やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

発刊によせて
 IT(情報関連技術)は,われわれの生活のなかの至るところで目にし,多くの方がその恩恵を享受している.障害者へのIT活用支援において,われわれ作業療法士が関心を寄せるのは,この情報化の技術により,人に合わせて情報をわかりやすく加工(再構成)できる点,そして生活範囲の距離を越えた広範囲の接点を可能とする点にある.たとえば,発声が困難な方では,文字や音声に変換する機器を利用して自分の言いたいことを他者に伝えることができ,移動に不自由さがある方では,ワープロで作成した書類をインターネットを介して送付することで,職場に行かなくても仕事をすることができるなどの活用をあげることができる.このように,運動・知覚,認知機能等に困難さを抱えていても,ITを活用することによって,物理的な条件に左右されることなく活動の機会が得られる可能性を大いに含んでいる.
 しかしながら,障害者にとってIT技術はすぐに利用できるものではない.「キーボードが操作できない」,「マウスが使えない」,「表示されている意味が理解できない」など,IT機器のルール(制約)が障害となっている現状がある.
 このため,IT活用支援は,障害の種類に左右されることなく,その方が思う将来の生活を達成できるよう作業療法的観点から行われる必要があり,われわれ作業療法士の職域として取り組んできた経緯がある.
 その成果もあって,平成17(2005)年9月26日付総務省「障害者のIT利活用支援の在り方に関する研究会」報告書の「5.障害者のIT利活用支援事業の具体化に向けた提言」のなかに,「リハビリテーション分野の専門職である作業療法士,理学療法士,言語聴覚士,社会福祉士等と,密接に連携しながら,IT支援を進めることは重要である.その中でも,IT支援を本来業務として進めやすいのが作業療法士である.すでに,作業療法士が,地域におけるIT支援の核になっているケースも多い」とあるように,作業療法士の役割が評価されることとなる.
 この成果をさらに推し進めるべく,(社)日本作業療法士協会では,障害者IT活用支援を実践できる人材を育成し,同時に関連する団体・組織に対して必要な知識や技術を伝達するため,『障害者IT活用支援ガイドブック』を2007年度に作成し,全会員および関連する団体・組織に配布するとともに,2008年度から各地域で普及・啓発の研修会を開催してきたところである.
 このようなIT活用支援における取り組み以外に,福祉用具全般において実績を積み重ねた結果,2010年4月30日付の厚生労働省医政局長通知において,「福祉用具の使用等に関する訓練は作業療法士の業務である」と明記された.つまり,作業療法士は「福祉用具の専門家」であることが公的に認められたのであるが,その一方で,確実に技術を提供できるだけの資質を身につける義務を背負ったといえる.
 福祉用具のなかでもIT活用支援関連用具は少数であり,利用者も比較的限られていることから,その支援に関わる機会はそう多くないかもしれない.しかし,作業療法士としてその支援に携わり,試行錯誤しながら努力されている方も少なくないと思われる.
 本書は,『障害者IT活用支援ガイドブック』を作成したメンバーなどが中核となり,“IT活用支援についていままでの経験を伝達していきたい”という思いを形にしたものである.総論編と技術編の2部構成からなり,基本知識から具体的な技術支援まで幅広く網羅したマニュアルとなっている.IT活用支援に携わる作業療法士の方,これから携わっていこうとする方にとって必読書となることを執筆者一同願っている.
 2011年5月
 宮永敬市
 田中勇次郎
 発刊によせて(宮永敬市,田中勇次郎)
第1部 総論編
1 IT活用支援における作業療法士の役割
 1.コミュニケーションとは(田中勇次郎)
 2.ITとは(田中栄一)
  1)ITの背景
  2)情報とは
 3.ITと障害者(田中栄一)
 4.障害者・高齢者を取り巻くITの現状(濱 昌代)
 5.作業療法とIT(濱 昌代)
  1)(社)日本作業療法士協会のIT支援に対する取り組み
  2)作業療法におけるIT活用支援の目的や意義
  3)IT活用支援における作業療法士の役割
2 IT活用支援に求められる作業療法士の専門性
 1.障害特性の把握(二次障害を見据えたとらえ方)(田中勇次郎)
  1)運動障害をきたす病態とIT機器操作における工夫
   (1)筋力低下 (2)運動失調症 (3)不随意運動 (4)筋緊張亢進 (5)感覚異常
  2)病態動作の反復による二次障害
  3)二次障害への対応
  4)高次脳機能障害とIT機器
 2.治療的・発達的視点による対応(鴨下賢一)
  1)はじめに
  2)治療的・発達的な視点での評価
   (1)運動機能 (2)認知機能 (3)精神機能 (4)意識・覚醒状態 (5)言語・コミュニケーション能力 (6)発達段階評価
  3)おわりに
 3.活動・動作分析(田中勇次郎)
  1)活動・動作とは
  2)活動・動作分析の手段としての観察
  3)動作分析による評価と代償的対応
  4)パソコンによる文字入力の動作分析と対応
3 IT活用支援の流れ
 1.IT活用支援の流れ(宗近眞理子)
  1)作業療法においてITの活用を支援するためには
   (1)作業療法においてITを活用する場面とは
   (2)作業療法でIT活用支援を行う際の留意点について
  2)IT活用支援のプロセスとポイント
   (1)相談・依頼・面接 (2)評価 (3)処方・機器の選定 (4)機器の適合評価 (5)モニタリングと情報の共有
 2.発達領域編(鴨下賢一)
  1)作業療法においてITの活用を支援するために
   (1)作業療法のなかでITを活用する場面
   (2)発達領域における作業療法のなかでIT活用支援を行うにあたっての留意点
  2)IT活用支援のプロセスとポイント
   (1)相談・依頼・面接 (2)評価 (3)処方・機器の選定・設定 (4)機器の適合評価 (5)モニタリングと情報の共有
4 IT活用支援の考え方・ポイント
 1.障害別支援方法の実際
  1)筋ジストロフィー(田中栄一)
   (1)疾患の特徴 (2)支援のポイント (3)IT活用支援例
  2)脳性麻痺(鴨下賢一)
   (1)疾患の特徴 (2)支援の考え方と方法 (3)押さえておくべきポイント
  3)筋萎縮性側索硬化症(濱 昌代)
   (1)疾患の特徴と治療法 (2)IT活用支援の考え方とポイント
  4)頸髄損傷(松本 琢麿)
   (1)疾患の特徴 (2)支援の考え方と方法 (3)機器利用の際の押さえておくべきポイント (4)まとめ
  5)パーキンソン病・脊髄小脳変性症(田中勇次郎)
   (1)パーキンソン病 (2)脊髄小脳変性症
  6)高次脳機能障害(濱 昌代)
   (1)高次脳機能障害とは (2)高次脳機能障害のおもな症状 (3)IT活用支援(あるいは活用)の考え方とポイント
  7)発達障害など(鴨下賢一)
   (1)疾患の特徴 (2)支援の考え方と方法 (3)押さえておくべきポイント
 2.家族・他職種との連携(濱 昌代)
  1)家族や介護者との連携
  2)関係機関や他職種との連携
   (1)市町村役場の障害福祉関係窓口 (2)都道府県の疾病対策関係部署 (3)保健所 (4)難病相談・支援センター (5)身体障害者更生相談所 (6)障害者ITサポートセンター(パソコンボランティア) (7)患者会 (8)介護実習・普及センター (9)地域リハビリテーション支援センター (10)機器販売業者や製造業者
5 リスク管理
  1)契約(宮永敬市)
  2)製造物責任法(宮永敬市)
  3)リスク管理の考え方(宮永敬市)
6 ITに関する社会資源
 1.制度の概要(宮永敬市)
  1)物的(給付等)な社会資源
   (1)障害者自立支援法 (2)難病対策要綱に基づく施策
  2)人的な社会資源(障害者IT支援機関等)
   (1)障害者IT総合推進事業 (2)身体障害者更生相談所
 2.情報の入手方法(宮永敬市)
 3.関連団体・情報提供機関(宮永敬市)
第2部 技術編
7 IT機器の基礎知識
 1.IT機器の基礎知識(松本琢麿)
  1)IT機器とは
 2.IT機器の種類と特徴(松本琢麿)
   (1)意思伝達装置 (2)携帯用会話補助装置 (3)IT機器を利用した環境制御
 3.処方・選定(松本琢麿)
8 コミュニケーションボード
 1.コミュニケーションボードとは(宮永敬市)
 2.コミュニケーションボードの種類(宮永敬市)
 3.文字盤について(宮永敬市)
  1)不透明文字盤
   (1)作り方 (2)使い方 (3)注意点
  2)透明文字盤
   (1)作り方 (2)使い方 (3)注意点 (4)導入時期・導入の難しさ
 4.絵記号を主体としたコミュニケーションボードについて(宮永敬市)
9 IT活用支援とスイッチ
 1.スイッチとは?(田中栄一)
 2.どんなスイッチがあるの?(田中栄一)
  1)押す:押しボタン型スイッチ・プッシュスイッチ
   (1)スペックスイッチ・ジェリービーンスイッチツイスト・ビッグスイッチツイスト
   (2)マイクロライトスイッチ
  2)引く
   (1)ストリングスイッチ
  3)触れる
   (1)ポイントタッチスイッチ
  4)光センサー
   (1)ファイバースイッチ
  5)その他
   (1)PPSスイッチ(ピエゾニューマティックセンサースイッチ)
   (2)マルチケアコール
 3.スイッチを導入する流れは?(田中栄一)
  1)ニーズの把握
   (1)利用者への面接 (2)介護者からの情報収集 (3)再度の利用者への面接 (4)考察
  2)遂行技能の把握
   (1)操作能力評価 (2)認知・精神機能の把握
  3)導入機器の選択
   (1)スイッチ選択 (2)テレビリモコンが可能な機器の導入検討
  4)機器試用
  5)再評価
  6)介護者との調整
 4.スイッチ適合のポイントは?(田中栄一)
  1)ニーズの把握:利用者・介護者の作業活動におけるこだわりを探る
  2)作業活動の特性をつかむこと
  3)身体特性の把握:とくに操作性に及ぼす影響を事前に把握しておく
   (1)姿勢の変化が及ぼす操作部位への影響は?
   (2)姿勢不良による操作の困難さは?
   (3)機器がもたらす操作能力への影響は?
  4)スイッチの機器特性を把握すること
  5)力の要素を考える
  6)操作性・安全性・取り扱いのシンプルさ
  7)ときには道具から離れること
 5.FAQ(よくあるお問い合わせ)(田中栄一)
  1)ナースコールの導入で気をつける点は?
   (1)できるだけ改造は避ける (2)二重三重のチェック (3)ナースコールの個別対応では,各部署の申し合わせが必要
 6.個別製作スイッチ(田中栄一)
  1)個別製作スイッチはどのようなときに導入されるの?
  2)個別製作で使われているスイッチ
   (1)プッシュ型スイッチ (2)特殊スイッチ
  3)個別製作スイッチ例
   (1)スプリントスイッチ (2)各種ケースを利用したスイッチ (3)その他
  4)スイッチのつくりかた.
   (1)どんな道具が必要なの? (2)フィルムケーススイッチのつくりかた
  5)スイッチの活用
  6)マウスボタンの工夫
  7)工作で気をつける点は?
   (1)イモ半田に注意 (2)断線に注意 (3)家電製品(100V)の操作に使用するのは危険 (4)PL法は大丈夫? (5)次に何をしたらよいの? (6)どうすれば上達するの?
  8)個別製作に関連する情報
   (1)電子部品(スイッチやICなど)の購入先は?
   (2)コミュニケーション支援機器情報のWEBは?
   (3)コミュニケーション関連用具の販売業者は?(一例)
   (4)研修会・関連団体は?
  9)コードの加工について(宮永敬市)
10 呼び出し機器について
 1. 呼び出し機器の概要と役割について(宗近眞理子)
  1)呼び出しとは?
  2)呼び出し機器の概要
   (1)ナースコール(Nurse call) (2)家庭用(一般用)呼び出し機器 (3)緊急通報システム
  3)呼び出し機器の役割とは
  4)呼び出し機器を導入する際の考慮点
   (1)どのタイプの呼び出し機器を準備しておくとよいか
   (2)呼び出し機器を導入する前に
   (3)呼び出し機器(Call)は命綱
 2. 呼び出し機器の種類と特徴(宗近眞理子)
  1)呼び出し機器の種類と特徴
   (1)ナースコール(Nurse call) (2)家庭用(一般用)呼び出し機器 (3)緊急通報システム
  2)適切な呼び出し機器を提供するために
11 パソコンについて
 1.パソコンの役割(松本琢麿)
 2.キーボードを使いやすくするための手段(松本琢麿)
  1)ちょっとした改造や自助具・市販品を利用
   (1)キーを入力する道具が必要な場合 (2)キーボードに工夫が必要な場合 (3)パソコンの設置に工夫が必要な場合
  2)OS標準アクセシビリティ機能を使った対応
   (1)2つのキーを同時に押すことができない場合
   (2)震えや押しすぎで間違ったキー入力をしてしまう場合
   (3)キーボードを扱うことが難しい場合
  3)障害者専用の入力支援機器を利用する対応
   (1)JIS配列のキーボード入力が難しい場合
   (2)より柔軟なキー配置や大きさを実現したい場合
 3.マウスを使いやすくするための手段(松本琢麿)
  1)ちょっとした改造や自助具・市販品を利用する
   (1)クリックボタンが操作しにくい場合 (2)マウスに工夫が必要な場合
  2)OS標準アクセシビリティ機能を使った対応
   (1)マウスを使いやすく設定したい場合
   (2)キーボードによるマウス操作をしたい場合
   (3)マウス操作をしないでショートカットキーを使いたい場合
  3)障害者専用の入力支援機器を利用する対応
   (1)粗大な動きがあるがマウス操作をしたい場合 (2)口でマウス操作をしたい場合
 4.パソコン操作を代償するパソコン代替装置(松本琢麿)
  1)スイッチによる入力支援用具(代表例:オペレートナビEX)
  2)音声認識による入力支援用具(代表例:ボイスキャン)
  3)頭頸部・顔面による入力支援用具(代表例:スマートナビ4)
  4)視線による入力支援用具(代表例:マイトビーP10)
12 遊びや学習の支援
 1. 遊び(高橋知義)
  1)子どもは遊びのなかで育つ
  2)IT活用による遊びの支援
  3)遊びを支援する具体的なIT活用方法
   (1)BDアダプターの活用 (2)電子工作の知識 (3)スイッチラッチ&タイマーの活用 (4)電源リレーの活用 (5)タッチパネルディスプレイの活用 (6)パソコンの活用 (7)スイッチインターフェースの活用 (8)ショートカットキーの活用 (9)Microsoft Power Pointの活用 (10)ゲーム
 2. 学習(鴨下賢一)
  1)日本における障害をもつ学生の実態
  2)肢体不自由に対するIT活用による学習支援
   (1)長期的視点をもち合わせた発達に伴う支援
   (2)学習に向けてのIT活用支援の重要なポイント
  3)発達障害に対するIT活用による学習支援
   (1)発達障害の障害のわかりにくさ (2)適応行動を促すIT活用支援 (3)言葉の発達に対するIT活用支援 (4)学習に向けてのIT活用支援の重要なポイント
  4)おわりに
13 事例紹介
 事例1:遊び支援(高橋知義)
 事例2:遊び支援(高橋知義)
 事例3:学習支援(鴨下賢一)
 事例4:楽しくお勉強できたよ(鴨下賢一)
 事例5:インターネットの利用(田中栄一)
 事例6:思いを伝える ; 家族の会話のなかに入りたい(宗近眞理子)
 事例7:メールの使用からホームページ・ブログの作成まで(濱 昌代)
 事例8:ナースコール(田中勇次郎)
 事例9:環境制御;頸髄損傷事例に対するトータルな環境づくり(松本琢麿)
 事例10:仕事(田中栄一)

 索引