やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社


 本書は『JOURNAL OF CLINICAL REHABILITATION』(臨床リハ)誌に連載されていたものを主体としている.リハビリテーション(以下リハ)対応が求められるスポーツ外傷・障害を種目別に,手術的治療が主ではなく,リハの処方(評価,リハプログラム)やスポーツ選手本人にどう対応し,何を教えるかを解説した.運動療法,理学療法を中心とした対応となるので,医師と理学療法士の共通の理解が得られるようにポイントを設定して執筆いただいた.連載時の野球,サッカー,水泳等の16種目に加えて,バドミントン,体操競技,トライアスロン,スピードスケートを新規項目やコラムとして追加し,計20種類のスポーツ種目のスポーツ外傷・障害を取り上げた.
 素晴らしい著者陣に執筆いただいたので,内容はとても豊富である.本書の内容は,多様なヒトの営みをスポーツという枠の中で種目のフィルターを通して見えてくるもの,といってよいと感じた.また,さまざまな視点でヒトの動きを考えることができる.
 編集作業で通読したが,興味深く,とても勉強になる.特に,自分に経験のない競技の話はおもしろい.スポーツ障害とは実験を見ているようなものと感じてきた.つまり,スポーツができる運動能力の高い人たちでも同じ練習,同じトレーニングを重ねる中で同じような障害をある確率で起こしてくるという点である.といっても,障害を起こすほうが少数派である.そこで,外傷・障害を起こす原因,要因の追求が必然となる.スポーツ医学の知見,知識が集まると,診断,治療のみならず,予防,さらに競技力の向上につながっていくのである.すなわち,スポーツ医学はケガや痛みの対策以外としても,スポーツ選手の役に立つのである.
 ラグビーの山田睦男先生が本書で述べている言葉をすべてのスポーツ選手に伝えていきたいと思った.「Safety=High Performance」,つまり,目指すは競技力の向上であり,高い能力を身につけることにより安全にプレーできるという意味である.安全であるためには適切な技術と適正な体力,筋力が必要である.このような点でも名人といわれるプレーヤーになろうと選手に提言したい.そのためにも,われわれ医療者には過去の経験知を受け継ぎ,まだ知られざる病態,治療法を探すという努力を続けていく必要がある.
 運動不足の一般社会人では腰痛や肩こり対策として勧められる水泳だが,競技選手になると腰痛,肩痛等が起こることは知られていた.しかし,本格的な対策は,国立スポーツ科学センターの活動が軌道に乗った最近になってようやく始まったばかりである.競泳と飛込の違いはあるものの,水泳選手に共通する腰痛は,体幹,骨盤,股関節の使い方の指導によりコントロールできることが最新知見として述べられている.2012年のロンドンオリンピックでの成果がここにあったということである.
 身体の使い方についての知見は他の種目でも紹介されている.柔道の項目では,「くずし」「つくり」「掛け」という伝統の言葉が紹介され,柔道障害のメカニズムを学べる.野球の項目では,投球フォームを中心として投げ方の指導で投球障害を治療していることが,豊富な訓練内容の写真とともに述べられている.これは,肩のインピンジメントを防ぐには胸郭の回旋ローリング動作により肩甲骨から動かすことが肝要と言い換えると,すべての種目に応用できる.
 陸上競技の項目では,基本的な予防にアイシングとストレッチングと筋力トレーニング,メディカルチェックの他,疲労骨折に骨代謝マーカーを利用して早期診断をしていることが述べられ,新しい検査技術が取り入れられていく現状がうかがえる.
 スポーツは老若男女あらゆる人達が行うが,卓球ではラケットの重さが成長期の選手には問題であると指摘され,スキーでは骨量の減少した高齢者の前十字靱帯損傷や脛骨高原骨折の問題点が指摘されている.いくつかの例を挙げたが,枚挙にいとまがないほど興味深い内容が本書には詰められている.
 さらに,書籍化にあたって読者のためにコラムを追加した.一例を挙げると,スポーツ障害の多くがエンテーシス障害であることに鑑み,熊井司先生らにお願いしてエンテーシスの基本的知識とリハを行ううえでの注意点等をコラムで述べてもらった.
 また,総論として知っておくべき基礎知識を最後に置いた.ここでは編者がさまざまな種目の特性を考えながら,共通する身体運動の基本は何か,障害を起こさない身体の使い方について考えるところを書かせてもらった.
 最後に,本書の書名にもある「外傷・障害」という用語であるが,英語では“injuries”で外傷と慢性障害を含んでいる.外傷の“傷”と障害の“害”を合わせて「スポーツ傷害」という表現があるが,傷害事件の傷害をイメージするのでよくないという意見に従い,本書では「スポーツ外傷・障害」に統一した.ただ単独で“障害”とした場合は慢性障害という意味である.
 序文をここまで書いて,盛りだくさんの内容を消化できるか心配になっているが,興味に任せいろいろな種目と自分の種目とを比較していると,よいアイディアも浮かんでくると思われる.ぜひ,座右に置いて愛読されたい.
 2014年9月
 編者を代表して 渡會公治
1.野球
 (西中直也,筒井廣明・他)
 column 肩・肘投球障害以外の野球障害のリハビリテーション(柚木 脩,高橋康輝・他)
2.サッカー
 (清水邦明,鈴川仁人・他)
 column Enthesis障害のリハビリテーションの注意点(篠原靖司,熊井 司)
3.バスケットボール
 (三木英之,清水 結)
 column メカニカルストレスによる軟骨の障害(福井尚志)
4.バレーボール
 (西野衆文,荒井正志)
 column 高身長選手の注意点(西野衆文)
5.ラグビー
 (山田睦雄)
 column アメリカンフットボールでの脳振盪後の対応(山田睦雄)
6.テニス
 (別府諸兄,新井 猛・他)
7.バドミントン
 (仲村一郎)
8.卓球
 (小笠博義)
9.ゴルフ
 (渡會公治)
10.体操競技
 (瀬尾理利子,高橋佐江子・他)
11.陸上競技
 (桜庭景植)
 column 箱根の山はキビシイ(桜庭景植)
  フィールド競技における外傷・障害の特徴(桜庭景植)
12.水泳
 (小泉圭介,金岡恒治)
13.トライアスロン
 (林 光俊,中島靖弘)
 column トライアスロン競技について―ロング(鉄人レース)とショート(オリンピックディスタンス(林 光俊)
  自転車競技の特性―トラックレース(富和清訓,熊井 司)
14.スキー
 (栗山節郎,星田隆彦・他)
 column 膝関節外傷以外のスキー外傷(栗山節郎,星田隆彦・他)
  「寒冷地・高所」でのスポーツ(栗山節郎,星田隆彦・他)
  スピードスケートの障害と予防対策(村上成道)
15.柔道
 (宮崎誠司)
 column 柔道の本質(宮崎誠司)
16.剣道
 (宮本賢作)
17.相撲
 (長瀬 寅)
18.レスリング
 (中嶋耕平)
19.ボクシング
 (大槻穣治,福島一雅)
総論 共通するスポーツ障害の対策―基本動作の再学習
 (渡會公治)

 索引