やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

監訳の序
 本書は,神経疾患に対するリハビリテーション(特に,理学療法)に関する実践書である.しかも,治療の背景となる理論や科学的根拠を詳説した上で,臨床における独自の実践方法を展開するユニークなテキストといえる.
 著者であるJanet H.CarrとRoberta B.Shepherdの両氏は,シドニー大学で長く教鞭を執られ,この分野では豪州国内はもとより国際的にも著名な研究者であり,臨床家でもある.その証拠に,彼女たちの著書は様々な国の言語に翻訳され,多くの人に読まれている.このたび,私どもが本書の日本語版を上梓できたことは大変に意義深く,光栄なことと思っている.
 本書の初版が発行されたのが1998年であることから,13年ぶりの改訂となる.初版を手にした時から,ぜひ翻訳して国内でこの内容を広めたいと考えていたが,その時点で発行からかなり時間が経過していたこともあり躊躇していた.ところが,2010年7月に本書の第2版が刊行されたことを知り,すぐに原著を入手して確認したところ,内容が大幅に改訂されており,その充実ぶりに驚きを隠せなかった.さっそく医歯薬出版を通じて日本語版翻訳権を取得していただき,共訳者として群馬大学の臼田 滋教授と茨城県立医療大学の大橋ゆかり教授のご理解とご協力も得られ,この日本語版が出版されることになった.
 初版から第2版を通じて,本書は運動機能障害の神経・筋制御,バイオメカニクス,運動技能の学習,さらに病態と適応に関する新事実とともに,認知と行動との関連性に関する科学的研究に基づいた神経リハビリテーションのモデルについて記述している.
 この第2版では,さらに最近の脳科学における研究成果をもとに,トレーニングの実践方法が具体的に解説されている.本書で概説したトレーニングガイドラインは,神経疾患患者の機能回復を促進するための,現代の科学的理解に基づいた新しい臨床実践の方法を提供している.既に発行されている,同じ著者による本書の姉妹書にあたる『Stroke Rehabilitation』と比較対照してみると,一部に共通した写真や図が用いられており,取り上げるテーマも共通していることから,著者らの一貫した主張(治療哲学)を読み取ることができる.
 本書第2版の初版との相違点は次の通りである.
 ・高いレベルの科学的研究や臨床実践に従事している5名の専門家の協力を得て,すべての章が刷新されている.
 ・動作特異的トレーニングやパフォーマンスを改善するためのエクササイズを提供するための生体力学的モデルが示されている.
 ・科学および根拠に基づいた臨床ガイドラインが提示されている.
 ・精神活動および身体活動に費やされる時間,およびプラクティスとエクササイズの強度を増大する神経リハビリテーションを提供する新しいアプローチが強調されている.
 ・最新の参考文献が付されている.
 本書で取り上げられている内容は,リハビリテーションでは中心的な課題であり,神経疾患の治療に従事している医師やセラピストにとって,理解すべき必須の事項といえる.
 最後に,本書を出版するにあたって労を厭われなかった医歯薬出版編集担当の皆様に心よりお礼申し上げる.
 2012年8月
 監訳者
 潮見 泰藏

第1版の序
 本書は,運動障害をもつ人に対するリハビリテーションの考え方とモデルを規定するための1つの試みであり,世界中で最も一般的に用いられているモデル,すなわち,名祖(エポニム)の促通-抑制モデルの1つの代替案を示したものです.ここでの見方は,病態と適応に関する最近の成果に伴う神経筋の制御,パフォーマンスの生体力学的側面,認知と動作の関係に関する分野の研究から,リハビリテーションの方法に関する情報を知り得るというものです.
 本書で,私たちは,運動科学研究を検討することによって,運動リハビリテーションが運動パフォーマンス,適正な筋力を確保するためのエクササイズとトレーニング,望ましい身体活動を行っていくための耐久性とフィジカルフィットネス,さらに環境との認知的な関わりに焦点を当てるべきであるということがわかると論じています.そして,障害をもつ者にとって,臨床家はコーチであり,動作のトレーニング方法や自主練習を計画する方法について高いスキルをもっています.セラピストは小児や高齢者を含む対象者の能力を過小評価するあまり,自分たちがコントロールできるトレーニング管理下に置こうと躍起になっていることがよくあります.1対1(マンツーマン)のセラピーは多くのリハビリテーション場面で好まれるスタイルですが,有用なエビデンスによると,1日に数時間はリハビリテーションに積極的に参加する必要があると指摘されています.これには,グループ練習のための計画と自主練習のためのワークステーションが必要となります.そのワークステーションでは,自主練習を可能とし,望ましい動作を促すようなトレーニング機器をデザインするために,セラピストがエンジニア,コンピュータ科学者,装具士,ジムの設備メーカーと協同して仕事を行うことが必要となります.問題解決の科学者としての臨床家は,研究を利用し,科学技術を適用する立場にあるのです.
 本書では,章全体を3つのグループに分類しました.第1章から第3章を通じて神経リハビリテーションに重要な3つの主要な問題に焦点を当てています.すなわち,適応システムの特性,機能的運動パフォーマンスの最適化と測定方法です.脳,神経系,筋および他の軟部組織は,使用されるパターンや経験にしたがって再組織化され,適応するということがしだいに明らかになっています.私たちは,個人に何が起こり,その個人が何を行うかが,自然に起こる再組織化や適応という現象に対して,正のあるいは負の影響を与えるということについて論じています.したがって,第2章では,神経リハビリテーションにおけるスキルの学習,身体的トレーニングおよびエクササイズに焦点を当て,認知的な関与と実践の重要性について強調しています.第3章では,その大半を,神経リハビリテーションでの利用に適した信頼性と妥当性の高い測定指標の選択について述べています.テストは,機能に関する包括的なテスト,運動パフォーマンスに関する特定の評価,筋力に関するテスト,知覚に関するテスト,機能障害に関するテスト,あるいは不安や自己効力感に関するテスト,というように測定のレベルによって分類されます.本書を通じて,リハビリテーションを構成する介入の効果を測定することの必要性について強調しています.
 第4章から第7章では,自立した効果的なライフスタイルにとって重要な動作に焦点を当てています.すなわち,起立と着座,歩行,リーチ動作と手の操作,バランス,パフォーマンスを改善するためのトレーニングやエクササイズの基盤となる枠組みとして,動作に関する生体力学的モデルを提示しています.
 第8章から第10章では,運動系(上位運動ニューロン,小脳)および感覚-知覚系の障害に関する生理学的および適応的側面に焦点を当てています.
 第11章から第14章には,脳卒中,外傷性脳損傷,パーキンソン病および多発性硬化症に関連した特定の病理学的機能障害,適応および能力障害について,さらに,これらの疾患に重要なリハビリテーションの特異的な点について記述しています.
 本書を通して,臨床実践で理論とデータに基づいた情報を利用する過程を明らかにするための参考資料を提供しています.理論や方向性を強く決定するものはこうしたエビデンスに基づいた資料であるため,私たちはアウトカム研究のための参考資料を収録することにしたのです.このことによって,ベストプラクティスを達成する手段として,プロトコル(あるいは,厳密に観察されたガイドライン)の開発と検証が可能となるのです.
 本書を執筆した目的は,臨床家が,さらに情報に通じた有能な実践者となって,次々にダイナミックで効果的な方法論につながる臨床研究や実験研究を促すことを意図した問題を提起するよう支援することです.
 最後に,私たちは,なぜ運動リハビリテーションの可能性がこれまで未開拓であるのか,本書によって読者が正しく認識されることを望んでいます.
 J.H.S
 R.B.S

第2版の序
 本書の第1版では,急性および慢性の脳障害をもつ患者の機能的運動パフォーマンスを最適化するために,デザインされた科学に基づくリハビリテーションの方法をどのように開発するか説明することを目指しました.10年が経過して,臨床試験や系統的レビューによるエビデンスによって,神経リハビリテーションで用いられる方法が学習やスキルの獲得に十分な刺激をもたらすことが明らかになりました.日常の動作を練習し,満足のいく生活状態や日常生活における参加に必要なレベルにまで,筋力,耐久性,有酸素フィットネスを増大させるには,精力的なエクササイズに十分な時間を費やす必要があることもまた明らかです.
 この新版では,同僚に加わっていただきました.彼らは,自らの研究と臨床実践のスキルを脳,運動と医学の領域に反映させています.実践的な臨床スキルを構築するための確固とした知識の基盤として,この分野の教育がリハビリテーション専門職にとって重要なのです.それと同時に,新たに加わった内容に新しい識見をもたらすことになりました.
 この新版では第1版で展開したテーマを継承しています.軟部組織や分節間のバイオメカニクスに関する理解や,身体的不活動や廃用に伴う呼吸循環機能や中枢に由来する二次的な変化による機能障害の特性に関する理解が高まっています.さらに,運動学習や認知科学に対する識見や運動科学や科学技術における進展によって,リハビリテーションチームにとって,より効果的なリハビリテーション方法の可能性を開発し,検証する機会が増えたのです.脳の可塑性や回復にプラスの影響をもつ要因について,その認識がよりいっそう高まることによって,リハビリテーション実践の進歩をもたらすことになりました.最適な進歩というのは,個人がどれだけ機会を利用できるかということにかかっていると思われます.集中的に,意味のある,しかもやりがいのある練習を,人々がどのように行うかによって,実際のリハビリテーション自体の過程に違いが生じると現在では認識されています.リハビリテーションチームは,急性期ケアやリハビリテーションで用いられる方法だけでなく,提供の仕方や退院後に起こる影響に対しても改善を図るよう努めています.エクササイズマシンを使用することによって,監視下でのグループによるプラクティスやエクササイズの機会が増え,双方向(対話型)のプラクティスによって課題に関連した身体的,精神的活動に費やされる時間が増えてきています.
 理学療法士は,初期に開発された,エビデンスによる支持の得られない方法論から離れて大きく変わりつつあり,最新の知識に合致した,しかも有望なエビデンスのある方法をしだいに用いるようになっています.適正な臨床試験の結果は,やがてはエビデンスに基づいた実践に寄与することになるのです.現在のリハビリテーション研究の関心とその研究の質が,明るい展望の根拠となっているのです.
 J.H.C.
 R.B.S.

 研究のストレスに耐えられない者は,知ることの楽しみを味わえないのである.
 Abd al-Latif
 バグダッドの医学者

謝辞
 本書の寄稿者である,Julie Bernhardt,Colleen Canning,Leanne Hassertt,Phu HoangおよびAnne Moseleyに感謝の意を表します.この第2版の改訂作業に一緒に協力していただき,喜びと光栄に耐えません.また,本書のために写真を掲載することに快く同意していただいた方々や寛大な支援をいただいたシドニー病院の理学療法士,特に,Bankstown-Lidcombe病院のKarl Schrr氏 Simone Dorsch氏とその同僚の方々,Illawarra Health ServiceのFiona Mackey氏,War Memorial HospitalのJill Hall氏とその同僚の皆様,Noeway TrondheimのAnne Loge氏とその同僚の皆様に感謝申し上げます.
 さらに,第11章の別表を校閲し,コメントをいただいたJeanette Blennerhassett氏に感謝いたします.
 本書の著者と出版社は,全体を通して掲載された図や写真を複製させてただいたことに感謝の意を表します.
 訳者一覧
 監訳の序
 第1版の序
 第2版の序
 謝辞・寄稿者
第1部 序章:適応,トレーニングおよび測定
 1 適応性のあるシステム:可塑性と回復
 2 運動制御のトレーニング,筋力とフィットネスの増強,スキル獲得の促進
 3 測定
第2部 課題関連型運動およびトレーニング
 4 起立動作と着座動作
 5 歩行
 6 リーチ動作と手の操作
 7 バランス
第3部 身体機能と構造,活動と参加の制限
 8 上位運動ニューロン障害
 9 小脳性運動失調(共著・Phu Hoang)
 10 体性感覚障害と知覚-認知障害
 11 脳卒中(共著・Julie Bernhardt)
 12 外傷性脳損傷(共著・Anne Moseley,Leanne Hassett)
 13 パーキンソン病(共著・Colleen Canning)
 14 多発性硬化症(共著・Phu Hoang)

 索引