やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

はじめに
 近年は,子どもの置き去りを含む虐待や,いじめ被害による自殺などの報道が著しく増えてきているように思われます.また,虐待を含めて所在が不明な子どもも増えています.大人の勝手な都合によって,子どもたちが闇に葬られているのかと思うと,それが自分の心誤りであってほしいと願わずにはいられません.あたかも,虐待やいじめは日常的にどこにでも存在しているかのように見え,今や,子どもたちは人間らしい営みを送ることが難しくなってきているのではないでしょうか.その責任は,私たち大人と大人たちが構築している社会にあります.昨今の大人たちには,人間にとって目に見えないことこそが最も大切なことであるという認識が欠如しつつあるような気がしております.人間の尊厳,優しさ,思いやり,共感,がまん,かばい合い,支え合い,ゆずり合いなどの心のあり様が軽視され,死語と化して失われつつあるのではないかと危惧しております.このような心は,子ども時代に周囲の大人や社会を介して育まれ,社会全体がそれを支えて人間社会を健全に構築していかなければなりません.
 本書の内容にもありますが,子どもの虐待は急性期医療において発見されることが多く,同様にいじめを原因とする自殺で搬送されるのも急性期医療を提供している医療施設です.小児急性期医療に携わる医療従事者は,虐待やいじめによる被害者と接する機会が多いため,そのような子どもたちの心への配慮を含む総合的・複合的な対応が求められます.
 英語にHumanityという言葉がありますが,日本語では人類,人類社会,人間性,人道,人情,慈愛,慈悲,親切,慈善行為などと訳されます.小児急性期医療に携わる医療従事者は,このHumanityを有していなければ医療を展開することは不可能です.そのような心への配慮がある医療者として活躍している本書の執筆者らは,子どもたちの正義の味方であり,能力高きRising Starであると自負しております.そのような執筆者が集い,今後の小児急性期医療の発展を目指して本書の発行に漕ぎ着けることができました.
 本書は,生理学的予備力が脆弱な子どものいのちを守り,いのちの輝きを支えるために小児急性期医療における蘇生をはじめとした医療と看護の展開について網羅しております.そのため,急性期医療の最前線で活躍する医療従事者はもちろん,保健医療関係職を目指す学生,消防庁管轄の救急隊員,子どもの集団施設に携わる職員,一般市民を含めて多くの方々に手に取っていただき,子どものとっさの事故や感染などによる急な症状の出現の際に,その見極めと対応の手がかりを知る参考にしていただければ非常に幸いに存じます.子どもが子どもらしく輝き,豊かに健全に育まれる社会を目指して,本書をご覧いただけますことを願い,そして本書の執筆者,編集者に心より感謝しつつ,皆様方のご多幸とご発展を祈念申し上げます.
 2014年12月 編者 伊藤龍子
I 子ども急性期看護
 (伊藤龍子)
 1.子ども急性期看護の定義と目的
  1)子ども急性期看護の定義
  2)子ども急性期看護の目的
 2.子ども急性期看護における生命倫理
  1)小児医療における生命倫理
  2)成人医療と異なる小児医療の特徴
  3)小児急性期医療において起こりやすい倫理的問題
II 子どもの蘇生
 (齊藤 修)
 1.心停止の予防
 2.心停止の早期認識と通報
 3.小児一次救命処置(PBLS)
  1)ABCからCABへ
  2)年齢によるCPRの違い
  3)一般救助者と医療従事者の一次救命処置の違い
  4)小児一次救命処置の手順
   (1)反応を確認する (2)応援を要請する (3)気道を確保し,心停止を判断する (4)胸骨圧迫を開始する
   (5)人工呼吸を加える (6)胸骨圧迫と人工呼吸の比 (7)AEDを装着する (8)CPRを継続する
  5)子どもの気道異物
   (1)反応がある場合 (2)反応がない場合
 4.小児二次救命処置(PALS)
 小児二次救命処置の手順
   (1)応援を要請し,医療資機材を調達する (2)PBLSを開始し,継続する
   (3)マニュアル除細動器または心電図モニタを装着し電気ショック(除細動)の適応を判断する (4)CPRを継続する
   (5)薬剤投与経路を確保する (6)薬剤を投与する (7)原因を検索する
III 子どもと家族の段階的なアセスメントと対応
 (吉野尚一)
 1.初期評価と初期対応
  1)初期評価
   (1)意識 (2)呼吸 (3)皮膚色
  2)初期評価の結果と医療としての対応
   (1)致死的な場合の対応 (2)「具合が悪そう」な場合の対応 (3)「具合が良さそう」な場合の対応
 2.一次評価と一次対応
  1)気道(Airway)
   〈気道の異常への対応〉
    (1)気道が確保されている場合 (2)気道の開通を維持できる場合 (3)気道の開通を維持できない場合
  2)呼吸(Breathing)
    (1)呼吸運動(胸郭,腹部の上下の動きと安定性,左右のバランス) (2)呼吸数 (3)努力呼吸
    (4)呼吸音(気管支音,肺音) (5)経皮的動脈血酸素飽和度(SpO2) (6)呼吸障害の評価:呼吸窮迫と呼吸不全
    (7)低酸素血症
   〈呼吸の異常への対応〉
    (8)体位の調整(9)酸素投与
  3)循環(Circulation)
   (1)脈拍数および心拍数(中枢および末梢)と心リズム (2)血圧 (3)皮膚所見(色・温度)およびチアノーゼ
   (4)毛細血管再充満時間 (5)外出血および活動性出血の有無 (6)ショックのアセスメント
   〈循環状態への対応〉
  4)神経学的評価(Disability)
   (1)AVPU評価スケール (2)グラスゴー・コーマ・スケール(GCS)
   〈意識状態への対応〉
  5)全身観察(Exposure)
   (1)体温(末梢体温と深部体温) (2)皮膚所見 (3)外傷所見
   〈全身観察への対応〉
 3.二次評価と二次対応
  1)病歴聴取
  2)身体診察(または身体観察による評価)
 4.三次評価と三次対応
  1)動脈血ガス分析
  2)静脈血ガス分析
  3)胸部X線撮影
 5.再評価と対応
 6.モニタリング
  1)呼吸モニタリング
  2)循環モニタリング
  3)神経モニタリング
 7.家族対応
  1)生理学的蘇生を目的とした治療段階(StageI)
   (1)家族の「場」をつくる(Phase1) (2)「場」を区切る(Phase2) (3)行為を説明する(Phase3)
   (4)家族の精神状態を保つ(Phase4)
  2)解剖学的蘇生を目的とした治療段階(StageII)
   (1)場を読みとる(Phase5a) (2)家族を招き入れる(Phase5b) (3)家族の精神的苦悩を解き放つ(Phase6)
IV 病態別のアセスメントと看護
 (原口昌宏・伊藤龍子)
 1.心肺停止
  1)症状の概要
  2)アセスメントとケアの技術
   (1)事故防止の啓発 (2)呼吸障害・ショック・意識障害の早期認識
 2.頭部外傷
  1)症状の概要
  2)アセスメントの実際
  3)ケアの技術と看護のポイント
   (1)病歴の聴取 (2)症状への対処 (3)重症児の看護
 3.熱傷
  1)症状の概要
  2)アセスメントの実際
   (1)熱傷深度の評価 (2)熱傷面積の評価
  3)ケアの技術と看護のポイント
   (1)ショック期のケア (2)利尿期のケア (3)感染期のケア (4)家族への援助と指導
  4)虐待の可能性
 4.溺水
  1)症状の概要
  2)アセスメントの実際
  3)ケアの技術と看護のポイント
   (1)呼吸管理 (2)循環管理 (3)その他のケア (4)家族への援助と指導
 5.誤飲・誤食
  1)症状の概要
  〈たばこの誤飲・誤食〉
  2)アセスメントの実際
   (1)症状 (2)摂取状況 (3)摂取量 (4)子どもの状態
  3)ケアの技術と看護のポイント
   (1)基本的なケア (2)家族への援助と指導
  〈ボタン電池の誤飲・誤食〉
  4)アセスメントの実際
   (1)症状 (2)経路 (3)電池の種類
  5)ケアの技術と看護のポイント
   (1)基本的なケア (2)家族への援助と指導
 6.呼吸苦
  1)症状の概要
  2)アセスメントの実際
  3)ケアの技術と看護のポイント
   (1)酸素投与 (2)吸入 (3)家族への援助と指導 (4)呼吸苦に対する適切な判断
 7.低血糖
  1)症状の概要
  2)アセスメントの実際
  3)ケアの技術と看護のポイント
   (1)急速輸液 (2)緩速均等輸液 (3)退院後の留意点 (4)家族への援助と指導
 8.熱性けいれん
  1)症状の概要
  2)アセスメントの実際
  3)ケアの技術と看護のポイント
   (1)基本的なケア (2)家族への援助と指導
 9.嘔吐・下痢
  1)症状の概要
  2)アセスメントの実際
  3)ケアの技術と看護のポイント
   (1)基本的なケア (2)看護のポイント (3)家族への援助と指導
 10.紫斑
  1)症状の概要
  2)アセスメントの実際
  3)ケアの技術と看護のポイント
   (1)基本的なケア (2)看護のポイント (3)家族への援助と指導
 11.感染症
  1)症状の概要
  2)アセスメントの実際
  3)ケアの技術と看護のポイント
   (1)基本的なケア (2)看護のポイント (3)家族への援助と指導
 12.虐待
  1)症状の概要
  2)アセスメントの実際
  3)ケアの技術と看護のポイント
   (1)基本的なケア (2)看護のポイント (3)家族への援助と指導
V 危機的な心理状態にある家族への心理社会的支援
 (大沼仁子)
 1.家族の危機的な心理状態
  1)急性期にある子どもの家族が危機的状況に陥りやすい要因
   (1)予測や準備が整っていないこと (2)子どもの死が想起されること (3)情報が十分に得られないこと
  2)小児急性期医療における家族の体験
   (1)ショック (2)無力感と自責の念 (3)不安と希望の交錯 (4)医療者にお任せするという気持ち
   (5)自分を奮い立たせる気持ち (6)きょうだいの体験
  3)家族全体に及ぼす影響
   (1)家族員相互の理解の低下 (2)コミュニケーションの変化 (3)役割構造の変化
 2.家族への心理社会的支援
  小児急性期医療における家族への心理社会的支援
   (1)家族の能力を信じ,家族に寄り添う (2)情報を提供し共有する
   (3)家族がケアや意志決定に参加することを支持する (4)快適な環境を提供する
   (5)家族で子どもの危機的状況を分かち合えるように援助する (6)きょうだいに対しても親役割が果たせるようにかかわる
VI 日常生活における子どもの危険を回避するための看護
 (伊藤龍子)
 1.子どもの事故の予防
  1)乳幼児期の子どもに起こりやすい事故とその予防
   (1)転落 (2)窒息 (3)誤飲 (4)溺水 (5)転落 (6)やけど・打撲 (7)交通事故
  2)学童期以降の子どもに起こりやすい事故とその予防
   (1)転落・転倒・交通事故 (2)切傷 (3)溺水
  3)いじめの問題
 2.子どもの危険回避としての感染対策
  1)乳幼児期の感染対策
  2)学童期以降の感染対策
 3.子どもを養育する家族のための看護


 索引