やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社



 私は,長年にわたり整形外科医の立場でたくさんのスポーツ外傷を診てきた.このなかには避けえないものもあるが,急性外傷の一部と慢性外傷の大部分は,生理的な関節や筋肉の動きに注意して,疲労や過労から生ずるバランスの崩れを早期に発見することで予防できるものと考えている.
 スポーツドクターは,医学の場では外傷について最良の治療法を研究し,それを治し,理学療法士などパラメディカルスタッフと協力してより早くスポーツ活動に復帰させ,さらにそれらをいかに予防するかなどを追究している.また,同時にスポーツの場においては,選手,トレーナー,コーチ,監督など現場の人間とのつき合いを通して,それをどのように伝え,スポーツ選手や愛好家たちの健康を守っていくかを求められている.
 インフォームドコンセントが問われる時代であるが,医学的に正しいことでも,医師側の伝え方や聞く側の受け取り方によって,さまざまな結果がもたらされる.スポーツ選手の場合も例外ではなく,成長期に練習をしすぎて起こる骨軟骨の慢性外傷では,医学的には成長が止まるまではスポーツを控えることが大切であり,練習を休むように指導する.しかし,選手,指導者などスポーツの現場では,練習を続けたい,試合にでたいという気持ちから,取り返しがつかなくなることもよくある.スポーツドクターは医学的に正しい情報をスポーツ現場に正しく伝え,それが正しく行われるように指導しなければならない.
 この巻では,頭頸部,体幹のスポーツ外傷について,スポーツの動きを総合的に眺め,その原因を分析して,治療や予防するときに判断する目を養っていただきたい.
 スポーツ界では,「強い選手は大きく見える」といわれる.これは身体の大小を表すのではなく,自分の関節や筋肉をめいっぱいに大きく動かすと,大きなパワーが引き出されるので,よい成績につながることを示している.
 長野オリンピックで,清水選手は小さな身体を大きく使い金メダルを獲得した.かつての王選手のバッティングや桑田投手のピッチングはどっしりしていて,大きく,力強い.また,貴乃花の四股は足が高く上がり非常に美しく見え,安定した強さを誇っている.
 それぞれ種目は違うが,強い選手は滑らかで,美しく,無駄の少ない動きをしている.そして,この動きはしっかりした芯(頭部,体幹)に支えられて生まれてくる.芯が不安定だと,上肢,下肢に余分な力がかかり,手足の筋肉の力が推進力につながらない.
 本書は,日本でスポーツ医学の研究,診療,教育を進めながら,スポーツ医療の現場でそれを実践する多くの仲間によって書かれた.この場を借りて,そのご協力に感謝し,御礼申し上げたい.さらに,本書がスポーツ医療に携わる人に活用され,スポーツ外傷が減り,スポーツ選手や愛好家が楽しく,安全に活動し,そして強くなれるよう祈っている.
 なお,目次中ので囲んだ項目は,内容構成上,主項目には掲げないが,特に解説する意義のあるものを選び掲載している.参考にしていただければ幸いである.
 2000年4月 高尾良英
 序
 目次

1 頭部
 総論 山下俊紀
  1.解剖,生理
   1)構造
   2)機能の局在と症候
   3)バイタルサイン
   4)脳ヘルニア
   5)意識障害
  2.意識障害の評価法
 頭部外傷 山下俊紀
  1.発生
  2.病態
   1)頭皮挫創,頭血腫
   2)頭蓋骨骨折
   3)脳外傷の考え方
   4)脳振盪
   5)脳損傷(脳挫傷,びまん性脳損傷)
   6)頭蓋内血腫-急性硬膜外血腫
   7)頭蓋内血腫-急性硬膜下血腫
   8)頭蓋内血腫-その他
   9)頭蓋内血腫-慢性硬膜下血腫
  3.頭部外傷の重症度の考え方
  4.スポーツ現場での処置
  5.医療機関での検査,治療
  6.慢性期治療と後遺障害
   1)症候性てんかん
   2)punch drunker症候群
  7.事故発生の予防とメディカルチェック
   1)事故発生の予防
   2)メディカルチェック
  8.スポーツ復帰に向けて
 コンタクトスポーツにおける頭部外傷に対する現場での対処法 黒澤尚
  1.脳振盪の発生状況
  2.いわゆるセカンドインパクト症候群の存在
  3.現場での対処法
  コンタクトスポーツにおけるMRIによるメディカルチェック(阿部 均)
    当院スポーツクリニックにおける頭部メディカルチェックの紹介 頭部MRIによるメディカルチェックの結果 頭部メディカルチェックの結果のフィードバック方法 頭部メディカルチェックの結果と症例の経過 医療機関とアメリカンフットボール,ラグビー現場との連携と安全対策
 熱中症(川原貴)
    運動と体温調節 熱中症の病態と処理 スポーツによる熱中症事故発生の実態 スポーツによる熱中症の予防

2 顔面
 総論 新橋武
  1.顔面の部位的特徴
  2.顔面スポーツ外傷の発生頻度
  3.顔面スポーツ外傷の発生機転
  4.facial danger zone
  5.顔面骨の解剖的特徴
  6.顔面外傷における救急処置
   1)気道の確保
   2)止血処置
   3)髄液漏の処置
  7.主要部位における診断上のチェックポイント
    顔貌 前頭部 耳部 鼻部 眼窩部 顔面中央部 口腔 下顎部
 顔面皮膚・軟部組織の損傷 新橋武
  1.麻酔
  2.創処置に対する考え方
  3.創縫合法のポイント
  4.現場での処置
  5.スポーツ復帰へのプログラム
  6.二次変形の治療
 顔面骨骨折 新橋武
  1.治療における基本的考え方
  2.おもな顔面骨骨折の主要な臨床症状
    前頭骨骨折 blow out fracture 頬骨骨折 鼻骨骨折 鼻骨篩骨骨折 LeFort型骨折 下顎骨骨折
  3.現場での処置
  4.おもな顔面骨骨折の治療方針
    前頭骨骨折 鼻骨骨折 鼻骨篩骨骨折 blow out fracture 頬骨骨折 LeFort型骨折 下顎骨骨折
  5.スポーツ復帰へのプログラム
  6.予防
  7.二次変形の治療
 歯牙損傷 安井利一・山本美朗
  1.発生
  2.病因
  3.臨床症状
    外傷性歯根膜炎 歯冠破折 歯根破折 歯牙脱臼 歯牙陥入
  4.診断
   1)一般的診断
   2)フローチャートによる診断
  5.スポーツ現場での処置
   1)外傷性歯根膜炎による処置
   2)破折に対する処置
   3)脱臼に対する処置
   4)陥入に対する処置
  6.治療方法
  7.予防
   1)マウスガードの種類
   2)マウスガードと競技力
   3)マウスガードの調整
  8.齲蝕の予防と咬合管理
   1)齲蝕の予防
   2)咬合管理
 耳鼻咽喉科の外傷 野村公寿
  1.鼻出血
    発生 臨床症状・病態 診断 現場での応急処置 治療方針 治療 スポーツ復帰までの過程
  2.鼻骨骨折
    発生 病態 臨床症状・経過 診断 治療方針 治療 スポーツ復帰までの過程
  3.鼻中隔骨折
    発生 病態と臨床症状 治療
  4.耳介血腫
    発生 病態 臨床症状・経過 診断 治療方針 治療 スポーツ復帰までの過程
  5.鼓膜穿孔
    発生 病態 スポーツ現場での処置 臨床症状・経過 治療方針 手術治療 スポーツ復帰までの過程 予防
  6.気圧外傷
    発生 病態 スポーツ現場での処置 臨床症状・経過 診断 治療方針 治療 スポーツ復帰までの過程 予防
  7.音響外傷
    発生・病態 予防 臨床症状・経過 診断・治療
  8.迷路振盪症・良性発作性頭位眩暈症
    発生・病態 スポーツ現場での処置 臨床症状・経過 治療方針・治療 スポーツ復帰までの過程
  9.喉頭外傷
    発生 病態 スポーツ現場での処置 臨床症状・経過 診断 治療 スポーツ復帰までの過程
 眼科領域の外傷 黒坂大次郎
  1.スポーツ眼外傷の実態
  2.スポーツ現場における眼外傷の診断のポイント
   1)病歴の聴取
   2)診察に必要な器具・薬品
   3)視力検査
   4)眼球の検査
   5)眼科医への診察依頼
  3.眼瞼裂傷
    発生 病態 診断 スポーツ現場での処置 治療
  4.アルカリ眼外傷
    発生 病態 臨床症状・経過 診断 スポーツ現場での処置 スポーツ復帰までの過程
  5.結膜・角膜異物と角膜上皮障害
    発生・病態 臨床症状 スポーツ現場での処置
  6.球結膜下出血
    発生・病態 スポーツ現場での処置
  7.前房出血
    発生・病態 臨床症状・経過 診断 スポーツ現場での処置 スポーツ復帰までの過程
  8.外傷性視神経障害
    発生・病態 診断 スポーツ現場での処置
  9.穿孔性眼外傷
    発生・病態 診断 スポーツ現場での処置
  10.網膜障害
    発生 臨床症状・経過 スポーツ現場での処置 スポーツ復帰までの過程
  スポーツビジョン(真下一策)
    スポーツビジョンとは スポーツビジョン検査 スポーツビジョンと競技力 ビジュアルトレーニング

3 頸部
 総論 戸口淳
  1.解剖
  2.機能解剖
   1)上位頸椎
   2)中下位頸椎
 頸髄損傷 戸口淳
  1.受傷機転
   1)受傷機転による分類
   2)スポーツによる外傷の発生
   3)重症度分類
   4)発生要因
  2.メディカルチェック
  3.先天奇形
   1)Os odontoideum
   2)癒合椎
   3)脊椎分離・すべり
   4)発育性脊柱管狭窄
  4.治療
  5.スポーツ復帰
  6.予防
 水泳の飛び込みによる頸髄損傷 山田均・武藤芳照
  1.発生
  2.予防
   1)個体の要因
   2)環境の要因
   3)方法および指導・管理上の要因
  3.スポーツ現場での処置
  4.症例
 コンタクトスポーツにおける頸髄損傷の実態と予防対策-アメリカンフットボールでの例 下條仁士
  1.アメリカでの予防対策の歴史
  2.頸部傷害(頸椎損傷,頸髄損傷)の特徴(受傷機転)
  3.推定される頸部外傷(頸椎損傷,頸髄損傷)の損傷部位
  4.頸部傷害(頸椎損傷,頸髄損傷)リスクファクターの研究
  5.アメリカンフットボール選手の頸椎X線所見
  6.重大事故の予防
   1)筋力強化は必要条件である
   2)頭部からはコンタクトしない
  コンタクトスポーツにおける一過性四肢麻痺(阿部  均)
    一過性四肢麻痺10例の受傷機転,臨床症状,経過,予後 一過性四肢麻痺の病態 一過性四肢麻痺に対する安全対策
 頸部・上肢の疼痛 中川種史
  1.頸椎捻挫
    発生 症状 スポーツ現場での処置 補助診断 治療
  2.神経根障害
    発生 病態 症状 診断 補助診断 治療 予防
  3.腕神経叢損傷
    症状 診断 補助診断 スポーツにおける本症 治療

4 胸部
 総論 半澤隆・桜井雅夫
 胸部外傷 半澤隆・桜井雅夫
  1.胸壁骨性損傷
   1)外力による肋骨骨折
   2)肋骨疲労骨折
   3)胸骨骨折
  2.外傷性気胸
   1)外開口性気胸
   2)内開口性気胸
   3)閉鎖性気胸
   4)緊張性気胸
  3.自然気胸
    病態
  4.血胸
    病態 治療
  5.乳糜胸
    発生 病態 症状 診断 治療
  6.気管・気管支損傷
    発生 病態 症状 診断 治療
  7.肺損傷
    発生 病態 症状 診断 治療
  8.縦隔気腫
    発生 病態 症状 診断 治療
  9.食道損傷
    発生 症状 診断 治療
  10.横隔膜損傷
    発生 病態 症状 診断 治療
  11.心・大血管損傷
   1)心筋挫傷
   2)心破裂
   3)大動脈損傷

5 腹部
 緒論 鈴木忠
 腹部外傷 鈴木忠
  1.腹部外傷に伴うおもな病態
   1)腹壁,背部,骨盤などの損傷
   2)腹部外傷に起因する出血
   3)腹部外傷に起因する腹膜炎
   4)腹部外傷に伴う臓器不全
  2.臓器別にみた損傷の発生機序と病態
   1)管腔臓器損傷
   2)実質臓器損傷
  3.現場での判断と処置
   1)腹壁損傷を生じた場合
   2)腹壁損傷を認めない場合
 泌尿器外傷 石堂哲郎
  1.外傷(破裂)
   1)外陰部の打撲・外傷(挫傷,裂傷など)
   2)精巣(睾丸),精巣上体(副睾丸)の破裂および捻転
   3)膀胱,尿道の損傷
   4)腎破裂(腎外傷,腎損傷)
  2.その他
   1)血尿
   2)ミオグロビン尿症
   3)勃起機能障害(インポテンス)
   4)腎機能とスポーツ

6 胸椎・腰椎
 総論 城所靖郎
  1.解剖
   1)椎骨
   2)椎間板
   3)椎間関節
   4)支持靱帯
  2.機能解剖
   1)前方部分の生体力学
   2)後方部分の生体力学
   3)姿勢およびその変化
   4)腰痛の予防,訓練法
   5)復帰のスケジュール
 腰背痛 城所靖郎
  1.運動分節から生じる疼痛
  2.周囲の筋・筋膜性疼痛
  3.予防
  4.診断と治療のポイント
 腰椎分離症 久野木順一・梅ヶ枝健一
  1.発生
  2.自然経過
  3.分離症,分離・すべり症にみられる神経根障害
  4.予後
  5.臨床症状
   1)無症状例
   2)腰痛
   3)下肢痛
  6.診断
  7.画像所見
    X線所見 CT MRI 骨シンチグラム
  8.治療方針と治療
   1)保存的治療
   2)手術的治療
  9.スポーツへの復帰
 腰椎椎間板ヘルニア 大久保衞
  1.診断
   1)臨床症状
   2)理学所見
   3)脊柱機能(筋力)評価
   4)画像所見
   5)鑑別診断
  2.治療方針
   1)目標(ゴール)の確認
   2)方針決定に関する諸要素
  3.治療
   1)保存的療法
   2)運動療法
   3)観血的療法
  4.スポーツ・リハビリテーション
   1)保存的療法例
   2)観血的療法例
   3)トレーニング療法の成否
  5.予防対策
  キモパパイン療法(勝呂徹)
    キモパパイン療法とは キモパパイン療法の適応 キモパパイン注入後の経過および成績 合併症 スポーツ選手に対するキモパパイン療法の適応
 腰背痛の運動療法 浦辺幸夫
  1.発生機序
  2.病態
   1)伸展型の腰痛
   2)屈曲型の腰痛
  3.臨床症状
  4.診断
  5.現場での処置
  6.治療
  7.スポーツ復帰までの過程
  8.予防
 脊椎・脊髄損傷 内田昭雄
  1.発生と予防
  2.病態
    脊椎損傷の安定性 機能障害の評価 能力障害の評価
  3.現場での処置
    救命処置 合併損傷のチェックと治療 損傷脊椎固定と輸送
  4.臨床症状,経過,診断,治療
    救急室にて
  5.治療
    全身管理と合併症の予防 局所治療
  6.リハビリテーションと社会復帰
    運動療法 作業療法 体育訓練 職業前訓練 社会資源の活用
  7.スポーツ復帰
  スカイスポーツでの脊椎・脊髄損傷(菊地健)
    外傷の種類 脊椎損傷 神経損傷 原因 治療 予防

文献
索引