やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

序文
 東日本大震災は歴史上未曾有の大地震であった.発災直後から病院機能および医療資源が失われ,危機的状態の中で,多くの看護師が被災者でありながら,専門職として卓越した行動力や判断力を駆使し,被災者や避難所の救護活動に奮闘し,多くの命を救った.その姿は,日常の中で看護職としての体験や訓練を積み重ねてきたことの表れであると,改めて思った.
 一方,看護基礎教育を担う者として,これまで以上に,学生の臨床能力や責任感の向上に取り組み,優れた卒業生を社会に輩出しなくてはならないと再認識させられた.
 しかし,現実の実習現場では,在院日数の短縮化,個人情報保護等により,学生が受け持てる患者が限られ,臨地実習を効果的に行うことが困難である.さらに,生活体験の乏しい学生,基礎学力低下のある学生,過密なカリキュラムなど,学生が主体的に思考して学ぶ余裕がないなどの課題を抱え,各養成校にとって臨地実習の充実を図ることはむずかしい.
 さらに,臨地実習には事故などの危険性も潜んでおり,医療安全が叫ばれている中では,万全な体策が必要である.
 2008(平成20)年に新カリキュラムが導入され,これまで以上に看護実践能力や看護を統合する能力が求められた.さらに,複数患者の受け持ち体験,夜間帯実習体験,卒業時の技術到達度などが示され,教育現場では多くの課題を抱えたまま,基礎教育の充実に向けての模索が始まっている.2011(平成23)年厚生労働省は「看護教育の内容と方法に関する検討会報告書」を公表した.その中で注目すべき点は,実践能力を高める臨地実習の方法として,領域ごとに実習施設を準備するのではなく,実習施設や対象者の特性に合わせて,領域を横断的に実習することで,実習施設の確保や実習期間の有効活用が可能であるという,画期的な提案である.これまでは,各養成校にとって,実習施設の確保は厳しい問題であった.しかし,各看護学の領域を横断的に計画できれば,臨地実習の充実も夢ではない.
 臨地実習の目的は,学生が既習した理論を基に,看護体験を通して,理論と実践を統合し,看護を理解するための,基礎的な実践能力を養うことである.
 本書は,臨地実習をより充実したものとするために,教員や臨床指導者が,新カリキュラムに基づいて,どのように取り組むべきか,具体的に解説したものである.また,多様な臨床現場における臨地実習に潜む事故の危険性とその対策についても,臨床場面に生起している問題を,事例に基づき極力わかりやすく解説している.
 本書の編成はI「臨地実習総論編」,II「臨地実習各論編」,III「臨地実習応用編」とした.
 I「臨地実習総論編」では,新カリキュラム全体を概観し,特に看護実践能力の育成と効果的な実習方法,臨地実習開始にあたり必要な心構え,指導体制等について解説した.
 II「臨地実習各論編」では「専門分野I」,「専門分野II」,「統合分野」までの看護学(基礎看護学,成人看護学,老年看護学,小児看護学,母性看護学,精神看護学,在宅看護論,看護の統合と実践)の臨地実習について,養成校の地域性や設置主体や規模の異なる養成校の取り組みの実際について詳細に紹介している.
 III「臨地実習応用編」で扱った個人情報の保護,医療事故などは,法律を伴う難解なものとして受けとめられ,その対応や対策では戸惑いがあり,全国の養成校からも要望の多い事項である.ここでは,専門的な立場から実習場面の事例を基に理解しやすいように解説している.
 本書を看護基礎教育に関わる皆様に活用していただき,新カリキュラムにおける学生の臨地実習が円滑に行われ,学習成果が高まるようお役に立てれば幸いである.
 また,編者の力量不足ゆえ内容構成上に不十分なところもあるかもしれない.本書の内容についてお気づきの点があれば,忌憚なくご指摘いただき,ひきつづき内容の改善に努めていきたい.ご指導,ご教示いただければ幸いである.
 本書の執筆を担当していただいた諸先生をはじめ,本書の企画・運営・編集にあたっては,日本看護学校協議会共済会,医歯薬出版編集部に多大なご支援を賜わりました.ここに心よりお礼申し上げます.

 2011年12月
 矢野章永
I 臨地実習総論編
 1 新カリキュラムにおける臨地実習(荒川眞知子)
   1)新カリキュラムにおける臨地実習の考え方
    (1)カリキュラム改正の趣旨と要点
    (2)指導要領のおもな改正点
    (3)看護実践能力育成における臨地実習の意義
    (4)実習に関する課題
    (5)効果的な実習方法
    (6)学生の学習を保障する実習環境・指導体制
 2 臨地実習に対する心構え(留意事項)(矢野章永)
    (1)対象者への説明と同意の基本的な考え方
    (2)実習記録の取り扱いと個人情報の保護
    (3)守秘義務
    (4)実習中の事故とその対応
    (5)健康管理
    (6)行動上の注意
 3 実習指導体制(矢野章永)
    (1)実習指導上の役割分担(教員・施設側指導者)
    (2)教員のおもな役割
    (3)施設側指導者のおもな役割
    (4)担当教員の具体的な役割
    (5)実習指導者の具体的な役割
II 臨地実習各論編
 1 専門分野I
  (1)基礎看護学(齋藤孝子)
   1)基礎看護学実習の考え方
   2)基礎看護学実習の実習目的
   3)基礎看護学実習の実習目標
   4)基礎看護学実習Iの展開
    (1)基礎看護学実習Iの実習目的
    (2)基礎看護学実習Iの実習目標
    (3)基礎看護学実習Iの実習項目
    (4)実習開始前・中・修了後の動き,実習内容,実習方法
    (5)実習記録
    (6)提出物
    (7)基礎看護学実習:看護技術学習指標と到達レベル
    (8)出欠管理
    (9)実習展開上の留意点
    (10)評価内容・基準
   5)基礎看護学実習IIの展開
    (1)基礎看護学実習IIの実習目的
    (2)基礎看護学実習IIの実習目標
    (3)基礎看護学実習IIの実習項目
    (4)実習開始前・中・修了後の動き,実施内容,実施方法
    (5)実習記録
    (6)提出物
    (7)基礎看護学実習:看護技術学習指標と到達レベル
    (8)出欠管理
    (9)実習展開上の留意点
    (10)評価内容・基準
   6)基礎看護学実習IIIの展開
    (1)基礎看護学実習IIIの実習目的
    (2)基礎看護学実習IIIの実習目標
    (3)基礎看護学実習IIIの実習項目
    (4)実習開始前・中・修了後および帰校日の動き,実施内容,実施方法
    (5)実習記録
    (6)提出物
    (7)基礎看護学実習:看護技術学習指標と到達レベル
    (8)出欠管理
    (9)実習展開上の留意点
    (10)評価内容・基準
   7)基礎看護学実習:看護技術学習指標と到達レベル
 2 専門分野II
  (1)成人看護学(鈴木良子)
   1)臨地実習の目的・目標
    (1)看護基礎教育における臨地実習の目的・目標
    (2)臨地実習の考え方
    (3)専門分野II,成人看護学の実習目的
    (4)成人看護学実習I・II・IIIにおける実習目的
    (5)実習目標
   2)実習項目
   3)臨地実習の展開
    (1)実習開始前の準備
    (2)実習の開始・中・終了の動き
    (3)実習記録
    (4)提出物
    (5)看護技術実施項目,看護技術経験録など
    (6)出・欠席表
    (7)実習病院・施設・病棟
    (8)実習展開上の留意事項
   4)評価・単位認定
    (1)実習評価表(「成人看護学実習I」の場合の一例)
    (2)成績評価と単位認定
    (3)実習評価の活用と学生支援
    (4)評価方法
  (2)老年看護学(佐野 望)
   1)老年看護学実習の考え方
   2)老年看護学実習の科目構成
   3)老年看護学実習の目的・目標
   4)老年看護学実習I
   5)老年看護学実習II
   6)老年看護学実習III
   7)実習記録
   8)実習評価
   9)看護技術経験項目
   10)実習病院・施設・病棟
  (3)小児看護学(黒坂知子)
   1)科目構成
    (1)小児看護学の科目構成
    (2)小児看護学実習の構成
   2)臨地実習の目的・目標
    (1)臨地実習の目的
    (2)臨地実習の考え方
    (3)小児看護学実習の目的・目標
    (4)実習項目
   3)臨地実習の展開
    (1)実習開始前の準備
    (2)実習内容
    (3)具体的展開
    (4)カンファレンス
    (5)実習記録
    (6)実習指導体制
    (7)提出物
    (8)看護技術経験項目
    (9)実習展開上の留意事項
  (4)母性看護学(山川美喜子)
   1)臨地実習の目的・目標
    (1)看護基礎教育における臨地実習の目的
    (2)臨地実習の考え方
    (3)「専門分野II」の実習目的
    (4)母性看護学の実習
   2)臨地実習の展開
    (1)臨地実習開始前の準備
    (2)実習開始から終了まで
    (3)実習記録用紙
    (4)提出物
    (5)看護技術経験項目
    (6)出欠表
    (7)実習病院
    (8)実習展開上の留意事項
    (9)評価について
  (5)精神看護学(石束佳子)
   1)教育課程の考え方―学習目的・学習目標,科目構造
    (1)学習目的
    (2)学習目標
    (3)科目構成(6単位,200時間)
   2)精神看護学実習
    (1)基本的な考え方
    (2)実習目的
    (3)実習目標
    (4)実習展開
   3)精神看護学実習の実習指導案(週案)
   4)全体的な患者へのかかわりの原則
    (1)患者へのかかわり方
    (2)患者への接近の原則
   5)技術経験項目について
   6)出欠表と実習評価
 3 統合分野
  (1)在宅看護論(矢野章永)
   1)基礎教育における臨地実習の目的
   2)基礎教育における臨地実習の目標
    (1)在宅看護論実習の考え方
    (2)在宅看護論実習科目構成
    (3)在宅看護論臨地実習目的
    (4)在宅看護論実習目的
    (5)在宅看護論実習の展開
   3)在宅看護論実習Iの展開
    (1)在宅看護論実習Iの実習項目
    (2)臨地実習の展開
    (3)役割の分担
    (4)実習記録
    (5)実習評価
   4)在宅看護論実習II(地域包括支援センター実習)の展開
    (1)実習目的
    (2)実習目標
    (3)実習項目
    (4)実習の展開
    (5)実習評価
   5)在宅看護論実習II(外来実習)の展開
    (1)実習目的
    (2)実習目標
    (3)外来実習の展開
    (4)外来実習評価
  (2)看護の統合と実践領域(池西静江)
   1)臨地実習の目的・意義・考え方について
    (1)臨地実習の目的
    (2)臨地実習の目標
    (3)臨地実習の意義
    (4)臨地実習で大切にしたいこと
   2)看護の統合と実践実習の意義とその考え方
   3)統合実習の目的・目標
   4)配当時期,単位数,実習項目
   5)臨地実習の展開
   6)統合実習の手応えから意義に戻る
III 臨地実習応用編
 1 臨地実習と患者の個人情報(吉岡讓治)
   1)個人情報保護法
    (1)はじめに
    (2)個人情報保護法とガイドラインとの比較
    (3)「個人情報」の定義
    (4)医療における「個人情報」の特性
    (5)「個人情報」と「プライバシー」の関係
   2)具体的事例として
    (1)臨地実習の実際
    (2)実習生に患者の個人情報を取り扱わせることの必要性
    (3)看護記録
   3)患者の個人情報取得に関する問題
    (1)病院などの受入施設が情報を取得する場合
    (2)実習生が直接患者から情報を取得する場合
    (3)個人情報の提供先
   4)匿名化
   5)個人情報と同意書など
 2 医療紛争と解決法(蒔田 覚)
   1)医療事故と医療過誤について
   2)医療紛争について
   3)個人情報保護について
   4)法的責任について
    (1)概要
    (2)民事責任の内容
    (3)医療過誤における「過失」とは
   5)紛争解決の方法
    (1)示談
    (2)調停(ADR,あっせん,仲裁)
    (3)訴訟(狭義の裁判手続)
   6)紛争解決のための豆知識
 3 臨地実習におけるリスクマネジメント(恩田清美)
   1)臨地実習とコミュニケーション
    (1)適切に情報が伝達できない
    (2)エラーを回復するためのコミュニケーションが適切に行われない
    (3)アサーティブなコミュニケーション
   2)臨地実習におけるヒヤリ・ハット報告
    (1)ヒヤリ・ハット報告の意義
    (2)臨地実習でのヒヤリ・ハット報告の傾向
   3)臨地実習における情報管理について
    (1)実習記録の取り扱い
    (2)患者情報の会話について
    (3)情報流出について
   4)臨地実習中の実際の事例
    (1)実習中の傷害事故事例
    (2)実習中の賠償事故事例