やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

序文

 近年,周産期医療の進歩により核黄疸による重度アテトーゼ型脳性麻痺は激減し,痙直型片麻痺も同様に減少している.Intact survivalを目標とする周産期医療ではあるが,救命率の増加に伴い重度な脳障害を残して生存するケースが増えている.現在の周産期医療における三大疾患には慢性肺機能障害,未熟児網膜症,脳室周囲白質軟化症があげられている.われわれ理学療法士が深くかかわる疾患は脳室周囲白質軟化症(PVL)である.このPVLに起因する痙直型四肢麻痺,痙直型両麻痺は減少する傾向はみられていない.また,PVLの発生原因は出生前と出生後の多重要因により引き起こされ,有効な治療はいまだ確立されていない.
 少子化現象で子どもの出生率は減少している反面,低出生体重児の出生率はわずかながらも増加傾向にある.そのため,低出生体重に由来する発達障害児は今後も理学療法士の治療対象として存在し続けると考えられる.早期に乳児の発達障害の兆候を発見し,適切な介入を行うことが現在求められている.看護領域では乳児に優しいNICU環境,看護操作,ポジショニングなどの研究が進められており,10年前と比べ格段に改善している.
 わが国において理学療法士がNICUにかかわり始めてから約20年が経過している.新生児期の理学療法士の関与は神経行動学的評価を主として,運動療法,ポジショニング,哺乳などの介入が行われてきた.神経行動学的評価としてDubowitz,Brazelton,Alsなどによる評価・介入がおもなものであったが,近年PrechtlによるGeneral movement(GM)のゲシュタルト認知による観察手法で新生児の発達障害の兆候を早期発見する研究が多く行われている.この流れの影響を受けているためと思われるが,Dubowitzの神経学的評価の改訂版には自発運動の項目が増え,GMによる評価が加わっている.明らかな脳障害は画像診断によって発見されるようになったが,画像診断によっても見つけることができない微細な脳機能障害について,今後GMをはじめ神経学的評価手法で微細な脳機能障害をどれだけ早期に発見することができるか研究を押し進めていく必要がある.
 発達障害児の運動療法はBobath,Vojita法の導入からおおよそ30年以上が経過した.Bobath法は神経発達学的治療として浸透し,広く応用されて臨床の場で展開されてきている.また,Vojita法についても現在に至るまで広く臨床応用されてきている.時代の流れのなかでいろいろな治療手技が隆盛し衰退してきたが,本来変わることのない本質的なものが存在し,それは時代の流れに影響を受けず色あせることなく受け継がれていくものである.
 脳障害をもつ発達障害児の理学療法に長年従事し,大学教育のなかで小児理学療法を担当してきたなかで,学生に受け継いでいく内容に比重の異なることを経験してきた.そのなかの1つに,発達の過程で獲得する基本的で必須の機能,とくに移動能力を獲得するための機能は理学療法において重要なものといえる.これらの基本的機能が獲得されていく過程において,姿勢反応の成熟は非常に重要な位置を占めていると考えている.筆者は重力に逆らって姿勢をコントロールするための最低獲得必要条件として立ち直り反応を位置づけている.とくに減捻性もしくは反回旋性と呼ばれる立ち直り反応群は頭部・胸郭部・骨盤部の三分節の位置を常に正しい位置関係に保vつ基本となる.臥位レベルの発達でこの位置関係を正常に保つ機能が獲得されなければ,そのあとに続く抗重力姿勢へと続く体幹の垂直化に問題を残してくる.
 筆者はこの減捻性の立ち直り反応時間の短縮と相関して運動機能の発達が進歩することを確認している.このことは脳性麻痺に限らずすべての発達障害児に共通していえることでもある.また,抗重力方向への減捻性立ち直り反応時間の短縮が立位・歩行獲得と強く相関していることも確認している.これらの立ち直り反応の誘発は子どもの自発運動として表出されるため,他動的要素は非常に少なくなる.
 重症心身障害児と呼ばれる子どもたちに,姿勢の管理のために多様な器具の開発が行われているが,重症心身障害児が自らの力で運動を行う機会をいかに増やすかといった視点を強調した研究は少ない.筆者らは寝たきりの重症心身障害児の減捻性立ち直りを中心に運動療法を実施しデータを集積しているが,反応時間が最初数分もかかっていたケースが繰り返しにより1分を切るようにまでなると,年齢にかかわらず自発運動が増加することを認めている.このことは,日頃の運動量が絶対的不足の状況にある重症心身障害児の自発運動量の増加は健康な体力を獲得していくことにもつながる.また,運動療法に協力を期待できない乳幼児や重症児に自発的な運動の増加を目標とし,より障害部位の自発運動の増加を通して痙性の減弱が期待できる.
 本書は,金沢大学医療技術短期大学部時代から広島大学医学部保健学科の小児理学療法関連の科目を担当してきたこれまでの講義資料をまとめたものである.出版にあたって長期間励ましを頂いた医歯薬出版の関係者の方々に深く感謝致します.
 2002年5月
 河村光俊
 監修者のことば
 序文

第1章 歴史的にみた脳性麻痺
第2章 発達障害児の治療のための評価
 1.事前に行うべきこと
     1)両親への説明
     2)評価環境
     3)両親(母親)の観察
 2.評価の基本
     1)基本的評価の流れ
     2)観察のポイント
     3)仮説を立てる
     4)正常運動発達要素の欠落
 3.姿勢反応の評価(立ち直り反応群)
     1)体に働く頚の立ち直り反応
     2)頭に働く体の立ち直り反応
     3)体に働く体の立ち直り反応
     4)視性立ち直り反応
     5)迷路性立ち直り反応
     6)平衡反応
 4.姿勢緊張の評価
     1)小児神経学で使われている筋緊張の検査
     2)正常姿勢緊張
     3)プレーシング・ホールディング
 5.連合反応の評価
 6.発達のギャップ
 7.乳児期に問題となる姿勢と運動パターン
 8.知的発達の評価
第3章 姿勢と運動の発達
 1.腹臥位姿勢と運動の発達
     1)新生児の腹臥位姿勢と運動
     2)1カ月児の腹臥位姿勢と運動
     3)2カ月児の腹臥位姿勢と運動
     4)3カ月児の腹臥位姿勢と運動
     5)4〜5カ月児の腹臥位姿勢と運動
     6)6カ月児の腹臥位姿勢と運動
     7)7カ月児の腹臥位姿勢と運動
     8)9〜10カ月児の腹臥位姿勢と運動
     9)12〜13カ月児の腹臥位姿勢と運動
 2.背臥位姿勢と運動の発達
     1)新生児の姿勢と運動
     2)1カ月児の背臥位姿勢と運動
     3)3カ月vii児の背臥位姿勢と運動
     4)4〜6カ月児の背臥位姿勢と運動
     5)8カ月児の背臥位姿勢と運動
 3.座位の発達
     1)第1段階〜第2段階(新生児期から生後5カ月)
     2)第2段階
     3)第3段階
 4.立位と歩行の発達
     1)新生児期
     2)失立・失歩行期
     3)下肢への加重の始まり
     4)jumping stage
     5)bilateral weight bearing
     6)sequences to standing
     7)1歳6カ月以降の立位・歩行の発達
 5.手指機能の発達
     1)hand orientation
     2)hand orientationとgrope
     3)hand orientation, grope, grasp
     4)reach pattern
     5)物の持ちかえ
     6)pincer grasp
     7)releaseの発達
 6.移動の発達
     1)移動における皮膚の役割
     2)初期の移動と視覚とリーチ
     3)移動にみられる退行現象
     4)移動と三点支持面
 7.乳幼児のプレスピーチの発達
第4章 新生児集中治療室における理学療法
 1.新生児の分類
     1)出生体重による分類
     2)在胎週数による分類
     3)胎児発育曲線による分類
     4)臨床所見による分類
 2.未熟児にみられる主要な疾患
     1)子宮内発育不全児
     2)新生児仮死
     3)未熟児無呼吸発作
     4)呼吸窮迫症候群
     5)未熟児の慢性肺障害
     6)核黄疸
     7)動脈管開存症
     8)新生児低血糖症
     9)新生児頭蓋内出血
     10)嚢胞形成性脳室周囲性白質軟化
     11)未熟児網膜症
 3.未熟児の姿勢と運動の評価
     1)モロー反射
     2)把握反射
     3)非対称性緊張性頚反射
     4)足趾把握反射
     5)交叉性伸展反射
     6)恥骨上反射
     7)ガラント反射
 4.新生児神経行動学的評価
     1)慣れ現象
     2)運動と緊張
     3)反 射
     4)神経行動学的指標
     5)立ち直り反応
 5.未熟児の運動療法
第5章 脳性麻痺
 1.痙直型四肢麻痺
     1)痙性の分布
     2)関節への体重負荷,自発運動の意義
 2.痙直型両麻痺
     1)臨床像
     2)痙直型両麻痺の病因
     3)両麻痺の痙性分布
     4)両麻痺の発達の特徴
     5)両麻痺の頭のコントロール
     6)両麻痺のキッキング
     7)両麻痺の寝返り
     8)両麻痺のハイハイ
     9)両麻痺の起き上がり動作
     10)痙直型両麻痺の割り座に対するアプローチ
     11)両麻痺の移動
     12)両麻痺のつかまり立ち
     13)両麻痺の立位姿勢
     14)両麻痺の認知障害
     15)つま先歩きをする子どもたち
     16)股関節脱臼
 3.痙直型片麻痺
     1)初期症状
     2)片麻痺の発達の特徴
     3)アテトーゼ型片麻痺
     4)後天性片麻痺
     5)片麻痺の問題行動
     6)片麻痺の治療
 4.アテトーゼ型脳性麻痺
     1)アテトーゼ型脳性麻痺に共通する特徴
     2)アテトーゼ型脳性麻痺の分類
     3)アテトーゼ型脳性麻痺の治療
 5.弛緩型疾患
     1)脳性麻痺の初期症状としての弛緩
     2)姿勢および反応
     3)アテトーゼへの移行(移行期のサイン)
     4)弛緩児の治療
第6章 運動療法
 1.頭のコントロールのための運動療法
     1)背臥位での頭の回旋
     2)腹臥位での頭の回旋
     3)腹臥位での頭の挙上
     4)背臥位からの頭の屈曲
     5)頭の固定性を高める準備としての圧迫手技
 2.上肢の挙上運動とリーチの準備
 3.上肢の支持性
 4.脊柱の側屈可動性の準備
 5.脊柱の伸展可動性の準備
 6.パラシュート反応の誘発
     1)パラシュート反応誘発のための準備
     2)パラシュート反応の誘発
 7.減捻性立ち直り反応を応用した運動の誘発
     1)体に働く頚の立ち直り反応
     2)体に働く体の立ち直り反応
     3)抗重力方向への体に働く体の立ち直り反応

付録 新生児集中治療室でよく使用される略語
    Neurodevelopmental Profile of the Fetus and Premature Neonate
 索引