はじめに
第2次大戦後,わが国の児童福祉は新たに出発したが,それから50余年の間に著しい発展を遂げた.また児童の生活も経済的には豊かなものとなっている.しかし,児童の福祉に関する問題は現在も山積しているのである.そして,かつては児童の問題は,貧困・親の死亡を理由とするものを中心としたが,今日では親が健在で,経済的にも貧困でないにもかかわらず,何らかの社会的支援を要する児童が増加していて,そのことは不登校・いじめ・児童虐待等に顕著にみられる.そして,こうした現象は少年非行に早くから現れ,「非行の一般化」といわれる普通家庭児童の非行の増加は,1964年(昭和39)をピークとする戦後非行の第2波に始まっている.このように,児童問題の複雑多様化によって,すべての家庭児童への対応が課題とされるに至っているのである.
さらに,出生率の低下による少子化は,子どもの生活への影響だけでなく,高齢社会の進展とあいまって,わが国社会へ深刻な影響を及ぼす問題である.したがって,親が子どもを生みやすく,育てやすい環境づくりのための子育て支援が必要とされる.
また,児童福祉を含む社会福祉全体の変革の方向として,(1)普遍的・一般的福祉,(2)主体的な選択と利用の福祉,(3)地方分権化の福祉などが唱えられているが,児童福祉もこの改革の流れと無縁ではありえないのである.そして,こうしたなかで,子どもの権利条約が,わが国では1994年5月22日に発効した.条約は,児童は未成熟であっても,まず人間としての尊厳ならびに感情・意志・人格の主体としての存在であることを強調した.そして児童のニーズに最も適した援助を行い,健全な人格形成をはかるという「児童に最善の利益」を与えることを目的とした.
このような,児童をめぐる問題の変化および社会福祉改革の流れを受けて,児童福祉法が1997年(平成10年)に改正された.それには児童が権利の主体であることや児童の人権保障が十分盛り込まれたとはいえないが,一応の方向づけはなされたと考えてよい.
こうした,多くの児童問題,児童福祉制度の変化・変革に伴って,筆者らがかつて上梓した『児童福祉学』の執筆者の入替えと内容の全面的な見直しの必要に迫られ,『現代児童福祉学』として刊行することとした.内容的には変わった点も多いが,意図するところは前書と同じである.それは,児童福祉の法律・政策・制度などの解説に終始することなく,児童福祉を広く児童に関する学問の知見を統合した学際的な社会科学であると考え,児童福祉をすぐれて実践的な学問であると考えていることには変わりはない.
なお本書は,保育士養成の「児童福祉」のテキストを主目的としているが,これを広く福祉現場の実践者の方々にも読んでいただきたいと考えている点も前書と同様である.
本書は,2000年1月に第1版を発行したが,このたび都合によって幾つかの章を改訂し,第2版を発行することとなった.少しでも読者の方々の利用に益するものに改善されていれば幸いである.
2002年3月
井上 肇・野口勝己
第2次大戦後,わが国の児童福祉は新たに出発したが,それから50余年の間に著しい発展を遂げた.また児童の生活も経済的には豊かなものとなっている.しかし,児童の福祉に関する問題は現在も山積しているのである.そして,かつては児童の問題は,貧困・親の死亡を理由とするものを中心としたが,今日では親が健在で,経済的にも貧困でないにもかかわらず,何らかの社会的支援を要する児童が増加していて,そのことは不登校・いじめ・児童虐待等に顕著にみられる.そして,こうした現象は少年非行に早くから現れ,「非行の一般化」といわれる普通家庭児童の非行の増加は,1964年(昭和39)をピークとする戦後非行の第2波に始まっている.このように,児童問題の複雑多様化によって,すべての家庭児童への対応が課題とされるに至っているのである.
さらに,出生率の低下による少子化は,子どもの生活への影響だけでなく,高齢社会の進展とあいまって,わが国社会へ深刻な影響を及ぼす問題である.したがって,親が子どもを生みやすく,育てやすい環境づくりのための子育て支援が必要とされる.
また,児童福祉を含む社会福祉全体の変革の方向として,(1)普遍的・一般的福祉,(2)主体的な選択と利用の福祉,(3)地方分権化の福祉などが唱えられているが,児童福祉もこの改革の流れと無縁ではありえないのである.そして,こうしたなかで,子どもの権利条約が,わが国では1994年5月22日に発効した.条約は,児童は未成熟であっても,まず人間としての尊厳ならびに感情・意志・人格の主体としての存在であることを強調した.そして児童のニーズに最も適した援助を行い,健全な人格形成をはかるという「児童に最善の利益」を与えることを目的とした.
このような,児童をめぐる問題の変化および社会福祉改革の流れを受けて,児童福祉法が1997年(平成10年)に改正された.それには児童が権利の主体であることや児童の人権保障が十分盛り込まれたとはいえないが,一応の方向づけはなされたと考えてよい.
こうした,多くの児童問題,児童福祉制度の変化・変革に伴って,筆者らがかつて上梓した『児童福祉学』の執筆者の入替えと内容の全面的な見直しの必要に迫られ,『現代児童福祉学』として刊行することとした.内容的には変わった点も多いが,意図するところは前書と同じである.それは,児童福祉の法律・政策・制度などの解説に終始することなく,児童福祉を広く児童に関する学問の知見を統合した学際的な社会科学であると考え,児童福祉をすぐれて実践的な学問であると考えていることには変わりはない.
なお本書は,保育士養成の「児童福祉」のテキストを主目的としているが,これを広く福祉現場の実践者の方々にも読んでいただきたいと考えている点も前書と同様である.
本書は,2000年1月に第1版を発行したが,このたび都合によって幾つかの章を改訂し,第2版を発行することとなった.少しでも読者の方々の利用に益するものに改善されていれば幸いである.
2002年3月
井上 肇・野口勝己
はじめに
第I部--児童福祉総論
1 児童福祉を学ぶために……〈井上 肇・叶原土筆〉
1.児童福祉の先達の遺業に学ぶ
2.「子どもの最善の利益」の擁護者であること
3.国際児童福祉を学ぶ
4.体験によって児童福祉を学ぶ
5.児童福祉の当面の課題
2 児童福祉の理念と概念……〈野口勝己〉
1.児童福祉の理念
1)児童福祉法
2)児童憲章
3)児童権利宣言
4)児童の権利条約
2.児童福祉の概念
1)最広義の児童福祉
2)広義の児童福祉
3)狭義の児童福祉
4)児童福祉概念の拡大
3.児童観・児童処遇の発達
1)児童観の発達
2)withの精神
4.児童家庭福祉とウェルビーイング
1)児童家庭福祉
2)児童とウェルビーイング
参考文献
3 児童の発達と福祉……〈野口勝己〉
1.児童と家庭
1)家庭の重要性
2)人間と家族
3)家族の機能
4)家庭養護と社会的養護
2.児童と社会
1)遊び集団・仲間集団
2)学 校
3)地域社会
3.現代の家族・社会の諸問題
1)家族の諸問題
2)現代社会の諸問題
4.発達保障としての児童福祉
参考文献
4 児童福祉の歴史……〈山口泰弘〉
1.欧米の歴史
1)救貧対策における児童問題
2)イギリス新救貧法の誕生
2.わが国における児童福祉の生成と発展
1)近世までの児童救済
2)明治期・慈善救済事業の誕生と児童救済
3)大正デモクラシーと近代社会事業の成立
4)昭和大恐慌と救護法
5)戦後緊急保護対策から児童福祉法の制定へ
6)児童福祉法の大幅改正と児童福祉改革
3.児童福祉の先人たち
1)石井十次
2)石井亮一
3)留岡幸助
4)野口幽香・森島峰
5)渡辺海旭
6)糸賀一雄
7)ペスタロッチ
8)ロバート・オーエン
9)エレン・ケイ
10)モンテッソーリ
参考文献
5 児童福祉の制度と実施体制……〈山田修平〉
1.制度の体系
1)法体系
2)サービスの概要
2.実施体制
1)行政組織
2)審議機関(児童福祉審議会)
3)実施機関
4)児童福祉施設
参考文献
6 児童福祉の従事者と専門技術……〈山口泰弘・安藤和彦〉
1.児童福祉に携わる人々
1)従事者の職種(児童福祉の機関と職員)
2)職務内容と資格および倫理綱領
2.児童福祉の専門技術
1)望ましい従事者像
2)児童福祉従事者と専門技術
3)児童ケアワーク
4)ケースワーク
5)グループワーク
6)コミュニティワーク
7)児童福祉分野の特殊専門技術
参考文献
第II部--児童福祉各論
1 養護問題……〈安藤和彦〉
1.児童養護と養護問題
1)児童養護とは
2)養護問題とその発生原因
3)児童相談所の相談内容
2.福祉施策の現状
1)入所型養護
2)家庭型養護
参考文献
2 保育問題……〈杤尾 勲〉
1.児童福祉における保育
2.保育制度の変遷
3.保育を取り巻く環境
1)少子化の進行
2)女性の社会進出
3)家庭や地域の子育て機能の低下
4.保育施策の現状
1)保育所の現状
2)保育需要の多様化とその対応
3)少子化対策基本方針および新エンゼルプラン
5.保育所制度の見直し
6.今後の課題
3 健全育成問題……〈野口勝己〉
1.健全育成とは
1)青少年健全育成
2)児童健全育成
2.健全育成を阻害する諸問題
1)社会の変化
2)家庭の弱体化
3)地域の弱体化
4)遊びの変化
3.健全育成対策の現状
1)家庭づくりへの支援
2)地域環境づくり
4.遊びの活動への支援
5.健全育成の課題
参考文献
4 障害児問題……〈小野昌彦〉
1.障害とは
2.身体障害児とは
3.知的障害児とは
4.障害の次元について
5.障害をもつ人々の現状
1)障害をもつ人々の数
2)障害をもつ子どもへの対策の現状
6.今後の課題
1)障害者ロ健福祉施策推進本部による中間報告からの課題
2)中央児童福祉審議会による「今後の知的障害者,障害児施策の在り方について」からの課題
参考文献
5 情緒障害・非行の問題……〈山口泰弘〉
1.情緒障害
1)情緒障害とは
2)不登校
3)ひきこもり
4)いじめ(学校内暴力)
5)家庭内暴力
6)自 殺
7)自閉症
2.非行の問題
1)現代の非行問題
2)非行児童処遇の歴史
3)非行児童処遇の体系
4)児童自立支援施設の生活と処遇
3.情緒障害・非行問題対策の課題
参考文献
6 母子等福祉問題……〈山田修平〉
1.単身家庭の現状
1)母子家庭の現状
2)父子家庭の現状
3)寡婦家庭の現状
2.母子および寡婦・父子福祉対策
1)母子福祉対策
2)寡婦福祉対策
3)父子福祉対策
3.課 題
参考文献
7 母子保健問題……〈山田修平〉
1.母子保健の状況
2.母子保健対策の現状
3.母子保健の課題
1)身近な保健対策の必要
2)心の対策の重視
参考文献
終章――児童福祉の課題 子どもを産み育てることに夢を……〈井上 肇〉
1.不登校児の問題
2.児童虐待の問題
索引
第I部--児童福祉総論
1 児童福祉を学ぶために……〈井上 肇・叶原土筆〉
1.児童福祉の先達の遺業に学ぶ
2.「子どもの最善の利益」の擁護者であること
3.国際児童福祉を学ぶ
4.体験によって児童福祉を学ぶ
5.児童福祉の当面の課題
2 児童福祉の理念と概念……〈野口勝己〉
1.児童福祉の理念
1)児童福祉法
2)児童憲章
3)児童権利宣言
4)児童の権利条約
2.児童福祉の概念
1)最広義の児童福祉
2)広義の児童福祉
3)狭義の児童福祉
4)児童福祉概念の拡大
3.児童観・児童処遇の発達
1)児童観の発達
2)withの精神
4.児童家庭福祉とウェルビーイング
1)児童家庭福祉
2)児童とウェルビーイング
参考文献
3 児童の発達と福祉……〈野口勝己〉
1.児童と家庭
1)家庭の重要性
2)人間と家族
3)家族の機能
4)家庭養護と社会的養護
2.児童と社会
1)遊び集団・仲間集団
2)学 校
3)地域社会
3.現代の家族・社会の諸問題
1)家族の諸問題
2)現代社会の諸問題
4.発達保障としての児童福祉
参考文献
4 児童福祉の歴史……〈山口泰弘〉
1.欧米の歴史
1)救貧対策における児童問題
2)イギリス新救貧法の誕生
2.わが国における児童福祉の生成と発展
1)近世までの児童救済
2)明治期・慈善救済事業の誕生と児童救済
3)大正デモクラシーと近代社会事業の成立
4)昭和大恐慌と救護法
5)戦後緊急保護対策から児童福祉法の制定へ
6)児童福祉法の大幅改正と児童福祉改革
3.児童福祉の先人たち
1)石井十次
2)石井亮一
3)留岡幸助
4)野口幽香・森島峰
5)渡辺海旭
6)糸賀一雄
7)ペスタロッチ
8)ロバート・オーエン
9)エレン・ケイ
10)モンテッソーリ
参考文献
5 児童福祉の制度と実施体制……〈山田修平〉
1.制度の体系
1)法体系
2)サービスの概要
2.実施体制
1)行政組織
2)審議機関(児童福祉審議会)
3)実施機関
4)児童福祉施設
参考文献
6 児童福祉の従事者と専門技術……〈山口泰弘・安藤和彦〉
1.児童福祉に携わる人々
1)従事者の職種(児童福祉の機関と職員)
2)職務内容と資格および倫理綱領
2.児童福祉の専門技術
1)望ましい従事者像
2)児童福祉従事者と専門技術
3)児童ケアワーク
4)ケースワーク
5)グループワーク
6)コミュニティワーク
7)児童福祉分野の特殊専門技術
参考文献
第II部--児童福祉各論
1 養護問題……〈安藤和彦〉
1.児童養護と養護問題
1)児童養護とは
2)養護問題とその発生原因
3)児童相談所の相談内容
2.福祉施策の現状
1)入所型養護
2)家庭型養護
参考文献
2 保育問題……〈杤尾 勲〉
1.児童福祉における保育
2.保育制度の変遷
3.保育を取り巻く環境
1)少子化の進行
2)女性の社会進出
3)家庭や地域の子育て機能の低下
4.保育施策の現状
1)保育所の現状
2)保育需要の多様化とその対応
3)少子化対策基本方針および新エンゼルプラン
5.保育所制度の見直し
6.今後の課題
3 健全育成問題……〈野口勝己〉
1.健全育成とは
1)青少年健全育成
2)児童健全育成
2.健全育成を阻害する諸問題
1)社会の変化
2)家庭の弱体化
3)地域の弱体化
4)遊びの変化
3.健全育成対策の現状
1)家庭づくりへの支援
2)地域環境づくり
4.遊びの活動への支援
5.健全育成の課題
参考文献
4 障害児問題……〈小野昌彦〉
1.障害とは
2.身体障害児とは
3.知的障害児とは
4.障害の次元について
5.障害をもつ人々の現状
1)障害をもつ人々の数
2)障害をもつ子どもへの対策の現状
6.今後の課題
1)障害者ロ健福祉施策推進本部による中間報告からの課題
2)中央児童福祉審議会による「今後の知的障害者,障害児施策の在り方について」からの課題
参考文献
5 情緒障害・非行の問題……〈山口泰弘〉
1.情緒障害
1)情緒障害とは
2)不登校
3)ひきこもり
4)いじめ(学校内暴力)
5)家庭内暴力
6)自 殺
7)自閉症
2.非行の問題
1)現代の非行問題
2)非行児童処遇の歴史
3)非行児童処遇の体系
4)児童自立支援施設の生活と処遇
3.情緒障害・非行問題対策の課題
参考文献
6 母子等福祉問題……〈山田修平〉
1.単身家庭の現状
1)母子家庭の現状
2)父子家庭の現状
3)寡婦家庭の現状
2.母子および寡婦・父子福祉対策
1)母子福祉対策
2)寡婦福祉対策
3)父子福祉対策
3.課 題
参考文献
7 母子保健問題……〈山田修平〉
1.母子保健の状況
2.母子保健対策の現状
3.母子保健の課題
1)身近な保健対策の必要
2)心の対策の重視
参考文献
終章――児童福祉の課題 子どもを産み育てることに夢を……〈井上 肇〉
1.不登校児の問題
2.児童虐待の問題
索引