やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

はじめに
 日本の母子保健政策である『健やか親子21(第2次計画)』では,「すべての子どもが健やかに育つ社会」をめざして,「切れ目ない妊産婦・乳幼児への保健対策」が基盤課題のひとつとして掲げられています.この切れ目ない支援は,フィンランドのネウボラがモデルとなったといわれています.フィンランドの母子保健システムは,世界的にも高い評価を受けており,優れたシステムを有しています.フィンランドの母子保健の中核を担うネウボラの保健師は家族と早期から信頼関係を築き,家族の抱える繊細な問題でさえ早期に発見し,早期支援につなげています.このような優れた母子保健システムにより,フィンランドでは深刻な児童虐待の発生はきわめて少なくなっています.
 一方,わが国では,母子保健法の改正により,2017(平成29)年4月から子育て世代包括支援センターを市町村に設置することが努力義務とされました.同センターは,「妊娠期から子育て期にわたるまで,地域の特性に応じ,必要な情報を共有して,切れ目なく支援する」,「妊産婦,子育て家庭の個別ニーズを把握したうえで,情報提供,相談支援を行い,必要なサービスを円滑に利用できるようきめ細かく支援する」,「地域のさまざまな関係機関とのネットワークを構築し,必要に応じ社会資源の開発等を行う」ことが必要であり,全妊婦にアクセスする過程を通じて,家族の養育力を高めるための取り組みなどが期待されています.現在,各自治体において,子育て世代包括支援センターを構築するにあたり,日本版ネウボラを標榜される自治体も多数見受けられるようになりました.しかし,フィンランドのネウボラのシステムは同じ担当保健師の継続支援がシステムの中核であり,日本版ネウボラはフィンランドのネウボラのシステムと異なっているところも多々あります.また,フィンランドのネウボラのシステムを誤って理解されていることも見受けられます.
 本書は,フィンランド国立健康福祉研究所で策定されているネウボラのガイドラインをもとに,フィンランドの保健師(助産師)がどのように子どもをもつ家族を支援しているか,なぜ児童虐待予防に大きな効果を発揮しているかなどの方策を具体的に紹介したものです.なお,本ガイドラインの使用にあたっては,フィンランド国立健康福祉研究所の許諾を得ています.
 本書が,各自治体において子育て世帯包括支援センターを構築されるときの参考にしていただければ幸いです.
 最後に,今回の企画の実現にご尽力いただきました医歯薬出版第一出版部の編集担当者の方々に厚く御礼申し上げます.わかりやすい書籍にするために,さまざまな工夫をご教示いただきました.また,出版にあたりご助言をいただきました石川素子氏,Minna Evasoja氏,Hannele Virenius氏,玉上麻美教授に心から感謝申し上げます.
 2018年10月
 横山美江
I章 フィンランドの基本情報と健康政策
 (堀内都喜子・横山美江)
 (1)フィンランドの基本情報
  1)フィンランドの概観
  2)独立からの歩み
  3)子育てを支える制度のいま
  4)多様化する家族の形
  5)医療・福祉制度とフィンランドのこれから
 (2)フィンランドにおける母子保健の関係法規と組織体制
  1)健康政策と関係法規
  2)フィンランドの母子保健における組織体制
  3)ネウボラにおける支援と普遍性の原則
  4)フィンランドの保健師・助産師教育
II章 フィンランドとこれまでの日本の母子保健制度の比較(エビデンスからみるフィンランドの保健活動の有効性)
 (横山美江)
 (1)フィンランドと日本の保健師活動の比較
 (2)フィンランドと日本の母子保健制度の比較
 (3)フィンランドのネウボラにおける保健師活動の有効性
  1)同じ担当保健師による継続支援の効果
  2)フィンランドと日本の母親の健康状態の比較からみたネウボラの保健師活動の有効性
III章 フィンランドの妊産婦ネウボラ・子どもネウボラの活動
 (Hakulinen Tuovi・横山美江)
  (1)妊産婦ネウボラ・子どもネウボラの活動を導く原則
  (2)妊産婦ネウボラと子どもネウボラの目的
   1)妊産婦ネウボラにおける活動
   2)子どもネウボラにおける担当保健師の活動
  (3)ネウボラに必須のシステム
   1)担当保健師制(担当医制)と家族全体の支援
   2)妊産婦ネウボラと子どもネウボラのタイプ
  (4)面談で行われる健康に関する助言
   1)家族のニーズに基づいた健康に関する助言
   2)健康に関する助言の領域
   3)健康に関する助言の実践
  (5)ネウボラにおける親であることへの支援の方法
   1)早期からの母子(父子)関係の構築
   2)親であることの能力を高める要因と減退させる要因
   3)多様な家族形態への支援
   4)妊産婦ネウボラと子どもネウボラの対象者としての男性
 III-1 妊産婦ネウボラ
  (1)妊産婦ネウボラでの健康診査
   1)妊娠計画時のネウボラへの相談(連絡)とサポート
   2)妊娠期における妊産婦ネウボラへの最初の連絡
   3)定期健康診査のスケジュールと内容
   4)出産後の避妊と助言
  (2)両親学級(母性・父性を育むための教室)
   1)両親学級の運営
   2)母性と父性を育むための支援
   3)よりよい夫婦関係と親であることの支援
   4)両親の健康的な生活習慣とその他健康相談
    コラム:フィンランドの分娩事情
 III-2 子どもネウボラ
  (1)定期健康診査におけるスクリーニングと健康支援
  (2)定期健康診査のスケジュール
  (3)子どもネウボラにおける定期健康診査の内容
  (4)予防接種プログラム
  (5)支援ニーズの早期把握と追加支援
  (6)両親グループ
   1)子どもネウボラで支援する両親グループの活動
   2)両親グループの活動への支援方法
   3)グループ活動を基盤にした両親への教育的介入の効果
 III-3 家族全体を支援する総合健康診査
  (1)総合健康診査とは何か?
   1)総合健康診査とは
   2)総合健康診査の意義と目標
  (2)総合健康診査の共通指針
   1)家族のニーズに基づいた支援
  (3)総合健康診査の実践
   1)ポピュレーションアプローチとしての活動
   2)総合健康診査の通知と予約制
   3)総合健康診査における支援(時期別の総合健康診査の実際)
  (4)総合健康診査における面談時の評価と支援
   1)面談時の家族全体の評価の視点
   2)総合健康診査における家族全体の評価は異なる関係者の視点から
 III-4 家庭訪問
  (1)家庭訪問の目的
  (2)家庭訪問の対象者と時期
  (3)家庭訪問の効果
  (4)家庭訪問時の留意点
 III-5 産後うつ
  (1)産後に現れるうつの症状
  (2)産後うつの原因
  (3)妊娠期うつと産後うつの影響
  (4)産後うつの早期発見
  (5)産後うつの予防と治療
IV章 ハイリスクアプローチと多職種協働
 (横山美江・Hakulinen Tuovi)
 (1)フィンランドにおけるハイリスクアプローチ
 (2)母子とその家族からみたネウボラにおける多職種協働
 (3)妊産婦ネウボラ・子どもネウボラからみた多職種協働
  1)妊産婦ネウボラ・子どもネウボラの協働
  2)歯科衛生
  3)児童虐待予防のための家族支援
  4)父親役割の支援
  5)そのほかの医療スタッフ
  6)児童虐待対応としての児童保護
  7)アルコール問題に対する対応
  8)家族ネウボラ
  9)母子生活支援施設とシェルター
  10)警察
V章 フィンランドのネウボラのエッセンスと日本において取り入れるべき方策
 (横山美江)
 (1)担当保健師による継続支援の強化
  1)母子健康手帳交付(妊婦面接)時の対応と担当保健師の継続支援のための方策
  2)母子健康手帳の有効活用
 (2)父親を含めた家族全体の支援強化
  コラム:子育て世代包括支援センターの法的根拠
VI章 フィンランドのネウボラのエッセンスを取り入れた担当保健師の継続支援に向けたシステムの構築
 (横山美江)
 (1)大阪市港区の概況
 (2)取り組みの背景
  1)若年妊産婦への支援
  2)フィンランドのネウボラのエッセンスを取り入れた母子保健システムの再構築に向けて
 (3)取り組みの内容
  1)ポピュレーションアプローチとハイリスクアプローチ
  2)父親を含めた家族支援
   おわりに
VII章 子育て世代包括支援センターと産前・産後ケア
 (福島富士子)
 (1)まち・ひと・しごと創生総合戦略
 (2)子育て世代包括支援センター
 (3)日本初の産後ケアセンター
 (4)地域づくりと「ソーシャルキャピタル」
 (5)母親と赤ちゃんのソーシャルキャピタルとしての産後ケア
 まとめ

 索引