やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

はじめに
 1994年から「母性看護学1 妊娠・分娩」(東野妙子,村本淳子,石原昌編),「母性看護学2 産褥・新生児」(今津ひとみ,加藤尚美,嶋崎千壽,深川ゆかり編),「母性看護学概論」(村本淳子,森明子編)の発行が始まりました.その後,それぞれ第2版が発行され,初版発行から20年以上にわたり母性看護を学ぶ多くの学生に読まれています.このたび,これら「母性看護学シリーズ」の優れた特徴を模範として,新しい書籍を編集,発行するに至りました.
 今日,日本をはじめとした先進国では,人口構造の変化に伴い,超高齢社会に対応した社会経済構造を構築することが必須となっています.また,地球規模で自然環境が急速に悪化し,「未曾有」の大災害という言葉が用いられるような異常な事態が頻繁に引き起こされています.
 このような21世紀を生き抜くためには,「変化」に対応できる「基礎体力」が必要であり,とくに保健医療分野の人材を育成するにはこの視点が重要であると考えます.そのためには,今の知識を暗記する学習法は意味をなさず,知識を使える「知恵と技術」を習得することが求められます.また,市民も医療専門職と同じ速度で医療情報にアクセスできるこの時代においては,「質の高い知識と技術を選別する」能力が専門職に求められています.そして,日本では少子化に対するさまざまな取り組みが実施されているにもかかわらず,少子化が進行し,人口減少の時代を迎えます.本当にそれでよいのか,人間らしい出産のあり方を市民とともに考え,未来に向けた方向性を共有する必要があります.
 本書は,「概論」と「周産期各論」の2巻から構成しました.いずれも,時代の変化に対応でき,市民とともに考えられる看護職のための書籍となるよう編集しました.一般の人が読んでもわかりやすい,けれども各章をその分野の専門家が担当し,最新のエビデンスに基づいた医療がまとめられています.
 「概論」では,今日の周産期ケアがどのような考え方に基づいて形成されたのかを,基盤となる理論を通して理解していただきたいと思います.今のケアを鵜呑みにするのではなく,その歴史と背景から理解することによってこそ,次の時代のケアをつくることにつながると考えています.
 さらに,いわゆるマジョリティではない人々や想定外の状況へのケアを紹介しています.マイノリティへのまなざしは,マジョリティへの本質的なケアに通じることを理解していただきたいと思います.すなわち,「正常」「異常」という区別ではない,多様性(ダイバーシティ)を理解できる専門職がいままさに求められています.
 最後になりましたが,冒頭に記した長い歴史を持つ「母性看護学シリーズ」の編者と執筆者に最大限の敬意を表しますとともに,執筆をお引き受けいただきました諸先生方,監修の労をおとりいただきました先生方,そして,きめ細やかなご配慮と静かな情熱をもってご支援いただきました医歯薬出版編集部に深謝いたします.
 2015年9月 有森直子
第1章 母性看護(周産期看護)のプリンシプル
 第1節 母性看護と周産期看護
  (1)母性と周産期の定義と看護(有森直子・片岡弥恵子)
   1)母性の定義
   2)周産期の定義
  (2)周産期看護の役割(片岡弥恵子)
  (3)周産期看護の基盤となる考え方(片岡弥恵子)
   1)女性を中心にしたケア
    尊重/安全/ホーリスティック/パートナーシップ
   2)家族を中心にしたケア
    家族とは/家族を中心にしたケア
 第2節 周産期看護への看護理論の適用(片岡弥恵子)
  (1)オレムのセルフケア理論
   1)セルフケア理論
    普遍的セルフケア要件/発達的セルフケア要件/健康逸脱に関するセルフケア要件
   2)セルフケア不足理論
   3)看護について
    全代償的看護システム/一部代償的看護システム/支持,教育的看護システム
   4)事例でオレムのセルフケア理論をイメージしてみよう!
    事例の紹介/セルフケア要件のアセスメント/看護問題/看護計画
  (2)ロイの適応モデル
    適応モデル
  (3)レイニンガーの文化ケアの多様性と普遍性理論
   1)文化ケアの多様性と普遍性理論
    人間理解における文化の重要性/サンライズ・モデル
   2)事例でレイニンガーのサンライズ・モデルをイメージしてみよう!
    事例の紹介/看護過程の展開
 第3節 周産期看護における理論と実践(片岡弥恵子)
  (1)根拠に基づく看護
   1)EBNとは
   2)5つのステップにそったEBNの実現
    ステップ1―エビデンスの必要性に気づく
    ステップ2―エビデンスを探す,見つける
    ステップ3―エビデンスを批判的に吟味する
    ステップ4―臨床でエビデンスを用いて実践する
    ステップ5―実践したものを評価する
  (2)補完統合医療
   1)補完統合医療とは
   2)産褥期女性のリラクゼーションを目的とした背部マッサージ
    エビデンス/背部マッサージの方法
   3)分娩後の外陰部痛の緩和を目的としたクーリング
    エビデンス/会陰損傷部のクーリングの方法
 第4節 周産期看護で役立つ理論と概念(片岡弥恵子)
  (1)愛着に関する理論・概念
   1)フロイトの愛着に関する考え
   2)母性剥奪と愛着の概念
   3)母子のきずなの概念
  (2)人はどのように親になっていくのか
   1)ルービンがとらえた母親役割の獲得
    模倣/空想/脱分化
   2)マーサーがとらえた母親役割の達成
    予備的な段階/公式な役割の獲得/非公式な役割の獲得
    個人的な役割/アイデンティティの獲得
   3)母性意識の形成・発展と母親役割取得過程
  (3)危機・喪失に関する概念
   1)危機に関する概念
    危機とは/危機の問題解決モデル
   2)悲嘆に関する概念
    悲嘆とは/悲嘆に関する心理的段階/悲嘆のプロセス
  (4)性と生殖の健康に関する概念
   1)セクシュアリティ
   2)セックスとジェンダー
   3)ジェンダーアイデンティティ
   4)性的指向
   5)リプロダクティブヘルス/ライツ
  (5)健康を促進する支援に関する理論
 第5節 法律と制度
  (1)母子保健に関する法律(片岡弥恵子)
   1)母子保健法
   2)児童福祉法
   3)戸籍法
   4)死産の届け出に関する規程
   5)母体保護法
  (2)働く女性の健康・子育て支援に関する法律(片岡弥恵子)
   1)労働基準法
   2)雇用の分野における男女の均等な機会及び待遇の確保等に関する法律
   3)次世代育成支援対策推進法
  (3)母子保健行政(片岡弥恵子)
  (4) 21世紀の母子保健計画「健やか親子21」(片岡弥恵子)
  (5)周産期医療における連携(有森直子)
   1)医療連携が必要となる背景
   2)周産期医療連携の実際
    施設間の連携/施設内のチーム医療/地域でのチーム医療
 第6節 母子保健統計(片岡弥恵子)
  (1)人口動態
   1)人口の増減
   2)出生
   3)結婚と離婚
   4)世帯
  (2)母子保健の現状
   1)周産期死亡
   2)乳児死亡
   3)妊産婦死亡
   4)死産と人工妊娠中絶
 第7節 母性看護実践と倫理(辻 恵子)
  (1)生命倫理と看護
  (2)生命医学倫理の4 つの原則
   1)自律の尊重
    定義/医療専門職の責務/倫理的な課題を検討する際の視点
   2)無危害
    定義/医療専門職の責務
   3)善行
    定義/医療専門職の責務
   4)公正もしくは正義
    定義
  (3)人間関係・相互作用・プロセスを重視する概念の必要性―ケアの倫理
   1)ケアの倫理の概要
    研究対象と方法/象徴的な言葉/ケアの倫理の段階的変化
   2)文脈と関係性への視座
  (4)看護実践における倫理的課題の整理―倫理的意思決定
  (5)母性看護実践において遭遇する倫理的課題
   1)生殖医療
   2)出生前診断
   3)人工妊娠中絶
   4)周産期医療の進歩に伴い生じてきた課題
 第8節 女性の選択と決定支援(辻 恵子)
  (1)妊娠・出産に関連した女性の選択
  (2)困難な決定とは何か
  (3)ヘルスケア領域における意思決定支援の方法
  (4)母性看護領域における意思決定支援の実際
第2章 女性と健康課題
 第1節 周産期に関連するセクシュアリティ(森 明子)
  (1)妊娠の成立と性交
   1)妊娠の成立
   2)性交のタイミングと妊娠
   3)妊娠をめぐる背景と性交に対する心理
  (2)妊娠中の性交
   1)妊娠による心身の変化と性機能への影響
   2)妊娠中の性交と妊娠予後
  (3)産後の性交
   1)産後の心身の変化と性機能への影響
   2)夫婦のセックスレスにおける産後の影響
   3)産後の避妊
 第2節 女性のライフステージと健康問題(森 明子)
  (1)思春期の女性
   1)思春期における心身の特徴
   2)思春期の性行動
   3)思春期の性と生活環境
    学業と性行動/性情報と入手手段/性に関する悩みや行動と仲間や親との関係
   4)性に関する思春期保健,健康教育の理論―海外の取組から
   5)思春期にみられる健康問題
  (2)成人期の女性
   1)成人期における心身の特徴
    性周期/性周期や生殖機能に影響する要因/成人期の発達課題
   2)成人期の生活とリプロダクティブヘルス
    性に対する関心と性行動/婚姻状況/就業状況
   3)家族計画と受胎調節
    夫婦の出生力と子どもを持つことへの意識/避妊実行率と避妊方法の選択
    家族計画と受胎調節の方法
   4)妊娠前ケア
   5)成人期にみられる健康問題
  (3)更年期の女性
   1)更年期における心身の特徴
   2)更年期の生活とヘルスケア
    疾病予防と健康の維持・増進/更年期女性の性の健康
   3)更年期にみられる健康問題
  (4)老年期の女性
   1)老年期における心身の特徴
   2)老年期の生活とヘルスケア
    疾病予防と健康の維持・増進/老年期女性の性の健康
   3)老年期にみられる健康問題
第3章 周産期にあるマイノリティへのケア
 第1節 ド メスティック・バイオレンス被害者と性暴力被害者への支援(片岡弥恵子)
  (1)ドメスティック・バイオレンスとは
  (2)医療におけるDV被害女性への支援
   1)医療者の基本的態度
   2)支援環境の整備
   3)全妊婦へのDVスクリーニング
   4)DVによる臨床症状の探索
   5)支援に対する意思の確認
   6)危険性の査定
   7)DV被害女性への支援
    警察または配偶者暴力相談支援センターへの通報
    安全な滞在場所を見つけるようすすめる/セイフティ・プラン
   8)社会資源に関する情報提供とフォローアップ
  (2)性暴力とは
  (3)性暴力被害者への支援
 第2節 子ども虐待の予防と早期発見(片岡弥恵子)
  (1)児童虐待とは
  (2)虐待リスクアセスメント
  (3)虐待ハイリスク者(親)へのプログラム
 第3節 在日外国人の母子保健(五十嵐ゆかり)
  (1)統計にみる日本の国際化
   1)外国人出入国者数の推移
   2)日本に在住する外国人人口の推移
  (2)在日外国人の母子保健
   1)外国人女性の人口の推移と出産の動向
   2)在日外国人の母子保健医療福祉制度
  (3)多様な背景を持つ人々への看護
   1)異文化看護
   2)Transcultural Assessment Model
  (4)在日外国人の母子保健上の課題とその支援
   1)在日外国人の母子保健上の課題
   2)在日外国人の母子保健向上のための支援
    看護者の人材育成/連携を基盤とした支援システムの構築/外国人への情報提供
 第4節 災害時における女性と妊産婦・新生児への支援(五十嵐ゆかり)
  (1)災害時の時間経過
  (2)看護者として被災地に入るときの心構え
  (3)応急対応期とは
   1)初動期と応急対応期
   2)応急対応期の健康課題と支援活動
    専用スペースの確保/授乳支援/気分転換/生活環境の衛生維持へのアドバイス
  (4)復旧復興期とは
   1)復旧復興期と仮設住宅
   2)復旧復興期の健康課題と支援活動
    仮設住宅における生活の安定化/多職種による複合的な支援
第4章 周産期の想定外のストレス状況へのケア
 第1節 不妊治療後に妊娠・出産した女性と家族への看護(川元美里)
  (1)不妊治療後の妊娠・出産
   1)不妊治療後の妊娠・出産の問題点
    不妊とは/不妊治療後の妊娠・出産
   2)不妊治療後に妊娠した女性の心理
   3)不妊治療後の妊娠期・分娩期の看護
    妊娠の受容の援助/妊娠継続に関する不安を軽減する
    ハイリスク妊娠への対応/子どもを迎え入れるための準備
  (2)不妊治療後の育児
   1)育児期の問題点
   2)育児支援
 第2節 先天異常を持つ子どもを出産した女性と家族への看護(辻 恵子)
  (1)先天異常を持つ子どもを出産すること
   1)生まれた子どもに疾患や障がいがあることを知ること
   2)妊娠中に胎児の異常を知ること
  (2)子どもに何らかの異常があることをどのように伝えるか
  (3)先天異常を持つ子どもを出産した女性とパートナーへの支援
   1)わが子に障がいがあると知った親の反応
   2)父親へのサポートの必要性
   3)セルフヘルプ・グループ―障がいを持つ子の親の会におけるサポート
  (4)先天異常を持つ子どもに続く妊娠への支援
   1)障がいを持つ子どもに続く妊娠を考慮すること
   2)遺伝相談・遺伝カウンセリング部門の家族内の紹介と連携
   3)次子を妊娠中の女性の心の揺れを理解すること
 第3節 周産期に子どもを亡くした女性と家族への看護(蛭田明子)
  (1)周産期の喪失(ペリネイタル・ロス)とは
   1)統計にみる周産期の喪失
   2)周産期の喪失の原因
  (2)周産期の喪失悲嘆の特徴
   1)トラウマとなりうる体験
   2)社会の人のサポートを得られにくい喪失
    周囲の人からはその喪失がみえにくい/公に語りにくい
    亡くなった子どもの思い出が少ない
  (3)周産期の喪失が家族に及ぼす影響
   1)夫婦間への影響
   2)同胞への影響
  (4)両親へのケア
   1)ケアのスタンス
   2)両親のニーズに基づくケア
    両親と子どもの絆を結ぶ/情報提供
   3)ケアにおける態度
    望ましい態度/望ましくない態度

 巻末資料 母性看護・周産期看護に関連する法律
 索引