やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

はじめに
 透析予備軍といわれる慢性腎臓病(CKD)ステージ1〜5の患者数は,約1,330万人と推測され,CKDステージ5Dの慢性維持透析患者は29万人を超えています.これだけ多くの人が腎不全看護の対象者です.
 腎不全看護の対象者は,透析医療の発展にともない長生きできるようになりました.しかしながら,CKDのステージが進むほど心血管疾患(CVD)発症リスクは高まります.また,高齢者や糖尿病性腎症の透析導入が増え,腎臓病以外にもさまざまな合併症を抱えている人も多くなりました.こうした対象者を看護するには,腎不全看護に対する高度な知識や熟練した技術が求められます.生活している患者の全体像を捉えるために,看護以外の知識として,病態生理はもちろんのこと,臨床工学,薬学,栄養学,さらに透析患者を支える社会資源の活用方法などの知識が必要です.看護の技術としてのフィジカルアセスメントや状況判断能力など臨床判断能力と実践能力を習得すること,さらに家族や他職種と連携するためのコーディネート技術も求められます.
 透析療法は末期腎不全(ESKD)患者の延命維持のための代替療法であり,腎臓移植をしない限り,生涯にわたり治療を続けなければなりません.(1)透析導入とともに生活は変化し,失うものも多いと思います.このような状況にある患者への看護の目標は,透析導入時期をできるかぎり遅延すること,(2)透析導入後の新たな生活を自分の価値観に合ったスタイルに少しでも近づけられること,(3)長い透析生活が安定し,合併症や経済的な不安のない生活が送れることです.透析看護は,患者の身体的側面,精神的側面,社会的側面の3つを同時にケアしなければなりません.
 本書は,慢性腎臓病と診断されてから末期腎不全に至るまでの看護,透析導入直前の代替療法受容と透析方法選択時の援助,腎臓移植時の看護,透析療法の知識と技術,透析生活において重要な自己管理支援や家族支援,社会保障について論じています.これらを書いた透析認定看護師は,長い間腎不全看護に取り組み認定看護師という道を開いてくださった先輩方の看護を土台に,透析看護の専門性を追求し続けています.専門的知識を用いた臨床判断に基づく個別的ケアおよび自己決定の支援,安全かつ安楽な透析療法の実施,生活調整・時間調整などの患者ケアをコーディネートし,日常生活の活動性と生活の質の維持・向上を図っています.保存期腎不全・血液透析・腹膜透析患者と関わり,患者の言動,介入後の状態をみて,看護の評価を繰り返しています.そして私たちは,患者とともに迷い,教えられ培ってきたスキルを持っています.こうした「経験知」を腎不全看護に携わる看護師の皆様に伝えたいと,この一冊にまとめました.日々の腎不全患者への看護で疑問や不安を感じた時,また自分の看護実践を振り返ってみる時の参考にしていただければ幸いです.
 本書を読んで,一人でも多くの看護師がよい看護を実践し,透析医療を受ける患者が幸福で安寧な生活を送れるようになること,一人でも多くの方が透析を導入しなくても生活していけるようになることを願っています.
 2010年11月
 編者 松岡由美子/梅村美代志
I 透析看護師の役割(松岡由美子)
 1)患者自身が疾患を理解し,透析療法を受け入れるために
 2)健康回復・維持,合併症の予防のために
 3)合理的・効率的な質のよい透析療法を行うために
 4)まとめ
II 慢性腎臓病とは(山口伸子)
 1)腎臓の働き
  腎臓の構造 腎臓の役割 腎臓の内分泌作用
 2)慢性腎臓病とは
 3)病期分類
 4)原疾患
  糖尿病性腎症 慢性糸球体腎炎 腎硬化症 多発性嚢胞腎
 5)保存期腎不全の治療
  生活習慣の改善 食事療法─水分,塩分,タンパク質,エネルギー,カリウム,リンについて 高血圧の治療 尿タンパク,尿中微量アルブミンの減少 脂質異常症の治療17 糖尿病(耐糖能異常)の治療 貧血の治療 尿毒症毒素の治療
 6)保存期腎不全患者への看護
III 透析療法選択への援助(石川弘子)
 1)透析療法選択とは
 2)腎代替療法
 3)血液透析の基礎知識
  血液透析とは 血液透析を始めるための準備
 4)腹膜透析の基礎知識
  腹膜透析とは 腹膜透析を始めるための準備
 5)療法選択が必要となった時の患者の特徴
  身体面 精神面
 6)透析療法選択時の看護目標
 7)看護の方向性
  情報提供 情報収集 継続支援
 8)説明時のポイント
  透析生活によいイメージが持てるように説明をする 患者の語りを引き出す 生活スタイルを把握する 家族支援
IV 透析患者への看護
 1 導入期の看護(谷口裕子)
  概念 特徴 問題点 看護の方向性
 2 維持期の看護(谷口裕子)
  概念 特徴 問題点 看護の方向性
 3 糖尿病透析患者の看護(谷口裕子)
  概念 特徴 問題点 看護の方向性
 4 高齢透析患者の看護(石川弘子)
  概念 特徴 問題点 看護の方向性
 5 小児透析患者の看護(石川弘子)
  概念 特徴 問題点 看護の方向性
 6 体重増加の多い患者の看護(石川弘子)
  概念 特徴 問題点 看護の方向性
 7 カリウムの高い患者の看護(高嶋節子)
  概念 特徴 問題点 看護の方向性
 8 リンの高い患者の看護(高嶋節子)
  概念 特徴 問題点 看護の方向性
 9 透析を受容できない患者の看護(高嶋節子)
  概念 特徴 問題点 看護の方向性
 10 透析患者の手術時の看護(谷口裕子)
  概念 特徴 問題点 看護の方向性
V 家族支援(大星知佳)
 1)家族形態の変化
 2)家族関係のアセスメント
 3)家族支援の実際
  家族の情緒的支援 家族関係の調整 家族間でのコミュニケーションの調整 家族内の役割分担の促進 疾患と透析療法の理解 社会資源の活用
VI 自己管理支援(小宮恵子)
 1)自己管理に必要な患者の要件
 2)自己管理支援のためのアセスメントの視点
  身体的状況をとらえる 患者のこれまでの経過・既往症・生活歴から個別性を描く 問題を導き出す
 3)自己管理の指導
  体重管理 食事管理 服薬管理 シャント管理
VII 血液透析の実際
 1 血液透析の概要(松岡由美子)
  血液透析とは 血液透析の原理 血液透析の種類
 2 透析開始前の看護と観察(松岡由美子)
  透析者入室前の注意 患者の状態把握のポイント 抗凝固薬の確認 ドライウエイト 除水量の設定 バスキュラーアクセスの確認 穿刺方法
 3 透析中の看護と観察(松岡由美子)
  透析中の観察事項 透析条件・設定の確認 透析中の合併症 透析終了操作 止血方法
 4 透析後の看護と観察(松岡由美子)
 5 透析中のトラブルと事故・医療過誤(二之湯勝則)
  血流不良 透析中の事故・医療過誤
 6 災害時の対応(中村雅美)
  災害時の透析患者と看護 災害場面での行動 平常時からの準備 情報システム 透析スタッフの災害対策への姿勢
 7 透析中の一時離脱方法(松岡由美子)
  離脱時のポイント 離脱手順
VIII 腹膜透析の実際(藤田文子)
 1 腹膜透析の概要
  腹膜透析とは 腹膜透析の原理 腹膜透析の種類 腹膜透析と血液透析の相違 腹膜透析の利点と欠点 腹膜透析の適応
 2 腹膜透析システム
  カテーテルの基本的な構造 接続方法の特徴と種類 自動腹膜灌流装置 腹膜透析システムの選択 透析液の配送と廃棄方法
 3 バッグ交換
  環境整備と手洗い バッグ交換の手順 導入時の患者教育 維持期におけるバッグ交換手技の再教育
 4 腹膜透析カテーテルと出口部ケア
  出口部ケアと方法 出口部ケアのポイント シャワー浴・入浴方法
 5 腹膜透析に伴う合併症とトラブル時の看護
  出口部・トンネル感染 細菌性腹膜炎 腹膜機能低下 被嚢性腹膜硬化症
 6 適正透析
  適正透析所見 外来での管理・指導
 7 食事管理
  総摂取エネルギー量 良質なタンパク質の摂取 食塩摂取量
IX 腎移植の看護(山田敦美)
  腎移植の現状 生体腎移植
 1)インフォームドコンセントにかかわる支援
  インフォームドコンセントにおける看護師の役割 インフォームドコンセントの内容
 2)心理・社会的側面への支援
  レシピエントの心理状態 ドナーの心理状態 チーム医療 ピア・グループ
 3)腎移植手術までの看護
  レシピエントの適応・基準 透析患者で注意を要する状態 身体状態の観察と看護 至適透析の実施
 4)術前・術後の自己管理行動への支援
  自己管理教育とその必要性 自己管理能力の把握 手術後の自己管理項目
 5)特殊血液浄化法
  血漿交換 二重膜濾過法
 6)医療費について
  健康保険 特定疾病療養費制度 更生医療
X 透析患者の合併症
 1)血液系合併症-腎性貧血(高嶋節子)
   概念 病態 検査データ 症状 原因 対策
 2)心・血管系合併症(高嶋節子)
  A.うっ血性心不全・肺水腫
   概念 病態 検査データ 症状 原因 対策
  B.脳・心血管障害
   概念 病態 検査データ 症状 原因 対策
 3)骨・ミネラル代謝異常(CKD-MBD)(島崎玲子)
  A.二次性副甲状腺亢進症
   概念 病態 検査データ 症状 原因 対策
  B.異所性石灰化
   概念 病態 検査データ 症状 原因 対策
 4)透析アミロイドーシス(島崎玲子)
  A.手根管症候群(CTS)
   概念 病態 検査データ 症状 原因 対策
  B.破壊性脊椎関節症(DSA)
   概念 病態 検査データ 症状 原因 対策
 5)消化器合併症(伊東久美子)
  A.便秘
   概念 病態 検査データ 症状 原因 対策
  B.消化管出血
   概念 病態 検査データ 症状 原因 対策
XI 検査データの見方(永井美裕貴)
 1)血液透析効率を判断するために必要なデータ
  標準化透析量 尿素除去率 標準タンパク異化率 血中尿素窒素 クレアチニン
 2)適正体重を判断するために必要なデータ
  心胸比 総タンパク,アルブミン,ヘマトクリット ヒト心房性ナトリウム利尿ペプチド 下大静脈径 超音波検査
 3)貧血を評価するために必要なデータ
 4)栄養状態を評価するために必要なデータ
  アルブミン 総タンパク クレアチニン,BUN,nPCR,貧血データ
 5)電解質
  ナトリウム クロール カリウム
 6)骨代謝
  カルシウム リン インタクト副甲状腺ホルモン
 7)その他の検査
XII 感染症対策(スタンダードプリコーション)(島崎玲子)
 1)標準予防対策法(スタンダードプリコーション)
  スタッフ側における対策 患者側での対策
 2)感染症の特徴に合わせた予防対策
  メチシリン耐性黄色ブドウ球菌(MRSA)感染症 B型・C型肝炎ウイルス,HIV 結核症 インフルエンザ カテーテル関連感染症
 3)おわりに
XIII 透析患者と社会保障(戸田さやか)
 1)医療費にかかわる保障
  特定疾病療養受療証 医療費助成制度
 2)社会生活にかかわる保障
  身体障害者手帳 介護保険
 3)事例:社会保障制度の活用で退院し,外来通院透析の継続が可能となった透析患者
 4)経済問題にかかわる支援
  傷病手当金 障害年金
 5)おわりに

 資料 認定制度(伊東久美子)
 索引