やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

はじめに
 「すべての人に健康を Health for All」(WHO,1978)は,充実した日々の暮らしを送りたいという誰もが願うことを実現しようとする公衆衛生の目的である.充実した日々の暮らしとは,健やかであること,安寧であること,挑戦的であること,創造的であることなど人によってさまざまである.自分の望む日々の生活や人生を送るためには,個人の努力と社会環境が重要であり,保健師は看護職として,個人のQOLの向上と安心で安全な地域社会の構築に寄与している.
 人々の健康は社会のありように大きく影響される.現代社会は,グローバル化,情報化,少子高齢化が進行し,その変化のスピードは急速である.経済活動のグローバル化は,社会格差をもたらし,さらには健康格差の拡大につながっている.虐待や家庭内暴力などの問題が顕在化し,高い自殺率が続いている.地域社会においては,人と人のつながりが希薄になり,子育てや介護予防などにおける支え合いをとおしたソーシャル・キャピタルの醸成が課題となっている.
 保健師の活動は,母子保健や成人保健で培ってきた健康増進や疾病予防はもとより,介護保険や障害福祉など福祉分野にも拡大している.これらの活動は,保健医療福祉の包括的な活動であり,関係職種や関係機関との協働,市民参加,政策的な連携など,医学的なアプローチだけでなく社会科学的なアプローチがなされるようになった.感染症対策中心の公衆衛生から,ニューパブリックヘルス(新たな公衆衛生)へと転換がもたらされ,さらに阪神淡路大震災,東日本大震災などにおいては,地域に密着した保健師の活動が大きく評価された.
 これらの社会的な変化を背景に,社会のニーズに対応できる保健師の養成が看護基礎教育にも求められた.保健師助産師看護師法が2009(平成21)年に改正され,保健師養成の修業年限が6カ月以上から1年以上となった.それに伴い,2011(平成23)年に保健師助産師看護師学校等養成所指定規則(以下,指定規則)が改正され,保健師教育課程の履修単位数は23単位から28単位になった.この改正で,保健師教育課程の基盤となる科目名が「地域看護学」から「公衆衛生看護学」に変更された.科目名の改正は,21世紀の新たな公衆衛生の一翼を担う看護職としての保健師のあり方を明示している.つまり,エビデンスに基づいた実践の遂行と,実践の基盤になる学問の構築を意味しているといえる.
 保健師は社会が求める複雑困難な健康課題に向き合うことができ,自立した活動ができる自律した専門職業人である.それは優れた判断力と保健師としての哲学の上に成り立つものである.
 本シリーズ(全4巻)の発刊にあたり,編集の基本方針として,「保健師とは何か」,つまり,保健師の本質を捉えたうえで多様な活動を実践できる保健師の育成を意図した.本質とは,公衆衛生看護の倫理であり,保健師のフィロソフィー(哲学)である.保健師としてのアイデンティティ形成の最も基盤になるものである.第1に,保健師は,直接的な個人へのケアを行いながら,健康な地域づくりや施策化を行うことができる看護実践者である.第2に,保健師活動におけるものの見方や考え方は,公衆衛生看護学が基盤となることから,本シリーズでは活動(保健師活動)と学問(公衆衛生看護学)を明確に区別した.第3に,理念(理論)と技術(実践)の系統化を試み,理論と実践の融合をめざした.保健師にとって技術は重要であるからこそ,技術を活用して保健師活動を行うには通底に理念である公衆衛生看護を具備することが必要である.以上のことから,公衆衛生看護を深く学ぶことを目的としている.
 本シリーズの構成は以下のとおりである.
 ・第1巻「公衆衛生看護学原論」
 ・第2巻「公衆衛生看護技術」
 ・第3巻「公衆衛生看護活動I」
 ・第4巻「公衆衛生看護活動II 学校保健・産業保健」
 第1巻では,公衆衛生看護とは何か,どこにそのルーツがあるのか,何を対象とし,活動の根拠はどこにあり,どのような基本的な能力や技術が求められるのかなど公衆衛生看護の原点を学ぶ内容で構成している.
 「第1章 公衆衛生看護とは」では,公衆衛生看護の定義とそれを実践する「保健師」の定義,公衆衛生看護の機能と特徴について述べる.「第2章 公衆衛生看護の対象」では,公衆衛生看護の対象は健康の社会的決定要因や環境的決定要因も対象になること,また公衆衛生看護の対象を社会レベル,地域レベル,個人・家族レベルで示し,それぞれの特徴について解説している.「第3章 公衆衛生看護の倫理」では,専門職としての態度や行いを判断する際の基盤となるもの,それらに基づき実践の中で十分検討することの大切さについて理解を促す.「第4章 保健師のコアコンピテンシー」では,保健師のコンピテンシー(実践能力)とは何かについて理解し,自らのコンピテンシーを高める重要性を学ぶことができる.「第5章 公衆衛生看護の歴史」では,社会情勢とともに変遷する公衆衛生看護と保健師の役割とともに,変わることのない公衆衛生看護と保健師のあり方について述べる.「第6章 社会的健康の分析ツール」では,公衆衛生看護実践に共通して必要な公衆衛生看護疫学と保健統計,エスノグラフィック・アプローチについて述べ,その活用について学ぶことができる.
 第1巻の内容は第2巻,第3巻,第4巻の基盤になるが,イメージがつかみにくい場合は,その都度,関連する巻の該当箇所を読みながら,理解を深めてほしい.
 2014年3月
 編者一同
第1章 公衆衛生看護とは
 (麻原きよみ)
 1.社会の人々の健康を守る
 2.公衆衛生看護の定義
  公衆衛生とは 公衆衛生看護とは 保健師とは 公衆衛生看護と予防
  公衆衛生看護と地域看護
 3.公衆衛生看護の対象
  社会と社会システム 組織とグループ
 4.公衆衛生看護の機能
  公衆衛生の活動方法 公衆衛生看護の機能
第2章 公衆衛生看護の対象
 1.健康の社会的決定要因(永田智子)
  社会的環境と健康との関連 健康の社会的決定要因の定義と内容
  健康の社会的決定要因の改善に向けた取り組み ヘルスサービスと社会資源
 2.健康の環境的決定要因(永田智子)
  物的環境と健康との関連 環境の評価 外部環境に関する基準の例
  公害による健康被害 衣食住の衛生 環境問題に対する国際的な流れ
 3.活動の対象(佐伯和子)
  システムとしての地域社会 コミュニティとは 地域を取り巻く社会環境
  地域を構成する組織 地域を構成する個人・家族
第3章 公衆衛生看護の倫理
 (麻原きよみ)
 1.倫理は日常生活の中にある
 2.公衆衛生看護の倫理
 3.専門職としての保健師
 4.公衆衛生看護実践の基盤となるもの
  看護者の倫理綱領 公衆衛生の倫理 法と制度
 5.公衆衛生看護の倫理的実践における原則
  人々の人権を守る アドボカシー:その人らしく生きられるよう支援・サポートする
  対象となる人々や他職種と協働する 健康に関する社会的弱者を見出す
  最大の効果が得られるように公正に事業を実施する
  アカウンタビリティ(accountability)を果たす 秘密を守り(守秘義務),個人情報を保護する
  専門職として研鑚する
 6.公衆衛生看護実践における倫理的課題
  家族との意見の相違 他職種,行政事務職との意見の相違
  対象者から支援を求められない中でのかかわり サービスの公平な分配
 7.倫理的実践のために
第4章 保健師のコアコンピテンシー
 (岡本玲子)
 1.保健師のコアコンピテンシー
 2.保健師の基本的能力
  保健師の基本的能力と明確化の経緯 保健師の基本的能力の概要
 3.保健師の専門能力
  各国の保健師専門能力の枠組みにみるコアとなる専門能力
  日本における保健師の専門能力と明確化の経緯 専門職としての継続的なコンピテンシー開発
第5章 公衆衛生看護の歴史
 (小野若菜子)
 1.欧米の公衆衛生看護の始まり
  英国 米国
 2.日本の公衆衛生看護の歴史
  公衆衛生看護の草創期:明治・大正時代から第二次世界大戦まで
  公的な公衆衛生看護活動の確立:第二次世界大戦後の復興活動を通して
  高度経済成長期から現代における公衆衛生看護活動の発展
 3.保健師資格と公衆衛生看護教育の歴史
第6章 社会的健康の分析ツール
 (岡本玲子)
 1.公衆衛生看護疫学
  はじめに ターゲット集団と健康課題の明確化に活かす疫学
  支援や活動の評価に活かす疫学 スクリーニングに活かす疫学
  感染症,疾病の予防に活かす疫学 健康政策の立案・展開に活かす疫学
  健康に関する情報を住民・専門職に「つたえる」
 2.保健統計
  公衆衛生看護活動に保健統計,統計学を用いる
  ターゲット集団と健康課題の明確化に活用する 支援や事業・活動の評価に活用する
 3.エスノグラフィック・アプローチ
  エスノグラフィーとは エスノグラフィーの展開方法
  公衆衛生看護活動にエスノグラフィーを活かす

 資料
 (1) 地域における保健師の保健活動に関する指針
 (2) 看護者の倫理綱領
 (3) ICN看護師の倫理綱領