やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

はじめに
 私は,毎週末になると講演で全国を回っていますが,この活動のきっかけになったものは,保健師さん対象の糖尿病研修会でした.今から10年以上前,当時は愛媛大学医学部に勤務していましたが,大学が位置する東温市において,地域住民を対象にした前向き研究「東温スタディ」に関わっていたのです.
 多数の市民を相手に検診を行うためには,地元の保健師さんの助けが必要になりますので,自然と交流が始まり,私が専門とする糖尿病の講義を行うようになりました.この講義が好評で,ありがたいことに愛媛県下のさまざまな市町村の保健師さんからもお呼びがかかるようになり,保健師さん対象の研修セミナーや住民対象の健康講座などを数多く担当することとなりました.
 愛媛県のどこに行っても,保健師さん達は真面目でひたむきでした.住民の健康のために貢献したいという真心が,ひしひしと伝わってきたことを今でもよく覚えています.
 この温かな交流を通して,私は「保健師にできて医師にはできないことがある」という事実に,改めて気づかされました.それが『予防』です.残念ながら,医師は糖尿病の治療しかできません.日本の疾病保険は,治療や検査,疾病管理を行わなければ,医業収益が上がらない仕組みになっているからです.
 それを証明するかのように,山ほど発刊されている糖尿病の書籍は,診断や治療に関しては饒舌に語るものの,「糖尿病発症の予防」にはほとんど触れることがありません.研修会を重ねる中で,保健師さん達が本当に必要としている情報は,「人々を糖尿病の発症から守る智慧」にあることに気づいたのです.しかし,地方の一研究者にすぎない私に,糖尿病と予防の保健指導に関わる書籍を執筆する機会などあるわけもなく,10年以上の月日が立ちます.
 転機は2017年に訪れました.私は2009年から愛媛県歯科医師会と協力して医科歯科連携事業に取り組んでおり,2012年に開業してからは,歯科関係者を対象にした講演会を全国で積極的に行うようになりました.この講演活動をきっかけとして,医歯薬出版株式会社からお声が掛かり,2017年に第一作となる『内科医から伝えたい 歯科医院に知ってほしい糖尿病のこと』を上梓させて頂くことになったのです.お陰様でこの作品は評判を呼び,さらに『糖尿病療養指導士に知ってほしい歯科のこと』の発刊へつながりました.そして今回,遂に当初の念願であった,保健指導を主題に置いた書籍を世に出す機会に恵まれたのです.
 本書には,保健指導にあたり必要になる糖尿病や糖代謝異常の知識を,誰でもわかる言葉で,目に浮かぶように記しました.糖尿病を改善し,糖尿病を予防するためには,口腔が健康であることが必須条件となりますので,歯科領域についても,私達医療従事者が知っておかねばならない重要な知識が網羅され ています.
 そして,第V編で明らかになりますが,令和の時代における保健指導は「炎症制御」が鍵になります.なぜ保健師が口腔にも注意を払わなければならないのか?なぜ特定保健指導の基準はここまで厳しいのか?数々の臨床研究を紐解きながら,その理由を明らかにします.
 第VII編では,私のもうひとつの専門である「医療面接」についてご紹介します.医学部勤務時代,私は医療面接の教育責任者を担当していたのですが,ここで学んだ医療面接という学問が,開業後は大いに役立っているのです.外来は,患者さんが通院してくださって初めて成り立ちます.中断されてしまえば,もはや関わることができないからです.これは,保健指導においても同じことでしょう.どうすれば,相手に信頼され,楽しみにしながら指導を受けてもらえるのか.その勘所を紹介しています.
 本書に記した,目に浮かぶような知識と医療面接が,全国で活躍する保健師の皆さまの一助となり,ひいては日本国民が健康な道のりを歩むきっかけになれば,著者としてこれ以上の喜びはありません.
 最後に,第五作目となる本書を保健指導の現場に送り出して下さった,医歯薬出版株式会社第一出版部,第二出版部,営業部の皆さまに深謝します.そして,私が外来診療,講演,執筆に集中できるよう,日々体と心を支え続けてくれている妻と娘に本書を捧げます.
 令和元年10月吉日
 にしだわたる糖尿病内科 院長 西田 亙
第I編 目に浮かぶような物語を
  1 「伝える」と「伝わる」の違い
  2 「人の心がわかる心」を教養という
  3 知識と智慧の違い
  4 「本物の知識」は相手を幸せにする
  5 本物の知識がなければ「相手の気持ち」はわからない
  6 「口腔の知識」がなければ軟食の理由はわからない
  7 厳しい指導の裏側で去って行く人々
  8 心に貯金をして帰す
  9 人の心を動かすものは物語
  10 学問の力を借りて物語に意外性を吹き込む
  11 前向きな言葉で寄り添いという余韻を残す
第II編 目に浮かぶ糖尿病の基礎知識
 第1章 糖尿病の歴史とインスリン
  1 糖尿病は数千年もの歴史をもった病気
  2 「糖尿病(Diabetes Mellitus)」命名までの道のり
  3 なぜ尿糖は糖尿病の診断に使われないのか?
  4 インスリンの発見
  5 血糖値を下げる唯一のホルモン〜インスリン〜
  6 24時間社会で疲弊していく膵臓のβ細胞
  7 糖尿病は社会病
 第2章 血糖値とカロリーを理解する
  1 水のように薄い血糖値を実感する
  2 角砂糖1個に秘められた熱エネルギー
  3 “水を飲んでも太る”理由
  4 殺人的高カロリーを含有する清涼飲料水
  5 食後の経過時間に応じた血糖の正常値
  6 真の健常者は血糖一直線!
 第3章 糖尿病の診断と分類
  1 まずは糖尿病型の判定から
  2 慢性の高血糖を証明せよ!
  3 糖尿病の成因分類
  4 糖尿病の病態分類
 第4章 糖尿病は血管病
  1 人は血管とともに老いる
  2 糖尿病特有の三大合併症(細小血管障害)
  3 命にかかわる大血管障害
  4 第6の糖尿病合併症“歯周病”
  5 最も怖い合併症は神経障害
 第5章 高血糖症状のポイント
  1 糖尿病に特徴的な高血糖症状
  2 血糖値300mg/dL以上を疑わせるサイン
 第6章 低血糖症状のポイント
  1 なぜ血糖コントロール目標は改定されたのか?
  2 “The Lower,The Better”の見直し
  3 HbA1c 7.5%前後が最も安全
  4 インスリンとSU薬による低血糖症はどちらが怖いのか?
  5 具体的な低血糖症状
  6 無自覚性低血糖の怖さ
  7 シックデー
  8 低血糖への対処方法
第III編 炎症でつながる歯周病と糖尿病
 第1章 症例から学ぶ歯周病と糖尿病の深いかかわり
  1 歯周病と糖尿病は炎症を通してつながる
  2 歯周基本治療により味覚が回復し偏食も改善された
  3 歯科の常識と智慧を医科の栄養指導へと還元する
  4 健康な味覚と咀嚼は健康な口腔に宿る
  5 医科歯科と患者の間に共通言語を
 第2章 歯周病と糖尿病は慢性微小炎症がつなぐ
  1 歯周治療は糖尿病を改善するのか?
  2 歯周治療は炎症の消退を通して糖尿病を改善する
 第3章 「歯周炎分類2018」が語る新しき歯科医療の姿
  1 19年ぶりに改定された歯周炎分類
  2 なぜ歯周炎分類が“全身”に言及するようになったのか?
  3 口腔の向こうに全身を見据える時代
第IV編 歯の喪失が寝たきりと早死をもたらす
  1 8020達成者率は本当に5割を超えたのか?
  2 8020データバンク調査が明らかにした日本人の口腔の真実
  3 咬合支持域と咀嚼能力
  4 なぜ日本人は歯を失い続けるのか?
  5 日本の歯科医師が明らかにした口腔と全身のかかわり
  6 8020達成者の素晴らしき歯並び
第V編 慢性微小炎症の恐ろしさ
  1 ぎんさんの若々しい血管が私たちに教えてくれること
  2 百寿者研究が明らかにした健康長寿の決め手は“炎症”
  3 久山町研究が明らかにした微小炎症の恐ろしさ
  4 ドイツの出生コホート研究が明らかにした歯肉炎の恐ろしさ
  5 百寿者研究,久山町研究,出生コホート研究は語る
第VI編 特定健診が意味するもの
 第1章 糖尿病の未病段階:前糖尿病
  1 糖尿病診断の限界
  2 未病という捉え方
  3 糖尿病診断のための“閾値”はどこから生まれたのか?
  4 糖尿病の未病段階は“前糖尿病“
  5 久山町研究が明らかにした日本人の前糖尿病状態
  6 日本糖尿病学会が定める境界型の問題
  7 HbA1c 5.5%から脳心血管疾患は増え始める
 第2章 早期糖代謝異常:妊娠糖尿病
  1 HAPOスタディが明らかにした早期糖代謝異常の恐ろしさ
  2 妊娠糖尿病の診断基準
  3 日本における妊娠糖尿病の実態
  4 歯周病が妊娠糖尿病を誘発する?
  5 糖代謝異常がわかれば特定健診の意義がみえてくる
第VII編 医療面接で保健指導は生まれ変わる
  1 医療面接とは?
  2 面接からインタビューへ
  3 医療はサイエンスとサービス
  4 医学生が最も苦手としたのは共感する力
  5 感謝が共感力を育む
  6 共感を生み出すために必要な妥当化
  7 共感を導く魔法の言葉
  8 「晩ご飯は何時に食べられますか?」
  9 遅い食事時間を応用した妥当化
  10 「どなたとお住まいですか?」
  11 心からの拍手と賞賛を
  12 ある歯科衛生士さんとの出会い
  13 幸せから倖せへ