やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

はじめに

 現在,わが国は急速な高齢化の進展とそれに伴う高齢世帯の増加,核家族による介護力の低下,介護者の高齢化が顕著となりつつあり,在宅生活を支援する人材の充実が喫緊の課題の一つとなってきている.これに対してはホームヘルパー(訪問介護員)や介護福祉士,社会福祉士,あるいは理学療法士(PT)・作業療法士(OT)等の職種を中心に新しい時代に対応した養成が急がれてはいるものの,依然十分な状況にあるとはいえない.
 一方,国においては,新たな高齢者介護システムの柱として,2000(平成12)年4月から介護保険制度をスタートさせ,それに伴い医療法の一部改正など社会保障制度の抜本的な改革を図ろうとしている.そのなかでは在宅生活を重視した施策の展開が図られ,本人の意思(自己決定権)を尊重し,自立した生活を支援していくことが明確化されている.
 また,介護保険制度の本格実施に向け,介護支援専門員(ケアマネージャー)の養成も着実に行なわれつつあり,訪問調査員や介護認定審査会委員の研修も進められている.
 このような経過を踏まえ,1999(平成11)年10月からは 「要介護認定」作業が始まり,これによってどのような状態像の人が,どの程度の介護度となるのか,その輪郭も明らかになりつつある.一昨年までのモデル事業においては,一次判定で使用されるコンピュータソフトの内容は明らかにされず,まさにブラックボックスであったが,昨年その概要が明らかにされた.さらに,介護認定の本実施にあたっては, 「障害老人(あるいは痴呆性老人)の日常生活自立度判定基準」も参考にすることが示されてきている.
 これまでは 「障害老人(あるいは痴呆性老人)の日常生活自立度判定基準」に即して,提供すべきケアサービス(リハビリテーションケア)の基準が考案・作成されてきたが,介護保険施行後は 「要支援・要介護1〜5」という要介護認定に基づいて,それぞれのランクごとにケアのスタンダードを創っていくことが必要になる.今は,まさにその過渡期であり,「自立度判定基準」に基づく区分とそれに即したケアのスタンダードを明確にすることが,「要介護度区分」ごとのケアのスタンダードづくりへの転換の基礎となる.なぜならば, 「要支援・要介護1〜5」という区分は形式(数理)的には 「介護時間」で推計されているが,状態像を示す指標は 「自立度判定基準」をベースとして組み立てられているからである.
 「自立度判定基準」あるいは 「要介護度」ごとのケアのスタンダードを作成することは,的確なケアを効率的に提供するために必要であると同時に,ケアを提供する際の視点および目的を明確化するうえでも重要なことである.その視点は自立支援とQOLの向上であり,目的はノーマライゼーションの具現化にあるといえるであろう.
 介護保険制度の理念は 「利用者本意の介護サービスの提供」であり,それをケアマネジメントの手法を用いて実践することが制度上義務づけられている.すなわち,要援護高齢者やその家族が地域社会で生活を継続していくために,利用者のかかえている諸問題を利用者の立場に立って把握し,それに基づき保健・医療・福祉の垣根を越えて総合的にサービスを提供する.それがケアマネジメントの核心であるが,その際の基準は利用者の 「健康で幸せな生活の実現」である.換言すれば,これまでサービス提供者の都合や論理を基準にして提供されがちであったサービスから,その人が求めているその人にふさわしい生活を実現するためのサービスへと転換することを意味するものである.それが 「利用者本位」ということであり,サービス利用者の側に立ったケアマネジメントである.
 一方,介護者に対する支援も忘れてはいけない.ケアマネジメントする際に要援護高齢者と共に介護する家族をも支えるという視点が大切である.施設ケア偏重から在宅ケア重視へと時代は転換しつつあるが,介護する家族に対する支援なしには在宅ケアは成立し得ない.それは要援護高齢者の増加に対して,他方での女性の就業率の上昇,介護者の高齢化などをみても明らかである.実践的指針として 「私的介護に依存した在宅ケアから社会的援助を基礎とした地域ケア」への脱却が求められているわけである.
 本書はこれらの状況を踏まえ,ケアの最前線に勤務する保健・医療・福祉関係者ならびに関連する人々を対象に,これからのサービスを提供していくうえで必要不可欠な視点(考えかた)や援助方法をまとめたものである.まとめるにあたっては,1993(平成5)年に厚生省より示された 「障害老人の日常生活自立度(寝たきり度)判定基準」を基本とし,疾患(疾病)などではなく 「状態像」を重視した.また,介護保険制度を視野に入れ,介護サービス計画(ケアプラン)作成にあたって,より実際の援助サービスが理解しやすいよう多くの事例を盛り込んだ.
 構成としてはIV編からなっており,I編では,援助サービスを提供するうえで必要な自立支援とQOLの向上,および判定基準の概要について,II編では,判定基準の一指標となっている「移動」に関する福祉用具についての特徴や適応を解説している.III編では,判定基準の各ランク別にその状態像を詳しく説明するとともに,ケアプラン作成の指針を示している.ここでは,各ランクに該当する方々をどのように理解する必要があるのか,あるいは適切なサービスをどのように提供していけばよいのかを,本書のモティーフである 「移動」, 「自立」, 「QOL」にそってまとめている.IV編では,在宅生活を支援する各種サービス提供機関を含め,施設での介護援助のありかたも解説している.そのなかでは,サービス提供のみならず,施設に求められる基本的姿勢や視点を明らかにし,実際の事例を通して解説している.
 以上が本書の構成であるが,本書の特徴は前述したように疾病ではなく状態像に着目している点にある.その狙いは実際の生活状態を明らかにすることを通して,その人の生活障害を改善していくことにある.その際の基本的視点となるものが自立支援とQOLの向上ということであり,その目的を実現するためのサービス提供のありかたをまとめたのが本書である.
 著者は,1973(昭和48)年より,一理学療法士として,地域リハビリテーション活動に携わってきたが,今日このような活動が全国的に広がりを見せていることはうれしい限りである.これまでの実践で大切にしてきたことは,その人らしさを尊重し,その人らしく生活することのできる豊かな地域社会の醸成ということであり,ノーマライゼーション思想の具現化といっても過言ではない.
 本書のなかでも述べているが,今後のサービス提供は 「与えられるもの」から 「権利として利用するもの」というように,主体はあくまでサービスを受ける本人や家族にある.われわれの役割は直接的なサービス提供はもちろんのこと,その権利が円滑かつ積極的に行使できるよう適宜情報を提供していくことにある.
 現在,わが国の福祉をはじめとした各種社会保障制度は大きな変革期にある.この大きな変革期のなかでわれわれがなすべきことは時代に翻弄されることなく,当事者や家族を真に支えていくということであり,その本質を見極める眼をもつということである.制度がどのように変化していこうとも,その人の生活を支えていくことに変わりはない.制度は後ろからついてくるものであり,必要な制度を自らの手でつくりあげていく実践が重要である.そのような専門家が一人でも多く育つことを心から祈念するとともに,本書がその一助となれば幸いである.
 2000年1月編者 山本和儀
はじめに 山本和儀

I編 介護援助総論

 1章 自立とQOLの向上をめざす介護援助とは 山本和儀
 自立とQOL

 2章 介護援助における 「障害老人の日常生活自立度(寝たきり度)判定基準」の意義 山本和儀
 今なぜ,なにゆえ判定基準なのか
 判定基準作成までの経過
 判定基準の基本的視点
 判定基準ランクの内容
  ランクJ ランクA ランクB ランクC
 日常生活動作(活動)の状況
  自立:a 一部介助:b 全介助:c
 各ランクを判定するうえでの留意点
 まとめ

 3章 介護保険と要介護認定等 山本和儀
 要介護認定等と介護認定審査会の役割
  要介護・要支援の認定 介護認定審査会の役割 介護認定審査会の問題点と課題
 特記事項
 特定疾病
 ケアパッケージと社会資源
  ケアパッケージとケアプランケアマネジメントの核心 ケアマネジメント上の留意点

II編 移動のための福祉用具の基礎知識 ・制度・種類・適応・使いかた

 1章 福祉用具の概念 財津真人・田尻泰久

 2章 福祉用具の公的援助制度 財津真人・田尻泰久
 福祉用具(機器)給付に関連する法律
 児童福祉法,身体障害者福祉法
  補装具の交付 重度障害児(者)日常生活用具給付等事業
 老人日常生活用具給付等事業
 介護保険法における保険給付
  居宅介護サービス費における福祉用具の貸与(福祉用具のリース)
  居宅介護福祉用具購入費 居宅介護住宅改修費

 3章 福祉用具の選択・適用 財津真人・田尻泰久
  生活障害の評価 福祉用具の選択・適用

 4章 移動のための福祉用具 財津真人
 生活動作と移動
 移動のための福祉用具の実際
 杖
  T字杖 4点杖 ロフストランド杖 肘支持型杖 視覚障害者用杖 松葉杖 杖の処方と歩行方法(主として片手での使用の場合)
 歩行器
  固定型歩行器 交互型歩行器 前輪付き歩行器
 歩行車(キャスター付き歩行器)
   3輪型歩行車 4輪型歩行車 その他
 車椅子
  標準型車椅子 片手駆動型車椅子 手押し型(介助用)車椅子 車椅子の各種機能について
 電動車椅子
  電動3輪車椅子 電動4輪車椅子
 手すり
 スロープ
 リフト
  床移動式リフト 床固定式リフト 天井走行型リフト 階段昇降型リフト 車椅子昇降型リフト

 5章 移乗と移動 町田由美子・田村茂
 移乗
 車椅子への移乗
 ベッドから車椅子への移乗:片麻痺の場合
 ベッドから車椅子への移乗:対麻痺の場合
 ベッドから車椅子への移乗:一部介助の場合
 ベッドから車椅子への移乗:全介助の場合
 車の乗り降り
 車椅子での移動
  坂道 段差 階段昇降 床から車椅子への移乗 エスカレーターの場合

III編 在宅における状態像からみた介護援助の実際

 1章 ランクJ 生活自立:何らかの障害等を有するが,日常生活はほぼ自立しており,独力で外出する
 ●ランクJ-1 交通機関等を利用して外出する 森山雅志
 介護援助の共通理解
 事例にみる介護援助の実際
  身体状況 心理状態 人的環境 物的環境 経済状況 痴呆状態
  ・事例1
  ・事例2
 ●ランクJ-2 隣近所へなら外出する 森山雅志
 介護援助の共通理解
 事例にみる介護援助の実際
  身体状況 心理状態 人的環境 物的環境
  ・事例1
  ・事例2

 2章 ランクA 準寝たきり:屋内での生活はおおむね自立しているが,介助なしには外出しない
 ●ランクA-1 介助により外出し,日中はほとんどベッドから離れて生活する 松野京子
  心身の機能低下の予防 社会性の拡大 介護支援 各種のサービス調整や他の事業への導入 関係機関や関係者の調整
  ・事例1 身体状況に問題をもつ場合
  ・事例2 心理状態に問題をもつ場合
  ・事例3 人的環境に問題をもつ場合
  ・事例4 物的環境(経済的)に問題のある場合
  ・事例5 痴呆状態の場合
 ●ランクA-2 外出の頻度が少なく,日中も寝たり起きたりの生活をしている 財津真人
 介護援助の共通理解
 事例にみる介護援助の実際
  身体状況 心理状態 人的環境 物的環境 痴呆状態
  ・事例1
  ・事例2
 まとめ

 3章 ランクB 寝たきり:屋内での生活は何らかの介助を要する.日中でもベッド上の生活が主体であるが,座位を保つ
 ●ランクB-1 車椅子に移乗し,食事,排泄はベッドから離れて行なう 森山雅志
 介護援助の共通理解
 事例にみる介護援助の実際
  身体状況 心理状態 人的環境 物的環境
  ・事例1
  ・事例2
 入浴ケア
  入浴ケアの視点 入浴に関する課題分析 まとめ
 ●ランクB-2 介助により車椅子に移乗する 町田由美子
 介護援助の共通理解
 事例にみる介護援助の実際
  身体状況 心理状態 人的環境 物的環境 経済状況 痴呆状態
  ・事例1
  ・事例2

 4章 ランクC 寝たきり:一日中ベッドで過ごし,食事,排泄,着替において介助を要する
 ●ランクC 22351 自力で寝返りをうつ 武原光志
 介護援助の共通理解
 事例にみる介護援助の実際
  ・事例1
  ・事例2
 口腔ケアの意義 吉田春陽
  食べる喜び・話す幸せを求めて 食生活の維持と改善 コミュニケーション手段としての言語と表情の確保 口腔内の保清 要介護認定と口腔ケア
 おわりに
 ●ランクC-2 自力では寝返りもうたない 山本和儀・田尻泰久
 介護援助の共通理解
  疾患の特徴をとらえる(リスク管理と予後予測) 廃用症候群,合併症を予防する 可能性を追求する(安静から自立へ) 介護負担を軽減する 生活空間を拡大する 自立とQOLの向上をめざすケアマネジメントとチームアプローチ
 事例にみる介護援助の実際
  ・事例1 高齢と疾患のため,生活空間の拡大が困難であった事例
  ・事例2 日中独居で,家族による介護が困難な事例
  ・事例3 母親の介護困難から自宅に閉じこもり,精神的にうつ傾向にあった事例

IV編 通所サービスを含む関連機関・施設 における状態像からみた介護援助の実際

 1章 リハビリテーション病院における介護援助の実際 田村茂
 リハビリテーション病院の特徴と役割
 事例にみる介護援助の実際
  ・事例1 寝たきり度:ランクB-2;回復期リハビリテーションが不十分だった事例
  ・事例2 寝たきり度:ランクB-2;高齢者夫婦所帯
  ・事例3 寝たきり度:ランクC-2;植物状態で全介助
 ニーズに接近するために
 おわりに

 2章 老人保健施設における介護援助の実際 武原光志
 老人保健施設の特徴と役割
 老人保健施設のケアの課題
 事例にみる介護援助の実際
  ・事例1
  ・事例2
  ・事例3
  ・事例4
  ・事例5
  ・事例6
 自立支援とQOLの向上をめざす老人保健施設ケアの核心
  ADL改善の中心的課題 家庭復帰と排泄自立 要介護者が望む生活の保証と家族支援 自立支援とQOL向上のためのチームアプローチ

 3章 特別養護老人ホームにおける介護援助の実際 坪山 孝
 特別養護老人ホームの特徴
 特別養護老人ホームにおける介護サービス計画策定の前提
  利用者の生活をどのように考えるか 専門職と利用者の関係 利用者の長所を発見する 今なぜ,個別サービス計画なのか 利用者の生活への参加
 自立度判定基準による分類
  心身の状態から分類した領域作成から理解できる課題 個別利用者に必要とされる介護サービス 介護サービス計画-ニーズへの対応
 まとめ

 4章 保健センターにおけるリハビリ教室 松野京子
 法的根拠
 目的
 実際の事業展開
  ・事例1

 5章 病院通所リハビリ(デイ・ケア)における介護援助の実際 町田由美子
 通所リハビリの目的
 通所リハビリの実際
  実施体制 通所リハビリプログラム 通所リハビリ参加者の機能 ボランティアの導入
  ・事例1
  ・事例2

 6章 日帰り介護(デイサービス)における介護援助の実際 藤田 徹・清水明彦
 寝たきり度・痴呆自立度にみる日帰り介護利用者の利用状況
  利用曜日別特徴 曜日別の利用状況
  1週間を単位とした考察
   1週間総計 他のサービス利用状況
 まとめ
  曜日毎の特徴 通所サービス利用者の現状 サービス提供上の矛盾

 7章 その他の在宅・通所施設における介護援助の実際 伊藤晴人・野村典子・林 伸子
  ・事例1
  ・事例2
  ・事例3