やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

第3版の序文
 本書の第2版が出てからすでに5年余りがたった.この間,精神保健をめぐる状況は大きく変化した.年代別にみても子どもの場合には,不登校だけではなくいじめや軽度発達障害(多動性障害など)の問題がよくとり上げられるようになってきた.また,青年期におけるいわゆる「社会的ひきこもり」の増加,成人期における自殺の増加やうつ病・過労死の問題,さらには超高齢社会を目前としての認知症の問題などは精神保健だけではなく社会的な問題にもなっている.
 そしてこうした社会的背景の変化をもとに発達障害者支援法や障害者自立支援法,改正労働安全衛生法,自殺防止対策基本法といったような法律の制定や改正が行われたのもここ5年である.
 ストレスの多い現代社会では,さまざまなメンタルヘルス上の問題が増える一方でそれらに対応できる家族や共同体の力が衰えているため,行政・福祉的な施策やボランティア活動も含めた対応とともに専門的な支援が求められるようになっている.また,医療現場においても生活習慣病や慢性疾患,癌の末期などでは患者の気持ちや生活背景など精神的な面を考慮したサポートが重要になってきているだけではなく,医療スタッフ間に生じる人間関係の問題等への対処など看護業務を円滑にこなしていくためにも精神保健の知識が必要とされるようになっている.
 本書は,こうした社会状況の変化や医療現場におけるニーズの変化を踏まえて内容を一部見直し今回第3版を発刊することにした.精神保健とは,精神的健康を維持するだけではなく精神的危機に陥ったり精神障害となった場合にでも,いかに健康な部分をとり戻していくか,を見据えて行う活動である.看護学生はもとより日常の臨床や地域保健活動にとり組んでいる看護スタッフの実践ガイドとしても本書がお役に立てれば幸いである.
 2007年7月
 藤田長太郎

第2版の序文
 医学や関連諸科学の飛躍的な進歩は医療内容の専門化・高度化をもたらし,医療が受け持つ範囲を拡大してきた.今日では,保健医学,予防医学,治療医学,リハビリテーション医学などを包括した総合的医療が社会のニーズとなっている.
 精神保健は,精神の健康に関する学問であり,精神的健康を維持・向上させる実践活動でもある.変化の激しい現代社会においては,社会的・心理的ストレスに曝される機会が多く,さまざまな不適応状態に対する精神保健的対応が急務となっている.このような精神的問題を取り扱うには,現象として現れた症状だけでなく,その背後にある個人の生活史や対人関係にも目を向ける必要がある.
 精神保健的対応を必要とする問題は,実社会の中だけではなく,医療現場にも認められるようになってきた.内科や外科などの一般診療科に通院中・入院中の患者に発現し,身体疾患の治療阻害要因になってしまう精神的問題の頻度は決して少なくない.そのような場合には,過去に解決したと思われていた生活上の課題が再び患者の苦痛の源になっていることが少なからず存在する.それらは,発達過程上の問題,性の問題,職場・学校・家庭・近隣地域などの生活の場で発生する問題などである.したがって,看護スタッフはライフステージ上の諸問題に関する基本的な知識を身に付けておくことが求められている.
 さらに今日の医療現場においては,難治性で慢性の身体疾患患者や癌末期患者,サポートシステムの脆弱な高齢患者や児童患者などに対する危機介入も重要な看護業務となっている.また,阪神・淡路大震災を契機に,自然災害・人為災害の被災者が受けるトラウマに対する継続的な精神保健的支援活動の必要性が認識され,その領域における看護スタッフの役割も重要となっている.
 本書は,不安や葛藤などの正常範囲の心理的・精神的反応から,明らかに病的状態までの幅広い精神状態に対して適切な精神看護を実践するために,個々の問題の医療現場における位置づけを明らかにし,その理論的理解と臨床的理解を深めることを目的とした書である.看護学生はもちろん,日常の臨床において,看護スタッフの実践の手引きとしても少しでもお役に立てれば幸いである.
 2001年7月
 太田保之

序文
 医学や関連諸科学の飛躍的な進歩は医療内容の専門化・高度化をもたらし,医療が受け持つ範囲を拡大してきた.今日では,保健医学,予防医学,治療医学,リハビリテーション医学などを包括した総合的医療が社会のニーズとなっている.このような現象の社会的背景には,人口の高齢化,疾病構造の変化,人々の健康に対する関心の高まりなどが存在しており,医療や福祉における看護スタッフの果たす役割は量的にも質的にも極めて大きなものになっている.これを受けて新しくカリキュラム改正が行われ,従来各看護学でバラバラに扱われた内容と,精神保健などを統合して精神看護学として独立した.
 精神保健は,精神の健康に関する学問であり,精神的健康を維持・向上させる実践活動でもある.変化の激しい現代社会においては,社会的・心理的ストレスに曝される機会が多く,さまざまな不適応状態に対する精神保健的対応が急務となっている.このような精神的問題を取り扱うには,現象として現れた症状だけでなく,その背後にある個人の生活史や対人関係にも目を向ける必要がある.
 精神保健的対応を必要とする問題は,実社会の中だけではなく,医療現場そのものにも認められるようになってきた.内科や外科などの一般診療科に通院中・入院中の患者に発現し,身体疾患の治療阻害要因になってしまう精神的問題の頻度は決して少なくない.そのような場合には,過去に解決したと思われていた生活上の課題が再び患者の苦痛の源になっていることが少なからず存在する.それらは,発達過程上の問題,性の問題,職場・学校・家庭・近隣地域などの生活の場で発生する問題などである.また,それらの問題が常に明確な形で顕在化するとは限らない.表現型を変えて関連問題として露呈することもあるし,不安・抑うつなどの精神症状として現れることもある.別の身体症状として出現することも知られている.したがって,看護スタッフはそれらのライフステージ上の諸問題に関する基本的な知識を身に付けておくことが求められている.
 さらに今日の医療現場においては,難治性で慢性の身体疾患患者や癌末期患者,サポートシステムの脆弱な高齢患者や児童患者などに対する危機介入も重要な看護業務となっている.慢性疾患や障害を抱えて生活する患者が増加し,人生に関する価値観も多様化しているため,従来の疾患単位を中心にした知識では対応不可能な問題に直面することが多くなっている.看護スタッフには,患者やその家族が有するニーズを的確に把握する感性,生命の尊厳に対する倫理観,高度の専門知識を基盤とした総合的な分析力・判断力・実践力,他の医療スタッフとの協調性などが求められている.さらに,対人関係の心理学やコミュニケーション論に関しても予備知識が必要である.
 本書は,不安や葛藤などの正常範囲の心理的・精神的反応から,明らかに病的状態までの幅広い精神状態に対して適切な精神看護を実践するために,個々の問題の医療現場における位置づけを明らかにし,その理論的理解と臨床的理解を深めることを目的とした書である.看護学生はもちろん,日常の臨床において,看護スタッフの実践の手引きとしても少しでもお役に立てれば幸いである.
 1998年8月
 太田保之
序章 精神保健とはなにか(下河重雄)
 1.精神保健の概念
 2.精神保健の歴史
  ・欧米における精神保健の流れ
  ・日本における精神保健の歴史
   1)精神保健福祉法改正の流れ 2)最近の重要な動き
 3.心の理解
  ・脳と心
  ・小児期の発達
  ・家族・社会との相互作用
  ・心の援助・介入のステップ
   1)医療の場で起こる問題の理解 2)介入の目的と方法 3)カウンセリングの実際
   《文献》
第1章 心の発達(川崎千里)
 1.なぜ心の発達を学ぶのか
 2.発達の原則
 3.ライフステージと心身の発達
 4.心理・社会的発達
  ・フロイトによる精神性的発達
  ・エリクソンの心理・社会的発達理論
   1)乳児期:基本的信頼 対 基本的不信
   2)幼児前期:自律性 対 恥と疑惑
   3)幼児後期:自主性 対 罪悪感
   4)学齢期:勤勉性 対 劣等感
   5)青年期:自我同一性 対 同一性拡散(役割混乱)
   6)成人初期:親密性 対 孤独
   7)成人期:世代性 対 自己停滞
   8)老年期:統合性 対 絶望
  ・母子関係の発達
   1)アタッチメント(愛着) 2)ひとみしり 3)移行対象 4)分離不安
  ・マーラーの母子関係発達論
   1)正常な自閉期(〜1カ月頃) 2)共生期(〜5カ月頃) 3)分離個体化の時期 4)個の確立の時期(26カ月〜3歳頃)
 5.感覚・認知の発達
  ・胎児・新生児の感覚・知覚
  ・視覚および操作能力の発達
  ・言語系の発達
  ・認知の発達
   1)感覚運動的段階(出生〜24カ月頃) 2)前操作的段階(2〜7,8歳頃) 3)具体的操作の段階(7,8歳〜11,12歳頃) 4)形式的操作の段階(11,12歳頃〜)
 6.心の発達の評価
  ・心理・社会性の発達過程
  ・心の発達の現状
  ・神経障害の検査
  ・身体面の評価
  ・親子関係,家族内葛藤の評価
   《文献》
第2章 性の発達(嶋田紀膺子)
 1.性をめぐる概念
  ・性の語源と由来
  ・フロイトにおける性の概念
  ・セクシュアリティにおける性の概念
 2.人間の性に関連した諸問題
  ・解剖・生理学的な性
  ・性的欲求としての性
  ・人格形成としての性
  ・生殖としての性
  ・連帯性としての性
  ・性役割としての性
 3.性の健康と障害の概念
  ・WHOの定義
  ・性障害のICD-10による分類
   1)生理的障害および身体的要因に関連した行動症候群(F50〜F59)に位置づけられているもの
   2)成人のパーソナリティおよび行動の障害(F60〜F69)に位置づけられているもの
 4.性欲(性意識)・性行動のメカニズム
  ・大脳における中枢神経系の機能
  ・性欲の発生と性行動のメカニズム
   1)ホルモン産生による性的刺激の場合
   2)視聴覚的刺激や心理・社会的葛藤刺激ならびに人格調整能力の葛藤刺激による場合
 5.性差とその心理的側面
  ・女性の性周期の変化にともなう感情と行動
  ・男性の性周期の変化にともなう感情と行動
  ・性交に関しての心理的性差 39
   1)性交に至るまでの心理過程 2)性交を満たす過程 3)性交後の受け止め方
 6.性意識・性行動の形成
  ・性に対する感覚的・心情的受容と生育環境
  ・性に対する理解の仕方・態度と性情報の与え方
  ・性価値観の形成と自己体験
   1)乳幼児期のおしゃぶり体験 2)幼児期のエディプス・コンプレックス体験 3)自慰の体験 4)性的空想の体験 5)射精・オーガズムの獲得体験 6)月経・性周期の体験 7)性交の体験 8)避妊有無の体験 9)妊娠・出産の体験 10)流産・不妊または病気・手術・加齢にともなう性機能不全の体験
 7.性についての対応
  ・性に対応する際のポイント
  ・自分の性に対するこだわりの点検と解消法
   《文献》
第3章 生活の場とクライシス(精神的危機)
 1.クライシスとはなにか(佐藤博俊)
  ・ストレスとは
  ・ライフイベント
  ・クライシスとは
  ・クライシスの分類
   1)成長にともなう危機(発達危機) 2)状況的危機 3)社会的危機
  ・クライシスの発生と経過
  ・クライシス回避・解決モデル
  ・クライシスにおける看護師・保健師の役割
 2.家庭における危機(服部祥子)
  ・現代の家庭とその課題
   1)家庭の現状 2)結婚および夫婦関係 3)親子関係
  ・家庭における危機的状況
   1)夫婦関係における危機的状況 2)親子関係における危機的状況
  ・家庭における危機と今後の課題
   1)家庭・家族の新しい形と機能 2)高齢社会と家庭
 3.学校における危機(渋谷恵子)
  ・学校教育の動向と問題
  ・不登校
   1)不登校の要因 2)不登校への対応
  ・非行
   1)非行の要因
  ・いじめ
   1)いじめの要因 2)いじめられる子ども・いじめをする子ども 3)いじめに対する対応
  ・体罰
  ・発達障害
   1)発達障害の概要 2)特殊教育から特別支援教育への転換
  ・社会的ひきこもり
   1)ひきこもりの定義と実態 2)ひきこもりに対する取り組み
  ・養護教諭(学校ナース)の役割
 4.職場における危機(浜田芳人,太田保之)
  ・現代の職場における社会的な問題
  ・職場における精神医学上の危機
  ・ライフサイクルからみた職場の精神的不健康の状態
   1)青年期〜成人期 2)成人期〜壮年期(中年期) 3)壮年期(中年期)〜初老期
  ・職場のメンタルヘルス
   1)メンタルヘルスとは 2)職場のメンタルヘルスケアの原則 3)職場のメンタルヘルスケアの実際 4)産業看護職の役割
 5.地域における危機(菅崎弘之,藤田長太郎)
  ・地域精神保健の動向
  ・地域における危機
   1)認知症高齢者に関する危機 2)認知症高齢者を抱える家族の危機 3)高齢者の自殺の危機
   《文献》
第4章 医療現場における精神危機
 1.医療現場の危機に影響する要因(小島操子)
  ・危機を引き起こす出来事
  ・出来事の受けとめ
  ・ソーシャル・サポート
  ・対処機制/防衛機制
   1)対処機制 2)防衛機制
 2.危機のプロセスと看護介入(小島操子)
  ・さまざまな危機モデル
  ・危機の問題解決モデル
  ・フィンクの危機モデルと看護介入
   1)危機のプロセス 2)危機への働きかけ
 3.慢性疾患・障害における危機(小島操子)
  ・障害をともなった患者の特性
  ・障害の受容に至るプロセス
  ・障害の受容に影響する要因
  ・障害受容への援助
   1)障害受容のプロセスに応じた援助
   2)日常生活の援助と日常生活動作の拡大
   3)感覚遮断・過負荷に対する援助
   4)役割修正・再獲得への援助
   5)ソーシャル・サポートと社会資源の活用
 4.医療現場の人間関係(川名典子)
  ・医療現場の人間関係の現状
   1)患者をめぐるチーム医療 2)医療者間の人間関係 3)医療組織の特殊性 4)コンサルテーション
  ・リエゾン精神医学とリエゾン精神看護
   1)リエゾン精神医学の概念と歴史 2)リエゾン精神看護の発達 3)わが国におけるリエゾン精神看護師の活動
  ・看護職の精神保健 128
   1)患者との対人関係 2)医師との人間関係 3)看護者間の人間関係―リーダーシップとチームワーク
 5.医療現場における精神的アプローチの実際(川名典子)
  ・精神的アプローチの対象者
  ・看護における精神的アプローチ
   1)一般病棟における精神的アプローチの原則
   2)一般病棟における精神的問題に対する看護のアプローチ
  ・看護職が活用できる,その他のアプローチ法
   1)リラクセーション技術 2)イメージ療法
  ・その他の精神療法的アプローチ
   1)精神分析 2)個人精神療法 3)集団精神療法
   《文献》
第5章 がんと共に生きる人の精神保健
 1.ホスピス・緩和ケア(田村恵子)
  ・ホスピスの歴史
   1)ホスピスの語源 2)ホスピスのはじまり 3)近代ホスピスの設立 4)日本のホスピス
  ・ホスピスの理念と原則
  ・緩和ケアの発展
   1)緩和ケアの定義 2)緩和ケアの適用
 2.がんサバイバーシップ;がんと共に生きる人々のエンパワーメント(田村恵子)
  ・がんサバイバーシップ
   1)がんサバイバーとサバイバーシップ 2)がんサバイバーシップの4つのステージ 3)日本におけるがんサバイバーシップ
  ・がん対策基本法とがん医療のネットワーク
   1)がん対策基本法の目的と理念
   2)地域におけるがん医療のネットワークづくり
 3.がんサバイバーの心理とケア (前滝栄子)
  ・がん告知とインフォームド・コンセント
   1)がん告知における日本の現状 2)真実を伝える
  ・がんサバイバーの心理的特徴
   1)がん患者の心理プロセス
   2)がん患者の主な精神症状とその対応
  ・終末期の生存の時期におけるケアの実際
   1)苦痛の緩和 2)その人らしさを重視した日常生活支援 3)十分なコミュニケーション
 4.がんサバイバーを支援する家族のケア(市原香織)
  ・家族の理解
   1)看護における家族の概念 2)家族の状態のアセスメント
  ・サバイバーの4つの時期と家族のケア
   1)急性期の生存の時期の家族のケア
   2)延長された生存の時期における家族のケア
   3)長期的に安定した生存の時期における家族のケア
   4)終末期の生存の時期における家族のケア
  ・死別後の家族のケア
   《文献》
第6章 災害被災者の精神保健(加藤 寛)
 1.災害の及ぼす心理的影響
  ・災害の分類
  ・心理的影響の多元性
   1)正常な反応の経過 2)PTSDの歴史的変遷 3)PTSDの主症状 4)災害がもたらす精神的問題
 2.被災者・被害者に対するメンタルヘルスケア
  ・精神保健活動の必要性
  ・基本となること
  ・必要な戦略
   1)積極的に被災者のもとに出向く(アウトリーチ)
   2)精神的な支援活動であると強調しすぎず,求められていることを行う
   3)正しい知識をもつ 4)精神症状をスクリーニングする 5)多職種が連携する
  ・災害後のメンタルヘルスケアの実際―阪神・淡路大震災後の活動
 3.救援者の受ける心理的影響とその対策
  ・災害救援者の心理的影響
  ・看護職の受けるストレス状況
  ・救援者を守るために
   《文献》
第7章 精神医学の基礎知識(長沼英俊)
 1.総論
  ・はじめに
  ・精神疾患の診断と分類
  ・面接基準
  ・精神疾患の鑑別診断
  ・多軸評定
 2.各論
  ・F0 症状性を含む器質性精神障害
  ・F1 精神作用物質使用による精神および行動の障害
  ・F2 統合失調症,統合失調型障害および妄想性障害
  ・F3 気分(感情)障害
  ・F4 神経症性障害,ストレス関連障害および身体表現性障害
  ・F5 生理的障害および身体的要因に関連した行動症候群
  ・F6 成人のパーソナリティおよび行動の障害
  ・F7 精神遅滞
  ・F8 心理的発達の障害
  ・F9 小児期および青年期に通常発症する行動および情緒の障害
 索引