やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

はじめに
 本書は,コミュニケーションの一形態であるコーチングを科学的根拠に基づいてリハビリテーション医療に活用できるよう,読者をコーチするツールとして著されました.振り返って私たちが「難病患者を支えるコーチングサポートの実際」(2002年,真興交易医書出版部)によって医療の領域に初めてコーチングを紹介してから7年が経過したことになります.
 もともと「目標を定め,現状とのギャップを明らかにし,行動計画を立てて実践し,その結果をフォローする」という未来志向のコミュニケーションは,リハビリテーション医療の現場で日常的に行われてきたことです.したがって,コーチングをリハビリテーション医療技術の一つとして位置づけるのは一見容易なことにみえました.それが甘い考えと知るのは後のことで,今でも簡単なことではないと思っています.第一に,コーチングの効果に関するエビデンスがありませんでした.このため自分達でエビデンスを明らかにする必要があり,いくつかの介入研究を遂行してきました.第二に,コーチングに精通したリハビリテーション医学研究者がほとんど見当たりませんでした.幸い研究を通して,コーチングを理解したリハビリテーション専門職であり,臨床家でかつ研究者でもある仲間が集まりました.
 ところでコーチングが広く知られるようになり,医療コミュニケーションの問題すべてをコーチングで解決できるような物言いを目にすることがあります.また証拠なく有効性を主張する書物も目にするようになりました.ようやく医療の領域に双方向のコミュニケーションという文化が根付きつつある今,コーチングが科学的根拠に基づく技術として適切にリハビリテーション医療に取り入れられることが大切と考えます.本格的な研究開始から6年足らずしか経っていないにもかかわらず,本書を敢えて企画したのはそのような状況に一石を投じたいと思ったことによります(小石というよりは塵のようなものかもしれませんが).
 本書の構成ですが,第1章から第7章までは理論編,第8章が事例編です.巻末にはコーチングを学ぶための研究会や図書の一覧をつけました.理論編では,スキルの概要(第1,2章),医療分野におけるエビデンス(第3章),リハビリテーション医療における意義(第4章)と介入研究の紹介(第5章)に加え,臨床実習指導における活用(第6章),そしてスキル研修の組み立て方(第7章)が述べられています.随所にみられる,学術専門書としては異色の軽いノリにコーチングのエッセンスを感じていただければと思います.
 事例編には,読者がコーチングを練習するためのドリルをつけました.家庭や職場で,最初は安全な環境や状況のなかで練習し,それから実際の医療面接などに応用するとよいでしょう.また読者の理解を助けるために適宜用語解説を入れました.そして「STORY」として「介護」に活かすコーチングの事例を一つだけ紹介しました.介護や介護予防へのコーチングの応用は,別の機会にまとめてみたいと思います.
 本書を通してコーチングの有効性とその限界,そして有効なコーチングを行うためにどのような構造を用意する必要があるのかを考えていただきたいと願っています.そのように自ら考える読者が,リハビリテーション医療のなかにコーチングを取り入れて下さり,それによって医療の質が向上するならば,筆者にとって望外の喜びです.
 最後になりましたが,本書の骨格をなす研究をともに行った仲間と,支援して下さった関係各位に心からの感謝を捧げます.
 平成21年5月
 出江紳一
 はじめに
理論編
第1章 コーチングとは
 1 コーチングとは?
 2 ティーチング,カウンセリングとの相違点
 3 コーチングの構造(GROWモデル)
 4 コーチングマインド
第2章 コーチングコミュニケーションのスキル
 1 コーチングカンバセーション
 2 コーチングスキル
  side memo ラポール(信頼関係)の形成
第3章 医療コーチングのエビデンス
 1 はじめに
 2 生活習慣改善プログラムにコーチングを活用することのエビデンス
 3 服薬や治療のコンプライアンスに対するコーチングの効果
 4 患者と医療スタッフ間のコミュニケーション改善に向けてのコーチングの効果
 5 間接的介入(患者本人ではなく,親への介入など)の効果
 6 電子的コーチング(eコーチング)の効果
 7 これから取り組むべき課題
第4章 リハビリテーションとコーチング
 1 はじめに
 2 障害への適応を支援する
 3 目標設定を支援する
 4 視点の移動を通して現実対処能力と動機づけを高める
 5 運動学習の促進と廃用・過用症候群への対処
 6 障害者家族とコーチング
 7 問題点を整理し生活の再建を支援する
 8 おわりに
第5章 コーチング技術を応用した神経難病患者に対する心理社会的介入の効果
 1 非薬物的介入としてのコーチング
 2 脊髄小脳変性症患者へのコーチング介入効果-ランダム化比較試験-
 3 脊髄小脳変性症患者へのテレコーチング介入の機能-質的研究-
第6章 PT・OTの臨床実習指導や研修医指導に役立つコーチング
 1 臨床実習を取り巻く現状
 2 機能しない臨床実習におけるコミュニケーションの問題点
 3 患者やスタッフとのコミュニケーションをテーマとした指導
 4 アンコーチャブルな学生・研修医
第7章 コーチングスキルトレーニング
 1 はじめに
 2 コーチングの概念を知る
 3 フィードバック
 4 安心感
 5 承認と質問〜コーチングの場面をイメージする〜
 6 継続的なトレーニングの必要性
 7 パーソナルファウンデーションを整える
 8 おわりに
事例編
第8章 疾患ごとのコーチングスキルの応用
 脳卒中のリハに活かすコーチング
  (1)急性期病院の場合
   事例1 脳塞栓症による片麻痺患者とベッドサイドで
    ドリル1 日常生活で次のことに意識を向けたり練習したりする
    COLUMN リハ・コーチに必要なスキル
   事例2 診察室で麻痺のことを話題にする
    ドリル2 日常生活で次のことに意識を向けたり練習したりする
   事例3 回復期病院への転院を間近に控えた患者
    ドリル3 気がかり(言葉にならない漠然とした引っかかり)に注意を向ける
  (2)回復期病院の場合
   事例4 転院して間もない回復期病院で
    ドリル4 日常生活で次のことに意識を向けたり練習したりする
    COLUMN チャンクの横滑り
  (3)在宅生活期の場合
   事例5 しびれを話題にする
    ドリル5 日常生活で次のことに意識を向けたり練習したりする
 骨関節疾患のリハに活かすコーチング
  (1)後縦靱帯骨化症の場合
   事例6 手術後の外来作業療法で
    ドリル6 日常生活で次のことに意識を向けたり練習したりする
   事例7 外来で保存療法を続ける患者の気がかりを察知する
    ドリル7 気がかりを尋ねる
    COLUMN しびれのコーピング(coping)
  (2)特発性大腿骨頭壊死の場合
   事例8 術後患者からの電話による相談
    ドリル8 日常生活で次のことに意識を向けたり練習したりする
 神経筋疾患のリハに活かすコーチング
  (1)脊髄梗塞による対麻痺の場合
   事例9 対麻痺発症直後のベッドサイドで
    ドリル9 自分が立てているアンテナの指向性を知る
    COLUMN Natureかnutureか
  (2)多発性硬化症の場合
   事例10 患者の症状表現を医学的問題に翻訳する
    ドリル10 相づちのレパートリーを増やす
   事例11 退院後の訓練を話題にする
    ドリル11 リソースを明らかにする質問をつくる
    COLUMN 神経難病患者のためのコーチング
   事例12 退院を話題にする
    ドリル12 フォローアップする
  (3)脊髄小脳変性症の場合
   事例13 ADLが低下しつつある患者と病院の廊下で
    ドリル13 相手に自由に話してもらう

 STORY よみがえった母 ブラボー&アンコール
 巻末資料 コーチングをさらに学ぶために
 索引