やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

第2版に当たって

 『地域リハビリテーション原論』を上梓してまだ1年が経たないが,おかげさまで予想を超える多くの人々に読んでいただき急遽増刷することになった.しかし,なにせ講義の教材用にとレジュメを集めて急いで編集したため,初版はずいぶん荒っぽい内容になり,内心忸怩たるものがあった.また親しい読者からは図表や内容について,増刷の折りには少しでも改めてほしいという積極的なご意見やご要望をいただいた.誠に有り難いことだと感謝の気持ちで一杯だった.ことに,社会心理的評価や終末期リハビリテーションについては関心が高く,この間,私自身も随分勉強になり,それなりに考えも深まったように感じた.
 「地域リハビリテーション」の定義に関しては,2001年10月に沖縄で開かれた日本リハビリテーション病院・施設協会の理事会で一部改められるなど大きな変化があった.さらに,全国回復期リハビリテーション病棟連絡協議会の第1回の研究大会が2001年12月15,16日に東京で開かれたり,パワーリハビリテーション研究会が立ち上がって,平成14年2月に第1回の研究大会が開催されるなど,このところリハビリテーションにかかわる動きが非常に活発化しているように感じられた.
 一方,介護保険と保健事業である機能訓練事業との関係も極めてホットな議論が展開されており,介護予防,地域リハビリテーション支援推進事業,介護保険がらみでは介護老人保健施設や在宅でのリハビリテーション等についてもたびたび耳にし,まさに地域におけるリハビリテーションの機運は急速に高まっているように思える.私も茨城県立医療大学で2002年1月に開催された第6回日本在宅ケア学会の会長講演で,これらの動向をふまえて発表させていただいた.
 このような時期なので,時代に遅れることのない内容をと考えているおり,増刷の機会なので,第1刷を購読してくださった方には大変申しわけないが,第2刷は思い切って改訂版にしてはということになった.
 大きく変わったところはないが,図表は新しいものを追加したり,わかりやすく改変したものもある.終末期リハビリテーションについては「定義」を試みた.意のあるところをおくみとりいただき,改訂版についてもぜひご意見をたまわりたい.
 今後も読者と共に恐れず改訂を続け,常に新しい「原論」にしたいと考えている.
 平成14年3月
 大田仁史

はじめに

 「地域リハビリテーション」という言葉がようやく市民権を得るようになった.何をもって正式とするかは別として,厚生省(現在,厚生労働省)がはじめて使ったのは,おそらく地域リハビリテーション支援推進事業の検討が始まってからだと思う.日本リハビリテーション医学会では随分前から使われていた.しかしその定義はなく,当初は「地域とは何ぞや」といった哲学的な話から在宅での理学療法の方法論まで,ないまぜになった議論が展開されていた.そして現在なおマイナーな領域である.全国地域リハビリテーション研究会が発足したのは25年も前であったが,この会でも定義を明確にするにはいたらなかった.1991年に日本リハビリテーション病院協会(現在,日本リハビリテーション病院・施設協会)の地域リハビリテーション検討委員会が,今後変更されうることを前提に,それまでの多くの議論を集約するかたちで定義したものが現在では一般的になりつつあるように思う.
 たしかに「地域」と「リハビリテーション」の双方とも広い意味合いで使われてきた言葉であるので,合成された「地域リハビリテーション」をきちんと定義しようとするとなかなかむずかしい.そういう意味からしても,その落ち着き先はなお不透明かもしれない.ただ,ノーマライゼーションに向かってあらゆる領域の活動を包含していこうとする流れで整理しようとするのは,大方の了解するところではないかと思う.
 このような状況のなかで少子高齢社会を迎えてしまった.病院をはじめとして,施設,在宅の現場には具体的なリハビリテーションケアのニーズが高まる一方である.介護保険の導入と同時に「介護予防」や「リハビリテーション前置主義」といった新語も登場した.そのいずれも,理学療法や作業療法などリハビリテーション医療の中心的な技術を保健や介護の現場に導入しようとするものである.保健から始まって福祉の領域まで,確実にリハビリテーション医療で培われた技術が必要とされる時代になったのである.
 たしかに技術としてのリハビリテーションは急速に進歩した.しかし,よくよく現場をみてみると,急性期の医療にィいても福祉施設においても,また在宅サービスにおいても,リハビリテーションケア(リハビリテーション・ケアではない)の絶対量が不足している.もちろん専門職種が不足しているのだが,一方翻って考えてみると,リハビリテーションの思想・技術がまだまだ医療者,福祉関係者,一般に普及していないように思える.がんを予防す驍フと同じように寝たきりになることを予防する感覚が乏しい.人々の多くが,人間にふさわしいケアのなされないがんの末期と同じように,寝たきりの状態がいかに非人間的であるかを知らないのである.そして何より悲しいのは,悲惨な姿の寝たきりになることが十分防げることを知らないことである.
 21世紀は人権の時代ともいわれる.人権の反対の極は虐待である.つくられた寝たきりはまさに虐待である.ハビルス(habilus)の語源はラテン語で,適する,ふさわしい,という意味であることはリハビリテーションを学ぶ者はだれでも知っている.これはまさに虐待のアンチテーゼである.リハビリテーションの理念は,疾病や障害,老衰などによって人から人間らしさを奪わない,すなわち虐待をしないという決意の表明ともいえる.この理念がすべての人々の常識になることを願う.
 どんな姿になろうとも人間が人間でなくなるわけではない.人間が人間であるために根本的に求められることは何か.それはかかわる者がその人をどれだけ人間としてみるかにかかっている.現在,リハビリテーションはそのことを医療の現場に厳しく問いかけている.保健や福祉の現場においても同様ではなかろうか.リハビリテーションの理念と技術は,保健・医療・福祉を含め生活にかかわるあらゆる領域に求められている.リハビリテーションケアという言葉が一般的に使われるようになることを期待したい.
 茨城県立医療大学の理学療法学科,作業療法学科,看護学科の地域リハビリテーション概論の講義用にノートを作った.500部ほど印刷したが不足してしまった.地域の課題は日々変わる.教材も柔軟に対応しなければならない.変革の時代には進んで時代を切り拓く考えも提示する必要がある.そのようなことを考えながら毎年自分で編集するのは正直しんどい.そのことを医歯薬出版の岸本舜晴氏に話したところ,私見を含めて論ずること,場合によっては毎年改変することも可能であるとの配慮をいただき,「原論」としてこの書を上梓することを勧められた.ご批判は大歓迎.繰り返し改定して論を深め,学生諸君に必要に応じ新しい原論を提示できればこんな幸せはない.
 平成13年盛夏
 大田仁史
 第2版に当たって
 はじめに

PROLOGUE
1.地域リハビリテーションとは
  (1)思想としての地域リハビリテーション
  (2)地域リハビリテーションの定義
2.地域リハビリテーション活動の基本
3.在宅リハビリテーションと病院(施設)内リハビリテーションの考えかたの整理
4.地域リハビリテーション活動の時代的流れ
5.制度にみられる地域リハビリテーション
6.退院してから苦難のリハビリテーション
7.終末期のリハビリテーション
8.閉じこもり症候群の予防
9.介護保険とリハビリテーション
10.保健事業としての機能訓練事業の重み
11.機能訓練事業全国アンケート調査概要
12.地域リハビリテーションにかかわることなど
13.諸外国の地域リハビリテーション
[付録] 各種評価法等

 索引