように患者の捉え方を変えたか キング看護理論の活用と効果
  4 ペプロウ:人間関係の看護論―対人援助関係に着目して(荻野 雅)
   (1)ペプロウ理論の特徴
    人間関係の看護論 看護の定義 看護師―患者関係の諸局面 看護の機能 看護の役割
   (2)事例と看護理論を用いた展開
    事例紹介 担当看護師との関わり ペプロウ看護論からの患者―看護師関係の考察 事例のまとめと理論を用いることの意義
  5 トラベルビー:人間対人間の関係に着目した看護理論(遠藤淑美)
   (1)トラベルビー理論の特徴
    理論が生まれた背景 主要な前提 基礎となる仮定 トラベルビーの看護理論の構造 人間対人間の関係
   (2)事例と看護理論を用いた展開
    事例紹介 看護の実際 人間対人間の関係の視点から捉えなおした援助過程 学生は何を学び,どのように患者との関わり方が変わったか
   (3)人間対人間の関係に着目した看護理論の意義と効果
  6 オレム:主体的取組の支援(黒田久美子)
   (1)オレム理論の特徴
    理論の基盤 主要な概念
   (2)事例と看護理論を用いた展開
    事例紹介 看護の実際 理論を活用して事例を展開する
   (3)看護理論を実践に活用した場合の意義と効果
 2)看護管理に看護理論を活用する
  看護管理に看護理論を活用する(酒井郁子)
   (1)看護管理と看護理論
    看護管理者に求められる責務 看護管理に理論を活用するときの落とし穴 看護管理者の理念と看護実践 看護管理における看護理論の活用の意義
  1 ベナー:臨床看護実践の質向上に向けた活用(正木治恵)
   (1)理論開発の源泉
   (2)主要な用語
    臨床看護実践における熟達度 実践知(Practical Knowledge) 範例(Paradigm Case) ナラティブ(Narrative)
   (3)臨床看護実践の熟達度の活用
   (4)病棟全体で取り組む臨床研究に活用して
  2 トラベルビー:人間対人間の関係を築けるようなスタッフを育成する(遠藤淑美)
   (1)はじめに―これは看護師の責任だろうか
   (2)スタッフの希望を支える
   (3)他者への関心を開く
   (4)共感の力の拡大
   (5)関与(involvement)への志向
   (6)人間対人間の関係を生きる─看護管理者の治療的な自己利用
  3 ワトソン:看護管理者の理念の形成と看護理論(酒井郁子)
   (1)ケアリングの哲学
   (2)ケアリング哲学の実践としての看護管理
    事例:身体拘束をすることが当たり前だった病院の風土を変える
   (3)組織的な看護の改善に不可欠な哲学
第3章 高度看護実践と看護理論
  1 理論編(荻野 雅)
   (1)ヘルスケアの変遷
   (2)高度看護実践に求められるもの
   (3)高度看護実践と看護理論
  2 実践編(松岡真里)
   (1)高度看護実践と看護理論
   (2)実践;Direct Clinical Practice
    Case Findingとアセスメント 看護ケアの提供
   (3)相談・教育
   (4)倫理調整
   (5)調整
   (6)研究
   (7)おわりに

 索引