やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

監訳のことば

 糖尿病をもつ人たち,その人を支える家族の人たちには,ひとりひとりのこころの中に,その人だけの思いがあります.
 「わたしはもう20年も糖尿病の治療をしてきました.食事も運動もインスリン注射も血糖測定も一所懸命やってきました.でも,糖尿病にはもうこれでいいというところがないんです.ちょっとさぼるとすぐ結果に出るんです.治療をやめようとは思いませんが,ずっと努力していることをわかってほしいと思います」
 「あれが食べたい,これが食べたい.一日中食べ物のことばっかり考えています.ダメなことは十分わかっています.だけど,考えないようにしようと思うとよけいに気になって,気がつくと食べてしまっているんです.食べてから,ひどく後悔します.でも繰り返してしまうんです.何かいい方法があれば教えて下さい」
 「一人で食べるとき,食事療法がつらいと思うことはありません.けれど,友だちといっしょに食べるとき,断ったり,説明するのがつらいんです.一回でいいから,何にも気にしないで食べてみたい.『糖尿病は恥ずかしい病気じゃない』と言われたけれど,ひとに言うのはやっぱり恥ずかしいです」
 「夫は私に,『答のない“なぜ”を問うべきではない』と言います.けれども私は言ってしまうのです.『なぜ,あの子が糖尿病になってしまったのか』って.今あの子は,きちんと糖尿病の治療をしていますし,私ももちろん応援しています.だけど私は今でも思うんです.できれば私がかわってやりたいと」
 糖尿病をもつ人たちは,毎日毎日,食事や運動や服薬,インスリン注射や血糖測定などを行う必要があります.それらの方法については,診療所,病院,保健所,マスコミから十分な情報を得ることができますし,本もたくさん出ています.しかし,こころの問題についてはどうでしょうか?
 糖尿病を治療していくとき,いろんな感情に出会います.「なぜ私だけが」という怒りや恨み,合併症や低血糖への恐怖,「誰もわかってくれない」という孤独感,「何もかもいや」というゆううつ,血糖コントロールがうまくいかないときのイライラ,そして糖尿病やそれ以外の日常的なストレスなどです.また,糖尿病をもつ人たちを支える人たちも,どのように力になればいいのかと悩むことがあります.
 このようなこころの問題を処理していくことはとても大切なことです.糖尿病をもった人たち,およびその周囲の人たちが,いきいきと充実した人生を送るためには,たいへん重要なことなのです.この本は,そのための方法を集めています.第一部は糖尿病をもつ人たちに,第二部はその人たちを支える家族の人たちに向けて書かれています.だから,この本は,糖尿病をもつ人,その人を援助する夫や妻,両親,祖父母の方々や,すべての医療関係者に読んでいただきたいのです.この本には,困難な出来事に出会ったときに,どのように考えれば自分を守り,人を助けられるかという知恵がつまっています.だから,糖尿病の人たちにも,糖尿病でない人たちにもぜひ読んでいただきたいと思います.
 翻訳にあたっては何度も議論を繰り返し,できるだけわかりやすくなるように努力しました.とくに,辻井悟,久保克彦,岡崎研太郎氏の多大な貢献に感謝します.また,ジョークやアメリカの日常生活に関する表現については,スコット・マッキーマン氏に助言していただきました.糖尿病に強い関心を持っておられ,たいへん適切な解説をしていただけたことは幸運でした.
 最後に私たちを悩ませたのは,本のタイトルなのですが,これについては全く想像もできない方からプレゼントしていただきました.サブタイトルの『糖尿病を愛することなんて,もちろんできないけれど』は,私の大好きな小説家によるものです.
 また,遅々として進まぬ私たちの仕事を暖かく見守り,すばらしい本を作っていただいた,医歯薬出版編集部のケアにも感謝いたします.この本が,読者のこころを少し“ほっと”させてくれることを願っています.
 一九九九年五月吉日 石井 均

序文

 この本は,目には見えないこころの領域――思考,感情,本能,希望,夢,恐れ――について書かれています.糖尿病とともに生きるということは,目には見えないけれどもとても重要であるそうしたこころの領域に,影響を与えたり影響を受けたりします.風は目に見えませんが,夏のそよ風とハリケーンの違いはわかります.それと同じように,こころというものを見ることはできませんが,こころのバランスがくずれているとか,ばらばらになっていることはわかります.この本の各章は,糖尿病を生活や仕事や家族や自己の内面に適応させていく方法について,あなたに問いかけそして答を与えてくれます.質問に答え,そして回答を読むことによって,あなたに当てはまることは何かをゆっくり考えるチャンスが生まれます.ある人にとって役に立つ答が,ほかの人にも有効であるとは限りません.ある人にとってはとても意味のある質問が,ほかの人の共感をよぶとは限りません.この本は,糖尿病をもつ人のこころ,わたしたちのこころ,あなたのこころをケアするために,書かれた本なのです.
 この本の各章は,もともと『Diabetes Forecast』誌に掲載されました.それぞれの章は交響曲のように調和されています.同じ主旋律が,異なる楽器によって繰り返し演奏されます.糖尿病とともに生きるこころの旅では,それぞれの章に備えつけられた窓から,自分というものをじっくり見つめる必要があります.ほとんどの章が,私は誰なのか,私にとって最も大切なものは何か,どのようにすれば糖尿病とともに望むような生活ができるか,糖尿病とつき合っていくことで私自身や周囲の世界について何を学ぶことができるか,といったテーマについて繰り返し語りかけます.少しずつ違った観点からこれらの問題を解説しています.ある章は,他の章よりもずっと興味をそそられるかもしれません.また,今はそれほど意味があるとは思えなかった章が,1年先にはとても意味のあるものになっているかもしれません.音楽の重奏のように,この本は何度も何度も読み返してもらうつもりで作られているのです.なぜなら,私たちが変われば,それぞれの章のメッセージや影響力も同じように変わるからです.この本を,自分についてじっくり考えるための本,あるいは糖尿病をもつ人のこころを映し出す鏡だと考えてください.そして,そうしたこころは,人生を精一杯に生きようとするならば,しっかりケアされなければならないものなのです.
 R.M.Anderson,EdD
 監訳のことば 石井均
 序文 R.M.Anderson,EdD

第一部 完璧なひとなんかいない

第1章 否認?(私のことじゃない!)
 なぜ,否認するのか?
 微妙で,とらえにくい否認
 おわりに
第2章 いい気分でいられるようになりましょう
 自分自身のことをどう感じていますか
 他の人のことをどう感じていますか
 あなたは自分の糖尿病とどのようにつきあっていますか?
第3章 ストレスをコントロールする
 深呼吸リラックス
 動かすこと,ダンスすること,気づくこと
 感情/考え方チェック
 道具を使うこと
第4章 ゆううつを乗り越えて
 いつ援助を受けるか
 専門家を訪ねましょう
 薬物治療
 回復
第5章 運動するための心の準備をしましょう
 心のなかで討論するのをやめましょう!
 現実的な目標を設定しましょう
 周囲の人に協力してもらいましょう
 初期の変化を見つけましょう
 万難を排して,習慣を維持しましょう
 こうありたいと念じることが,それを実現する
第6章 食べてはいけないと思うと,食べたい
 食べ物と糖尿病
 積極的になりましょう
 食べたい物を食べる方法
 最善の道
 「だめ,だめ」という心の声
 無茶食いと絶食
 摂食障害にならないようにする
 食べ物に関係のない活動
 他人を助けること
第7章 柔軟性とリラックスのためのヨガ
 インドが起源
 運動
 呼吸することとリラックスすること
 より少ないストレス
 リラクゼーション
 ヨガの始め方
第8章 糖尿病に対処する
 対処の仕方
 組み込むこと
 感情の浮き沈み
第9章 前向きではない思考を振りはらう
 それに気づいたことがありますか?
 あなた次第です
第10章 自己評価
 始まり
 糖尿病は自己評価のどこに関係するのか?
 広い心で受けとめましょう
 否定的な思い込み
 私には価値がある
第11章 完璧であることの問題
 なぜ自分自身を傷つけるのか
 よくあることです
 あなたはどうですか?
第12章 ストレスに打ち勝つ
 性格のタイプ
 ストレスと糖尿病
 選択
 ストレスを処理する
第13章 最後に笑う者が勝者である
 笑いの効果は昔からよく知られている
 ちょっと笑ってみましょう
 マイナスの側面
第14章 あなたの対処の仕方は?
 あなたは,どちらですか?
第15章 怒り
 怒りとは何でしょう?
 怒りの悪循環に捕えられる
 怒りの悪循環を断ち切る
 怒りと仲良くしていきましょう
第16章 あなたの態度をテストする
 この尺度を用いるうえでの仮定
 まとめ
第17章 サポートグループを作りましょう
 期待できること
 サポートグループとは,特殊な集まりではありません
 準備すること
 開会
 その他
 落とし穴
 グループを続けていく
 さよならを言う

第二部 もしほんとうに援助してあげたいと思うのなら・・・

第18章 すすんで援助しようとする気持ち
 助けになりたいと思っている人たち
 援助しましょう,傷つけるのではなく
第19章 親として上手に援助していくための6つの秘訣
 親として上手に援助するための6つの方法
第20章 「おかあさん,わたしみんなと違うのはイヤ」
 糖尿病をもつ子どもとは?
第21章 プレティーン時代をのりきる
 どちらが本当?
 同じ,でも違う
 低血糖に直面して
 あなたはどうなの?
 プレティーンを過ごすうえでの15のガイドライン
第22章 心のふれあいを保つ
 あなたはこれから,どこで関わればよいのでしょう?
 さあ,今まで以上に
 あなたのするべきこと
 あなたは何を学べるでしょう?
 あなたは何を知らなければならないのでしょう?
 タイミング,規律
 内輪の人
 「おじいさん,おばあさん,愛してるよ」
第23章 自分を責めないこと
 誰もが抱く感情:罪悪感
 いろいろなものが,罪悪感を植えつけている
 罪悪感がもたらす弊害
 罪悪感に対処する
 広い視野
 「お母さんとお父さん,大好き」
第24章 夫婦が演じる心理的ゲーム
 心理的ゲームを終わらせましょう
 ちっとも楽しくない
 隠された心理的ゲーム
 あなたのやり方次第です
 心理的ゲームを防ぐ
第25章 援助する
 まず第一に,教育
 管理するか,援助するか?
 平穏な心
 あなた自身の生活はどうですか?
 配偶者が糖尿病になった時