やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社


 人間は活動する生きものである.活動には身体的活動のみならず,精神的活動も含まれる.なかでも,リハビリテーション医療の世界では日常生活活動(activities of daily living:ADL)を重視する.日本リハビリテーション医学会はADLを,「ひとりの人間が独立して生活するために行う基本的なしかも各人ともに共通に毎日繰返される一連の身体的動作群をいう.この動作群は,食事,排泄等の目的をもった各作業(目的動作)に分類され,各作業はさらにその目的を実施するための細目動作に分類される」と定義している(リハ医学13(4):315,1976).また,ADLの範囲は家庭における身の回りの動作(self care)を意味し,広義のADLと考えられる応用動作(交通機関の利用・家事動作など)は生活関連動作とするべきであると見解を述べている.ここで,身の回りの動作とは,食事動作,衣服着脱,整容動作,トイレ動作,入浴動作のことを指し,それらに起居動作,移動動作を含めて狭義のADLとすることが多い(われわれはそれらの動作群を日常動作とよんでいる).すなわち,日常動作を再建することがリハビリテーション医療では大きな課題なのである.そのためには,まず機能障害のない人々が定型的に用いている動作の運動学(kinematics)および運動力学(kinetics)を熟知することから始めなければならない.そのうえで,機能障害を運動の拘束条件として捉え,対象者の日常動作の再建における最適な運動パターンを示すことが求められるであろう.以上のことから,まずは日常動作を現象として捉え,正しい観察結果を共有することが何より大切であると考え,本書を企画した次第である.
 さて,本書では読者が内容を十分に理解できるよう2 部構成とした.第1 部は総論として身体運動学の基礎をまとめ,第2 部を読むために必要な用語や計測手法も解説した.第2 部は本書の中核をなし,各論として日常動作のなかでも単位動作(動作の最小単位)であるもの,または数個の単位動作で構成されているものを取り上げ,運動学および運動力学的データをまとめた.一方,本書で取り上げた動作のなかで,免荷歩行,水中歩行などは多くの方々にとっては日常的とはいえないかもしれない.しかしながら,本書の射程にリハビリテーション医療を入れた場合,それら動作の身体運動学的な基礎データは歩行の再建に重要であると判断し,ここに取り上げることにした.また,巻末には,身の回りの動作を中心に,それら動作を遂行するために必要な関節可動域を参考資料として掲載しており,臨床に大いに役立つものと期待している.
 本書がリハビリテーション医療に関心を寄せる方々の参考となり,最終的には日常動作に不自由を感じている人々に役立てば幸いである.最後になるが,本書を世に送り出すにあたり,医歯薬出版株式会社編集部にはたいへんお世話になった.本書の趣旨を的確に把握され,編集作業を支援いただいたことに心よりお礼申し上げる.
 2012 年3 月
 編者 藤澤宏幸
 序
第1部 総論
第1章 運動と動作(藤澤 宏幸)
 1 運動行動の階層性
 2 運動の発現機序
 3 動作の連合
 4 動作の定型性と最適化
第2章 関節運動の原理(藤澤 宏幸)
 1 関節の構造と運動
  1-1 関節の構造と運動自由度
  1-2 関節における運動
 2 筋収縮と張力
  2-1 筋収縮の様式
  2-2 筋張力
  2-3 筋力
  2-4 筋電図
 3 重力と関節運動
 4 関節運動と協調性
第3章 運動・動作分析(藤澤 宏幸)
 1 身体運動のレベルと分析方法
  1-1 身体運動のレベル
  1-2 身体運動レベルと観測対象
 2 動作レベルの分析方法
  2-1 観測対象
  2-2 測定手法
  2-3 分析方法
 3 運動レベルの分析方法
  3-1 観測対象
  3-2 測定手法
  3-3 分析方法
 4 筋レベルの分析方法
  4-1 観測対象
  4-2 測定手法
  4-3 分析方法
第4章 運動と姿勢(鈴木 誠)
 1 身体運動学における姿勢と姿勢制御
  1-1 姿勢
  1-2 姿勢制御
 2 姿勢と姿勢制御の各種評価方法
  2-1 姿勢
  2-2 姿勢制御
第5章 運動技能(高木 大輔)
 1 運動技能とは
 2 運動技能の分類
  2-1 開放スキル,閉鎖スキル
  2-2 分離スキル,連続スキル,系列スキル
 3 運動課題と運動技能
 4 巧みさ
 5 運動技能の上達
 6 フィッツの法則
 7 運動技能の評価
第6章 運動学習(田上 義之・鈴木 博人)
 1 運動学習の定義
 2 学習の保持と転移
 3 運動学習と記憶
 4 運動学習の過程
 5 運動学習と神経生理
  5-1 運動制御の神経機構
  5-2 運動学習にかかわる神経機構
 6 運動学習の諸理論
  6-1 条件づけ(古典的条件づけとオペラント条件づけ)
  6-2 スキーマ説
  6-3 力動的システム理論
  6-4 サイバネ学習理論
 7 フィードバック
  7-1 フィードバックの分類
  7-2 フィードバックの与え方の問題
 8 運動学習と注意
 9 運動学習と練習法
  9-1 ブロック練習とランダム練習(文脈干渉)
  9-2 固定練習と多様性練習
  9-3 全体法と部分法
 10 運動学習の測定
第7章 歩行の基礎(西澤 哲)
 1 歩行周期
  1-1 歩行は周期運動である
  1-2 歩行周期にはさまざまな相がある〜古典的な分類〜
  1-3 ランチョ・ロス・アミーゴ歩行分析委員会による歩行相の定義〜機能的な分類〜
  1-4 まとめ
 2 歩行を機能的に理解するための6 要素
  2-1 歩行を理解するには3 通りの視点がある
  2-2 歩行を機能的に理解するうえでの6 要素
  2-3 本章 の構成
 3 運動学的視点
  3-1 運動学的視点の概要
  3-2 距離的因子と時間的因子に関するパラメータの定義と特徴
  3-3 距離的因子と時間的因子の関係(歩行比一定の法則)
  3-4 運動学的因子に関するパラメータ1 骨盤の傾斜,回旋
  3-5 その他の因子(すり足歩行と内側縦アーチの変化)
  3-6 運動学的因子に関するパラメータ2 下肢の関節角度変化
  3-7 重心の上下動
 4 運動力学的視点
  4-1 運動力学的視点の概要―本節の構成
  4-2 床反力
  4-3 関節に対する筋モーメント
  4-4 筋パワー
  4-5 歩行時に活動する下肢筋群と機能
 5 各相でのパラメータの関係
  5-1 はじめに―われわれの直立二足歩行のジレンマ
  5-2 重心の上下動と効率性のイメージ
  5-3 効率性によってもたらされる不安定性
  5-4 各歩行相で何が起こっているのか?―関節運動・力学的パラメータ・筋活動のまとめ
第2部 各論
第8章 平地歩行(西澤 哲・武田 涼子)
 1 平地歩行の臨床的意義
 2 運動学kinematics
  2-1 歩行速度
  2-2 歩幅の加齢および成長による影響
  2-3 歩行率の加齢および成長による影響
  2-4 歩幅と歩行率の速度による影響
  2-5 つま先開き角
  2-6 歩隔の加齢および成長による影響
  2-7 単脚支持相,両脚支持相の加齢変化
  2-8 両脚支持相の速度による影響
  2-9 両脚支持相の成長による影響
  2-10 すり足歩行に対する加齢効果
  2-11 高齢者歩行の決定要因
  2-12 屋外における自由歩行
  2-13 股関節・膝関節・足関節角度変化の歩行速度による影響
 3 運動力学 kinetics
  3-1 床反力の速度による影響
  3-2 床反力の加齢による影響
  3-3 床反力の成長による影響
  3-4 着力点軌跡の速度による影響および加齢による影響
  3-5 着力点軌跡長の成長による影響
 4 運動制御 motor control
  4-1 高齢者にとっての歩行能力
  4-2 高齢者の歩行能力と死亡率,IADL低下率との関連性
  4-3 まとめ―高齢者の歩行を評価する重要性
第9章 坂道歩行(小野部 純・西山 徹)
 1 坂道歩行の臨床的意義
 2 運動学kinematics
 3 運動力学kinetics
 4 エネルギーコストenergy cost
 5 運動制御motor control
第10章 免荷歩行(高橋 一揮・佐藤洋一郎)
 1 免荷歩行の臨床的意義
 2 BWS歩行における機器仕様
  1-1 牽引装置
  2-2 ハーネスジャケット
 3 運動学kinematics
 4 運動力学kinetics
 5 エネルギーコストenergy cost
 6 運動制御motor control
第11章 水中歩行(佐藤洋一郎)
 1 水中歩行の臨床的意義
 2 運動学kinematics
 3 運動力学kinetics
 4 運動制御motor control
第12章 サイドステップ(藤澤 宏幸)
 1 サイドステップの臨床的意義
 2 運動学kinematics
 3 運動力学kinetics
 4 運動制御motor control
第13章 後ろ歩き(後方歩行)(藤澤 宏幸)
 1 後ろ歩きの臨床的意義
 2 運動学kinematics
 3 運動力学kinetics
 4 運動制御motor control
第14章 階段昇降(佐藤洋一郎)
 1 階段昇降の臨床的意義
 2 運動学kinematics
 3 運動力学kinetics
 4 エネルギーコストenergy cost
 5 運動制御motor control
第15章 またぎ動作(村上 賢一)
 1 またぎ動作の臨床的意義
 2 運動学kinematics
 3 運動力学kinetics
 4 運動制御motor control
  4-1 leading limb,trailing limbの運動軌道
  4-2 安全性の確保
第16章 その他の移動様式(膝歩き・四つ這い)(鈴木 誠)
 1 膝歩き・四つ這いの臨床的意義
 2 運動学kinematics
  2-1 膝歩き
  2-2 四つ這い
 3 運動力学kinetics
  3-1 膝歩き
  3-2 四つ這い
 4 エネルギーコスト energy cost
 5 運動制御motor control
第17章 立ち上がり動作および着座動作(藤澤 宏幸・武田 涼子)
 1 立ち上がり動作および着座動作の臨床的意義
 2 運動学kinematics
 3 運動力学kinetics
 4 運動制御motor control
第18章 上肢を用いた立ち上がり動作(高橋 純平)
 1 上肢を用いた立ち上がり動作の臨床的意義
 2 運動学kinematics
 3 運動力学kinetics
 4 運動制御motor control
第19章 床からの立ち上がり動作(梁川 和也・吉田 忠義)
 1 床からの立ち上がり動作の臨床的意義
 2 運動学kinematics
 3 運動力学kinetics
 4 エネルギーコストenergy cost
 5 運動制御motor control
第20章 リーチ動作(田上 義之)
 1 リーチ動作の臨床的意義
 2 運動学kinematics
 3 運動力学kinetics
 4 運動制御motor control
第21章 食事動作(高木 大輔・太田 千尋)
 1 食事動作の臨床的意義
 2 運動学kinematics
 3 運動力学kinetics
 4 運動制御motor control
第22章 書字動作(太田 千尋・高木 大輔)
 1 書字動作の臨床的意義
 2 運動学kinematics
 3 運動力学kinetics
 4 運動制御motor control
付録1 日常生活活動における関節可動域(太田 千尋)
 1 日常生活と関節可動域
 2 基本的ADLで必要とされる上肢の関節可動域
  2-1 食事動作
  2-2 整容動作
  2-3 更衣動作
  2-4 車いす操作
  2-5 洗体動作
 3 基本的ADLで必要とされる下肢の関節可動域
  3-1 更衣動作
  3-2 正坐姿勢
  3-3 和式トイレでのしゃがみ込み動作
  3-4 爪切り
 4 臨床との関連
付録2 10 m歩行テスト(藤澤 宏幸・西澤 哲)
  1-1 必要な用具
  1-2 手順および得られるデータ
  1-3 歩幅・歩行率・歩行速度の算出方法
  1-4 計測上の注意点

 索引